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「経済的な自立」が目的ではない…父親がわが子を「自閉症アーティスト」として売り出す本当の理由

プレジデントオンライン / 2023年9月7日 15時15分

佐藤楽音(GAKU)さん - 筆者提供

知的障害者は保護者が亡くなったらどうなるのか。自閉症アーティストの佐藤楽音(GAKU)さんの父親・典雅さんは「絵の売上はほとんどアート活動の事業に再投資している。自力で生活できない知的障害者にとって、貯金はあまり意味がない。それよりも経験や人との出会いで『生きた資産』を残したい」という――。

※本稿は、佐藤典雅『GAKU,Paint! 自閉症の息子が奇跡を起こすまで』(CCCメディアハウス)の一部を再編集したものです。

■「どうせ何もわからない」と線引きしてはいけない

小さい頃のがっちゃんは、何も話してくれなかった。一方的に同じ言葉を繰り返すばかりで、学校で何があったのかを知ることもできなかった。これは中学生に至るまでずっとそうだった。

ところが高校生になってから、突然ロスでの幼稚園のクラスメートの名前を出すようになった。どの子がバスで先生に叱られて泣いたといったり、先生の名前を連呼したりする。そして、そのときの教室の番号と扉の色をいったりする。

「え、そんなことも覚えていたの?」

ボクとさっちゃん(※がっちゃんの母)にとっても、驚きだった。そんなに小さい頃のことを覚えていることもだが、何よりもその光景を認識して理解していることが驚きだった。彼がその日の出来事を話してくれたことはないので、いろいろなことに対して関心や興味がないと思っていたからだ。

このように、知的障害を持つ子どもにたとえ反応が見られなくても、ちゃんと情報は吸収している。だから「どうせ何もわからないだろうから」と、勝手に線引きをしてはいけない。実際にGAKUはいろいろなものを観察して、情報を蓄積して、感性を育ててきた。そしてそれらが彼のセンスとなって、絵に反映されるようになった。

■人生を一緒にエンジョイする方法を考えればいい

だから障害を持つ子どもの子育ては、まわりの大人があきらめないことが大切だと思う。小難しく考えたり悩んだりする必要はない。

単純に、どうやったら一緒に人生をエンジョイできるのかを考えていけばいい。だから「子育て」といって力む必要もなく、何事も自然体でいいのではないかなと思う。

GAKUを担当しているココさんは、福祉の「支援者」という概念を持っていない。ココさん自身が興味のあるイベントやブランドのお店にGAKUを連れていっている。アート活動を含めて一緒に楽しい活動をしているといったほうが、正しいだろう。

最近になってGAKUのボキャブラリー(単語数)は増えてきたものの、彼が長文を使って自分の考えをスラスラと話すようになることは、この先もないだろう。今でもGAKUは、自分が感じているフラストレーションやストレスについて説明することができない。

■絵はGAKUにとって社会との架け橋だ

言葉というコミュニケーション手段を持たないGAKUは、ある意味世界から隔離されていた。そして、社会的な営みの中で自分の存在を示す方法も持ち合わせていなかった。

それが16歳のときに、突然GAKUは「絵」という手段を見つけた。自分が感じていることや共有したいことを、絵で表現できるようになった。そして、絵を通じてまわりの人からフィードバックをもらえるようになった。

さらにクラファンでは、大勢の人に自分のプロジェクトを応援してもらった。さまざまな企業といろいろなコラボ案件をすることもできるようになった。自分の絵を使って、社会活動の中でひとつの役割を演じることもできるようになったのだ。文字通り、絵はGAKUにとって社会との架け橋となっている。

GAKUは年間200枚の絵を描くが、もし絵がGAKUの言葉であるならば、GAKUは相当なおしゃべりである。GAKUが世の中に対して発信していきたい言葉は、たくさんある。

写真左から、ココさん、GAKUさん、父親の佐藤典雅さん
筆者提供
写真左から、ココさん、GAKUさん、父親の佐藤典雅さん - 筆者提供

■「GAKUの絵はいつ売れるのか」

GAKUは、かなりのビジネスマンだ。まず彼は、自分の作品が使われるコラボ案件に興味を持っている。だから、企業等から送られてくるPDFをボクが見ていると、必ずGAKUがのぞき込んでくる。

「おしえてー」

そんなときは、「これはどこどこの会社で、こんな商品を作りたいといってくれているんだよ」と説明する。すると満足した感じで「GAKUのー」という。

GAKUは、すべての物事に対してクロージングをしたがる。そして最後の着地点は、“Money!”となる。といっても本人の関心事は、そのお金で中古DVDと柿の種を買えるかどうかぐらいだが……。

だから本人には、1万円以上のお金の価値はよくわかっていない(と思われる)。けれども、ビジネスマンとして自分の絵が換金されているかの確認はしてくる。新しい作品が溜まってくると、毎回こういう。

“GAKU painting,customer buy! When!(ガクの絵はいつ売れるのか)”

GAKUは、どの絵が売れたのかも覚えている。

少し前、GAKUの初期の作品があまっていたのでグループホームに飾ることにした。それからしばらく経って、GAKUがたまたまグループホームに行ったところ、自分の絵を見つけるなり、真剣に訴えてきた。

“GAKU painting,money! Gaku no rent!”

彼は、自分の絵をグループホームに売った覚えがない。そこで、自分の絵は売り物であってレント(貸す)はしないというのだ。それを聞いて、一堂で大笑いした。

■「150万円」を絵に描くブーム

クラファンのときに、ミントキャットの絵をわが家用に購入したことは前述した。後日この絵がわが家に届き、ダイニングルームに飾られることになった。

GAKUは自分のクラファンページで、そのミントキャットに「150万円」という値段がついていることに気がついた。その時点で、彼に変なスイッチが入ってしまったようだ。

翌日彼はアトリエに着くと、かなり雑なタイガーを描いた。実は我々はミントキャットと呼んでいるが、彼の中ではそれはキャットではなくタイガーらしい。GAKUは「そのタイガーさえ描けば、150万円入るんだろ!」と大きな態度に打って出た。

非常に荒っぽいタイガーの上に「\1,500,000」とでっかく描き込むと、“One million five hundred thousand yen!”を連呼した。この絵は150万円で売れるんだぜ、という意気込みだ。

「コラ! そんな絵が売れると思うの⁉」

ココさんもこれには呆れて、強く注意した。するとGAKUも「ちょっとやりすぎたか」という感じでその数字を消していった。でもやっぱりその150万円が気になるらしく、次の日にまたその上から金額を書き込んでいった。それから数週間、この「150万円」を絵に描くブームは続いた。

GAKUさん
筆者提供
GAKUさん - 筆者提供

■障害者からいきなり「雇用主」になっている

多分GAKUには、大きな桁の金額が何を意味するかわからないだろう。そして、一生そういった金額を彼が扱うこともない。だから、GAKUに大きな金額は必要ない。

では、何のためにGAKUのアートと経済活動に力を入れているのか。

それは、彼が望む活動を長期にわたって継続できるようにするためだ。そのために、GAKUのアート活動を「事業」として見ていく必要がある。だからボクが彼の代理人として、売れた絵の売上ほとんどをbyGAKUの事業に再投資している。

GAKUの事業には、結構費用がかかる。絵の保管場所の家賃や、保管用の棚を作るのにも費用がかかっている。デジタルのアーカイブ費用、さまざまなデザイン制作物の展開やPR活動にも人を動かす予算が必要だ。これらはGAKUの絵の売上から賄われている。

こう考えてみると、GAKUは障害者から納税者になるところをすっとばして、いきなり「雇用主」になっている。よくよく考えてみると、スゴイ話だ。

■「障害者の将来のために貯金を」への違和感

「GAKUさんの絵は、障害者の経済的な自立につながっていますよね」

よく取材でこのことについて聞かれて、困ることがある。

というのも知的障害がある場合、障害者手帳を持っていれば障害年金が毎月振り込まれる。そして一生の間、生活介護というデイサービスや、グループホームといった福祉サービスのお世話になり、これらの施設利用には費用がかかるが、それらはその障害年金でちょうど賄える金額である。

時々「障害者の将来のために貯金を!」ということを聞くが、ボクは基本的には必要ないと考えている。少なくとも自力で生活できない知的障害者にとって、貯金はあまり意味をなさない。なぜなら自分の口座にお金があったところで、自らお金を管理して自分で物件を借りてひとり暮らしをするというようなことはしないからだ。

ただし親が亡くなったあとに、ある程度のお金は残してあげたいと思っている。というのも、障害年金があれば福祉施設を利用するのに困ることはないが、ちょっとしたお小遣いまでは出ないからだ。お出かけするにしても、好きなものを購入するにしても、月々数万円のお小遣いはほしいところだろう。

GAKUさん
筆者提供
GAKUさん - 筆者提供

■親が亡くなったときのためのサービスを始めた

しかし、GAKUにたとえば一生分のお小遣い1000万円を貯金して渡したとしても、彼はそれを自分で管理することはできない。彼にキャッシュカードを持たせるわけにはいかないし、逆に第三者に使い込まれても困る。

そのため彼の将来を考えて、アイムパートナーズというサービスを始めた。

これは、終身保険を利用して、親が亡くなったら保険金を信託に入金するものだ。そして信託にまとまった金額が入金されると、親が生前に指定しておいた金額が毎月分割して本人に入金される仕組みだ。もちろんこのサービスは、全国のアイム以外の家族にも提供している。

知的障害がある子どもがいる場合、お金の心配はつきものだ。アイムは息子のニーズを満たすために、必要とするサービスを増やしてきた。結果的に、それらは他の家族にとっても役に立つことになる。

■経済的な自立のために絵を売っているのではない

こういったことからも、GAKUの経済的な自立のために絵を売っているわけではない。実際のところ、GAKUは売れた絵の10%の金額しか受け取っていない。しかもそれらは、彼の遠足などのために使われている。同伴するスタッフの遠足費用も、これで賄っている。

もちろん、GAKUの事業が今後もうまくいくという保証はどこにもない。失敗すれば、GAKUの作品の売上もそのまま消える。本来ならば、GAKUの貯金となるものをリスクにさらしていることになる。しかしこれはもし彼が健常者アーティストであったとしても、彼自身が引き受けなければならないリスクである。

そのため、ボクは親の権限で息子の代わりにリスクのある決断を日々下している。

■アート活動での体験や出会いが「資産」になる

これとまったく同じことを、よその家庭の子どもに対してすることはできないだろう。もし失敗したら、よその子どもの貯金を溶かすことになるからだ。しかも「絵が売れたのに10%しか還元されない。搾取されている!」といわれるだろう。

だからこそ、この本に書いてあるスキームはGAKUが自分の子でないと成立させにくい。

佐藤典雅『GAKU,Paint! 自閉症の息子が奇跡を起こすまで』(CCCメディアハウス)
佐藤典雅『GAKU,Paint! 自閉症の息子が奇跡を起こすまで』(CCCメディアハウス)

親バカだからとか、息子にえこひいきをするためという理由だけでできるものではない。単にお金がほしいだけであれば、最初から事業化なんかせずに、時々入ってくる収入を貯金しておけばよいだけの話だ。

しかし、GAKUにたくさんの貯金が残ったところで、彼がそれを活用することはできない。それよりも、彼が充実した人生を送れるように、親が生きている間に有効活用してあげることに意味がある。

今後、彼がアート活動を通じて得られる特別な体験や人との出会いは、彼にとって本当の意味での「生きた資産」になっていくだろう。

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佐藤 典雅(さとう・のりまさ)
アイム代表
BSジャパン、ヤフージャパン、東京ガールズコレクション、キットソンのプロデューサーを経て、自閉症である息子のために福祉事業に参入。川崎市で発達障害の児童たちの生涯のインフラ構築をテーマに活動している。神奈川ふくしサービス大賞を4年連続で受賞。著書に『療育なんかいらない!』(小学館)がある。息子であるGAKUは国際的なアーティスト活動が注目され、数多くのメディアで取り上げられている。 アイムのHP

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(アイム代表 佐藤 典雅)

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