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ヤフーに配信しても全く儲からないのに…日本のマスコミが「無料で読めるニュース」を出し続けるワケ

プレジデントオンライン / 2023年10月30日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tero Vesalainen

■「ネットのニュースはタダが当たり前」になった

「ヤフー」など主要ポータルサイトで読まれるニュース記事の対価は、1回の閲読あたり平均で0.124円――。

公正取引委員会が9月下旬、ニュースポータルサイトを運営するヤフーやグーグルのIT大手(プラットフォーム事業者)と、記事を提供する新聞社などの報道機関との取引実態について調査した報告書をまとめ、初めてネットにおけるニュース記事市場の概要が明らかになったが、記事のあまりの安さに報道関係者を中心にショックが広がっている。

「ネットのニュースはタダが当たり前」という風潮が広がる中、多くの記者が周到に取材して書いた記事がIT大手に“激安”で買いたたかれている実情は、世界の報道機関にとって共通の悩みだ。

ネット上でフェイクニュースやヘイト情報が蔓延し社会生活に大きな影響が出ているだけに、民主主義の根幹となる「正確で公正なニュース」の重要性は増すばかり。このため、欧米各国では近年、報道機関を後押しするため、IT大手に対する規制を強めている。

公取委は、ニュース記事が適正な価格で取引されるよう、双方の直接協議を促したうえで、IT大手に対し記事の使用料が著しく低い場合は「独占禁止法上問題になる」と警告した。日本もようやく、信頼できる報道機関のニュースの確保に向けて一歩を踏み出したといえる。

だが、コップの中の争いに汲々としてなかなか結束できない新聞社などの報道機関が、百戦錬磨の強大なIT大手と正面から渡り合って正当な対価を得られるかどうかは不透明だ。

新聞・雑誌・テレビの伝統的メディアの退潮に歯止めがかかるかどうか、この数年が正念場となりそうだ。

■ついに公正取引委員会がIT大手にメスを入れた

「ニュースコンテンツ配信分野に関する実態調査報告書」と題した報告書は、164ページにも及ぶ大部で、IT大手と報道機関のニュース記事の取引について詳細な価格まで公表した本格的な内容だ。これまで当事者の利害関係が入り乱れて実態は霧の中だっただけに、公的機関が明らかにした意義は大きい。

報告書は、冒頭で「ニュースが国民に適切に提供されることは、民主主義の発展にとって不可欠」と強調。報道機関とIT大手の取引が適切に行われないと、国民が良質で正確・公正なニュースを享受することが難しくなると憂慮した。

背景にあるのは、この10年余の間に、ニュース(テキスト系)を入手するメディアが、伝統的メディアからネットメディアに劇的に変わってしまったことだ。

総務省の「令和4年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」によると、「もっとも利用しているニュースメディア」は、2013年度から22年度の10年間に、新聞は59.3%から18.0%と3分の1以下に激減した。

■発行部数はピーク時から半減したが…

一方、ネットは、ヤフーやグーグルのポータルサイトが20.1%から47.0%と2倍以上に大幅増。サービスを開始してまもなかったLINEニュースなどソーシャルメディアは18.7%に急増した。スマートニュースなどのキュレーションサービスも6.5%程度のシェアを占めている。ちなみに、新聞社のニュースサイトは3.0%(無料2.1%、有料0.9%)と存在感を示せずにいる。

また、公取委の調査では、「ニュースを探す場合にもっとも利用するサービス」は、検索サイトで54.4%、グーグル28.4%とヤフー26.1%が双璧だ。次に、ポータルサイトで34.8%、この中ではヤフーが18.3%と群を抜いており、スマートニュース6.7%、LINE3.7%と続く。新聞社などのニュースメディアサイトはわずか2.0%で、ここでも肩身が狭い。

ニュースへのアクセスは、伝統的メディアとネットメディアで完全に逆転してしまったのである。

伝統的メディアの凋落ぶりは、眼を覆いたくなる。新聞の総発行部数は、23年上期に2679万部(ABC協会調べ)にまで落ち込み、1997年のピーク時に比べほぼ半減してしまった。総売上高(日本新聞協会加盟86社)も22年度には1兆3271億円にまで縮小、ピークの2兆4188億円(05年度、96社)からほぼ半減した。雑誌も、22年の総発行部数は約13億冊(出版科学研究所調べ)にとどまり、10年間で5割以上も減った。

これに対し、ネットは、ニュースのページビュー(閲読数、PV)が21年度で約2365億件と、19年度に比べ2年間で25%も伸びている。

こうしてみると、名実ともに「ニュースはネットで」が加速していることがわかる。

積み上げられた新聞
写真=iStock.com/artisteer
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/artisteer

■ネットで読まれても儲からない…新聞とあまりに違う記事の対価

公取委の調査によると、IT大手が報道機関と結んでいるニュース記事の使用契約件数は、16年度1465件から21年度2944件と5年間で倍増した。言い換えれば、報道機関はIT大手への依存度を急速に高めているといえる。

ところが、今回の調査で、ニュースポータルサイトに掲載される記事の使用料がきわめて安価に設定されている実態が浮き彫りになった。

調査対象となったニュースポータルサイト事業者6社(ヤフー、マイクロソフト、LINE、スマートニュース、Gunosy、NTTドコモ、)が21年度に報道各社に支払った記事使用料は、平均で1000PV(閲覧数)あたり124円(最大251円、最少49円)。つまり、1記事当たりの対価は0.124円だった。

朝日新聞の場合、有料記事データベースのベーシックコースは、1カ月980円で50本まで読むことができる。つまり記事1本あたり約20円の値付けをしている計算になるが、ポータルサイトでは、実に約160分の1、たった0.6%の価値しかなくなってしまうのである。

新聞との比較では、一部売り180円の朝刊に100本程度の主要記事が掲載されているとすると1記事あたり1.8円となるが、同じニュースがポータルサイトで読まれる場合の価値は、約15分の1、7%に過ぎなくなってしまう。

記事の対価が、ネットと新聞ではあまりに違うのである。これでは、ビジネスとして成り立つはずもない。

このため、現行の記事使用料について「不満がある」と回答した報道機関は62.9%に上り、「満足している」は12.5%にすぎなかった。不満の理由は「安すぎる」が86.4%とトップになったが、当然の反応だろう。「算定方法が不明確」も70.1%と高く、使用料の設定にあたって十分な情報開示をしないIT大手に主導権を奪われていることへの反発も強い。

しかしながら、ニュース発信の主舞台がネットに移行しつつある現実をみれば、IT大手と絶縁するわけにもいかず、報道機関の苦悩している様子が浮かんでくる。

コインの上に立っているミニチュアの人形
写真=iStock.com/hyejin kang
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/hyejin kang

■公取委は名指しでヤフーに釘を刺す

こうした実情を踏まえ、公取委は、報道機関の約6割にとって最大の取引先となっているヤフーを名指しして「優越的地位にある可能性がある」と指摘。ヤフー以外のIT大手にも「優越的地位にある可能性は否定されない」とクギを刺した。

また、ニュースへの入り口となっている検索サイトを運営するグーグルに対しても「優越的地位にある可能性がある」と強調した。

そして、独占禁止法が禁じる相手方に不当に不利益を与える取引の具体的なケースとして「著しく低い許諾料(使用料)を設定する場合、独占禁止法上問題(優越的地位の濫用など)となる」と警告した。

ただ、公取委は、直ちに強制力を伴う法的規制にまでは踏み込まず、まずは記事の適正価格の設定に向けて双方の対話を求めた。とくに、個別にIT大手と折衝することには限界があると苦悩する報道機関に対し、報道各社が適正な記事使用料を得られるよう「団体交渉」することは「独占禁止法上問題とならない」と交渉の方策を提起した。

加えて、日本音楽著作権協会(JASRAC)のように、報道各社が記事の著作権を1カ所で管理し、IT大手と交渉をする枠組み「新聞版JASRAC」を作ることも選択肢に挙げ、背中を押した。

一方、IT大手に対しては、報道機関に記事使用料の算定根拠や利用者の閲覧データなど具体的な交渉材料がないことへの不満が大きいことを念頭に、可能な限り情報を開示し、交渉のテーブルに着くよう求めた。

■欧米各国で進むIT大手への法的規制

海外では、報道機関が良質なニュースを提供し続ける環境をつくるため、政府が介入してIT大手を規制する動きが広がっている。

オーストラリアでは21年2月、世界で初めて、グーグルやメタのIT大手が報道機関のニュース記事を配信した場合に対価の支払いを義務づける「ニュースメディア取引法」を制定した。

カナダでも6月、同じ趣旨の「オンラインニュース法」が成立。12月に施行されると、グーグルとメタは報道機関に毎年2億3400万カナダドル(約260億円)を支払わなければならなくなる可能性があるという。

同様の規制の動きは、イギリスやニュージーランド、マレーシアでも始まっている。

欧州連合(EU)では19年4月、報道機関がIT大手にニュース使用の対価を請求できる権利を認めた「デジタル単一市場における著作権指令」を発出。この新著作権指令を受けて、フランスは早々に国内法を整備した。

EUの旗
写真=iStock.com/PeskyMonkey
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PeskyMonkey

一方、巨大IT企業を抱える米国でも、規制の動きが広がっている。報道機関が記事使用料などをめぐってIT大手との団体交渉を認める「ジャーナリズム競争・保護法案」が連邦上院司法委員会を通過。カリフォルニア州でも、州下院が「カリフォルニア・ジャーナリズム保護法」を可決している。

こうした行政が報道機関を後押しする世界的な流れの中で、報道機関の奮起を促す提言のレベルにとどまった公取委の姿勢は、いささか生ぬるく映る。とはいえ、初めてIT大手にメスを入れようとした姿勢は評価できよう。

■「儲からないネット記事」を漫然とつづける報道各社の過ち

ボールは、報道機関側に投げられた。

さっそく、日本新聞協会は「ネット上の健全な言論空間を守るため、プラットフォーム事業者は報道機関と真摯(しんし)に協議するよう求める」とする見解を公表した。

だが、長年、互いにライバル視してきた報道各社が、結束してIT大手と対峙(たいじ)できるかどうかというと、懐疑的にならざるを得ない。今や「敵」は、新聞業界内ではなく、規模も体力もはるかに大きなIT大手なのに、新聞各社の経営陣は、いまだに業界内の争いにうつつを抜かしているのだ。

なにしろ、最大手の読売新聞は、発行部数が「朝日新聞+毎日新聞」や「朝日新聞+日経新聞」より多くなったことが自慢で、最近は「読売こそが唯一の全国紙」と言ってはばからない。

新聞の購読者が次々に無読者に切り替わり、今や自らの購読者のつなぎ止めに躍起になっている状況なのに、購読料の安さをウリにライバル紙との競争に明け暮れているのだ。

世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA)が発行する「イノベーション・リポート2023-24年版」は、「ニュースメディアは、インターネットの普及期に貴重なコンテンツをプロバイダーやアグリゲーターに無料で提供する過ちを犯した」と、世界中の報道機関がデジタル社会の将来像を読み誤っていたと自己批判。IT大手との力関係が逆転してしまった現況で、いったんタダ同然で提供した記事の使用料を大幅にアップすることの難しさを嘆いている。

■報道各社は恩讐を超えて団結できるか

もっとも、新聞各社の記事使用料が現行の10倍になったとしても、経営安定への寄与は微々たるものでしかないかもしれない。それでも、加速する新聞離れを、手をこまねいて座視しているわけにはいかないだろう。

ヤフーは早々に報道機関との契約見直しを検討する意向を表明したが、当の新聞各社が長年の恩讐を超えて一致団結できなければ、せっかくの公取委の援護射撃も水泡に帰してしまう。

メディアの地殻変動が予想されるAI時代にこそ、新聞界は結束して対処することが求められる。このまま、IT大手の手のひらの上で踊らされ続けることになるのか、それとも新聞業界独自のニュースプラットフォームのような自律的なビジネスモデルを模索するのか。

民主主義の基盤となるジャーナリズムが揺らぐことがないよう、大胆な発想の転換と精力的な実践を期待したい。

横断歩道を渡る人々
写真=iStock.com/woraput
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/woraput

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水野 泰志(みずの・やすし)
メディア激動研究所 代表
1955年生まれ。名古屋市出身。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。中日新聞社に入社し、東京新聞(中日新聞社東京本社)で、政治部、経済部、編集委員を通じ、主に政治、メディア、情報通信を担当。2005年愛知万博で博覧会協会情報通信部門総編集長を務める。日本大学大学院新聞学研究科でウェブジャーナリズム論の講師。新聞、放送、ネットなどのメディアや、情報通信政策を幅広く研究している。著書に『「ニュース」は生き残るか』(早稲田大学メディア文化研究所編、共著)など。 ■メディア激動研究所:https://www.mgins.jp/

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(メディア激動研究所 代表 水野 泰志)

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