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親の経済力で「放課後の過ごし方」がまるで違う…子どもの"格差"を拡大する日本の学童保育が抱える問題

プレジデントオンライン / 2023年8月31日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/JGalione

日本の学童保育は実態が見えづらい。学童保育について研究してきた静岡大学教育学部の石原剛志教授は「公営から民間企業まで運営主体はさまざまで、開催場所も過ごし方も多様だ。背景には『放課後の小学生は勝手に遊ばせておけばいい』という考えが根強かったことがある」という――。(聞き手・構成=ライター・髙崎順子)

■保育園以上に実態が知られていない

夏休み期間、親たちの会話やSNSに頻繁に登場するようになる「学童(保育)」。放課後や休日、家に保護者がいない小学生が「生活」し「遊ぶ」施設だ。共働き世帯の増加によってニーズが高まり、保育園に次ぐ待機児童問題も話題になっている。

ここ20年で制度化が進み量的にも広がったことから、親たちの子ども時代とは全く異なる様相を呈しているが、その実態は保育園以上に、当事者以外には知られていない。しかし現代の子育てにおける重要トピックの一つであり、「小一の壁の打破は喫緊の課題」として、岸田政権は学童保育の拡充整備を進めている。

現代日本の「学童保育」とは、どんな形をしているか。その成り立ちにはどのような経緯があり、課題を抱えているのだろう。

本記事では学童保育の歴史と制度を専門とする教育学者・石原剛志教授(静岡大学)にインタビューし、その現在地を明らかにする。

■社会の経済活動を支える存在でもある

日本の学童保育は児童福祉法第6条の3第2項に定められた福祉事業で、法律上の事業名は「放課後児童健全育成事業」、その事業が行われている所を厚生労働省は「放課後児童クラブ」と呼んでいる。だが一般的には今も、長年呼び習わされてきた「学童保育」の名で知られており(その理由は歴史的背景とともに後述する)、代表的な全国組織の名称も「全国学童保育連絡協議会」だ。本稿でも、「学童保育」の呼称で統一する。

その社会的な役割を、石原教授はこう説明する。

「学童保育には、子どもと親、そして企業・国と、それぞれの立場にとって存在意義があります。まず子どもにとっては、放課後や休日など『親がおらず、子どもだけでいる時間』の、安全な環境と遊び、生活の保障をするという意義です。大人も友達もいる場所で、寂しくなく過ごせる。これは子どもたちにとって、生存や発達の権利の保障と言えます」

子どもが安全な場所で過ごせれば、親たちは保護者としての社会活動を安心して行える。それは主に労働だ。

「学童保育は、親たちへの労働・経済支援にもなっています。そして、小学生の子を持つ親たちが働けるようにする学童保育は、企業や国にとっても重要です」

親たちの共働き化が進む社会で、学童保育の役割の重要性が増すのは、ごく自然な流れなのだ。

■場所も活動内容も「千差万別」

毎年、学童保育の実態調査を行っている全国学童保育連絡協議会の資料によると、2022年5月1日時点で学童保育に通っている子どもの数は134万8122人。14年前の1998年は約33万3100人、10年前の2012年は約84万7000人で、年々増加している。学童保育の施設数は98年の9627が2012年には倍以上の2万846に、2022年には2万4414に増えた。なお、2015年度からは、入所児童「おおむね40人以下」で1つの「支援の単位」として数えるようになり、その単位でみると2015年に2万5541 だったものが、2022年には3万5337になっている。

これらの学童保育の形態や内容上の特徴を、石原教授は「千差万別」と表現する。

「開設場所は小学校構内、民家や児童館などさまざまです。学校の構内でも、独自の建物がある場合もあれば、教室を改装しただけのところもあります。国の基準では面積を『児童一人当たり、おおむね1.65平方メートル以上』と定めていますが、市町村では、国の基準以下の面積水準での条例制定も可能になってしまっています。空間ごとの最大人数の規定もないので、大部屋で大勢の子が集まって過ごす場合もあるばかりか、狭い空間に大勢の子どもたちが「すし詰め」になっている場合もあるのです」

多くの施設では子どもたちが自分の足で通い、同じ場所を複数の学年の児童が利用する。小学生は学年によって下校時間が変わることから、放課後には低学年が先に到着し、高学年はそのあとから、五月雨式にやってくる。

施設での過ごし方もまた、いろいろだ。「宿題を終わらせて、おやつを食べて遊ぶ」という典型的な平日の過ごし方はあるとしても、設置された場所によって、屋外での遊びが大きく異なってくる。近所の公園などに遊びに出かけるところもあれば、それを許さないところもある。職員が、子どもをただ見守っているだけのところもあれば、子どもたちと遊ぶことも含めて関わっているところもある。おやつもスナック菓子を配るだけのところもあれば、できたてのおやつを提供するところもあるのだ。

■公営から民間企業まで運営主体はさまざま

学童保育の多様性を象徴するのが、運営主体のばらつきだ。自治体による公営、保護者運営、社会福祉協議会やNPO法人や学校法人、民間企業と、財源規模も運営スタイルも異なる事業者が混在している。

【図表1】学童保育はどこが運営しているのか(運営主体)
出典=全国学童保育連絡協議会「2022年 学童保育(放課後児童クラブ)の実施状況調査結果について」P9より抜粋

「児童福祉法が定める放課後児童健全育成事業を開設・運営するには、市町村への届け出が必要です。が、同法にのっとって行なわないのであれば、届け出もしないで『学童保育』を名乗って事業を開設・運営することができますし、その例は増えています。この表の運営主体も、届け出をしている事業のみが対象で、実際の全体像を把握することは至難です」

昨今、ニーズの上昇とともに増えているのが、このいわば無届けの「民間学童」。たとえば、英語塾チェーンが各地で「英語を学ぶ学童保育」をうたって開設しているケースや、スポーツクラブを運営している会社が「習い事ができる学童保育」等とうたっているところもある。都市部では駅近くの施設で夜遅くまで子どもを預かるサービスが、夕食や入浴まで提供して長時間労働の親たちをターゲットとして展開されている場合もあるという。小学校構内で放課後の数時間、大人数の子どもたちが過ごすタイプの公営学童や、保護者運営の学童保育との違いは顕著だ。

■保育園に50年遅れた公的制度化

かように多様な実態がつかみにくい理由を、石原教授は日本における学童保育の歴史から解説する。

「日本の学童保育が児童福祉法に記載され、国の認める事業になったのは、1997年。それまでは保護者や保育園、地域の有志の人々が、利用可能な施設を活用して、できる形で子どもたちの居場所を作ってきました。その努力や声に応えた自治体による補助や自治体の事業も行われましたが、法的な位置づけはあいまいなままの状態がつづきました。1947年に児童福祉法で定められた保育所とは、50年のタイムラグがあります」

保護者や現場の職員らによってはじめられ、全国に広がってきた「学童保育」と呼ばれていた活動に、「放課後児童健全育成事業」という法令上の名称がつけられたのが、この1997年(1998年度から厚生労働省は「放課後児童クラブ」と呼ぶようになった)。国からの運営補助金は1970年代半ばからあったが、施設数の統計などの実態把握を国が行うことはなかった。法律が財政支援の要求の根拠になり、この時を境に運営予算が増えていった。

「1997年に法改正がされた時点でもまだ、設備や人員配置の最低基準はありませんでした。学童保育は、いわば『なんでもあり』の状態で、現場や当事者団体からは長年、基準を求める声が上がり続けていました」

■2012年の法改正でようやく最低基準が示された

要望が実ったのは2012年、「子ども・子育て支援新制度」による各種の法改正で、設備・運営の最低基準を定める「放課後児童健全育成事業の設備及び運営に関する基準」と、運営の質の確保と向上を目指す「放課後児童クラブ運営指針」が策定された(施行は2015年)。また同年、学童保育で働く職員の資格として初めて、「放課後児童支援員」の資格を新設。改正法では市町村に、事業の基準を条例で定めることも義務付けられた。

国会議事堂
写真=iStock.com/Korekore
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Korekore

「2012年の法改正(施行は2015年)でようやく、基準を定める市町村の義務ができました。その際、まず国(厚生労働省)の基準があり、職員については国の基準に従って市町村が基準を定めることになった。そして職員以外の項目については、市町村は国の基準を参酌すればよい(必ずしも従わなくてもよいということ)というものでした。国レベルで最低限度が保障される基準は、職員に関してのみ、ということにとどまったのです。それでも、2019年には再び法が改正されて、職員について市町村がつくる基準も、国の基準に従わなくてもよい(参酌すればよい)というものになってしまいました。やっと国の基準ができたのに、再び、市町村によって『ばらばら』な状態を許す方向にいってしまった」

基準の施行からまだ10年を経ないうちに、国の基準に市町村は従わなくてもよいものに戻ってしまった。それが市町村によって「ばらばら」にも見える、現在の学童保育事情の背景だ。

■学童保育指導員の仕事は「見守り」だけではない

もう一つ、学童保育の現状について知るべきことがある。施設での子どもたちの生活時間に関わる、学童保育指導員(放課後児童支援員)の働き方と待遇だ。

放課後という限られた時間を対象とすることから、指導員の仕事は短時間で、単純な「見守り」と想像されがちだ。しかし実際はそうではない。1年生から思春期に入り始めた年齢まで、子どもたちが安全で楽しく通い続けられる「生活」と「遊び」の内容を子どもとともに作る、休憩やおやつなど支援をする、それを包括的に考えた指導計画の作成、生活記録に保護者との連絡、保護者の子育て支援……と多岐にわたる。

だが、その業務に見合った人数の配置と待遇が、現状ではかなっていない。

「2015年に施行された国の基準で、子ども集団の規模を『おおむね40人以下』とする『支援の単位』と、その子どもたちを見守る大人の数を『1単位につき2人以上』とすることが決められました。子どもにとっての生活の質を考えれば十分ではありませんが、市町村ではさらに、これを下回った水準で基準を作ることがあります。また国が積算する人件費の補助単価は『平日1日6時間勤務の非常勤職員』を前提にしており、業務面でも待遇面でも、フルタイムでの正規雇用は想定されていませんでした」

部屋で遊んで楽しんでいる子供たち
写真=iStock.com/maroke
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maroke

■学童保育の仕事だけでは生計を立てられない

学童保育の改善のために実態調査と提言を続ける全国学童保育連絡協議会をはじめ、関係者・保護者の陳情や要望を受け、2015年・2022年と、指導員の処遇改善を目的とした補助金が国の予算で計上されている。それでも賃金や社会保障などの面では、他の職種に比べて脆弱(ぜいじゃく)だ。今も1日4〜5時間勤務での、嘱託や会計年度任用職員が多い。

「東京都の文京区など、フルタイムの正規職員としてきっちりと雇用する体制ができている自治体もありますが、日本全体の中では一部。『この職業一本で生計を立てたい、食べていきたい』と願う人が雇えるような、労働市場が形成されていないのです」

正規雇用の少なさが影響し、福祉・教育系の大学から新規学卒者としての就職活動を経て専門家として指導員になる人は、限られた地域にとどまる。現在の学童保育は、定年退職後に放課後指導員資格を得たシニアや、結婚や出産を機に退職した保育系有資格者のパートでの再就職に支えられている。

■子どもたちの過ごし方に「格差」が生まれている

運営主体によるばらつきや指導員の処遇問題などの課題を持つ、現代日本の学童保育。その課題に起因して、子どもたちの生活環境や過ごし方に、格差が生まれている。

経済力のある親の子は、塾や習い事に毎日のように通ったり、習い事的な活動の充実した少人数の民間サービスに通う。親がそれを選ばない・選べない子どもたちは、運が良ければ良質な公営学童・保護者運営学童などに通い、それがかなわない場合、祖父母による見守りや子どもだけで留守番をさせることになる。狭い空間に多くの子どもが入所している施設では子ども同士のトラブルも増え、楽しく豊かな活動も期待できず、通わなくなる子も少なくない。

入所希望者が入所定員を超えている場合、低学年の子を優先して受け入れるため、入所していた高学年の子どもを退所させる「追い出され児童」も出現している。学童保育の場合、乳幼児保育で使われる「待機児童」という用語は、実態には合っていないのだ。入所していた子どもたちが「追い出され」ている実態を、真摯に受け止める必要がある。

■「小学生は、大人のケアや見守りなしに遊ばせておけばいい」のか

学童保育をめぐる問題を是正するにはより多くの公助が必要で、国の予算は増えてはいるものの、十分ではない。そこには学童保育の創成期から今も続く、社会的な認識の問題が潜んでいると石原教授は指摘する。

それは、小学生にどのような放課後や地域における生活を保障するのか、という問題が家族(保護者)の責任の問題としてのみ捉えられ、公的な責任に対する認識が欠如・軽視されてきたことだ。それが「小学生が保護者に見守られケアされていない時間に、専門職員が支援する必要があること」への理解の薄さにもつながっている。

夕暮れの公園
写真=iStock.com/taka4332
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/taka4332

「放課後や学校が休みのときなど、小学生には大人のケアや見守りは必要なく、自由に遊ばせておけばいい……という考えは根強く、学童保育の制度化を遅らせてきました。1947年に公布された児童福祉法で児童館が定められており、その整備拡充で十分ではないかと、学童保育の法制化(制度化)に国はずっと及び腰だった。しかし児童館では、学童保育の役割は担えない。児童館では通う児童の名簿がなく、出欠の把握をしません。職員は『来た子を相手にする』のが仕事で、必要人数配置や子どもとの継続的・安定的な関わりの考え方がない。施設の性質が、全く異なるのです」

 これらの課題を改善するには、学童保育の必要性がより理解され、設備・運営に関する条件や基準をより向上させていかねばならない。そのためには、小学生の生活時間の支援を「子どもの権利」として認める、社会全体の意識改革が不可欠だ。

世界には、学童保育を日本と異なる認識と仕組みで運営し、子どもたちの生活インフラとして機能させている国がある。その一つがフランスだ。

次回ではフランスの学童保育制度を現地からルポし、日本へのヒントを探っていく。

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石原 剛志(いしはら・つよし)
静岡大学教授
専門は、児童福祉論・社会教育学。近現代日本における日本の子どもの保護や福祉の歴史、学童保育の戦後史や現在の課題について研究している。主な著書に、『現代日本の学童保育』(共著、旬報社)、『児童の生活状態(戦前日本の社会事業・社会福祉資料)』(編著、柏書房)、『学童保育研究の課題と展望』(共著、明誠書林)など。

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(静岡大学教授 石原 剛志 聞き手・構成=ライター・髙崎順子)

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