古いスマホを使い続けている人は危ない…ブラック企業に使い捨てにされる「運の悪い人」の共通点
プレジデントオンライン / 2023年9月8日 10時15分
※本稿は、中野信子『新版 科学がつきとめた「運のいい人」』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■こういうタイプはブラック企業に利用される
まじめで、人を疑うことを知らなくて、人の話を素直に聞けて、責任感が強い人。
もしこんな人が近くにいたら、一見、素敵に思えるかもしれません。しかし実は、このような人は、運の悪い人の要素を兼ね備えている、ともいえるのです。
世の中には、給与や勤務時間などの労働条件が労働法に違反している「ブラック企業」と呼ばれる会社があります。
あるブラック企業の社長が社員を採用するときの記事を読んだことがありました。それによると、この社長が採用するのは、いつも「使い勝手のいい人材」。彼が考える使い勝手のいい人材の特徴の一部が、「まじめ、人を疑うことを知らない、人の話を素直に聞ける、責任感が強い」だったのです。
普通なら、こんな人は理想的ないい人のように思えるでしょう。
でも私は、この記事を読んだとき、たしかにこういうタイプの人はブラック企業に利用され尽くしてしまうだろうな、と感じました。
ではなぜ、常識的に考えればよしとされる「まじめ、人を疑うことを知らない、人の話を素直に聞ける、責任感が強いこと」が運の悪い人の要素となってしまうのでしょうか。
■社会のルールや常識を自分より上に置かない
まじめということは、ある意味、社会規範に自分を合わせることです。人を疑うことを知らない、人の話を素直に聞けるというのは、ある意味「自分」をもっていない、ということ。つまり、自分を大切にしていないのです。
社会のルールに自分を合わせがちな、「自分」をもたない人が責任感を発揮するとどうなるか。
自分が入社した企業はどこかおかしい、居心地が悪いと気づいても、なかなか辞められないのです。ほかの社員は一生懸命がんばっているのに、自分だけ辞めるのは申し訳ない、責任を全うできない、などと考えてしまう。責任感の使いどころを間違えてしまうのです。
常識ではよしとされていることも、使い方を間違えればマイナスの方向に働きます。
では、私たちは常識をどのように扱えばいいのでしょうか。
それには、社会のルールや常識をいつも絶対正しいと思わずに、相対的なものととらえる心がけが必要でしょう。もちろん、社会のルールや常識を守らなければならない場面は多々あります。しかし場合によっては、人の話を聞かずに状況に応じて行動したほうが、自分のためやまわりのためになることがあることを忘れないでほしいのです。
このとき大切なのは、社会のルールや常識を自分より上のものとみなさないこと。いちばん大切にするべきなのは自分なのだ、と考えることです。
■いつも同じ商品を選ぶ人は新奇探索性が弱い
ところで、社会のルールや常識を鵜呑みにしがちな人は、新奇探索性が弱い可能性があります。
人には、いつもの日常には飽き足らないで、新しいことを知りたいと思う、新しいことを知る喜びを感じる性質があり、これを新奇探索性と呼びます。この新奇探索性は遺伝的に決まっていて、生まれつき強い人、弱い人、その中間の人に分かれる傾向があります。
たとえばコンビニエンスストアで飲み物を買うとき、新しい味の商品に手を伸ばしたくなる人は新奇探索性が比較的強い人、いつも決まったウーロン茶という人は新奇探索性が比較的弱い人、といえるでしょう。また新しい電子機器や新しい機種の携帯電話が出るとすぐに飛びつくのは新奇探索性が強い人、新しい機種になかなか手が出ないのは新奇探索性が弱い人といえます。
新奇探索性が弱い人は、一度正しいと信じた社会のルールや常識を守りつづける傾向があります。自分を大切に思うより、社会のルールや常識を優先しがちです。
自分がもともともっている新奇探索性の度合いは修正することはできませんが、自分の度合いを自覚することである程度強弱を変えることは可能です。
たとえばペットボトルの飲み物を買うとき、いつも同じ味を決まったように買う傾向にあれば、「自分は新奇探索性が弱い」と自覚する。これによって「じゃあ、あえて今度ペットボトルの飲み物を買うときは新しい味に挑戦してみよう」「社会的規範や常識を鵜呑みにしがちだから、気をつけよう」などと、行動を変えていくことはできるのです。
あなたの新奇探索性の傾向はどうでしょうか。
もし弱いと感じたら、社会のルールや常識を自分より大切にしていないかをチェックしてみてください。
■遅延はたった15秒…日本の鉄道は正確すぎる
いい加減に生きる――。意外だと思われるでしょうか?
いい加減の反対は「まじめ」だといえるでしょう。ここではいい加減のよさを考えていきたいと思います。
以前、インターネットで東京都内を走る山手線の運行動画を見たことがあります。その映像は、撮影者が山手線の先頭車両に乗り込み、新宿駅と渋谷駅間の、運転席から見える風景を撮影したものでした。撮影者は、新宿駅の出発時刻が異なる4本の列車で撮影。インターネットでは、4つの画面が同時に再生できるようになっていて、4本の列車の運行スピードがどれくらい違うのかが、風景の流れでわかるようになっています。
これを見て驚きました。4本の列車の映像にはほとんどスピードの違いがなく、差があっても数秒以内なのです。たとえば列車が代々木駅のホームに入るタイミングは、2本の列車がほぼ同時で、ほかの2本の列車も数秒遅れて入り込む、というぐあいなのです。
さらにこの撮影者は、数日間山手線に乗り込み、一周しているのですが、その運行時間がもっとも速いときで60分10秒、もっとも遅いときで60分25秒と、その差はたったの15秒、ということも記されていました。
■運のいい人はいい加減に生きている
私はこのサイトをフランスの研究所仲間と一緒に見たのですが、フランス人の彼はこのサイトを見たときに、「クレイジー……」と言ってため息をついていました。
それもそのはず。私がフランスの研究所で働いていたときには、毎日電車通勤をしていましたが、フランスの鉄道は日本の基準からいえば、かなりいい加減な運行をしているのです。
ストライキの頻度は信じられないくらい多いし、理由がはっきりしない運休も突然あるし、止まるはずの駅に止まらないこともしばしばです。ユーザーとしてはとても不便です。でも、それがフランスらしさである、ともいえます。電車が止まったおかげで、突然ふってわいたご褒美のような休日を楽しみ、その一日を自分を豊かにするために過ごすことができると思えば、ストライキもなかなかいいものでしょう。
日本の列車とフランスの列車は実に対照的です。日本の列車が「正確」(あるいは、まじめ)なら、フランスの列車は(フランスの方には申し訳ないですが)「いい加減」といえます。
ところで、この対照的な列車を人間の生き方に置き換えるなら、フランスの列車的生き方のほうが自分を大切にする生き方だ、と私は考えています。
■自分を殺さない人は、他人からも殺されない
たとえば会社の残業を例にして考えてみましょう。
いつも残業をしてコツコツ働きつづけている人は、ある意味まじめな人、といえるでしょう。
一方、いい加減な人は、自分の仕事が終わるとまわりを気にせずに、さっさと帰って彼女と飲みに行くなどしてしまう。
会社という枠の中では、まじめな人のほうが好かれる場合が多いでしょう。しかし、社員という枠を超えたところでみるとどうでしょうか。
まじめな人の中には、「上司や同僚が残っているから自分だけ帰るのは悪い」という理由だけで残業を続ける人もいるのです。こういう人は一見「まじめな人」ですが、実は、まわりの価値観に縛られている人にすぎません。会社によってはいまだに長く働いている社員のほうが優秀という考え方があります。そんな会社の価値観にとらわれて、自分の価値観を見失っている。自分で自分を殺してしまっているのです。
実は、自分で自分を「殺し」てしまっている人は、他人からも「殺され」てしまうことが多いのです。前述したブラック企業などで無意味にこき使われてしまうのは、それが根本の原因です。
一方、いい加減な人は、会社の価値観とズレている部分もあるかもしれませんが、自分の価値観で行動しています。自分のやりたいことももっています。自分で自分を「殺し」ていないから、他人からも「殺され」ないのです。
■まじめな人は自分の価値観を見失いやすい
また、フランスの列車的生き方のほうが柔軟性に富む、というプラス面もあります。
たしかにフランスの列車は不便な部分も多々ありますが、いい加減ゆえの便利さもあるのです。たとえば列車のドアが閉まりかけたときでも、「すみません! 開けてください!」と言うと運転手が開けてくれるなどします。走ってくる乗客を待ってから出発する場面にも何度もあいました。
さらに、柔軟性があると、不測の事態に速やかに対応できます。考えが硬直していないので、不測の事態にどう対処するか、その発想が豊かになるのです。
また、いい加減な人は他人のいい加減さも許せます。他人の間違いにも「まあ、いいか」と寛容になれるのです。
もちろん、私はまじめさを否定するつもりはありません。人が他者と共に生きていくうえで、まじめさは必要かつ重要な要素でしょう。
ただ、まじめさを隠れ蓑にして、自分をないがしろにしていないか、自分の価値観を見失っていないか、世間の価値観に縛られていないか、自分が本当にやりたいことを忘れていないかなどと、ときどき自問自答してみることが大事だと思っています。
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脳科学者、医学博士、認知科学者
東日本国際大学特任教授。京都芸術大学客員教授。1975年、東京都生まれ。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。著書に『サイコパス』『不倫』、ヤマザキマリとの共著『パンデミックの文明論』(すべて文春新書)、『ペルソナ』、熊澤弘との共著『脳から見るミュージアム』(ともに講談社現代新書)、『脳の闇』(新潮新書)などがある。
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(脳科学者、医学博士、認知科学者 中野 信子)
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