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最高の料理を作っても、お客が完食するとは限らない…どんな料理も味見をするシェフがいちばん悲しむ瞬間

プレジデントオンライン / 2023年10月9日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/FilippoBacci

飲食店の現場は楽しいことばかりではない。医療記者で、週に一度イタリアンレストランでアルバイトをしている岩永直子さんは「うちの店のシェフは、どんな料理も味見してから出すが、それでも料理を残されてしまうことがある。スタッフだけでは質の高いサービスは提供できない。お客さんと一緒に最高の時間を創りたい。サービス業で働く一人として、そんな思いで店に立っている」という――。

※本稿は、岩永直子『今日もレストランの灯りに』(イースト・プレス)の一部を再編集したものです。 

■一番悲しいのは「料理を残されること」

うちの店は、良いお客さんに恵まれていると思う。

お店の味やシェフのキャラクターを愛する人が通ってくれるから、混んでいる時も急かさないし、手が空いたタイミングを見計らって注文や会計の声をかけてくれる人が多い。満席でホールがバタバタしている時は、お皿を下げるのを手伝ってくれる常連さんさえいる。それでも時折、悲しいすれ違いが起きることがある。

客商売だし、飲食業が大変な時代だからこそ余計にお客さんを大事にしないといけないことはわかっている。でも、そうしづらい気持ちになることもたまにあるのがこの仕事の厳しいところだ。

なんといっても一番悲しいのは、シェフが心を込めて作った料理を残されることだ。お客さんに美味しいと喜んでもらうためにと、シェフが深夜まで仕込みをしている姿を見ているだけにスタッフとしても切なくなる。

ある時、若い男女のカップルの女性の方がパスタをほぼ残し、スプーンですくってバゲットにつけて食べるレバーペーストも、ぐちゃぐちゃにつついた状態で半分以上、残して帰ったことがあった。「お口に合いませんでした?」と言うと、「お腹いっぱいで」という。細身の女性だったので節制のためなのかもしれない。

シェフは私が下げてきた皿を見て、「美味しいのになあ。なんでだよなぁ」とガックリしている。

■仕方のないこともあるが……

シェフはどんな料理を作る時も毎回、味見をしているから、おかしな味のものを出すことはない。茹で過ぎたパスタは出さずにすぐに茹で直すから、アルデンテでないパスタを出すこともない。

宴会コースの場合、うちの店ではパスタを2品出すが、お客さんの腹具合を直前に確認してシェフはテーブルごとに量を調整する。残されたくないからだ。それでも、話に夢中になって料理はそっちのけになり、冷めたまま残されることもある。

そんな時はシェフに見せないようにこっそり廃棄しようと思うのだけれども、そういう時に限って手が空いたシェフがお皿を下げるのを手伝ってくれたりする。残された皿を見て、悲しげな顔をするシェフを見るのがスタッフとしてもたまらない。中には「色々食べたくてたくさん頼んじゃったんだけど、お腹いっぱいになっちゃってごめんなさいね。でも美味しかった!」と、気軽に残す人もいる。

ゴミ箱に捨てられるピザ
写真=iStock.com/AndreyPopov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AndreyPopov

どうしても口に合わなかったり、体調や病気の関係で残さざるを得なかったりするのはもちろん仕方ない。でも、そうでなければどうか食べ切れる量、食べられそうなメニューだけ注文して完食してほしい。あらかじめ言ってもらえば量を少なくすることもできる。心の底からのお願いだ。

■理不尽な値下げを要求してくる人も

特別扱いを自分から要求するお客さんと出会った時も悲しい気持ちになる。

例えば、宴会のコース料金を値切ってくるお客さんがたまにいる。うちの店では飲み放題込みで6000円と7000円のコースを用意しているのだが、ある時、これを「4000円にできないか?」と大幅に値切ってきたお客さんがいた。

通常、飲食店では原価率30パーセントぐらいで元が取れると言われているが、食材にこだわるシェフは、それを遥かに上回る原価率で料理を出している。その努力を無視して、飲み放題込み4000円で満足できるものを出してくれというのが、いかに無理な要求かわかってほしい。この時、シェフは「その金額だとろくなものは出せませんから」と断った。さらに、常連さんほどではなく、数回来ていただいたぐらいのお客さんにたまにあることだが、特別なサービス提供を要求する人がいる。

つい先日、シェフと少し顔見知りの中年の女性グループが予約したとして来店したのだが、店で把握していなかったことがあった。予約を書き込むカレンダーに名前がない。幸い席は空いていたので、すぐに問題なくお通しして料理とワインを楽しんでいただいた。「美味しい。美味しい」と喜び、満足していただいたはずだった。

■シェフも困惑する「サービス要求型」のお客さん

ところが、挨拶に出てきたシェフに、女性たちは何度も「予約を忘れていたのだから、ボトルワインをサービスしてよね!」と迫る。シェフは苦笑いして受け流していたが、その後も繰り返し「グラスワインでもいいから」「じゃあデザートをサービスしてよ」などと言う。シェフはむしろサービス精神旺盛な人だが、こういう「サービス要求型」のお客さんに遭遇するとパタっと心を閉じてしまう。そしてお客さんが帰った後に疲れた顔をして、そのモヤモヤを閉店後も引きずっている。

長引くコロナ禍で個人経営の飲食店がどこも厳しい経営を強いられていることは、誰でもわかっているはずだ。常連さんたちはむしろ、高めのワインを注文してくれたり、我々スタッフにお酒をごちそうしてくれたりして、お店の売り上げを増やそうとしてくれる

私も行きつけの店ではお釣りを受け取らないなどして応援こそすれ、店から特別なサービスをしてもらおうなんて思ったことはない。しかし、中には「少しでも得したい」と、ギリギリで踏ん張っているお店から上乗せのサービスを引き出そうとするお客さんもいるのだ。

■泥酔して殴り合い、椅子を破壊した夫婦

これも滅多にないことだが、泥酔するお客さんも困ったものだ。お店にとって、お酒をたくさん注文して飲んでくれるお客さんは良いお客さんだ。しかし、これにも限度がある。

最近、家族で来て飲み過ぎた夫婦が、店内で喧嘩を始めたことがあった。口げんかだけならまだしも、幼い子供や他のお客さんがいる前で夫婦で殴り合い、蹴り合いになり、店の椅子を一脚叩き壊して、そのまま帰ったそうだ。翌日、バイトに入った私は、店の片隅に脚の折れた椅子が置かれているのを見て、「これ、どうしたんですか?」と聞き、前日の悲劇を知った。

椅子の代金だけはもらったそうだが、粗大ゴミに出す費用や新しい椅子を購入して送ってもらう手間や送料などを考えると、店の負担は大きい。その夫婦は、後日、謝罪に訪れることもなかったそうだ。

テーブルで議論する人の手
写真=iStock.com/AntonioGuillem
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AntonioGuillem

さらに、地味ながら店として確実に困るのは、連絡なしで予約した時間に遅れたり、予約の人数が減ったりすることだ。お客さんに予約してもらった時間はその人数分の席を確保しなければいけないから、他に席がない場合、新しいお客さんが来ても断らなくてはいけない。店にとって連絡なしに予約をすっぽかされると、本当は稼げたかもしれない利益をふいにすることもあるのだ

■飲食店を苦しめる「突然の予約変更」

先日は忙しいランチの時間帯に大人数の予約が入っていたので、何人もお客さんを断ったらしい。ところがその予約したお客さんは連絡なしで現れず、予約の半分の人数しか来なかった。後日、「急に他の予定が入った」と謝罪があったようだが。

また、たとえ連絡があったとしても、大人数の予約が当日までなかなか確定しないのも非常に困る。「二人プラスになっていいですか?」「すみません。一人減りました」「やはりもう二人減ります」と直前まで五月雨式に連絡が来ると、他の予約が調整できなくなる。店の席数は限られているからだ。

予約されている席
写真=iStock.com/Yusuke Ide
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yusuke Ide

これが常連さんの場合、どこまで注意していいのかシェフも迷う。先日は「予約2日前からは、人数に変更があった場合はその分の食事代だけはいただきます」というメッセージを下書きし、送ろうかどうかスマホを握りしめながらずっと迷っていた。結局、シェフはそのメッセージを送らなかった。

経営者として常連さんが離れるのを恐れるのは当然だ。そんな飲食店の弱みにつけ込まれているようで、私はこんな時も悲しくなる。

また、別の日には常連さんから「明日の午後9時頃から十数人入れそうですか?」と問い合わせがシェフにあった。それも確定ではなく「もしかしたら」という曖昧な依頼らしい。それでも本当に十数人が来れば、ホール一人ではさばききれない可能性がある。

シェフは私にLINEで「ダメもとで明日、午後9時から2~3時間、ホールに入れませんか? 確定ではないみたいなので何とも言えないのですが」と連絡してきた。特に予定はなかったので、私も「大丈夫ですよ」と返して、翌日、本業の仕事を終えてから、店に向かった。

■閉店ギリギリに現れた予約団体客

ところが約束の午後9時を過ぎてもお客さんは来ない。連絡もない。シェフは「なんだかなあ……」と落ち込んでいる。もう一人のアルバイトは午前中から働いているのに、このお客さんたちを待ってなかなか帰れない。バイト代も当然ながら二人分発生している。

結局、ラストオーダーの午後10時になっても現れないので、シェフは私を片付け要員として残して、朝から入っていたバイトの男の子を帰した。ところが、その直後に12人が現れたのだ。会社の宴会の二次会らしい。一人で接客スタートである。

予約をした女性は「ごめんなさい。なかなか連絡できなくて」とシェフに軽い調子で言い訳し、シェフも常連さんだからと、愛想よく答えている。自分の大切な仕事相手との約束に遅れる時は、この人だって連絡を入れるはずだ。なぜ飲食店だとそれができないのか。やらないのか。

(まぁ、でも完全にすっぽかすよりはマシだよな。来てくれて良かったよな)

と私も心を立て直した。

■「いいカモが来たと思ってるんでしょ」

お腹はそこそこいっぱいということなので、ワインと数種類の前菜を出す。通常、午後10時頃にはパスタを茹でるお湯を抜くのだが、「締めが食べたい」と言われてシェフは午後11時過ぎからパスタを作り、お代わりも求められてそれも作った。

おしゃべりは長く続き、ワインも何本も開けていただき、私たちは閉店時間を過ぎてもお客さんをもてなした。楽しんでいただけたようだし、売り上げも5万円近くなり、こちらも「終わりよければすべて良し」と気分良くなっていたのである。

ところが、帰り際のことだ。その会社の偉い人がシェフの肩に手を回し、からかうようにこう言ったのだ。

「これだけ遅い時間から稼げて、いいカモが来たと思ってるんでしょ」

カチンときた。何をバカなことを言っているんだ。連絡なしで遅れたのに笑顔でもてなし、ラストオーダーの時間を過ぎてもパスタを何度も作ったシェフに、なんて失礼なことを言うのか!

短気な私はつい、その人を睨みつけたらしい。お客さんが帰った後、その表情を見ていたシェフに「お客さんに失礼だろう!」と厳しい声で叱られた。しゅんとなり、謝って、黙々と片付けを始めた私に、シェフは「余ったワインを飲んでから片付けよう」と声をかけてくれた。6000円する美味しいワインが3分の1ほど残っている。高めのワインを勧めておいて良かった。

■勝手にタバコを吸おうとしたことも

まだ私はこの時は、シェフに叱られても「解せない」という気持ちの方が強かった。

暗い顔でワインを飲み始めた私に、シェフは優しい声に変わって「あの人は前も失礼なことを言ってきたことがあって、一度ピシッと伝えたことがあるんだよ」と教えてくれた。うちの店は禁煙で、他にお客さんもいるのに「タバコ吸っていいでしょ」と勝手にタバコを吸おうとしたことがあるらしい。「ダメに決まっているでしょう」と厳しく伝えたのだという。そういえばこの日もシェフは「タバコ吸っていい?」と聞かれて断っていた。

ワイングラスに注がれれる赤ワイン
写真=iStock.com/Instants
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Instants

「なんか飲食店を下に見ているお客さんっているんだよな。失礼なことだよな」とシェフが遠い目をしてつぶやく。あぁ、そうか。シェフは私よりずっと悔しい思いを何度も何度も重ねてきたのだろう。それでも家族やスタッフの生活を背負う経営者だから、そんな気持ちをグッと飲み込んでお客さんをもてなすのだ。そんなシェフの気持ちがわかって、私はようやく本気でお客さんを睨んでしまったことを反省した。

それでも結局、お客さんとのすれ違いで傷ついた心を癒すのもまたお客さんとのやり取りだ。閑古鳥の鳴く日に常連さんが顔を出してくれてワインをごちそうしてくれたり、満席でてんてこ舞いになっている日に一緒にお皿を下げてくれたり、そんな思いやりを受け取ると、嫌な気持ちはすべて吹っ飛んでしまう。そして、この仕事をしていて良かったなと心から喜びを感じることができるのだ。

■困る客でも常連さんだと扱いが難しい

印象に残っていることをつらつらと書き連ねてみたが、どうもサービス業を下に見るお客さんは確実にいるようだ。「お金を払っているのだから、自分が上なのだ」と勘違いしているのかもしれないが、本来、お店とお客さんは対等なはずだ。

岩永直子『今日もレストランの灯りに』(イースト・プレス)
岩永直子『今日もレストランの灯りに』(イースト・プレス)

先日、美容院に行って、担当の美容師さんに「困るお客さんってどういう人ですか?」と聞くと、「やっぱり一番は連絡なしに遅れてくるお客さんですね」と教えてくれた。

「遅れても謝らないお客さんもいます。一定時間遅れると予約時間以内に終えられないので、こちらから断りの連絡を入れることもあります。その間の店の売り上げは無くなるのに、逆に不機嫌になるお客さんもいるんですよね」と苦笑する。さらに、プロの美容師である彼女に対して、「彼氏いるの? デートしない?」としつこくナンパするお客さんもいるのだという。

「面倒くさいので、そういうお客さんの情報はお店のスタッフで共有します。でも常連さんだとどこまで邪険にしていいのか悩みます」と困った顔をしている。

■お店はお客さんとスタッフで作り上げている

飲食店も美容院もその他のサービス業も、きっとみんなプロとして技術を磨き、準備をし、最高のサービスを提供しようと努力している。そのやる気やもてなしの心を引き出すのは、なんと言ってもお客さんの振る舞いだ。

どんなお客さんに対しても一定の質のサービスを提供するのがプロだろう。でも、サービス業のスタッフも人間だ。自分たちが大事に守ろうとしている店に対して敬意を払ってくれないお客さんに、気持ちよく接することは難しい。

スタッフだけでは質の高いサービスは提供できない。お客さんと一緒に最高の時間を創りたい。サービス業で働く一人として、そんな思いで店に立っている。

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岩永 直子(いわなが・なおこ)
医療記者
1973年生まれ。東京大学文学部卒業。1998年、読売新聞社に入社し、社会部、医療部、読売新聞の医療サイト「yomiDr.(ヨミドクター)」編集長を経験。2017年5月にBuzzFeed Japanに転職し、医療記事を執筆、編集。2022年8月から、本業の傍ら、東池袋のイタリアンレストランで接客のアルバイト中。2023年7月にBuzzFeed Japanを退社して、現在はフリーランスの医療記者として活動している。単著に『言葉はいのちを救えるか? 生と死、ケアの現場から』(晶文社)、共著に『この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代』(大月書店)、『新・養生訓 健康盆のテイスティング』(丸善出版)、『アディクション・スタディーズ 薬物依存症を捉えなおす13章』(日本評論社)、『今日もレストランの灯りに』(イースト・プレス)がある。

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(医療記者 岩永 直子)

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