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迎撃率96%の「世界最強の防空網」を突破…イスラエルに奇襲攻撃を仕掛けたイスラム組織の"恐るべき策略"

プレジデントオンライン / 2023年10月13日 15時15分

イスラエルは、パレスチナ武装勢力が潜伏していた国境付近のコミュニティーから死者を回収した後、ガザへの空爆を継続した。 - 写真=AFP/時事通信フォト

■イスラエルを「生き地獄」に変えた奇襲攻撃

イスラム組織のハマスは10月7日、実効支配するパレスチナ暫定自治区のガザ地区から、イスラエル側へ急襲を仕掛けた。数千発のロケット弾を発射し、鉄壁といわれたイスラエルの迎撃システム「アイアンドーム」の処理能力を上回る負荷をかけることで防空網を突破。これを陽動とし、地上では数時間のうちに国境のチェックポイントを制圧したあと、次いで国境のバリケードを破壊した。

多くの犠牲者を生んだ奇襲の背後には、ハマスが密かに重ねてきた戦闘準備の存在がある。イスラエルを欺くため平和的態度を装いながら、虎視眈々(たんたん)と襲撃の機会をねらっていたようだ。海外報道により、市街戦の訓練のためにイスラエル入植地を模した訓練場を建設し、さらに作戦が漏れぬよう地下トンネル網を通じてコミュニケーションを取るなど、入念な準備を行ってきた実態が明らかになった。

■犠牲者2100人超…戦闘員に拉致され「人質」になった人も

AP通信が10月11日に報じたところによると、イスラエルに突入したハマスの武装勢力は、国境付近の住宅地などで数百人の住民を殺害。ほかの武装勢力とあわせて約150人のイスラエル兵と市民を人質に取っている。BBCによると、イスラエル軍は領内で1200人以上、ガザ当局は900人が殺害されたとそれぞれ発表した。

ハマスの戦闘員に襲撃されたというあるイスラエル女性は、生後1カ月の娘を連れてかろうじて生き延びた。米公共放送のPBSに対し、「(爆撃音から)15分ほど経って、銃声が聞こえました。そして、(外国語の)アラビア語で、『来い、来い』というような声が聞こえてきたのです」と恐怖を語る。

夫に促されるまま、夫を残して寝室から脱出して外の茂みへと逃げ込むが、ハマスの戦闘員たちは狙撃してくる。混乱するなかわらにもすがる思いで鉢植えをかぶり、洗濯機のうしろに隠れてやり過ごしたという。女性と娘は親切な隣人に助けられたが、夫はそれ以来見つかっていない。

米CNNは、9日になってイスラエル軍が街頭での戦闘の制圧を発表したと報じている。イスラエル側はガザ地区への空襲で制裁に出ており、種子島ほどの広さに200万人が住む人口過密の同地区では、食料や医療物資の不足が懸念される。

では、ハマスの攻撃はなぜ防ぐことができなかったのか?

■戦闘員を送り込み、短時間で制圧

英ガーディアン紙は、侵攻がわずかの間に機敏に行われたと強調する。奇襲は2500発のロケット弾で幕を開けたあと、ハマスはボートやパラグライダーを通じてガザ北部への侵入を試み、無人偵察機さえ導入した。この計画は、「この攻撃が混乱と圧倒を意図したものであることを示唆している」と同紙は分析する。

イスラエル側の尋問を受けたあるハマス戦闘員は、「われわれは1000人の戦闘員を用意し、15カ所でフェンスを突破した」と語った。ガーディアン紙によると、2重のバリケードで隔てられた国境チェックポイントすら、ごく短時間で制圧されたようだ。対戦車誘導ミサイルとみられる爆発に続き、イスラエル軍がガザ侵攻時に使用するアクセスゲートがハマスの支配下に置かれた。

攻撃はイスラエル軍の通信網を遮断するよう整然と進められた。ついに国境のフェンスが崩壊すると、「バイクで、車で、徒歩で……武装した400人のハマスの第一波が、国境を越えてイスラエルになだれ込んだ」と記事は報じている。

■周到な準備、「平和を装う」情報戦

あっという間にイスラエル側を圧倒した作戦は、周到な準備に基づくものだった。ロイターは「最も目覚ましい事前準備の要素のひとつ」として、摸擬市街地の建設を挙げている。

情報筋によるとハマスはガザに、模擬的なイスラエル入植地を建設していたという。そこで軍事侵攻の演習を重ね、演習の様子を収めた記録映像まで製作していた。

イスラエル側は演習地の存在こそ把握していたものの、実際に侵攻に及ぶとは考えていなかった模様だ。情報筋はロイターに対し、「イスラエルは確かに見ていたが、ハマスが対立を望んでいないと信じ込んでいた」「ハマスはイスラエルに対し、軍事的な賭けに出る用意はないとの印象を植え付けることに成功していた」と明かしている。

ロイターはまた、ハマスの戦闘員は2021年の紛争以来、ガザで訓練を行っており、「時として丸見えの状態で訓練を行っていた」と報じている。イスラエル入植地を模して建設した施設において、攻め込み、襲撃する演習を行っていたという。

ハマスは訓練に参加した兵士に対し、情報漏洩の予防策を敷いていた。ガーディアン紙は、イスラエルを模した摸擬集落で家から家へと渡り歩く訓練が実施されていたものの、兵士らは訓練の目的を最後まで知らされていなかったと報じている。

■レプリカの街で繰り返された軍事演習

摸擬集落は、イスラエル軍も同様の設備を保有している。イスラエルのメディア「オール・イスラエル・ニュース」は、軍敷地内にガザの街を模した訓練場を建設していたと報じている。市街戦の訓練用として、パレスチナ側のガザ地区の街のレプリカを建設。今年8月には海外から集まった報道陣に対して公開している。

イスラエルの迎撃システム「アイアンドーム」(写真=IDF Spokesperson's Unit photographer/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)
イスラエルの迎撃システム「アイアンドーム」(写真=IDF Spokesperson's Unit photographer/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)
「アイアンドーム」システムがロケット弾を迎撃(写真=Israel Defense Forces/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)
「アイアンドーム」システムがロケット弾を迎撃(写真=Israel Defense Forces/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)

訓練場には、コンクリート造りのビル街が再現されている。ビル一つひとつは窓ガラスのない簡素なものだが、広い敷地内に模擬的な通りや区画が設けられ、4階建てほどのビルが密集して立ち並ぶ。看板などの装飾が省かれている以外は、本物の街さながらだ。

演習場には模擬戦用に、住宅、モスク、学校などが立ち並ぶ。ハマスはガザ地区に広大なトンネル網を整備しているが、イスラエル軍はそれを模した模擬トンネルも用意し、戦闘訓練に用いていたという。

イスラエルの兵士
写真=iStock.com/Joel Carillet
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Joel Carillet

■トンネルに潜り「石器時代」に戻る…情報漏洩を防いだ原始的手法

ハマスは奇襲の計画を進めるうえで、情報管理を徹底した。イスラエル当局による高度な監視を掻い潜るため、電話やコンピューターの使用を避け、監視の届かない特別な部屋や地下で活動を行ったようだ。イスラエルの退役将校であるアミール・アヴィヴィ氏は、英テレグラフ紙に対し、ハマスは計画が発覚するのを防ぐため「石器時代に戻った」のだと形容している。

計画は極秘中の極秘だった。ハマスは過去数カ月間にわたり、イスラエルとの戦闘や対立を行う意志がないとの印象を与えつつ、大規模な作戦の準備を水面下で進めていた。ハマスに近い情報筋は同紙に対し、ハマスが過去に採用したなかでも「前例のない情報戦術」であったと明かしている。リーダー格でさえ大部分は襲撃計画を知らず、また、攻撃初日に投入された約1000人の戦闘員も、事前訓練の具体的な目的を知らされていなかったという。

ハマスが情報漏れの防止に利用した「監視の届かない特別な部屋や地下」は、ガザ地区に設けられた巨大なトンネル網を指すようだ。米タイム誌が詳説している。

通常であれば、イスラエル国防軍(IDF)の軍事情報総局(通称・アマン)が、対パレスチナの諜報(ちょうほう)活動を行っている。先端テクノロジーを大量に導入するほか、パレスチナで話されるアラビア語の話者を多く雇用し、高度な情報収集を行う。

■探知不能な広範な地下トンネル

しかしタイム誌は、ハマス側が地下に潜って活動を準備したことで、イスラエルの情報網にかかりづらい状態であったと分析している。「一部は深さ230フィート(約70m)にも達する、数百キロに及ぶ広範な地下トンネル」を通じて連携を取り、テクノロジーを用いず人間対人間のコミュニケーションを徹底することで、イスラエル側の技術で探知可能な痕跡を通信網上に残さなかった。

トンネル網に関してはもう一つ、カタールの衛星放送局・アルジャジーラが、ハマスの戦闘に有利に働くとの観測を示している。ガザ地区は陸・空・海を封鎖されたが、空爆3日目となっても依然として「迷路のように張り巡らされたトンネルが生命線となって」おり、「食料や武器から燃料まで、あらゆるものが運び込まれている」と同局は報じる。

また、今後仮にトンネル内での戦闘となれば、構造を熟知したハマスに対し、イスラエル軍は不利を迫られる。2014年のガザ戦争では、ハマスを追ったイスラエル軍がトンネル内に閉じ込められる展開が生じた。ロンドンを拠点とするシンクタンク、チャタムハウスのイスラエル専門家であるヨシ・メケルバーグ氏は、イスラエル軍は今後、バンカーバスター(地中貫通弾)を投入してトンネルを破壊することも視野に入れるだろうとの見解を示している。

■数千発のロケット弾で、迎撃率96%の防空システムを破る

摸擬市街やトンネル網のほか、ハマスはさまざまな戦術で奇襲の準備を進めてきた。ロイターは、ハマスが過去2年間、ガザ地区の住民たちがイスラエル側で労働に就けることを重視しているかのように装ってきたと指摘する。

あるイスラエル軍の報道官は、「彼らが働きに来て、ガザにお金を持ってくることで、一定の落ち着きが生まれると信じていた。我々は間違っていた」と警戒の甘さを認めた。別の安全保障関係筋はロイターに対し、「ハマスはイスラエルに、戦闘の準備が整っていないという印象を与えていた」と述べ、心理戦を制したとの見方を示している。

実戦においても、開幕早々イスラエル軍を圧倒した。移動式ミサイル防衛システム「アイアンドーム」の突破では、世界最強とも名高かったシステムを、単純なミサイルの物量で機能不全に陥れた。全米日刊紙のUSAトゥデイによるとアイアンドームは、迎撃成功率96%を誇る。このシステムは、レーダーで捕捉した飛翔(ひしょう)体をコントロールセンターで分析。センターの指示に追随する迎撃ミサイルを発射し、高確率で打ち落とす。

10億ドル(約1500億円)を投じたアイアンドームだが、米ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、1台のランチャーに搭載できる迎撃ミサイルは20発に限られ、再装塡(そうてん)のタイムラグが生じる。これに対し、USAトゥデイによるとハマスは、20分間の攻撃で5000発を発射した。イスラエル軍は2200発と分析しているが、いずれにせよ迎撃システムのキャパシティーを超える数だ。

テルアビブ
写真=iStock.com/KingMatz1980
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/KingMatz1980

■6人の指揮官しか知らない“極秘計画”だった

国際戦略研究所の陸戦担当シニアフェローであるベン・バリー氏は、アラブ首長国連邦のナショナル紙に対し、「短時間に何千発ものロケットが飛んでくるのですから、それに対応できる防空システムは世界中を探しても存在しないでしょう」と語る。

加えてハマスは、作戦の秘匿にとくに慎重になっていた。ハマスから亡命した元指導者のアリ・バラケ氏は、AP通信に対し、攻撃はガザにいる6人のハマス指揮官によって計画されたものだと明かした。ハマスの最も親しい同盟国でさえ、タイミングについては事前に知らされていなかったという。

多数の犠牲者を生んだハマスの襲撃は、一見突発的な奇襲作戦にも感じられる。しかしガザ地区のトンネル内では、数年にわたる周到な準備が進行していたようだ。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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