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救急隊が「コンビニで買い物をしづらい」のはなぜか…日本人が公務員に多くを求めすぎてしまう根本原因

プレジデントオンライン / 2023年7月27日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse

なぜ公務員はバッシングの対象になりやすいのか。神戸学院大学の鈴木洋仁准教授は「行政サービスでは『安心安全』という言葉がよく使われる。本来、公務員は制度を整えて『安全』の提供に専念すべきだが、日本社会では、目に見えない心の満足である『安心』のほうが強く求められている」という――。

■休憩すらできない公務員

昨年の今ごろ、あるツイートがSNSをにぎわせた。

【救急隊に食事の時間を!】と掲げた、さいたま市消防局によるもので、「救急隊がコンビニ等で飲食物を購入し食事をする事がありますので、ご理解をお願い致します」と呼びかけた(*1)

このツイートをもとにしたNHKの取材に対し、さいたま市消防局救急課 菅野剛 課長補佐(肩書は当時)は、「今回、市民の方からクレームがあったわけではありません。しかし、救急隊がコンビニなどで買い物をすることについていろいろな意見があると思います」と答えている(*2)

たしかに、直接クレームが寄せられたわけではないのだろう。ただ、この菅野氏がことわっている、「いろいろな意見がある」ところに注目したい。

救急隊だろうと、警察官だろうと、コンビニ等で何かを買ってはいけないわけでも、そのまま駐車場等で食事をしてはいけないわけでも、決してない。

にもかかわらず、制服姿、それも、公務員のそうした姿に対して、「いろいろな意見があると思います」と語らせる。ここに、日本社会における公務員の立場があらわされている。

■財政赤字の原因は公務員なのか

公務員は、休憩すら取りにくい、だけではない。

財政赤字の原因・元凶としてやり玉に挙げられている。

東京財団政策研究所が、昨年11月と12月におこなったアンケート調査の結果が興味深い。

国内の経済学者(対象者727人中282人が回答)と1000人の国民にあてた意識調査によれば、財政赤字の原因として、前者は「社会保障費」(72.0%)と「政治の無駄遣い」(41.1%)と答えているのに対して、後者では「政治の無駄遣い」(71.5%)の次に「高い公務員の人件費」(40.4%)が続く。

国民の4割が「高い公務員の人件費」によって財政赤字が引き起こされていると考えているのに比べて、経済学者でこれを要因だと答えた割合は、わずか1.7%にすぎない。ほぼ誤差の範囲といえよう。

東京財団政策研究所で、この調査を実施した加藤創太・研究主幹は、「無駄遣いの抑制や公務員の人件費削減などの歳出削減により、財政赤字問題には対応できると考えている可能性がある」と述べる(*3)

「政治の無駄遣い」については、経済学者と、それ以外の国民とのあいだで、そこまで隔たりがないだけに、「高い公務員の人件費」をめぐる意識の違いは、あまりにも大きい。

専門的な知識の有無だけではないだろう。

それ以上に、国民のあいだに「高い公務員の人件費」は、まだまだ削れる、いや、削らなければならない、とでも言いたげな、怒り、もしくは、妬みが渦巻いているのではないか。

■公務員の「高すぎる」給与

たしかに、公務員は恵まれている。

国家公務員の平均給与は、毎月およそ41万円。民間の正規社員平均給与、約508万円に比べると高くはないものの、60歳から65歳までは現役時の「7割」=月額30万円弱が国家公務員法で保障されている。

さらに、退職金は2000万円を超えるとくれば、「国家公務員の給与が『高すぎる』」との見方も当てはまる(*4)

ただ、これは国家公務員の話である。

地方公務員は、どうか。

国家公務員の給与を100とした場合の地方公務員の給与水準をしめす「ラスパイレス指数」を見よう。

大阪府のウェブサイトによれば、日本全国の地方公共団体では、この47年間のうちに11.5下がり、大阪府内の市町村では、政令市の大阪市と堺市を除いて、31.0も下がっている(*5)

昭和50年(1975年)から2022年までには、物価は相当に上がり、国家公務員の給与はそれに伴って上昇してきた。

他方で、地方公務員、それも大阪府内の市町村は、もともとの給与が高かった(昭和50年時点で129.7、と、国家公務員よりも3割ほど上回っていた)とはいえ、ずっと下がり続けている。

■他国と比べても「少ない」公務員の数

行政学者の前田健太郎氏が著書『市民を雇わない国家 日本が公務員の少ない国へと至った道』(東京大学出版会、2014年)で、第2次世界大戦までは公務員の数が多かったものの、「政府が公務員の給与水準を抑制する手段を制度的に制約されていた」(*6)と明らかにしている。

公務員の給与水準について人事院が決める「人事院勧告制度」によって、民間部門の賃金水準が上がるにつれて、公務員の人件費が膨らんでいった。その人件費の総額は、大幅には増やせないため、給与を上げる以上、公務員の数を抑える方向に進んだのである。

その結果として、ブロガーの不破雷蔵氏が指摘するとおり、「『小さな政府』状態にある他の国、例えばアメリカ合衆国や韓国、スイスと比べても日本の公務員の数は非常に少ない状態」(*7)にとどまっている。

こんな現状を知ってか知らずか、日本維新の会は、「徹底した行革」を看板政策として掲げる。

博多駅前広場における日本維新の会の街頭演説
博多駅前広場における日本維新の会の街頭演説(写真=赤羽霧/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

「議員は身を切り、行政は無駄を省く」として、「公務員の人員を削減、人事院勧告を見直し、勤務評価の適正化と年功序列制度を排除、官民給与格差を是正し公務員の人件費を削減する」と訴える(*8)

日本維新の会の政策が正しいとか間違っているとか、そうした議論をしたいわけでは、まったくない。

そうではなく、少なくとも、「公務員の人員を削減」すると訴える政党を支持する人たちが、国政だけでなく、地方自治体の選挙でも広がっているところに着目したい。

■「安心安全」を公務員に求める無理

先に挙げた東京財団政策研究所の調査(*9)や、日本維新の会の政策から見えるのは、「公務員の人件費」を少なくすれば良い、減らさなければならない、と考える人たちの多さである。

であれば、「小さな政府」、つまり、国や地方自治体がどんどんサービスを提供しなくなる方向を望んでいるのだろうか。

そうではないのだろう。

冒頭でみた、さいたま市消防局のツイートに明らかなとおり、公務員に清廉潔白さ、というか、我慢を求める傾向は強まりこそすれ、弱まってはいない。正確にいえば、日本社会が公務員に求める水準は高い。

典型的なのが、「マイナカード」をめぐる河野太郎デジタル担当大臣の発言だろう。

マイナンバー情報総点検に関する関係府省担当課室長説明会であいさつする河野太郎デジタル相(中央)=2023年6月30日午後、東京都千代田区
写真=時事通信フォト
マイナンバー情報総点検に関する関係府省担当課室長説明会であいさつする河野太郎デジタル相(中央)=2023年6月30日午後、東京都千代田区 - 写真=時事通信フォト

「安心安全に利用できる活用サービスをさらに作り出していくことができると思っている」。コンビニエンスストアでのカード活用に向けて協定を結んだ際の、河野大臣の発言である(*10)

この「安心安全」は、日本では、しばしばセットで使われるものの、マイナカードのような行政サービス、つまり、公務員に求めるのは無理がある。

■他言語で日本語の「安心」に対応する言葉

「安心安全」は、日本語以外、例えば英語では、どう表現されるのだろうか。

「safe and secure」が、まず挙げられるだろう。

Secureの語源は、se(ない、欠けた)と、cura(注意、配慮)である。気にしなくても良い状態=放っておいても大丈夫、というところから、「安全」を意味する。

クレジットカードを使うときの「3Dセキュア(本人認証サービス)」のようなかたちで、secure(セキュア)は、あくまでも制度の上で「安全」が保たれている状態を指す。

これに対してSafeは、古期フランス語のsauf(安全な)から来ており、現代でもフランス語では、sain et sauf(健全で安全)=「無事に」を意味する成句として、ふだんの会話で使われる。

他の言語でも、日本語の「安心」と、ぴったり当てはまる言葉を探すのは難しい。

■「安心」と「安全」の両立は難しい

言葉のもともとの意味としては、secureに近いのかもしれないけれども、「安心」は、お気持ちを示す以上、「安全」が示す仕組みの問題ではない。

「安心安全に利用できる」と、簡単に両立するものではない。

「安全」を確立するのはシステムを整えれば何とかなるし、どこかで終わりがある。しかし、「安心」には、どこまでも終わりがなく、納得するまで続く。

ただでさえ他国に比べて少ない数にとどまる日本の公務員が提供できるのは、せいぜい「安全」が精いっぱいではないか。

それなのに、「安心」なる、目には見えない、心の満足までをも、公務員に求める。救急隊員が食事をする姿を見るのは「安心」できないし、公務員の給与を削らないと、財政赤字問題も「安心」できない。

本来なら制度を整えて「安全」の提供に専念すべき公務員に対して、「安心」のほうを強く求める。

そんな社会では、ますます「安心」が不足しているという不全感や不満ばかりが高まり、よりいっそう「公務員の人員を削減」すると叫ぶ政党への支持が集まるいっぽうなのだろうか。

(*1)さいたま市消防局、2022年7月26日11時09分
(*2)「救急隊に食事時間を! さいたま市消防局がSNSで異例の呼びかけ」NHKさいたま放送局、2022年8月3日配信
(*3)「財政問題について経済学者と国民の意識はどう乖離するのか『経済学者及び国民全般を対象とした経済・財政についてのアンケート調査』の紹介」東京財団政策研究所、2023年5月15日発表
(*4)「民間の平均年収『508万円』だが…『公務員』の老後安泰な給与額」幻冬舎ゴールドオンライン、2023年6月15日配信
(*5)「令和4年大阪府内市町村(政令指定都市を除く)のラスパイレス指数の状況」大阪府、2022年12月26日更新
(*6)「UTokyo Biblio Plaza 東京大学教員の著作を著者自らが語る広場」東京大学、2016年
(*7)不破雷蔵「日本の公務員は多いのか少ないのか、その実情を国際比較でさぐる(2022年時点最新版)」Yahoo!ニュース、2022年1月23日更新
(*8)「日本維新の会 政策#03」
(*9)「財政問題について経済学者と国民の意識はどう乖離するのか『経済学者及び国民全般を対象とした経済・財政についてのアンケート調査』の紹介」東京財団政策研究所、2023年5月15日発表
(*10)「コンビニで『マイナカード』活用へ デジタル庁が協定締結」日テレNEWS、2023年6月27日18時54分配信

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鈴木 洋仁(すずき・ひろひと)
神戸学院大学現代社会学部 准教授
1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。

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(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)

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