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早くて便利なICOCAがあるのになぜ…JR西日本がわざわざ「QRコード決済」を導入する本当の狙い

プレジデントオンライン / 2023年8月21日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/west

■QRコード決済で金融ビジネスに進出

JR西日本は、2024年度にもスマートフォンを使ったコード決済サービス(スマホ決済)を始めると報じられた。これまで交通系の電子マネーといえば、JR東日本の“Suica(スイカ)”、JR西日本の“ICOCA(イコカ)”をイメージすることが多かった。

しかし、最近、わが国でもQRコードなどを使って決済を行うことが増えている。海外からの観光客の増加や、当事者である事業者にとっての導入のしやすさもあり、わが国でもQRコード決済の導入に弾みがつき始めた。

それを足掛かりに、JR西日本は金融、特にIT先端技術と金融ビジネスを結合した“フィンテック”分野での取り組みを強化した。同社は新しい金融関連のサービスをスマホのアプリ上で提供し、コストの削減や鉄道以外の分野で獲得できる収益を増やそうとしている。

今後、人工知能=AIの利用増などを背景に、世界経済のデジタル化は加速する。JR西日本以外にも、フィンテック企業などと連携を強化し金融ビジネスに参入するわが国の非金融分野の企業は増えるだろう。日本銀行などが“中央銀行デジタル通貨(CBDC)”の研究を進めていることも、そうした変化を勢いづける要素になる可能性は高い。

■コロナ禍で収益分野の拡充が喫緊の課題に

近年、JR西日本は決済などの金融ビジネスと、交通や日常生活での買い物および旅行など既存分野の結合を強化した。今回報道されたスマホ決済のサービス提供は、そうした取り組みの強化を狙ったものといえる。JR西日本はわたしたちの生活に必要なより多くのサービスをデジタル空間内で完結しようとしている。

2020年9月、JR西日本は、その出発点となるべき発表を行った。東日本旅客鉄道(JR東日本)との連携だ。JR西日本は発表したばかりの“WESTER(ウェスター)”アプリと、JR東日本のアプリとの段階的な連携や共同でのキャンペーン告知などを検討すると明らかにした。目指したのは、収益獲得領域の拡大だ。

きっかけの一つとして、コロナ禍の発生は大きかった。感染の再拡大は長引いた。JR西日本をはじめとするわが国の企業は、人口減少などを背景とする需要の縮小均衡という変化に、前倒しで対応しなければならなくなった。コロナ禍によって鉄道輸送の需要は大きく減少した。一時、インバウンド需要も蒸発した。

■鉄道事業者が銀行分野に進出する狙い

新しい収益源を確立するため、JR西日本はWESTERアプリを投入した。アプリの利用者を増やすために、他企業との連携の重要性は高まった。その一つとしてモバイルスイカなど金融関連の事業を強化したJR東日本と連携した。その後、JR東日本は当局の許可を得たうえで銀行分野に進出するとも表明した。

足許、JR西日本はWESTERアプリにスマホ決済なども実装し、利便性を高めようとしている。中国やアジア新興国など海外を追いかけるように、わが国でもQRコード決済の普及に弾みがついた。スマホ決済サービスを提供する“ペイペイ”の特許出願件数が3メガバンクを上回ったことは、そうした変化を支えたと考えられる。

また、交通系電子マネーなどと比較すると、QRコード決済の導入コストは低い。駅ビルの小規模テナントなどにも導入しやすい。環境変化に機敏に対応しつつ収益分野を拡大するために、JR西日本はアプリの機能強化を急いでいるように見える。

■もはや銀行の専売特許ではなくなった

わが国において、JR西日本のようにスマホアプリを通して金融サービスを提供する一般の企業は増えた。その要因として、世界経済のデジタル化の影響は大きい。

伝統的にわが国の金融業界では、銀行の存在感が大きかった。大手行や地方銀行は、人通りの多い主要駅の前など一等地に店舗を構えた。人通りが多い分、店舗を訪れる人は増える。潜在的な資金需要の機会を発掘する可能性は高まる。

また、銀行は決済などのデータを迅速、確実に処理するために、大規模なサーバーを設置した。ITシステムの開発、構築、メンテナンスなどのために大型のビルを確保し、専門の人材も多く配置した。政府は経済全体での円滑な資金の融通を実現するために、免許制度の下で銀行業界を厳格に管理した。銀行分野への新規参入は容易ではなかった。

リーマンショック後、環境は変化した。スマホの普及、SNSの利用増などを背景に、世界経済のデジタル化が進んだ。銀行が提供した口座振替決済、信用審査、資金運用などの分野に、非金融分野の企業が相次いで参入した。特に、分散型元帳技術などと呼ばれる“ブロックチェーン”のインパクトは大きかった。

■給与支払いもアプリで完結?

ブロックチェーンの利点は、特定の管理者を配置することなく、システムによる自律的、安定的な業務運営にある。より低コストで資金の決済などを行い、収益を獲得しようとするIT先端企業は増えた。フィンテック企業などと連携し、事業運営の効率性向上に取り組む一般企業も世界的に急増した。そうした変化を背景に徐々にわが国でも金融関連の規制は緩和され、JR西日本はスマホ決済などに参入する。

報道によると、WESTERアプリへの“デジタル給与払い”機能の搭載も検討している。デジタル給与払いとは、スマホの決済アプリや電子マネー口座に給与を支払う仕組みをいう。2023年4月に解禁された。利用者は銀行口座からアプリへの入金の手間を減らすことができる。企業は給与支払いにかかる振込手数料を軽減できる。

クレジットカードを片手にスマートフォンに必要事項を登録している女性の手元
写真=iStock.com/Sitthiphong
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sitthiphong

■「デジタル円」の研究を進める日銀

今後、“チャットGPT”をはじめとするAIの利用増などを背景に、世界経済のデジタル化は勢いづくだろう。それに伴い、わが国のフィンテック分野でも決済サービスなどのシェア拡大を目指した競争は激化しそうだ。中央銀行が法定通貨のデジタル化(中央銀行デジタル通貨、CBDC)に向けた取り組みを強化していることの影響もある。

国によってスピードやコンセプトの差はあるが、わが国、米国、ユーロ圏、中国などの中央銀行はCBDCの研究を進めている。行政サービスのデジタル化を進めたエストニアは欧州中央銀行(ECB)などと協力して“デジタル・ユーロ”の実証研究を実施した。

日本銀行もデジタル円などと呼ばれるCBDCの実証研究を進めている。なお、2023年4月の報告書の中などで日本銀行は、「わが国でCBDCを導入するかどうかは、現時点では決定しておらず、今後の国民的な議論の中で決まってくる」との立場だ。

■フィンテック領域の競争はいっそう激化する

日米欧の中央銀行によるCBDC研究に共通するのは、経済運営の効率性を高めることだろう。現金の利用にはコストが発生する。代表的なものに、ニセ札防止のための印刷技術の向上、安全な輸送手段の確立、大型金庫など保管場所の確保などがある。中央銀行デジタル通貨の利用が実現すれば、理論上、コストは軽減できる。決済に関するビッグデータの利用によって、より円滑な需要と供給のマッチングも期待される。

2023年4月、JR西日本はWESTERアプリの強化を長期の経営計画の基礎に位置づけた。同社はこれまでにましてデジタル化の加速に対応し、収益力を強化しようとし始めた。フィンテック企業などとの連携は増えるだろう。

同じことは、他の企業にも当てはまる。有力なフィンテック企業との連携を実現できるか否かは、わが国企業の競争力にかなりの影響を与えるだろう。一方、銀行は決済、資金運用、信用審査などをパッケージ化し、サービスとして提供する体制を強化しなければならない。JR西日本によるスマホ決済参入は、そうした変化を勢いづける嚆矢(こうし)になりうる。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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