マスク氏とザッカーバーグ氏の決闘は「素手」ではなく「真剣」でやるべき…決闘の専門家がそう勧める理由
プレジデントオンライン / 2023年9月8日 13時15分
イーロン・マスク氏(左)とマーク・ザッカーバーグ氏[写真=Trevor cokley/PD US Air Force/Wikimedia Commons(左)、JD Lasica/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons(右)]
■世界的な大富豪同士の「決闘」
米起業家イーロン・マスク(Elon Musk)氏と、米交流サイト大手メタ(Meta)のマーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)CEOという世界的な二人の大富豪が本当に「決闘」する(かもしれない)ということで、ネットを中心に大きな話題になっている。
メタ社が、マスク氏自身が所有するX(旧Twitter)に対抗する新たなSNS「Threads」のサービスを開始したことで、両氏の対立が深まり、この「決闘」騒動は、マスク氏が「金網マッチ(ケージマッチ=囲いの中で行う格闘技)」で戦おうとザッカーバーグ氏に挑発したことから始まった。
当初はジョークかと思われたが、両氏とも戦いの準備はできているとし、お互い対戦日を提案するなどしてきたが、8月イタリア政府も同国での開催に正式に同意し、「決闘」はにわかに現実味を帯びてきた。
マスク氏(52歳)は、身長約188cm、体重約85kg、一方、ザッカーバーグ氏(39歳)は、身長約170cm、体重約70kg。体格では、マスク氏が圧倒的に有利に見えるが、ザッカーバーグ氏は39歳と若く、しかも、今年のとある柔術の大会で見事優勝している。それに負けじと、マスク氏も柔術のトレーニングを本格的に開始したと言われている。
我々日本人にとって、「決闘」はあまり馴染みがなく、イメージが湧きづらいかもしれない。しかし、ヨーロッパにおいては、「決闘」は古代から続く歴史と伝統のあるものである。
■歴史と伝統のあるヨーロッパの「決闘」
中世のヨーロッパでは、殺人、姦通などの事件でことの真偽がはっきりしない場合、最終的な「神の裁き」として、争いの当事者またはその代理人が一対一で決闘をして、その結果に従って紛争に決着をつけるという裁判が行われていた。
これを「決闘裁判」と呼ぶが、歴史は古代ゲルマン人の時代まで遡る。一種の「神判」であり、その根底には、真実を主張している者に神は必ず味方するという考え方があった。しかし、時の経過とともに、「神判」は徐々に衰退し、14~5世紀には、「決闘裁判」も歴史舞台から姿を消し去る。
これ以降の近世のヨーロッパにおいては、名誉をめぐる争いごとなどを解決する目的で、当事者同士の合意のもと、予め了解し合った一定のルールに基づいて行う一対一の「決闘(duel)」(=果し合い)が激増していく。「決闘による無条件の名誉回復」という表現がよく使われたが、これは、何らかの理由で名誉を汚された者が、侮辱した方に決闘を挑み、侮辱した方(決闘を挑まれた方)が、その決闘の挑戦を受けるという権利と義務のことである。
侮辱を受けた者が決闘を申し入れないことや、決闘を申し込まれた者がこれを受諾しないことは、最大の不名誉とされていたので、決闘は頻繁に行われた。名誉を汚され、侮辱を受けた者は、その相手と命を懸けて決闘することによって、自分の名誉を挽回・回復し、すべてを清算することができた。
戦争との大きな違いは、関係のない者まで巻き込むことなく、当事者二人だけで争いごとを解決したわけであり、「決闘」はまさに、人類が考え出した最も賢明な紛争解決手段とも言えよう。
■筆者も経験した真剣を用いた「決闘」
決闘と言えば、アメリカの西部劇のようなピストルを用いてズドーンというシーンを思い浮かべる方も多いと思うが、決闘のための武器は、古代から中世、そして、近世に至るまで長らく「剣」が使用されていたわけであり、ピストルが決闘の武器として主流となったのは、ようやく18世紀中頃以降である。
19世紀後半になると、「決闘」は衰退の一途を辿っていくが、驚くべきことに、今日においても、「メンズーア(Mensur)」と呼ばれる真剣を用いた「決闘」の慣習がドイツ語圏(主にドイツとオーストリア)の一部の学生の間で連綿と受け継がれている。実は、私も留学時代にこのメンズーアを二度経験しており、筆者の頭と顔には、多少薄くなったが、その時に負った刀傷が今でもくっきりと残っている。
メンズーアの詳細について、拙著『実録 ドイツで決闘した日本人』(集英社新書)から一部をご紹介しよう。
メンズーアにおいては、刃渡り約90cm、柄(握り)が約15cmの鋭利な真剣を用いて、お互いの顔と頭を正面から斬り合うのである。頸(けい)動脈は勿論のこと、全身に防具をつけるため、今では死ぬことはまずない。しかし、鋭利な刃物で顔や頭を斬られることを一瞬でも考えると、その恐怖心はハンパではない。剣を交わし始めてから、しばらく、私の脚の震えが止まらなかったことを今でも鮮明に覚えている。
日本の剣道は両手で竹刀を握るが、メンズーアにおいては、片手だけで剣を持って戦う。両者の間には、剣の長さの分、つまり、約1メートルの距離しかない。そして、フェンシングのような「突き」は禁じられているが、剣の動きが1秒以上静止すると即刻失格となるので、自ずとすごいスピードで交互に斬り合うことになる。1ラウンドは僅か6~7秒、これを25~30ラウンド行うが、ほとんどの場合、15ラウンド目あたりまでにどちらかが負傷し、ドクターストップがかかり終了する。
そして、メンズーアにおいて特徴的なことは、剣道やボクシングのように動き回ったり、敵の攻撃をかわすために、上体と頭や顔を前後左右に動かすことが一切禁じられているという点である。両者は、至近距離で直立して対峙(たいじ)して斬り合い、足を動かしたり、後ずさりしたり、顔を少しでものけぞらせたりすれば、「臆病で卑怯な態度をとること(ムッケン)」と見做され、即刻失格となる。
細かなルールが定められているという点で、確かにメンズーアはスポーツ的要素が強い。しかし、スポーツと呼べない理由は、勝敗がないという点と、殺傷能力のある真剣を用いる点にある。換言すれば、この「ムッケン」さえなければ、たとえどちらか一方が斬られたとしても、その決闘は有効なものとして認められ、その者は勇者として称えられるのである。メンズーアは、男としての真価を試される一つの厳しい試練であり、ヨーロッパに伝統的な騎士道精神に基づいた勇気を証明するための独特な儀式なのだ。
■伝統的な「決闘の本質」とは全く相いれない
ここまで簡単に振り返ってきたヨーロッパにおける「決闘」の歴史を鑑みれば、マスク氏とザッカーバーグ氏の「決闘」も、SNSサービスをめぐる両者の対立に一区切りをつける「決闘裁判」あるいは、近世の剣やピストルを用いた「決闘」のような意味合いがあるのかもしれない。
しかし、気になる点がいくつかある。両氏による総合格闘技は、「大規模なチャリティーイベント」として、マスク氏のXと、ザッカーバーグ氏のメタによって管理され、両方のシステムを経由して生中継される予定になっている。これは、まさに「決闘ショー」であり、ヨーロッパで伝統的に行われてきた決闘の本質とは全く相いれないものである。
植民地時代当初のアメリカは、ピューリタン的理念がすべての社会的モラルの規範であり、当然のことながら決闘に対して否定的な国であった。ところが、1776年に13州がイギリスからの独立を宣言したあたりから、ヨーロッパにおける社会的流行現象が急速にアメリカ社会に流れ込んできた。決闘作法もまた然りである。
■ヨーロッパの決闘の前提である「名誉」とは何か
1804年7月11日に合衆国副大統領アーロン・バーと合衆国建国の父の一人であるアレクサンダー・ハミルトンとの間で行われた有名な決闘は、元来、ヨーロッパの貴族階級の間で生まれた「名誉」を賭けた決闘と軌を一にするものであった。
その一方で、アメリカで広まったのは、開拓と自衛というファクターに基づいた、「名誉」を前提としない、その場の成り行きで喧嘩をし、ピストルでの決闘に発展するという、いわゆる、アメリカン・スタイルの決闘である。ペンシルベニア州では、娯楽の延長線上にある「決闘ショー」が一時流行したほどである。
それに対して、ヨーロッパの決闘には、あくまでも「名誉が著しく汚される」という事実が前提としてあった。「自己の名誉を深く傷つけられた」と感じた者が、侮辱した相手に決闘を申し入れ、決闘を要求された相手も必ずこれに応じるという暗黙の了解があった。そして、ここでいう「名誉」は、我々が日頃使っている「意地」とか「プライド」とかという軽い意味ではなく、人間としての「尊厳」、自分が生きていくうえで「これだけは譲れない」という本質的な部分と言い換えてもいいかもしれない。
■「決闘」=「高貴なる野蛮」は厳粛で神聖なもの
真剣やピストルを用いた「決闘」は、絶えず「死」と隣り合わせである。それ故、これまで決闘で命を落とした多くの著名人も、そして、名もなき男たちも、そのほとんどが決闘を前にして遺言状を残してきた。決闘の場には、介添人や立会人などの関係者が居合わせるものの、決闘は、基本的には二人だけで行う究極的な清算手段である。マスク氏とザッカーバーグ氏にそこまでの覚悟があるのだろうか。
決闘は、復讐(ふくしゅう)のための手段ではなく、和解のための一つの媒体である。復讐はそれ自体、決闘の本質からかけ離れたものである。決闘においては、侮辱を受けた者も、侮辱を与えた者も全く対等であり、両者とも等しく、自分の命を失ったり、重傷を負ったりする危険に晒されている。このようなカタルシス的状況において、憎悪、敵意、復讐といったネガティブな感情が芽生える余地はもはやない。
このように、どう考えても、マスク氏とザッカーバーグ氏の「決闘」は、本物の決闘の本質からは逸脱したものに思えてならないが、SNSなどを通じて情報が錯綜(さくそう)する現代において、人間の生きる原点が何なのかを考えるきっかけを与えてくれているように思う。
私なりの結論を言うと、二人には、総合格闘技による「ケージマッチ」=「決闘ショー」ではなく、先ほど簡単に説明させていただいた、ドイツ語圏では合法化されているメンズーアのような真剣を用いた決闘を非公開で行うことを、真剣に提唱したい。ヨーロッパで連綿と受け継がれてきた「決闘」=「高貴なる野蛮」は、見世物ではなく、もっと厳粛で神聖なものだからだ。
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京都外国語大学外国語学部 教授
富山県生まれ。文学博士。専門はドイツ文化史、ドイツ文学。ドイツのマンハイム大学留学中に学生結社「コーア・レノ・ニカーリア」の正会員となり、決闘を体験。著書に『実録 ドイツで決闘した日本人』(集英社新書)などがある。
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(京都外国語大学外国語学部 教授 菅野 瑞治也)
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