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「いまだにこんな問題を出すのはどうなのか」予備校化学科講師が見るたびに悲しくなる"残念な入試問題"

プレジデントオンライン / 2023年8月28日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Pathompong Bussapapongpan

化学の入試では「航空機の材料はジュラルミン(アルミニウム合金)である」といった問題が出ることがある。河合塾の化学科講師の大宮理さんは「こうした問題をみるたびに悲しくなる。現代の航空機を成り立たせている素材は、もはやジュラルミンではなく、最先端の素材になっている」という――。

※本稿は、大宮理『ケミストリー現代史 その時、化学が世界を一変させた!』(PHP文庫)の一部を再編集したものです。

■エジソンは京都の竹を「最適だ」と言った

炭素繊維は炭素原子だけからできた繊維で、黒鉛と似た構造の物質です。黒鉛は鉛筆の芯の素材で、鉛筆の芯は黒鉛の小さな結晶を添加剤と一緒に固めたものです。

黒鉛は柔らかいので、紙の上に押しつけると剝がれて紙の上に付着します。黒鉛は英語で「グラファイト」といい、ギリシャ語の「グラフェイン」(「書く」の意)とラテン語の語尾「〜ァイト」(「〜石」の意。アンモナイトやダイナマイトと同じ)が語源です。

1564年、イギリスの鉱山でメタリックな光沢のある石が発見され、筆記に使えることがわかると、やがて鉛筆へと応用されていきます。鉛筆がなかったら、偉大な科学者も生まれてこなかったかもしれません。

1879年、発明王トーマス・エジソンが白熱電球をつくる際に、電気を流して光らせる発光体に最適な素材を探して苦心していました。机の上にあった竹の扇子から、竹を取り出して焼いた繊維は耐久性もよく、「これだ!」と世界中の竹を探しました。

エジソンは、京都の石清水八幡宮の竹を蒸し焼きにしてつくった芯は、連続点灯時間が1200時間を超え、最適であることを見つけます。この芯が、炭素繊維の利用の始まりです。

■「東レ」は繊維業界のトップランナー

構造材料として注目されるのは、宇宙開発の分野でした。1959年、アメリカの化学企業、ユニオンカーバイドの子会社、ナショナルカーボンがレーヨンという繊維を焼いて炭素繊維をつくり、ロケットの噴射口の素材として利用されました。でも、世の中には普及しませんでした。

そのころ、日本では、通商産業省工業技術院大阪工業技術試験所(現在の産業技術総合研究所関西センター)の進藤昭男博士が、ポリアクリロニトリル(PAN)という分子でできたアクリル繊維(カーペットやフリースなどに用いる繊維)を高温で分解してつくる炭素繊維(PAN系アクリル繊維)を発明し、その後、特許を取得しました。

この特許をもとに、炭素繊維の実用化に情熱を傾けた企業が現れます。それが日本の東レです。東レは、東洋レーヨンという繊維企業から出発した化学企業で、先端素材を追求してきたトップランナーです。

■世界の炭素繊維の9割は「日本発」の素材

アメリカのデュポンが発明した「ナイロン66」を日本に導入するための提携交渉の際、東レはノウハウは秘密で、ただ生産するだけの権利料として10億8000万円の前払金を要求され、それを吞んで導入しました。

余談ですが、鎌倉市にある東レの医薬研究所(旧・基礎研究所)は、特撮テレビ番組「ウルトラマン」で宇宙研究所と科学特捜隊の基地として登場しました。

1971年2月、東レは世界に先駆けて、PAN系炭素繊維の生産を開始しました。でも、生産を始めたものの、目新しすぎて活用先が見つからず、鮎釣りの釣り竿やゴルフのシャフトをつくって活路を見出していました。

その後、東レのPAN系炭素繊維は先端材料として認められ、航空機の材料としてブレイクします。東レの初年度の生産は10トンにも満たないものでしたが、いまでは29万トン以上になっています。

一方、原油から得られる残渣のピッチという黒いドロドロの物質からできるピッチ系炭素繊維は、1970年に呉羽化学工業(現在のクレハ)で生産が開始されました。現代では、世界の生産量の9割がPAN系の炭素繊維です。

■1+1が10になる複合材料

炭素繊維は軽くて強い理想の素材です。引っ張りに対する強さは、鉄の10倍もあります。炭素繊維だけでは用いられず、ほかのプラスチックの樹脂と混ぜた複合材料として使われます。

複合材料は、それぞれの材料のメリットの相乗効果になります。4000年前、古代メソポタミアでジッグラト(宗教的な聖塔)に使われた日干しレンガも、藁(植物のセルロース繊維)を粘土に混ぜた複合材料です。

日本の家屋や土蔵などの外壁の白い壁に使われた漆喰も、藁を繊維として入れた立派な複合材料です。同じような発想が、鉄筋コンクリートです。複合材料とは、1+1が2にとどまらず、5にも10にもなるイメージです。

■釣り竿から宇宙船まで

炭素繊維にプラスチック樹脂などを混ぜて固めた複合材料、CFRP(炭素繊維強化プラスチック)は、航空機、宇宙船、人工衛星、レーシングカー、競技用自転車、テニスラケット、ゴルフシャフト、鮎の釣り竿などに利用されています。

レーシングカーの頂点であるF1グランプリのマシンは、軽量化のため、早くからCFRPを利用してきました。1981年、イギリスの名門、マクラーレンのMP4/1に採用され、瞬く間にCFRPが席巻しました。そして、セナやシューマッハなどの最速伝説が炭素原子のうえで生まれます。

ランボルギーニが2010年に発表した限定モデル「セストエレメント」(6番元素)は、原子番号6番の炭素を表す名前のとおり、ボディはCFRPでできており、軽量化に徹した車体です。

航空格納庫の中で整備士たちが整備中
写真=iStock.com/aapsky
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/aapsky

■「航空機=ジュラルミン製」と教える高校教育のなぞ

大宮理『ケミストリー現代史 その時、化学が世界を変えた!』(PHP文庫)
大宮理『ケミストリー現代史 その時、化学が世界を一変させた!』(PHP文庫)

軍用機はもとより、旅客機でも燃費向上のための軽量化が至上命題ですから、ボーイングB787「ドリームライナー」は、炭素繊維を50パーセント近く利用しています。荷重がかかるフレームやエンジンはアルミニウム合金やチタン合金を使っていますが、胴体や翼などはほとんどがCFRPです。そういった点で、いまだに化学の入試問題に、「航空機の材料はジュラルミン(アルミニウム合金)である」みたいな旧態依然とした問題が出てくるのはどうなのかと悲しくなってきます。

最先端の軍用機、とくにステルス戦闘機など第5世代といわれるものに関しては、炭素繊維が大量に使われていると思われます。軽量化し、さらにわざと不安定な挙動にして、空中で垂直になれるほどの高機動性にします。人間離れした不安定な挙動をコントロールできるのは、各種センサーとコンピュータの姿勢制御技術のおかげです。

鉛筆の芯と同じ炭素原子が集まったものでも、集まり方を変えるだけで炭素繊維は非常に強い繊維になります。これが化学のスゴいところなのです。

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大宮 理(おおみや・おさむ)
河合塾化学科講師
東京・練馬区に生まれ育つ。都立西高校卒業後、早稲田大学理工学部応用化学科で機能性高分子化学の研究室にて研究するも、父親の自己破産で極貧のため大学院にも進学できず、誰にも惜しまれずに卒業、化学の予備校講師に。代々木ゼミナールで衛星放送の授業などを担当したあと、河合塾講師として現在は中部地区の河合塾で授業や教材、模擬試験作成を担当する。『苦手な化学を克服する魔法の本』『もしベクレルさんが放射能を発見していなければ』(以上、PHP研究所)や学参など多数の著作がある。iOSアプリ「インスタ化学」を主宰。独身時代にローマ帝国とイタリアを体感すべく跳ね馬「フェラーリ」を乗りまわすも、いまは二人の子供にお馬さんごっこで乗られている。古書店めぐりや歴史、ミリタリー、プラモデル、自動車、鉄道、模型、自転車(ロードバイク)、ワイン、蒸留酒、日本酒、料理、クラシックやアート鑑賞など多趣味が災いして、日々、人生の“大後悔時代”を歩んでいる。

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(河合塾化学科講師 大宮 理)

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