外資系企業の「中国離れ」が止まらない…習近平政権の大誤算「インドへの資本逃避」という不可避の現状
プレジデントオンライン / 2023年10月30日 9時15分
■インドへの資本逃避を食い止める狙いか
近年、米アップルや韓国サムスン電子など世界の主要な企業は、中国からインドなどへ生産拠点などを移してきた。ここへきてその傾向が一段と鮮明化しており、インドネシア、タイ、ベトナムなどへ拠点を移すケースが目立っている。
その背景には、中国経済の回復が遅れていることに加えて、台湾問題の緊迫感への注目度が上がっていることもある。また、半導体など先端分野での米中対立はさらに先鋭化しそうだ。
10月下旬、電子製品の受託生産世界最大手、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業傘下、フォックスコンの関連会社に対して中国当局は税務調査に入った。このタイミングでの調査の実施は、一種の衝撃をもって受け止められた。一部の専門家の間では、「インドへの資本逃避を食い止めるための一種の圧力」とみる向きもあるようだ。
2022年9月、アップルが“iPhone14”の生産をインドで行うと発表し、ホンハイ・フォックスコンも追随した。その後、中国からインドへ、世界の有力企業による“ヒト、モノ、カネ”の再配分は勢いづき、中印間の景況感、株価の強弱の差も拡大した。そうした変化に習政権は危機感を高めている部分もあるのだろう。
■コロナ政策で明らかになった中国リスク
今から5年ほど前、米アップルがインドでのiPhoneなどの生産体制を整備しているとの観測が出た。当時、半導体などの先端分野で、米国は中国に対する制裁や輸出管理体制を強化しつつあった。それ以降、半導体の禁輸措置などは一段と強化された。
そうした米国の措置によって、iPhoneなどの製造を受け持った、ホンハイの中国子会社フォックスコンの供給体制は不安定化した。グローバル化の加速とともに強化されたサプライチェーンが分断され始めた。
新型コロナウイルスの感染、その再拡大の長期化、中国のゼロコロナ政策は、アップルやホンハイの事業運営をより強く圧迫した。半導体、電子部品、物流などの供給制約は一時深刻化し、中国の都市封鎖によって生産も不安定化した。アップルやホンハイは中国の政策リスクの高さを改めて認識しただろう。
また、生産年齢人口の減少によって中国の労働コストも上昇した。不動産バブル崩壊により、中国経済の減速懸念も高まった。2020年8月、共産党政権は不動産向け融資を絞るために“3つのレッドライン”と呼ばれる融資規制を実施した。それにより不動産価格は急落し、不動産バブルは崩壊した。
■韓国の5大財閥、フォルクスワーゲンも
資材調達、生産、政策リスク、需要減少などアップル、ホンハイにとって中国における事業運営の厳しさは連鎖的に高まった。同様の考えに基づき、韓国ではサムスン電子をはじめとするサムスングループ、現代自動車グループ、SKグループ、LGグループ、ロッテグループの“5大財閥”が中国の資産売却などを進めた。
その多くがインドなどに拠点を移した。2023年、インドは中国を上回り世界最大の人口大国になる。人口増大によってインドは安価かつ豊富に労働力を供給できる。人口増加は個人消費や設備投資の増加にもつながる。そうした見方から、欧州では対中投資を強化してきたフォルクスワーゲンがインド企業との関係強化に取り組んだ。
■ヒト・モノ・カネがインドに集まっている
中国経済の回復が遅れる一方、直接投資の増加を支えに、インド経済の成長期待は高まった。経済指標、金融市場の変化からそれは明確だ。
年初から10月23日までの間、インドの株価インデックス(S&P・BSE・センセックス指数)は約6%上昇した。一方、中国の上海総合指数は約4%のダウン、IT先端企業が多く上場する深圳総合指数は約10%下落した(株価騰落率は現地通貨ベース)。インドではモディ政権が製造業の育成を目指し直接投資の誘致策を強化した。それは株価上昇を支える主たる要因の一つだ。
景況感の強弱感の差も広がった。50を境に景気の強弱を示す購買担当者景況感指数(PMI)の総合指数をみると、9月、インドは61と高い水準を維持した。インドの景気は堅調だ。また、中国同様、インドは安価なロシア産原油を輸入し、精製して輸出した。それも景気を支えた。
■生産拠点を移さないよう圧力をかけたか
一方、中国経済は依然として厳しい。このところ、財新のPMI総合指数(国家統計局のPMIより中小企業が多い)は50近辺で推移した。経済成長率は低下傾向にある。不動産市況の悪化によって本土株の下落懸念が高まる中、中国からインドへの企業シフトが勢いづけば、中国国内の雇用、所得機会は減少する。それは、民衆の不満を高め習政権に対する批判増加につながるだろう。
中国政府は、インドなどへの事業拠点の移転を食い止めたいはずだ。フォックスコンの関連会社に税務関連の調査を実施したのは、中国から生産拠点を海外に移さないよう圧力をかける意図ともみる向きもあるようだ。
最近のインドなどへの企業の移転は、中国政府が想定したよりも多かった可能性もある。これまで資金流出を食い止めるための措置は、為替管理の厳格化などが主だった。足許、中国政府は脱中国、インドなどへのシフトを進める企業の増加に、焦り、危機感を強めているかもしれない。
■中国での事業リスクはますます高まっている
2024年1月の台湾総統選にホンハイ創業者の郭台銘(グオ・タイミン=テリー・ゴウ)氏が出馬する。台湾への圧力強化に加え、習政権は鴻海グループに中国での事業継続を念押しするために税務調査に踏み切ったとの解釈もできそうだ。
今後、世界の有力企業にとって、中国における事業環境の厳しさは追加的に高まる可能性がある。デフレ圧力の高まりによって価格競争は激化し、粗利は圧迫されるだろう。台湾問題の緊迫感も高まる。IT先端分野などで米中対立も熱を帯びるだろう。
米国の政治動向も懸念材料だ。仮に2024年の大統領選挙でトランプ氏の再選が現実のものになると、米国が半導体だけでなくEV、車載用バッテリーなどの分野でも対中制裁を強化し、貿易戦争が起きる恐れもある。対中強硬姿勢は、一段と強硬なものになる可能性は高い。
7月に共産党政権が施行した“改正反スパイ法”も主要企業の事業運営にマイナスだ。最近でも、わが国企業の従業員が逮捕されたり、拘束されたりする事案が発生した。フォックスコンのような税務調査だけでなく、今後は労働管理の監督を名目に当局が企業に検査を実施し、場合によっては何らかの制裁を科す恐れも高い。
■“インドシフト”の波は勢いづく可能性
これまでの経済運営や金融行政を見る限り、習政権は経済や国内で事業を運営する企業は、すべて党指導部の指示に従わせると考えているようだ。そうしたスタンスは、長い目で見ると、民間部門の活力を減殺してしまうことも懸念される。
資本規制の強化で一時的に資本の流出を食い止めたとしても、規制による押しつけは最終的に長続きはしない。むしろ、高圧的な政策運営は政権に対する企業や個人の信認を毀損(きそん)し、中長期的な資本逃避の圧力を強めることになる。
今後、中国から逃避する資金の受け皿として、インドは直接投資の誘致を強化するだろう。ASEAN地域の新興国や日米欧も、産業政策の強化や規制緩和によって半導体など先端分野の国内生産を増やさなければならない。今回のフォックスコンへの検査実施は、中国からインドなどへの資本逃避が勢いづくきっかけの一つになるかもしれない。
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多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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