走り方を間違えるとタイムは上がらずケガをする…陸上界の革命児「厚底シューズ」の正しい使い方
プレジデントオンライン / 2023年10月20日 13時15分
※本稿は、原晋、中野ジェームズ修一『青トレ2.0 厚トレ 青学駅伝チームが実践する厚底シューズ対応トレーニング』(徳間書店)の一部を再編集したものです。
■厚底シューズは「初心者向け」と考えられていた
“厚底シューズ”と呼ばれるランニングシューズが世の中に登場したのは、2017年のことです。
それまで、トップレベルのマラソンランナーがレースで着用するのは、ソールが薄く、軽量であることが一般的でした。
地面と接触するアウトソールと呼ばれる部分と、足を包むアッパーとの間にあるミッドソールに厚みが必要なのは、十二分なクッション性を必要とする初級・中級のランナーと、トレーニング用のシューズのみという考え方が主流だったのです。
2017年の発売以降、厚底シューズを着用したランナーがレースで好記録をマーク。世界記録や日本記録も更新されたことを受け、そのトレンドは大学駅伝にも波及しました。現在では、駅伝を走るほぼすべてのランナーが、厚底シューズを選択するほどになっています。
厚底といっても、ただ、ミッドソールが分厚いというわけではありません。
厚底シューズと呼ばれているランニングシューズには、いくつかのポイントがあるので、おさらいしておきましょう。
■厚底の中には反発性に優れたカーボンプレート
まず、ミッドソールの素材は従来のものと比較して、軽量で反発性に優れたものが使われています。そのためミッドソールを分厚くしても、昔のランニングシューズほどは重くならず、ランナーの負担にならないのです。
そして、これが大きなポイントですが、カーボンファイバーを混ぜたプレートやバー(以下、わかりやすくカーボンプレートと総称します)が、ミッドソール内部に挟み込まれています。カーボンには軽くて強いという素材特性があります。
このカーボンプレートと反発性に優れたミッドソール素材を組み合わせ、着地時に変形したミッドソール素材が元に戻ろうとする力と、プレートのしなりを、前へと進む力に変えているのです。
簡単にいえば、ランナーは着地時に得られる地面からの反発エネルギーを、従来よりもロスすることなく、推進力に変えられるということです。また、薄底シューズはソールが地面に対してフラットに近いのに対して、厚底シューズはつま先部分がカーブしています。
このロッキングチェアの脚のような構造によって、スムーズな重心移動をサポートしています。結果、多くのトップランナーが厚底シューズとともに好記録を達成しました。
■「開発競争過熱」で世界陸連が厚さを40ミリ以下に規定
しかし、メーカー間の開発競争が過熱したことを受け、2020年にワールドアスレティックス(世界陸連)が、ランニングシューズにまつわるルールを策定する事態に発展しました。
ロード用のランニングシューズ(トラック用のシューズは別基準)には、ソールの厚さが40ミリメートル以下、プレートの搭載は1枚までといった規制が設けられ、以降、トップアスリート用のレーシングシューズは、そのルールに基づいて開発されています。
競泳で特定の水着を着用した選手のタイムが軒並み向上したことを受けて、2010年に国際水泳連盟が水着に関する新ルールを策定したことがありましたが、それと同様のことがランニングシューズにも起こったということです。
このことからも、厚底シューズ登場のインパクトの大きさが、よくわかるかと思います。
あらためて、厚底シューズと薄底シューズを比べてみましょう。
もちろん、メーカーによって違いがあり、すべてのシューズが該当するわけではありませんが、大まかな特徴を捉えるイメージで読んでもらえたらと思います。
■接地感は得にくいがスピードは出しやすい
薄底シューズは文字どおり、ミッドソールが薄いため、当然、地面と足との距離は近くなります。
そのぶん、接地感を感じやすく、ランニング時に地面をとらえている感覚や、地面からの反発を得ている感覚は得やすいでしょう。また、着地時のブレが少なく、安定性が高いともいえます。
一方、ミッドソールが薄いぶん、シューズ自体がもつクッション性や反発性の機能は、厚底シューズと比べるとかなり低いといえます。
良くも悪くも、着地の衝撃は自身の関節などの機能をうまく使って緩衝する必要があります。脚への負担は、薄底シューズのほうが大きなものになるでしょう。また、厚底シューズと比べると、使用されるパーツが少ないぶん、シューズ自体の重量は軽くなります。
前述したように、現在、厚底シューズのソールの厚さは40ミリメートル以下ですが、多くのトップレーシングモデルは、ギリギリの厚さで設計されています。そのため、厚底シューズを着用した場合、もっとも厚みのある後足部は地面から40ミリメートル近く離れます。
薄底シューズと比べると、接地感は得にくく、着地時の不安定さはいくらか増すことになりますが、シューズ自体がもつクッション性、反発性といった機能は高くなります。
カーボンプレートの搭載によって、反発性、安定性が高められており、薄底シューズと比較すると、多くのランナーが継続的にスピードを出しやすいと感じるでしょう。
いま現在、ほとんどのトップアスリートが、レース用に厚底シューズを選択している状況です。
■薄底シューズではハムストリングス強化を重視
地面から得られる反発力を、いかに効率よく推進力へと変えることができるか。接地時間を短くし、空中にいる時間を長くする(その間に長い距離を移動する)といった、速く走るために必要なことは、厚底シューズでも薄底シューズでも変わりません。
ただし、厚底シューズによるアシストを最大限に生かそうとしたときに、ランナーに求められるものに違いが出てきます。
薄底シューズで走る場合、着地時にいかに自分の脚で地面から受ける反発力を生み出し、推進力につなげるかがとても重要になります。
カギとなるのは、前足部で着地後、後ろに流れた脚の膝を畳む力。着地後に流れた脚を素早くきれいに畳み込むことができると、次の一歩にスピーディかつスムーズに移行できるからです。
そして、その膝を畳み込むのに重要な役割をはたすのが、太ももの裏側に位置するハムストリングス(大腿二頭筋、半腱(けん)様筋、半膜様筋)と呼ばれる筋肉群です。そのため、青学駅伝チームは、下肢のトレーニングについては、ハムストリングスなどの裏面の筋肉を重要視して行ってきました。
■厚底シューズはお尻まわりのトレーニングも大事に
ランニングでスピードを出すために、ハムストリングスの筋力が不可欠なのは変わらないのですが、厚底シューズを着用した場合、カーボンの反発力によって、勝手に脚が畳み込まれます。ハムストリングスがやっていた作業の一部を、シューズが肩代わりしてくれるようなイメージです。
また、厚底シューズは、構造的に前足部で着地をするフォアフット走法が促されるともいわれています。
前足部で着地すると、加重した際にアキレス腱を伸ばそうとする力が加わります。その力に対抗するようにアキレス腱が縮もうとする力が、アキレス腱の“バネ”とも呼ばれるものです。このバネの強さは、アキレス腱の強靱(きょうじん)さ(太さ・硬さ)と比例関係にあるとされています。
実際に、東アフリカ地域のランナーのアキレス腱の横断面積は、日本人ランナーと比べて約26%広いという研究結果もあります。
アキレス腱が弱い(=硬さがない)ランナーは、衝撃が加わった際にふくらはぎの筋肉の活動量が増え、疲労として蓄積されます。
フォアフット走法への適性は、強靱なアキレス腱をもっているランナーのほうが高いのですが、アキレス腱にかかる負担に関しても、厚底シューズに搭載されたカーボンプレートの助力によって緩和されている可能性があります。
厚底シューズは、薄底シューズと比較して、膝を畳み込む動作がしやすく、フォアフット走法を行いやすいシューズといえるでしょう。
厚底シューズによって得られる恩恵を最大限に生かすために、重要度が増したのが、太ももの前側にある大腿四頭筋、そして、大臀(でん)筋、中臀筋といった臀筋群のトレーニングです。
■シューズが変わると負担がかかる部位も変わる
厚底シューズを着用すると、薄底シューズと比較して重心位置が高くなります。
裸足と下駄を履いたときの違いをイメージするとわかりやすいかもしれません。重心位置が高いこと自体が悪いわけではありませんが、良いバランスを保てるポジションが限られていることもあり、不安定な状態に陥りやすくなります。
また、厚底シューズのメリットは、着地の際に変形したソールの素材が元に戻ろうとする力を推進力へと変えられることですが、足元が変形するということは、クッション性や反発性は得られるものの、不安定さが増すといえるでしょう。
その不安定さを軽減し、フォームを安定させるのに不可欠なのが、大腿四頭筋や臀筋群というわけです。逆にいえば、大腿四頭筋や臀筋群の筋力が不十分な場合、厚底シューズを着用した際にフォームが不安定になる可能性があります。
実際、厚底シューズ登場後とそれ以前とを比較すると、ランナーが故障をしたり、痛みや違和感を覚えたりする部位が変化しています。
■ケガ対策で新たに股関節周辺のトレーニングを取り入れ
以前は、脛骨の周りにある骨膜が炎症を起こすシンスプリント、ランナーズニーとも呼ばれる膝の外側に痛みが起こる腸脛靱帯(じんたい)炎、足底筋膜炎、大腿骨の疲労骨折といったものが代表的な障害でした。
しかし、厚底シューズ登場以降、股関節周辺に違和感などを覚えるランナーが増加したといわれています。
実際、青学駅伝チーム内でも、厚底シューズを履く選手が増えて以降、内転筋や中臀筋に張りを訴える選手が目立つようになり、仙骨の疲労骨折をする選手が出るなど、負担のかかる部位に変化が見られました。
それらのケガ対策としても、臀筋群などの股関節周辺のトレーニングが必要という判断になりました。
厚底シューズが故障を起こしやすいシューズというわけではありません。薄底シューズと比較したときに、負担がかかりやすい部位が変わったということなのです。
そして、トレーニングやレースで厚底シューズを活用するならば、そのためのウォーミングアップ、補強トレーニング、ケア方法が必要になるということが、イメージできるのではないでしょうか。
■厚底シューズを使いこなすために必要なトレーニング
厚底シューズ特有の反発性の高さを生かすためには、それに対応した体づくりが求められます。
シューズ自体が備えている機能が少なく、ランナーの動きを邪魔しないことを目的としていた薄底シューズに比べると、多少なりともシューズに合わせる必要が出てくるからです。
厚底シューズのブレを抑制し、しっかりと反発をもらうために重要となるのが、大腿四頭筋と臀筋群です。前足部で着地する際に、グッと乗り込みながら、安定した足運びをするのに、大腿四頭筋と臀筋群の筋力が欠かせないのです。
厚底シューズが登場したばかりのころ、比較的体の大きな選手が素早くアジャストしていたイメージがあるという人もいるのではないでしょうか。また、アスリートレベルでも、女性より男性のほうが使いこなすまでに時間がかからなかったのは、すでに十分な筋力があったからではないかと思います。厚底シューズをうまく使いこなすためには、下肢の筋力トレーニングは不可欠といえるでしょう。
■トレーニング方法を誤ると厚底シューズの恩恵を得られない
体幹部の安定が必要なことは、薄底シューズであろうが厚底シューズであろうが変わりません。ただ、厚底シューズでは足と地面との距離が離れ、不安定な局面が増えるぶん、さらに重要度は増しているといえるかもしれません。
『青トレ青学駅伝チームのコアトレーニング&ストレッチ』でも書きましたが、長距離ランナーにとって、コアの安定、とくにインナーユニットの強化が大切であることは変わりません。
コアがつぶれてしまうと、厚底シューズの恩恵を十分に得られませんし、股関節や膝への負担が大きくなります。
腹部をコルセットのように包む腹横筋、背中側に位置する多裂筋、横隔膜、骨盤底筋群で構成されるインナーユニットの強化は、引き続き行っていく必要があるのです。
厚底シューズを履きこなすためには、当然、それなりの距離を厚底シューズで走り、自分のフォームと厚底シューズを適応させていく必要があります。下肢のトレーニング、インナーユニットのトレーニングと並行していくことになりますが、ケアの方法も調整する必要があるでしょう。大臀筋、中臀筋、大腿四頭筋については、とくに負担が増えるので、いままで以上に入念にケアをするべきです。
厚底シューズで練習を積んでいると、薄底シューズを履いていたときにはなかった部位に違和感をもつこともあると思います。
自分の体の声に耳を傾け、しっかりとケアをして、ランニングライフを楽しみましょう。
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フィジカルトレーナー
1971年生まれ。フィジカルトレーナー。米国スポーツ医学会認定運動生理学士。アディダス契約アドバイザリー。日本では数少ない、メンタルとフィジカルの両面を指導できるスポーツトレーナー。トップアスリートや一般の個人契約者の、やる気を高めながら肉体改造を行うパーソナルトレーナーとして数多くのクライアントを持つ。現在は大学駅伝チームのトレーナーも務めつつ、講演会なども全国で精力的に行っている。おもな著書に、『下半身に筋肉をつけると「太らない」「疲れない」』(だいわ文庫)、『青トレ 青学駅伝チームのコアトレーニング&ストレッチ』(徳間書店)、『血管を強くする 循環系ストレッチ』(サンマーク出版)などがある。
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(フィジカルトレーナー 中野 ジェームズ 修一)
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