アマゾンがロビイング活動にかける驚きの金額…最古参のロビイストが明かす"政治を動かす金と仕事"の中身
プレジデントオンライン / 2024年1月11日 10時15分
※本稿は、渡辺弘美『テックラッシュ戦記 Amazonロビイストが日本を動かした方法』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
■2008年当時、公共政策チームは世界で5人だった
私が入社した2008年当時は、アマゾン内でパブリックポリシーと呼ばれる公共政策チームは世界で私を入れてたったの5人であった。パブリックポリシーというのは、企業によっては「ガバメントアフェアーズ」と呼称している場合もあるが、日本語だと、政策渉外、政府渉外、公共政策などと呼ばれていることが多い。当時は、公共政策を統括するバイスプレジデントが米国ワシントンDCに勤務する他に、米国担当1名、欧州担当1名、中国担当が1名。そして日本担当の私を入れて合計5名であった。現在のアマゾンの収益を支えるアマゾン ウェブ サービス(AWS)と呼ばれるクラウドコンピューティング事業部門は当時、米国においてもまだ黎明(れいめい)期であり、日本には誰も事業部門の社員はおらず、公共政策面での業務はインターネットショッピングと併せて私が担っていた。
■世界中で最も在籍期間が長い社員になっていた
公共政策チームとは、分かりやすく言えばロビイング活動を行う部署である。企業によって多少の役割は異なるが、選挙で選ばれた国会議員や首長および地方議会議員、中央政府に所属する国家公務員、地方自治体に属する地方公務員、業界団体や有識者などの外部のステークホルダーとの間の関係構築や折衝を行う業務を担っている。
私にとって霞が関から外資系企業であるアマゾンに転職した際の変化は大きかったが、それと同等以上に、私がアマゾンに入社した頃と今日現在のアマゾンの姿の変化も大きい。2023年第3四半期時点で、「アマゾニアン」と呼ばれるアマゾンの社員は全世界で約150万人。その中で公共政策チームには世界中で数百名のフルタイムの社員が在籍しているが、私が世界中で最も在籍期間が長い社員になっていた。世界中のアマゾニアンの中で私よりも前に採用され在職していたのは、わずか0.3%にも満たなかった。
■「テックラッシュ」により業務内容は大きく変化した
私が入社した頃の仕事は、今から振り返ればかなり限定的で日本固有の問題が多かった。アマゾンが飛躍的な成長を続けるにつれ、仕事の範囲は広がり、個々の課題も複雑で専門的知識を要するものとなり、他国とも共通する課題が増え、以前とはまったく異なる景色となった。
欧州などを中心とする「テックラッシュ」――私の入社時にはまだその言葉は生まれていなかった――により、公共政策チームは急速に拡大し、業務内容も変化していった。従来は、公共政策チームの業務は、政府から提案されたルール案に対応するという狭義のロビイング活動が主であり、対外的なコミュニケーションも聞かれたことだけ最小限に答えるという受動的なものであった。だが、テックラッシュが盛んになるにつれ、政府と対話を重ねながらともにルールを検討し、政策立案者のアマゾンに対する誤解や都市伝説を積極的に訂正し、正しく理解してもらうという方向に変化、拡大してきた。
ただ、公共政策チームの業務が変化する中で一貫して変わらなかったのは、アマゾニアンに浸透しているリーダーシップ・プリンシプルという原則に基づく行動であった。
■ロビイング関連費用はテック業界でトップ
現在のアマゾンの公共政策チームは、数百名のフルタイム社員で構成されると述べた。チームは、大きく分けて三つのグループで構成されている。①北米、中南米地域を担当するアメリカ公共政策チーム。②それ以外の欧州や日本を含むアジア地域などを担当する国際公共政策チーム。③アマゾン ウェブ サービスに伴う課題を担当するAWS公共政策チームである。
他のテック企業と比べてアマゾンの公共政策活動がどの程度の大きさなのかを知る一つの指標としては、連邦政府向けのロビイング活動に支出されている費用の金額を見ればよい(これは米国の1995年ロビー活動開示法に基づき公開されている)。2022年のその金額は1969万米ドルであり、この金額は上下院に報告されるとともに、アマゾンドットコムのIR(投資家向け)サイトでも開示されている。米国での政治資金やロビイング資金の調査を行っている非営利組織「オープンシークレッツ」は、ロビイング関連費用の毎年の支出者ランキングを公表しているが、2022年におけるテック企業の中ではアマゾンの支出が最も多い。
■国ごとに公共政策チームの役割は異なる
現在、国際公共政策チームが担当しているアマゾンのショッピングサイト(例えば、Amazon.co.jp)は全部で18存在し、アラブ首長国連邦(19年開設)、サウジアラビア(20年開設)、エジプト(21年開設)向けのサイトなど、私の入社時には開設していなかったサイトが大半である。24年には南アフリカ共和国向けのサイトも開設される。これらの新興国には、サイトの開設前から公共政策担当の社員が採用され、サイトの円滑な開設を実現するために、例えば外国資本による100%出資を禁じるような法的な障害の除去であったり、現地の関係団体と連携しローカルな商品販売のプロモーションをしたり、政府高官との関係構築などを行っている。
新規にサイトを開設する国以外では、それぞれの国におけるビジネスプランの内容によって公共政策チームの役割が異なってくる。
例えば、インターネットショッピングではアマゾンによる直売事業が中心なのか、マーケットプレイス事業も行うのか。生鮮食料品や医薬品は取り扱うのか。電子書籍、音楽や映像などのデジタル配信を行うのか。アマゾンスタジオによるオリジナルの映像制作は行うのか。キンドルやエコーなどのデバイス機器の販売は行うのか。アレクサのサービスは投入するのか。広告ビジネスはどこまで展開するのか。無人決済店舗のアマゾン・ゴーなどの実店舗も運営するのか。オペレーションや配送にロボットやドローンを活用するのか。新たな金融決済手段を導入するのか。データの取り扱いや機械学習の利用はどこまで野心的に行うのか。あるいは、米国でも未実施の低軌道衛星通信プロジェクト・カイパーのような新規事業も行うのか。
■国際政治・国内政治の状況も影響を与える
例が長くなったが、このように広範な事業領域の中で各国におけるそれぞれのビジネスプランを実現するために、公共政策チームは先んじて行動を起こす。また、先進国で議論されている競争政策や消費者保護政策のように、すでにアマゾンが実施している事業に対して新たに政府側から惹起される課題に対応するのも重要な仕事である。
このように、グローバルなテック企業の公共政策チームは、各国におけるビジネスの熟度、政策課題の熟度によって、業務内容がかなり異なってくる。また、外部環境によって各国が注目する政策課題が異なるため、その違いに対応することも余儀なくされる。
例えば、ポピュリズムに加担しなければならないほど政治的に脆弱(ぜいじゃく)な状況かどうか、財政再建上の理由からテック企業の(利益ではなく)収益への課税に着目しているかどうか、疲弊している中小企業からの対テック企業対策についての政治的要求が強いかどうか、持続可能性やデジタル分野の主権と戦略的自律性を追求するような政治的大目標が存在するかどうか、テック企業に寄り添い保護主義姿勢をとる他国に対して米国政府が攻撃的な態度を示すかどうかなど、国際政治上、各国の国内政治上の情勢によって公共政策チームがそれぞれの国でどう立ち回らなければならないかは変化する。
■すべての責任者の同意のもとに優先順位がつけられる
さらに、インドのように州政府などの地方政府に相当な権限がある場合には、公共政策チームも中央から地方まで階層的な対応をせざるを得ない。このような統治機構上の事情も考慮しなければならない。
公共政策チームが対応すべき課題は、小さなものまで数え上げればきりがないが、業務に割けるリソースには限りがあるので、取り組むべき課題には優先順位をつけることになる。アメリカ公共政策チーム、国際公共政策チーム、AWS公共政策チームが一丸となって、ワン・アマゾンとして優先的に取り組むべき課題とゴールを毎年定める。そしてこれらの課題とゴールは、CEO直下のエスチームと呼ばれる全部門のシニアリーダーシップで構成される会議で決定される。
つまり、公共政策チームが独自の判断で優先順位を決定するのではなく、ビジネス部門などのすべての責任者の同意のもとに決定されるのである。
また、これらのゴールは測定可能なものでなければならず、毎四半期ごとに進捗状況の確認作業が行われ、毎年ごとにゴールが達成できたのか(グリーン)、達成できなかったのか(レッド)に明確に二分され、評価されることになっている。
■アマゾンの各国への立場は極めてシンプル
ここで各国の具体的な課題やゴールを開陳することはできないが、概して言えることは、アマゾンは各国からの政策提案にやみくもに反対している訳ではなく、あきらかに不合理と思われる提案に対して粘り強く修正や廃止を求めるというシンプルな立場をとっている。
例えば、事実に基づかず政治的なテックラッシュに由る提案や、国内産業を守る保護貿易主義(プロテクショニズム)による提案や、企業間(例えばオンライン小売とオフライン小売間)のレベルプレイングフィールド(公正な競争条件)が確保されない差別的な提案や、クロスボーダー取引(国境を越える取引)に著しい支障をもたらす提案や、商業上の秘密やノウハウなどを毀損(きそん)しかねない提案や、国際協調路線と異なる単独行動主義(ユニラテラリズム)による提案などがそうである。
政策立案が官僚主導で進む国もあれば、議会主導で進む国もあるなど国によって仕組みが異なるので、そのロビイング手法やアプローチの仕方に違いはあるものの、ロビイングの思考法としては、本書で紹介する日本の事例と同様に、アマゾンのリーダーシップ・プリンシプルに基づくものとなっている。
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アナリーゼ代表
元アマゾンジャパン合同会社顧問・渉外本部長。世界中のAmazonで最古参のロビイスト。東京工業大学物理学科卒業後、1987年通商産業省(現・経済産業省)に入省し長年にわたりIT政策に従事。2004年から3年間日本貿易振興機構(ジェトロ)及び情報処理推進機構(IPA)ニューヨークセンターでIT分野の調査を担当。当時、インターネット、ITサービス、セキュリティ分野などの動向を毎月まとめた「ニューヨークだより」を発信し、日経ビジネスオンラインで「渡辺弘美のIT時評」を連載。2008年にAmazonに転職。15年間にわたり日本における公共政策の責任者を務めた。24年に公共政策業務をアップグレードするアナリーゼを設立し代表に就任。著書に『ウェブを変える10の破壊的トレンド』(ソフトバンククリエイティブ)、共著に『セカンドライフ創世記』(インプレス)がある。
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(アナリーゼ代表 渡辺 弘美)
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