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「爆買い」はもうやってこない…中国人観光客が増えているはずなのに、街中であまり目立たないワケ

プレジデントオンライン / 2023年8月25日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/visualspace

■ゴールデンルートは「一度行けばもう十分」

8月10日、中国から日本への団体旅行が約3年半ぶりに解禁になった。日本では「爆買いが復活か」と大きな話題になっているが、私は、以前ほど中国人は日本にやってこない、と考えている。

その第一の理由は団体旅行自体の減少だ。中国人の訪日旅行は個人旅行と団体旅行の2種類あるが、コロナ禍前の2019年の時点で、すでに訪日中国人観光客の7割は個人旅行客が占めており、団体旅行客は3割にまで減少していた。今後、このトレンドは変わることはないだろう。

団体旅行の人気がない理由は、自由時間が少なく、ありきたりで、SNSで他人にあまり自慢できない内容だったからだ。

コロナ禍前、中国人の団体ツアーの多くは「ゴールデンルート」と呼ばれるものだった。成田空港(または羽田空港)から入国し、関西国際空港から帰国する(またはその逆パターン)というのが定番の行程。東京の浅草や銀座、山梨県の忍野八海、神奈川県の箱根などを巡り、新幹線に乗って名古屋、京都の清水寺、大阪のUSJなどを巡るという5~7日程度のコースだ。銀座などで自由時間が与えられ、その間にショッピングはできるものの、一度行けばもう十分という内容だった。

■団体客の正体は所得の低い人たちだったが…

今回、団体旅行が解禁になったことを受け、日本の有名観光地では期待と不安が交錯しているが、中国の旅行会社の団体ツアー内容を見てみたところ、こうしたありきたりの内容は以前よりも減っていた。例えば、親子で参加する日本でのグランピングツアーや、温泉を巡るツアー、5日間のツアー中、丸1日は自由行動にするツアーなど新しい形態になっていた。

だが、こうした内容であれば最初から個人で自由に旅行するほうがよいと考える人も多く、中途半端であることは否めない。日本人の中には今でも「全部お膳立てしてくれる団体旅行のほうが楽だ」と考えて、言葉が通じない海外などでは、あえて団体旅行を選択する中高年もいるが、中国人にはそうした発想はない。

そもそも、中国人は所得によって取得できるビザが異なり、所得の低い人は個人旅行をするビザは取得できないので、海外に行きたいなら、団体旅行に参加するしかない。だが、団体旅行に参加すると「現地の中国人ガイドにピンハネされたり、騙されたりするのでは……」「好きな買い物をする時間がない」「他人に合わせて集団行動をとらなければならない」と考え、団体旅行に対してネガティブなイメージを抱いている人が多い。

■爆買いしなくても中国で手に入る

一度は団体に参加しても、「二度目以降は絶対に自分たちだけで旅行しよう」という気持ちを持っている人が、2015年の爆買いブームの頃から多かった。その証拠に、ブームの時には団体旅行が全体の7割、個人が3割という割合だったが、それからわずか4年後の2019年には、冒頭で紹介したように、団体と個人の割合は逆転している。

また、団体旅行の主目的として、以前は「買い物」を挙げる人が多かったが、爆買いブーム以降、中国の通販サイトで日本の日用品などを購入できるようになり、わざわざ日本に行って、ドラッグストアで買い物をしなくても済むようになったことも、団体を避ける要因のひとつといえる。

ブームの時には「日本で買うべき12の神薬」といったリストがSNSで出回り、そのリストに沿って、自分のお土産だけでなく、家族、親戚、会社の同僚などに頼まれた買い物をするという時代があった。わずか8年前の話だが、当時、誰もが日本旅行に行けるわけではなかったので、日本に行く人に「あれも買ってきて、これも買ってきて」と頼む人があまりにも多かったのだ。

■団体旅行ビザの人たちの旅行需要が激減

しかし、もはや、そんなことをする人は誰もいない。日本に旅行に行く目的は多様化しており、爆買いブーム直後から言われていたように、モノ消費から体験型のコト消費へと移行しているが、団体旅行では、それ(コト消費)がしにくいという理由もある。

また、中国国内経済の悪化も団体旅行の復活に大きな影を落としている。8月17日、かねて経営危機に陥っていた中国恒大集団が米国で破産を申請。不動産不況が深刻化していることがより鮮明になった。

訪日旅行客の約半数が20~30代という比較的若い年齢層だが、政府が若年失業率の統計発表を取りやめたことなどからも推測されるように、若者の就職難はますます厳しさを増している。こうした状況から、中国では内向き志向が強まっている。

日本政府観光局が今月発表した7月の訪日外国人数(推計値)でも、韓国や米国などからはコロナ禍前の2019年7月を上回る人が来日したが、中国人は約31万人と2019年7月(約105万人)と比較して7割も減少した。これは団体客が解禁される前なので、ほぼ個人旅行客だが、それでもこれほどの落ち込みようだ。

前述の通り、そもそも、団体旅行ビザを取得できる人と、個人旅行ビザを取得できる人では所得に大きな格差がある。団体旅行に参加する人々は個人旅行をする人々と比較すれば、もともと経済的な余裕はそれほどない。

■「団体旅行=時代遅れ」と考える人が増えている

日本の一部報道では、今回、団体旅行が解禁になった背景に、中国国内のオーバーツーリズム問題があり、中国政府が、国内旅行をしていた人々の目を海外に向けさせる狙いもあるとされていた。だからといって、厳しい経済状況の中、国内旅行から海外旅行へと簡単に切り替えられる人がどれほどいるのか、という疑問も浮かぶ。日本でも同様だが、コロナ禍を経て、海外旅行できる人とできない人の差は以前よりも大きくなっている。

これらの理由で、中国人の団体旅行が解禁されても、日本人が予想するほど中国人団体客は日本にやってこないのではないか、と私は考えている。むろん、中国人は分母が多いので、10月の国慶節の大型連休の時などは、ある程度まとまった人数が来るだろう。まったく来なくなるといっているわけではない。

しかし、ここまで紹介してきた通り、8年前に起きたような「爆買い」現象はもう起こらない。コロナ禍の際、ゼロコロナ政策で移動の自由を厳しく制限された中国では、日本と同じようにキャンプが流行した。マイカーでの少人数の移動も増え、団体で公共交通機関に乗ることは大幅に減った。そうしたことが習慣化されたこともあり、団体旅行=時代遅れ、といった認識を持つ人が増えているのではないか、と私は感じている。

■今後は「目立たない中国人」が増える

では、今後、主流になるのは何かといえば、コロナ禍前から中心となっていた個人旅行客であることは間違いない。個人旅行ができるマルチビザは「3年マルチビザ」と「5年マルチビザ」があり、年収は少なくとも500万円以上の中間層から1000万円以上の富裕層だ。

彼らはすでに、日本を含めた海外旅行を何度も経験済みなので、自分なりの目的を持って自由にオリジナルの旅行を組み立てている。ショッピングもするが、美術館巡りやラーメン店巡り、地方のひなびた温泉巡り、アニメの聖地巡礼、スキー体験、好きなアーティストのライブに行くなど、日本人も舌を巻くほど日本の詳細な情報を入手し、自分の好きなところへ行く。

夕方の銀山温泉
写真=iStock.com/Junki0110
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Junki0110

人数は1人または2~3人の友人同士、カップルなどで、少人数で行動するので、日本人の目には、一見して「中国人」だとはわからない。彼らは見た目も洗練されていて、日本以外の国・地域への旅行経験も豊富、英語や日本語を話すからだ。むろん、直接話せば、「中国人」だとわかるが、彼らはスマホで地図情報なども入手できるので、日本の町に溶け込んでいるのだ。

■気づけばマナーが悪い光景もめっきり減った

こうした人々はコロナ前もすでに増えており、コロナ禍によって変化したわけではないが、日本のメディアではあまり注目されなかった。その理由は町に溶け込んでいるため「目立たない」からだ。服装もシックだし、行列にもきちんと並ぶ。大声でおしゃべりせず、日本のルールを事前にしっかり学んでいる。顔も同じ東洋人なので、日本人と変わらない。団体で行動していないので、日本のテレビ番組などでは「ここに中国人が来ています」と紹介しにくい。

爆買いブーム以降、日本では中国人のマナーの悪さがクローズアップされた。行列に並ばないで横入りする、地べたに座る、大声でしゃべる、といったことが指摘された。現にそうした人々が多かったのは事実だが、最近ではめっきり減った気がする。

2019年ごろ、私は中国からの団体ツアーを取材したことがあるが、その頃、中国でも「日本で中国人のマナー問題が大きく報道されている」ことは知られており、団体ツアーの主催者から参加者に「日本旅行で気をつけることリスト」が配られていた。そこには、「地べたに座らないこと、大声を出さないこと」なども書かれていた。日本旅行だけに限らないが、「海外に行ったら、マナーに気をつけること」は中国から出国する人々にだんだんと周知されていったように私は感じている。

■彼らの意識の変化は想像以上に速い

つい最近、私は東京・新宿の百貨店のレストランフロアで、椅子に座って入店待ちをしていたのだが、中国人の若い男性数人(おそらく個人旅行客)が、椅子に座っている人々に気づかず、店内に入っていこうとしたところに遭遇した。しかし、その中の1人が椅子に座っている私たちに気づき、「おい、こっちに並んでいる人がいるよ、並ばなきゃ」と他の友人に声をかけていた。こうしたことに気づけるようになったことは大きな進歩だと思う。

むろん、中国人にはさまざまな人がいる。まだマナーがなっていなかったり、日本人に迷惑をかけたり、不愉快な思いをさせる人もいなくなったわけではない。だが、比較的富裕層の個人旅行客が増えていけば、次第にお行儀のよい中国人が増えていくことは自然の流れだ。

マナーが悪い中国人は日本に来るな、という声も日本ではまだまだ大きいが、彼らは日本人が想像する以上に速いスピードで意識が大きく変化している。これは爆買いだけに限らず、あらゆる事柄において同じだ。団体旅行が解禁となった今、私たちは彼らのどこが、どのように変化しているのか、その実態に真摯(しんし)に目を向ける必要があるのではないだろうか。

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中島 恵(なかじま・けい)
フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)、『いま中国人は中国をこう見る』『中国人が日本を買う理由』(日経プレミアシリーズ)などがある。

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(フリージャーナリスト 中島 恵)

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