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なぜ給食の人気メニュー「ソフト麺」は消えたのか…平成後期に起こった「学校給食の大転換」の意外な背景

プレジデントオンライン / 2023年12月20日 10時15分

学校給食の試食会、東京都府中市(写真=Osamu Iwasaki/ CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons)

給食の献立はどのように決められているのか。管理栄養士の松丸奨さんは「自治体が定めたルールに沿って献立表は作られている。私が働く文京区では、10日間の主食は、ごはん6.5回、パン2回、麺1.5回という回数が決められている」という――。(第1回)

※本稿は、松丸奨『給食の謎』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。

■献立を作る管理栄養士の知られざる苦労

まずは献立計画を立てます。これはもっとも楽しい作業と言っても過言ではありません。「○月○日はわかめごはんにしよう。次の日は揚げパンにしよう。その次はみそラーメンがいいかな」

このように献立のタイトルだけを挙げて、栄養士の頭のなかにある献立案を書き出していく作業です。いわば真っ白なキャンバスに、自由に理想を描くようなもの。栄養士の醍醐味(だいごみ)と言えます。

献立表は1カ月単位での配布が通例です。しかし、献立計画自体は1学期ぶんをまとめて作ってしまうのがもっとも効率のよい方法だと私は考えています。

なぜなら、1カ月という期間内だけでバランスが取れるように作成していると、翌月にも似たような献立を配置してしまうことがあるからです。

たとえばトマト味のパスタを9月末に出していたら、10月のパスタではクリーム系やオイル系にしたいところです。あるいはトマト味のメニューはしばらく間を開けたほうがよいでしょう。さらに言うとハヤシライスも、トマト味とよく似た味付けになるので避けたい……と、栄養士はこのように考えて献立を作っています。

1カ月ぶんだけの献立計画を作ってしまうと、同じ月のなかではこうした重複ミスを防げても、翌月のことまで気が回らず、似た味付けの献立が続いてしまうことがあるのです。

味付けだけでなく調理法にも注意が必要です。月の切り替わりが週の真んなかだった際に、うっかり「月曜日に揚げ物、金曜日も揚げ物」なんて羽目になることも……。いくら月をまたいでいるとはいえ、子どもたちに「また揚げ物?」と感じさせてしまいます。献立立案者としては敗北感を味わう瞬間です。

■1学期分のメニューは3日で完成する

栄養価などの充足率は1カ月ぶんで判断すればよいので、月末と翌月の初めで献立が似通っても、大きな問題は生じにくいでしょう。

しかし食の楽しみの点で、同じような調理法を連発するのは望ましくありません。このようなうっかりミスを避けるためにも、献立計画は学期ごとに立てるのが理想だと考えて、私はずっとそうしています。

ただ、同業の方が集まる講演で「私は1学期ぶんの献立をまとめて作成している」と話すと、「私もそうです」という方が半分、「1カ月ぶんずつ作成している」という方が半分といったところです。栄養士それぞれの流儀があるようです。

この作業はとても楽しいので、1学期ぶんの献立計画が、早い時は3、4日で完成します。

■主食の割合は自治体が決めている

「献立計画」が定まったら、次は「献立構成」に着手します。

献立の構成とは何を指すのかというと、自治体が定めたルールに沿った内容になるよう、献立を整えてゆく作業のことです。

主食となるごはん・パン・麺の登場回数や頻度はルールに合致しているか。調理法が献立内で重複していないか。洋食、中華、和食の回数のバランスはとれているか。栄養は基準値を満たしているか。

そうしたあらゆる観点から献立をチェックしてゆくのがこの段階です。理想と楽しさを追求していた献立計画を、現実に落とし込んでゆく作業とも言えます。

ルールの大本となる考え方は、学校給食法にて「学校給食の目標」として提示されているので、第4章で詳しくご紹介します。

この目標を具現化するため、各自治体で具体的なルールが定められています。

たとえば私が勤務している文京区では、10日間サイクルで、ごはん6.5回、パン2回、麺1.5回を組み合わせていく必要があります。これは「学校給食の標準食品構成表*1」(以下、「標準食品構成表」)という基準量に基づいて決められたものです。

(*1─―さまざまな食品の1カ月間の摂取目標量を、1回あたりの数値に換算し、一覧にした表のこと。児童生徒が各栄養素をバランスよく摂取しつつ、多様な食に触れられるようにすることがねらい。「児童又は生徒一人一回当たりの学校給食摂取基準」を踏まえて作成されている。)

■いまの給食でパンは週1回のみ

この場合の10日間とは、土日を含まない月~金の2週間ぶんです。つまり、ごはんは週3~4回、パンは週に1回は必ず給食に出して、麺は2週間に1~2回、ということになります。

給食
写真=iStock.com/Milatas
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Milatas

主食の回数については、献立計画を立てている段階からなるべく意識をしています。「子どもたちは麺類が好きだから、回数を増やしてあげたい」という気持ちはあっても実際にはそうできないのは、「標準食品構成表」をもとにした自治体のルールに従っているからなのです。その少ない登場機会にラーメン、うどん、パスタがバランスよく供されるよう、献立をチェックしていきます。

主食だけでなくほかの食材についても、「何をどれだけ食べなくてはいけないか」が決まっています。「標準食品構成表」の「牛乳」から「油脂類」までの項目、それぞれで充足率100%を目指さなくてはいけません。

昔は給食といえば毎日のようにパンが出たものですが、このように今やパンの登場回数は激減し、週1回へと変化しています(米どころなど一部地域では米飯を推進していて、もっと回数の少ない場合もあります)。

■なぜ昭和の給食は毎日パンだったのか

今の子どもたちに「昔は毎日パン給食だったんだよ」と伝えると「うらやましい! いいなあ!」と言います。ところが実際に食べていた年代の人はそうは思いません。というのもパンの品質に現在とは大きな差があったからです。

今はスーパーマーケットで売っている大量生産のパンでも小麦の香りが立ち、柔らかくてとても美味しいです。パン屋さんブームも全国で起き、気軽に美味しいパンを買うことができるようになりました。

ところが昭和時代の給食パンは、味や香りが乏しく、パサついていて飲み込みづらく、単体で食べることが難しいものでした。たまにマーガリンが提供される日はラッキーで、少しずつ大切に使いながらなんとか食べきっていたものです。

どうして昭和の給食は毎日パンだったのかは、第3章でご紹介しますが、「GHQが小麦を援助した」「大型炊飯器を各校に設置する費用がなかった(パンなら工場で一気に焼ける)」「重量が軽いのでごはんよりも配送しやすい」などの理由が後押しとなったためです。

ごはんを主食とした給食は昭和51(1976)年に始まります。さらに平成21(2009)年に文部科学省が米飯給食の推進についての通知を出した結果、ごはんの比率が増え、「パンは週に1回」になったのです。平成25(2013)年に和食がユネスコ無形文化遺産に登録されたことも、米飯給食の推進を後押ししました。

■ソフト麺は「うどん」ではない

昔懐かしの給食として思い浮かぶ献立のひとつがソフト麺です。正式には「ソフトスパゲッティ式めん」と言います。

昭和の学校給食
写真=時事通信フォト
昭和40年の学校給食。ソフトめんのカレーあんかけ、牛乳、甘酢あえ、くだもの(黄桃)、チーズ。(2013年3月、学校給食歴史館の展示サンプルを撮影) - 写真=時事通信フォト

一見うどんのようですが、うどんに使う粉は薄力粉や中力粉であるのに対し、ソフト麺では強力粉を使っています。学校給食用としてビタミンなどを添加してあるのも特徴です。

一度茹でた麺を、個別の袋に入れてパッキングし、それを冷蔵保存したものが学校に運ばれてきます。納品されたソフト麺は、学校で再度蒸し直します。75℃が1分以上保たれるように、中心温度計を使って4~5カ所を計測します。

2度も加熱を行ない、さらに2度目はしっかりと温度を上げて蒸しているので、麺は伸びに伸びて柔らかくなっています。この柔らかさこそ、ソフト麺の人気の源です。大人にはコシのない麺は好まれませんが、子どもたちにはこの柔らかさが食べやすいと人気になりました。

ソフト麺に合わせるものはトマトソース、カレーソース、みそラーメンスープ、醤油ラーメンスープ、けんちん汁、豚汁などがあります。組み合わせのレパートリーの豊富さもソフト麺の便利な点です。

■ソフト麺はどこに消えた?

米飯給食が始まるまで、給食の主食は毎日パンでした。パンに使う粉を流用して麺を作れないか、と考えて作られたのがソフト麺です。給食でも麺類が食べられることに、当時の子どもたちは大喜びしました。人気が凄まじく、ソフト麺の需要は伸び続けます。

昭和~平成中期の東日本では給食の定番だったソフト麺ですが、西日本だと提供されていない地域も多いので、ソフト麺を食べた経験のない方もいらっしゃることでしょう。

西日本には麺文化が根付いていたために、ソフト麺に頼る必要はないという風潮が背景にあったと考えられます。さぬきうどんのようなコシの強い麺が親しまれている地域では、ソフトな食感は受け入れられなかったのかもしれません。

平成後期になると、ソフト麺を作る機械や工場に老朽化の問題が出てきます。さらに給食室の設備が整ってきたことから、乾麺を茹でたり冷凍麺を使ったりする方向にシフトする学校が増え、ソフト麺の需要は減っていきました。

松丸奨『給食の謎』(幻冬舎新書)
松丸奨『給食の謎』(幻冬舎新書)

老朽化と需要減、この2つの理由が重なり、今ではソフト麺を通常注文できる機会がずいぶんと減りました。特別に注文すれば買えないことはありませんが、東京には工場がなくなってしまったので、値段が割高なため、乾麺や冷凍麺を使うことが一般的です。福岡県では平成11(1999)年にソフト麺の給食提供を終了しています。

ただ、根強いファンは多く、一部のスーパーマーケットではソフト麺が今でも販売されています。懐かしの味を求める客のため、定期的に納品しているといいます。

また、全国どこでも注文が難しくなったわけではなく、いまだに給食の麺がソフト麺という地域も存在しています。たとえば静岡県では48社あった取り扱い業者が今は15社以下になっているものの、ソフト麺が給食で提供されているそうです。

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松丸 奨(まつまる・すすむ)
管理栄養士、栄養教諭
1983年千葉県生まれ。専門学校卒業後、栄養士として千葉県内の市立病院に勤務。2009年より、東京都の小学校で学校栄養士として勤務。給食の献立作成や調理指導、食育の授業などを行っている。2013年には、実際に提供されている給食の美味しさなどを競う「全国学校給食甲子園」(第8回・応募総数2266校)で優勝。フジテレビ系ドラマ『Chef~三ツ星の給食~』(2016年)で給食の監修・調理指導を担当。日本テレビ系「世界一受けたい授業」をはじめ、メディア出演も多数。著書に、最新刊『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』(幻冬舎新書)のほか、『給食が教えてくれたこと』(くもん出版)、『日本一の給食メシ 栄養満点3ステップ簡単レシピ100』(光文社)、『子どもがすくすく育つ 日本一の給食レシピ』(講談社)などがある。

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(管理栄養士、栄養教諭 松丸 奨)

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