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なぜ安倍氏を失った「安倍派」は迷走しているのか…反LGBT、韓国嫌悪、公明批判を連呼する保守派の"限界"

プレジデントオンライン / 2023年9月8日 11時15分

故安倍晋三元首相の追悼集会であいさつする岸田文雄首相=2023年7月8日、東京都港区の明治記念館 - 写真=時事通信フォト

安倍晋三元首相が2022年7月に死去してから1年以上が経過した。安倍氏が残した“遺産”はこれからどうなるのか。評論家の八幡和郎さんは「安倍氏は『保守派の愛国者』でありながら、立場の違う人とも対話できる稀有な政治家だった。しかし残念ながら、現在、安倍氏のレガシーは保守派だけに独占されている」という――。

■岩盤保守層をがっちり押さえた安倍元首相

安倍晋三元首相は、岩盤保守層の支持を大切にした。首相在任中は、30%の保守層の支持を得て政権が倒れない下支えにし、選挙のときはより幅広い50%程度の支持を獲得して議席を伸ばした。

テレビ朝日の世論調査によると、2012年の再登板以降、支持率が68~29%と乱高下したが、これはかなり意図的にメリハリを付けた結果だった。

「戦後レジームの克服」「東京裁判史観からの脱却」「自主憲法の制定」など威勢のいいスローガンを叫び、国会では大臣席からヤジを飛ばし、秋葉原で「安倍やめろ」コールに演説を妨害されたときは「あんな人たちに負けるわけにはいかない」と応じた。

岩盤保守層を確保しておくことは、国民に不人気だがやらねばならない政策を実行したり、「モリカケ桜」のようなスキャンダルによる“冬の時期”を乗り切ったりするには役に立つが、選挙に勝つには不十分である。

■野党政権を望んでいる国民は1割しかいない

そこで、安倍氏には中道リベラルにも支持される別の顔があった。20年9月の安倍氏退陣時の朝日新聞世論調査によると、実績評価について71%が「評価する」と答えた。22年7月の暗殺直後の世論調査でもあまり変わらず、安倍政権に対する国民の高い満足度を証明している。

この国では、選挙で野党に投票する人が野党政権を期待しているわけでない。前回の衆院選時の共同通信の世論調査(21年10月)では、与野党逆転を望むのは11.4%に過ぎず、与野党伯仲が49.4%、与党が野党を上回るが34.6%だったので、自公連立政権が過半数ぎりぎりで継続することを望んでいる。

そんな不安定な政権は大胆な政策は取れず、海外からも信用されないので国民意識のレベルが問われるが、どっちにしても野党政権を望んでいるのは10%強ということだ。

■安倍政権が支持率を上げられた理由は「外交」

政党支持率では、立憲民主党・共産党・れいわ新選組・社民党の合計が20%前後だが、これにはあくまで「野党として」期待をする人も入っている。

国政選挙で与党が勝利したときの自公両党の得票率は45%ほどで、野党4党合計が35%ほどだ。これだと議席数で与党が圧倒的多数を獲得できる。これが、内閣支持率が30%を切る時期の選挙だと与野党伯仲になるのだが、安倍政権は選挙のときには支持率を上げていた。

安倍政権が肝心なときに支持率を上げられたのは、外交での成功が故だ。安倍レガシー(遺産)のなかで世界史に残るのは、「自由で開かれたインド太平洋」構想を提唱し、アジア・太平洋とヨーロッパとインドを包括した対中国包囲網を構築したことだ。

対米外交ではトランプ大統領と蜜月関係を築き、世界の首脳はトランプに口をきいてもらいたいときや、どう接したらいいか知りたいときに安倍氏を頼った。伝統的に、日本は共和党政権とは関係良好だが、民主党政権とは良くない。だが、安倍氏の場合、オバマ大統領時代の米国議会での演説は大成功だったし、現職のアメリカ合衆国大統領として初の広島訪問も実現した。

国旗
写真=iStock.com/bee32
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

■外交にとどまらない安倍氏の「レガシー」

良好な関係を築いたのはアメリカだけではない。新型コロナ禍で流れたが、習近平主席を国賓として招待していたし、朴槿恵大統領(当時)と慰安婦合意をまとめ、米国オバマ政権も巻き込んで「不可逆的な解決」というコンセプトを打ち立て、政権交代があっても蒸し返しを認めない原則を確認した。

プーチン大統領との北方領土交渉も、それなりに進展していた。2人には堅固な信頼関係があり、もし安倍氏が存命であれば、世界でもっとも有力な「平和のための調停者」と期待されただろう。

TPPに関しても、首相就任前はやや消極的だったが交渉をまとめ上げたし、長年の課題だった日欧FTAも実現させ、「自由貿易体制の守護者」と褒められた。

若者の就職状況が劇的に改善したのは、規制緩和を通じて、中高年より若者に有利な状況がうまれたからだ。海外では安倍政権のもとで女性の社会進出が飛躍的に進んだと評価されている。

新型コロナ禍で焦点がぼやけたが、積極財政主義を掲げつつ、二度の消費税引き上げを実現したし、軽減税率の実現など公明党の要求も十分に採り入れていった。

憲法改正は停滞したが、集団的自衛権の行使を認める安保法制の改正に成功して、解釈改憲を実現させた。

■安倍氏を神格化する保守派と、冷める一般国民

銃撃事件から時間がたって、保守派は安倍氏を神格化せんばかりの勢いだが、反比例して一般国民は冷めてきている。

それには、野党系勢力が政治テロへの怒りを示さず、テロに一定の評価を与えても社会的に排斥されない日本の特殊な政治風土も影響している(戦前からの宿痾だが)。

その道具に使われているのが、旧統一教会だ。安倍氏との関わりは特別に批判されるようなものではなかったのに、「祖父から三代続き」という言葉で印象操作がされている。朝鮮半島統一を悲願とするこの団体と安倍氏とでは、向いている方向が違う。

しかも、安倍氏とは関係ない人たちと、この団体との繋がりは、なぜかとがめられない。関係団体の活動を通じた旧統一教会の広告塔的存在は国連の潘基文・前事務総長だが、相変わらず日本のリベラル勢力からちやほやされている。

自民党の最大派閥である安倍派は後継者も決められず弱体化しているし、保守派も憲法改正や皇位継承問題といった、国家の基本に関わる問題には熱心さが感じられない。一方、やたら熱心なのが、積極財政論、LGBT法案反対、韓国嫌悪、台湾与党への支援であり、公明党との連立批判だ。

■経済政策は情勢に応じて柔軟に変えていくもの

退陣後の安倍氏が、自分の砦として保守派を強化する必要があり、総理在任当時より保守的な主張に傾いていたのは事実だ。ただ、それ以外の主張を安倍氏が許さなかったのかといえば疑問であるし、派閥外の岸田首相が保守派の主張に沿っていないと攻撃するのも見当外れだ。

財政均衡論を主張するのは保守派としておかしいとか言う人もいるが、本来的には健全財政主義が保守主義らしい主張だし、経済政策はその時々に応じて君子豹変が必要なのだから、安倍派が最晩年の安倍氏の意見を金科玉条にするのはおかしい。

アベノミクスが大成功とならなかったのは、金融財政政策に頼りすぎ、地道な産業強化策などが不十分だったからだろう。一部の経済ブレーンたちが、もっと大胆にマクロ経済政策をすれば良かったと自己弁護し(薬が効かないといわれた医者が、量を増やせば効くだろうというようなもの)、それに晩年の安倍氏も乗せられていたところはある。それでも、安倍氏がある時期主張していたことに拘泥しないことを「裏切りだ」などと批判すべきではない。

■安倍氏だったらLGBT法案をどうかじ取りしたか

LGBT法案の一部に安倍氏が難色を示していたことから、推進派の稲田朋美氏を「裏切り者」扱いする大合唱が保守派から起きたが、安倍政権時代に法案化は方向付けされていたし、安倍氏が保守派の大勢ほどLGBT政策に後ろ向きだったわけでない。

安倍氏が、LGBT法案が皇位継承問題に悪影響を及ぼすと危惧していたと主張する人もいる。伝統的な性についての価値観が揺らぐことは、皇室にとって頭痛の種だが、それを理由にLGBT政策を歪めるべきでないし、安倍氏が懸念を側近に漏らしていたとしても、マイナスにしかならないから、公にはそんな発言をするはずがない。

安倍氏が、保守派が喜ばない政策を実行したことも思い出すべきだ。先ほど功績として紹介した習近平主席の国賓招待や韓国との慰安婦合意、TPPやEPA(EUとの経済連携協定)の締結などは、保守派にとっては面白くないはずである。

安倍政権の政策に対して猛攻撃をしていた保守派の人たちも多いが、それは安倍氏に対する裏切りだとは思ってないだろう。なのに、安倍派の議員が個別政策で中道リベラル寄りの意見を持ったからといって裏切り者扱いすることはおかしい。

■公明党との連立解消は安倍政治の否定となる

韓国についても、安倍氏は朴槿恵にすら粘り強く対処したし、中国に配慮せずに台湾の民進党に肩入れしたわけでもない。

公明党には、一貫して連立パートナーとして協力を求めてきたのだから、連立解消を主張することは、普通に考えれば安倍政治の否定だ。

歴史観についても、安倍氏は戦後レジームの克服を主張していたが、米国議会での演説や戦後70年談話で示された見解は、歴史修正主義と指摘されないよう細心の注意を払いつつ、日本だけが悪いというわけでないという気持ちをにじませ、日露戦争などが世界に与えた前向きの功績を評価してほしいとしてバランスを取ったものだ。

フランス革命記念日の式典に主賓として出るつもりだったくらいで(水害のために取りやめ)、一部保守派のように、「フランス革命がすべての誤りの始まり」的な突拍子もない歴史観を持っていたわけでない。

長州人で、吉田松陰と交流があった佐藤信寛を先祖に持ち、高杉晋作の一字を名に含む安倍氏にとって、一部保守派の江戸時代礼賛、明治維新の意義否定論も相容れるはずない。

■「安倍レガシー」の正しい継承方法とは

私は、保守派が今後、安倍氏の考え方を一つの模範として大事にしていき、その遺志を継ぐことを旗印に掲げることに異存があるわけでない。ただ、安倍氏の考え方の一部をつまみ食いして金科玉条にすべきでないし、安倍氏が国内外で、自分と違う考え方の人と妥協しつつ、うまく関係を築く達人だったことを引き継ぐことも、安倍レガシーを守ることだと認めるべきだと思う。

保守派の人はよく「安倍氏から直接こう聞いた」と言うが、中道リベラルの人には別の言い方をしていたことも多い。

私は安倍氏が「日本のドゴール」のような存在として扱われることを期待している。フランスのドゴール元大統領は、保守本流団結のシンボルであり、ドゴール派が強い保守政党として健在だ(現在の共和党)。

シャルル・ド・ゴール(写真=CC-BY-SA-3.0-DE/Wikimedia Commons)
シャルル・ド・ゴール(1963年)(写真=CC-BY-SA-3.0-DE/Wikimedia Commons)

その一方で、レジスタンスの英雄、第五共和国の創立者、米ソの狭間で独自外交を守った愛国者、欧州統合の基礎をつくった人などとして、フランス人に党派を超えて敬愛されている。

安倍氏の遺産は、保守派の人にとっても、幅広い国民にとってもそれぞれ遺産であるべきだし、それは相乗効果をもたらすと信じている。一部の保守派が排他的な形で独占しようとするようなことはあってはならないのだ。

安倍派は会長も決まらず迷走中だが、誰が率いるにせよ、その点は、派閥として明確にしておいたほうが良いだろう。

*本稿の内容の詳細は『安倍さんはなぜリベラルに憎まれたのか』(ワニブックス)、『日本の政治「解体新書」 世襲・反日・宗教・利権、与野党のアキレス腱』 (小学館新書)に書いた。

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八幡 和郎(やわた・かずお)
徳島文理大学教授、評論家
1951年、滋賀県生まれ。東京大学法学部卒業。通商産業省(現経済産業省)入省。フランスの国立行政学院(ENA)留学。北西アジア課長(中国・韓国・インド担当)、大臣官房情報管理課長、国土庁長官官房参事官などを歴任後、現在、徳島文理大学教授、国士舘大学大学院客員教授を務め、作家、評論家としてテレビなどでも活躍中。著著に『令和太閤記 寧々の戦国日記』(ワニブックス、八幡衣代と共著)、『日本史が面白くなる47都道府県県庁所在地誕生の謎』(光文社知恵の森文庫)、『日本の総理大臣大全』(プレジデント社)、『日本の政治「解体新書」 世襲・反日・宗教・利権、与野党のアキレス腱』(小学館新書)など。

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(徳島文理大学教授、評論家 八幡 和郎)

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