「顔が見える面接は受けられません」チャットで採用を決めた適応障害の人材が圧倒的ナンバーワンの実力だった
プレジデントオンライン / 2023年8月28日 13時15分
■1000人の従業員の8割が何らかの発達障害がある
働きづらさを抱える人の職場を国内外で取材している。
オランダのDen Bosch(デンボス)という街の人通りの多いエリアにある「ブラウニーズ&ダウニーズ」というカフェに立ち寄る機会があった。同店のイチオシは店名にもある「ブラウニー」で、最大の特徴は店舗で働くスタッフの多くがダウン症であることだ。現在は1000人を超える従業員を雇用しており、うち8割はダウン症など何らかの発達障害があるという。オランダのさまざまな街にチェーン店があり、その数は50以上にのぼる。
過去にはオランダ国内の外食産業を対象とした「フードサービスアワード」でグランプリを獲得した実績もある。マクドナルドやドミノピザ、サブウェイといった大手飲食チェーン店にも勝る国民の圧倒的な支持を得て受賞したそうだ。
■SNSでスタッフの姿を積極的にPR
席に着いてテーブルに備えてあるメニューを見ると、満面の笑みを浮かべたダウン症のスタッフのカラー写真が多用されていた。壁には「WALL OF FAME」の文字とともに、誇らしげな表情のダウン症のスタッフの写真が額に入って飾られている。「ダウン症であることが自分たちの特権」と言わんばかりの店内の演出に圧倒された。インスタやTikTokなどでは明るいスタッフの姿を前面に出して積極的にPRを展開している。
私達は店内の一番奥の席に座ったが、隣のテーブルではダウン症の若い女性がフォークやナイフなどのカトラリーを布巾で拭いていた。ややふてくされたような表情を浮かべて休み休み作業をしていたが、彼女に厳しい視線を向ける人はいなかった。企業全体がダウン症のスタッフ一人ひとりの「独自性」を全面的に受け入れている姿勢がうかがえた。
■引きこもり歴や適応障害がある人材を採用する会社
「INNOVA初台」にも社員の独自性を尊重する雰囲気がある。ここでは社員の能力について「異能」という表現を用いている。異能とは「人より優れた能力、一風変わった独特な能力」を意味する。
「INNOVA初台」はソフトウェアテストサービスやサイバーセキュリティサービスを提供するデジタルハーツグループの特例子会社「デジタルハーツプラス」の拠点として2021年に開設された。「デジタルハーツプラス」の従業員は48名で、うち障害者手帳保持者は34名(精神・発達33名、身体1名)。「INNOVA初台」の従業員は10名で手帳保持者は4名(精神障害)、手帳はないが東京都のソーシャルファーム(※)の困難性認定を受けているのは3名だ(2023年7月現在)。
※ソーシャルファームは「社会的企業」と訳され、ヨーロッパを中心に広がっている活動組織。就労に困難を抱える人が必要なサポートを受け、ほかの従業員と一緒に働く企業や団体のこと
筆者が訪問したこのオフィスは抑えめのカラーで統一された空間で、勤務するスタッフの状況に合わせてレイアウトが変更できるようすべて可動式のオフィス家具が配置されている。一般のオフィスと比べると全体照明がやや暗い印象だが、明るさをあえて落としている雰囲気が適度に気分を落ち着かせてくれる。
同社では引きこもり歴や適応障害(ストレスが原因でさまざまな精神面・身体面での症状が起きる病気)がある人などを採用し、サイバーセキュリティ人材として「戦力化」することを目指す。
採用された社員のなかには、ゲームを得意とする、いわゆる「ゲーマー」もいる。
■ゲーマーが持つスキル
興味深い調査結果がある。7カ国(米英独仏星豪日)のセキュリティ専門家・マネジャー約1000名を対象に調査したところ(米マカフィー、2018年4月)、「ゲーマーはサイバーセキュリティに必要なスキルを備えている」との回答が92%に上った。
同社の業務にはゲームやアプリ、ウェブサイトを動かし、バグ(不具合)がないか確認する作業があり、ゲーマーの異能が戦力となるのだ。巧妙化するサイバー攻撃は近年中小企業へとターゲットが拡大しているが、被害の自覚が無いケースや、対策のコストを十分に捻出できない中小企業が少なくない。廉価に対応できる人材の量が求められており、採用した人材を「戦力化」することを掲げているのはこうした背景もある。
■「出社してもいい日」と「リモートワークの日」だけがある
「INNOVA初台」で社員の臼井拓哉(仮名)さんから話を聞くことができた。臼井さんは過去に2回転職を経験しており、前の会社は2020年に退職し、その後コロナの影響で就職活動がうまくいかない時期もあったが2022年4月、同社に入社した。
身体的な疲れやすさや姿勢維持から来る痛み、それらによるストレスという困難性を抱えているという。
「前の会社ではシステムエンジニアとしてソフトウェアのセットアップや保守、開発などを行っていました。当時は業務の範囲が曖昧で、『保守』として対応するのに疑問を感じるような業務もありました。とにかく納期に追われる毎日で、自分の能力にも体調にも限界を感じました。会社が合併した後で新しいメンバーが増えたのですが、人が増えてもそれぞれの能力差があり、忙しい状況は変わりませんでした」
現在でも会社で長時間作業をしていると調子が悪くなると打ち明ける。
同社では社員にとっての働きやすさを模索し、現在は月・水・金曜日は「出社してもいい日」、火・木はリモートワークとしている。
■一度も顔を合わさず採用した人材はチームナンバーワンの実力
「INNOVA初台」の所長で「デジタルハーツプラス」事業推進部部長の高橋潤さんによると、同社で採用された人たちでこれまで働きづらさを抱えている人は以下の3パターンに分けられたという。
②就職にチャレンジしたが採用されなかった
③そもそも就職にチャレンジできずひきこもり状態にある
①~③に該当する人を同社で雇用してきた理由は、先述の通り「異能があり戦力となること」を重視しているからに他ならない。その姿勢が伝わるエピソードを高橋さんが教えてくれた。
「適応障害で入社を希望された方がいました。オンラインで採用面接を行う予定でしたが、当日になって『オンラインでは難しい』と言われたのです。顔が見えない形式であれば対応が可能とのことでしたので管理者で対応を検討し、チャットで面接を行うことにしました。暗い画面に向かって文字を打ちながらの面接は私も初めてでしたが、結果的にその方を採用しました。
面接後、採用プロセスの一貫として実施したインターンで、実際の業務と同じ作業をチームで行い、参加者に『チームの中で誰が一番貢献したか』というアンケート調査を行ったところ、その方がダントツの一位でした」
チャットの面接で入社したこの社員はその後業務実績が認められて転籍のオファーを受けグループ会社へ転籍したという。社員が「INNOVA初台」を卒業することも厭わず、キャリアアップをする支援を行っていることも特徴だ。
ただし、面接に訪れた人すべてを採用しているわけではない。「チャレンジしたいという意欲が感じられるかどうかを重視している」と高橋さんは言う。
■障害者雇用を「外注」する問題点
「独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構」の調査によると、精神障害者のうちのおよそ50パーセントが1年以内に退職していることがわかった。「INNOVA初台」では、1年以内の退職者はいないという。
民間企業における法定雇用率は、2023年4月より2.7%に引き上げられたが雇い入れに係る計画的な対応ができるよう2023年4月から1年間は2.3%で据え置きとなった。2024年4月から2.5%、2026年7月から2.7%と段階的に引き上げとなり、そのハードルは高くなっている。
障害者雇用を行う多くの企業の担当者が頭を抱える課題が障害者のための業務の創出、いわゆる「業務の切り出し」である。従来企業内で切り出していた業務としては清掃、配布資料のホチキス止め、複合機のコピー用紙の補充、郵便物の仕分けなどだ。
筆者は10年ちかくにわたり、社会で働く障害者に聞き取り調査を行ってきた。調査では「本当は接客業をしたいのだけれど……」という女性の声や「パソコンを使った作業をしたいけれど、そういう仕事はなかなかさせてもらえない」といった車椅子ユーザーの声などをたびたび耳にしてきた。
■雇用のミスマッチを減らすために
精神障害者のおよそ50パーセントが1年以内に退職しているという調査結果の背景には、企業が「善処」して切り出した業務と働く側の希望のミスマッチもあるのではないだろうか。無論、障害の有無に関わらず、多くの人は自分が望む業務に就いているわけではない。しかし、入社した会社で働くつもりが「別の会社で農業をしてください」と命じられるケースはそうそうないだろう。
「農園型の障害者雇用で救われている障害者や家族もいるので一方的に批判はできませんが……」
そう話すのは大手企業の特例子会社で採用を担当する大野泰平さんだ。大野さん自身も脳性麻痺で車椅子を使いながら暮らしている。
「一般の就労形態で働きたいのであれば障害者自身が自分の強みを企業側に伝えることも大事だと思います。一口に障害者といっても、一人ひとり障害も違えば、性格も違う。自分の長所と短所、得意なこと、苦手なことを伝えなければ企業側もどのような業務を任せられるのかわかりません。自分の強みを伝えるには、まずは自分で自分を知ること、自己覚知が求められます。さらにいえば、自分の障害についてどの程度理解し、受容できているか、自分のことを評価する視点も必要でしょう」
自分の強みを伝えることが難しい場合には、障害者総合支援法に基づく就労移行支援サービスやジョブコーチ(職場適応援助者)を活用する方法もあると大野さんは言う。
■「数さえ満たしていれば」という障害者雇用の実情
会社で長時間作業をすることが難しい臼井さんは「現在でも自分がつらいなと思ったときは就労支援員などに相談している。社内で自分がつらいと口に出しても許される環境なので助かっている。一度は辞めようと思ったこともあるが、今はセキュリティエンジニアとして仕事を続けていきたいと思っています」と話を締め括った。
彼の上司にあたる高橋さんは臼井さんのことを「会議などがあると彼は毎回議事録をしっかりと作成してくれるので助かっています。職場でもリーダーシップを発揮していますね」と臼井さんの特性を理解し、評価している。
「INNOVA初台」では社員と支援機関と定期的な二社・三者での面談を実施し、社員の状態を把握するよう努めている。
働きづらさを抱える人がその職場に定着するためには採用後も一人ひとりを見守り、働きやすい環境を提供するきめ細やかさが求められる。
しかしそれができず、「数さえ満たしていれば」と通称「ロクイチ報告」(※)を提出している企業もあるのではないかと推察される。
障害者の雇用率だけを重視するのではなく、社員のキャリア形成の支援や定着率を上げるための取り組みや努力について、もっと評価がなされてもよいのではないだろうか。
働きづらさを抱える人が戦力として活躍できる場が日本でも増えることを期待する。
※「ロクイチ報告」は「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律第52条第1項」、「障害者の雇用の促進等に関する法律第43条第7項」のことで、従業員43.5人以上規模の事業主は毎年6月1日現在の高年齢者及び障害者の雇用状況を厚生労働大臣に報告(提出は事業所所在地管轄のハローワーク)することが法律で義務付けられている。正当な理由なく障害者雇用が進まなかった場合は「雇い入れ計画作成命令」の対象となる場合があり、改善されない場合は厚生労働省のホームぺージ上で公表され、指導が行われることになる
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介護ジャーナリスト、介護福祉士
小学生時代は家族を支える「ヤングケアラー」で、20代からは洋画家の祖母の在宅介護を担う。現在は介護ジャーナリストとして活動を展開。この間、高齢者・障害者・児童のケアを行う全国の宅老所などを取材。2013年より東京都福祉サービス第三者評価認証評価者として、「生活介護」、「就労継続支援A型・B型事業所」などで調査・評価活動も行ってきた。日本在宅ホスピス協会役員、日本在宅ケアアライアンス食支援事業委員、All Aboutガイドも務める。著書に『世の中への扉 介護というお仕事』(講談社、2017年度厚生労働省社会保障審議会推薦 児童福祉文化財)、『ひとり暮らしでも大丈夫! 自分で自分の介護をする本』(河出書房新社)など。
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(介護ジャーナリスト、介護福祉士 小山 朝子)
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