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じつは「発達障害グレーゾーン」は存在しない…専門医が「発生割合が増えているわけではない」と感じる理由

プレジデントオンライン / 2024年1月18日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PeopleImages

発達障害にはどんな特徴があるのか。精神科医の岩波明さんは「発達障害の症状の区分には客観的な指標が存在せず、個人差も大きい。専門医であっても診断に悩むことは多い」という――。(第2回/全2回)

※本稿は、岩波明『発達障害の子どもたちは世界をどう見ているのか』(SB新書)の一部を再編集したものです。

■「発達障害=自閉症」の誤解を生んだ2つの理由

「発達障害=自閉症」あるいは、「発達障害とは、PDDあるいはASD」と誤解している人は現在でもかなりの数存在しています。この傾向は一般の人だけでなく、医療関係者にも見られます。

なぜそのような誤解が生じているのでしょうか?

第一の理由は、診断名にあります。自閉症はDSM-Ⅳ-TR(米国精神医学会が刊行している『精神疾患の診断・統計マニュアル』第4版)においては、「広汎性発達障害(PDD)」に含まれていました。広汎性発達障害に「発達障害」という用語が含まれていたため、発達障害といえば、それは「PDD」であり、そこに含まれる自閉症のことを示しているという誤解が生じたと考えられます。

さらに大きな要因として挙げられるのは、長期にわたって、日本の発達障害の診療は自閉症中心で行われてきたという点です。

■医学界で自閉症は「研究し甲斐のある」疾患とみなされてきた

自閉症は、しばしば「強度行動障害」を示すことがあり、他の児童期の精神疾患と比較しても重症で治療や対応が難しい疾患です。

強度行動障害とは、自分の体を叩いたり、食べられないものを口に入れたり、壁をドンドン叩いて壊したり、他人を叩いたり、大泣きが何時間も続いたり、急に道路に飛び出したり……といった行動を指しています。このような、本人の健康を損ねる行動、周囲の人の生活に影響を及ぼす問題行動が高頻度で起こるため、特別に配慮した支援が必要となります。たとえば、私の診てきたある患者さんの中には「信号機を見ると、それに向かって必ず石を投げる」という行動特性を持つ方がいました。

自閉症は、精神疾患の中でもっとも治療が困難なものの一つですが、鎮静化させる薬はあっても治療薬は存在していません。精神科に長期入院するケースもまれではありません。そのため、日本の児童精神科や小児科においては、自閉症、特に知的障害を伴うケースを診療の中心に位置づけてきました。さらに教育界においても、自閉症の治療教育について、さまざまな研究が行われてきました。

世界的にも、自閉症および自閉症と関連が深い症状については、強い関心が持たれてきました。端的に言えば、自閉症は謎が多く、研究し甲斐のある疾患とみなされてきたのです。

また、自閉症の人には「サヴァン症候群」が多く見られるという点でも注目を集めてきました。

「何年何月何日は何曜日なのかすぐに言える」「一度聞いただけの曲なのに最初から最後まで間違えずに弾ける」「航空写真を一瞬見ただけで絵に描ける」など、計算、音楽、美術などに関する驚異的な記憶力・再現力を認めることがあり、「これはいったいどのような能力なのか? この人たちの内面で何が起こっているのか?」とその脳内システムについての研究が進められてきたのです。

■それぞれの疾患に明確な境界線は存在しない

それぞれの疾患について明確な境界線が存在するわけありません。

ASD、ADHD、LD(読字障害、書字障害、算数障害)、トゥレット症候群、サヴァン症候群といった区分は、現在の知識における区分に過ぎません。複数の疾患の特徴を持つ例も多く、併存と考えればいいのか、見かけ上類似していると見るべきなのか迷うことも珍しくありません。

個別の疾患それぞれにおいても、症状にはかなりの濃淡が存在しています。同様の特徴を持っていても、普通の社会生活が可能なケースから、長期に引きこもりを続けているケースまでさまざまです。米国精神医学会のDSM改訂の際に、「PDD(広汎性発達障害)」と呼ばれていたカテゴリーが「ASD(自閉症スペクトラム障害)」と変更されたのは、「症状と症状の間に明確な境界線は引けない」という考え方に基づいていると記載されています。

■「ADHD症状が明確だがASD症状もある」患者ごとの個人差の大きさ

スペクトラムとは、境界線・範囲が明確ではない状態が連続しているさまを表現する際に使われる語です。つまり、この用語には「その特徴の現れ方の強さに大きな個人差がある」というメッセージが込められているのです。

実際に、患者さん一人ひとりの状態を診察してみると、複数の疾患の症状を伴っていることが多く、単一の病名で語れないこともしばしば見られます。たとえば「ADHDの特徴が明確に見られるが、ASDに類似した対人関係の障害も示している」といった具合です。

また、いくつかの症状が併存している場合においても、「AさんはASD症状よりもADHD症状が強く見られるが、BさんはADHD症状よりもASD症状が強く出ている」という強弱があります。まさに、患者さんごとに異なるのです。

このように、「症状の区分について客観的な指標が存在しない」という基本的な問題に加えて、「診察してみると複数の症状にまたがっていることが多く、特徴の発現の強弱にも個人差がある」という課題があります。

写真=iStock.com/kieferpix
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kieferpix

■専門医であっても診断が難しいケースは珍しくない

このため、医師からすると、典型的な症状を除いては診断を行うことが難しいケースも珍しくありません。

さらに、生育環境に由来する“愛着障害”的な要素が加わるケースがあります。虐待や育児放棄などを受け、安心・安全の感情を持つことなく育った子どもは、他人とのコミュニケーションをうまく築けなくなったり(反応性アタッチメント障害)、対照的に過度になれなれしい態度をとってしまうことがあります(脱抑制型対人交流障害)。複数の問題行動や精神症状が“愛着障害”と関連している可能性もあるわけです。

さらに、思春期の成長過程は心身が不安定になりやすい時期です。そのため、うつ病や不安障害などの精神疾患が起こりやすくなります。さまざまな言動が併存する精神疾患によって、引き起こされている可能性も加わるのです。

つまり、「症状の評価」「症状の個人差」という発達障害の症状自体の問題に加えて、「愛着障害の影響」「他の精神疾患の併存」という可能性を見極めながら、診断を検討することが必要となります。

けれども医師にもっとも求められているものは、「正しい診断を下すこと」ではありません。むしろ、「患者さん個人個人の生活上の困難さを見極めて、どのような関わり方や対応を行えば、その状態を改善できるか」を明らかにすることです。診断することも重要ではありますが、それ以上に現実の適応を改善させることが何よりも求められます。

■摂食障害と万引き依存に悩む男性はADHDだった

成人の方のケースになりますが、多様な症状が重なり合っていた実例を紹介します。

以前、私のところに摂食障害に悩んで受診をしに来た男性がいました。高校生の頃から食べ物に対する興味が非常に強く、自分が食べるものにこだわるようになってしまい、その結果として拒食症の症状が出現していたのです。その男性は、私立の有名大学に入学したものの中退し、その後別の大学に入り直していました。

診療を続ける中で、男性は「実は万引きに悩んでいて……」という悩みを打ち明けてくれました。摂食障害と万引きは、関連の大きい行動と考えられています。以前、元マラソン日本代表の女性選手が、好記録を出すために減量をしなければならず、食べ吐きをするようになり、気がつけば万引きするようになっていたというケースがありました。

さらにその男性の治療を続けている中で、「パニック障害を起こしたことが何度かある」とも打ち明けてくれました。そのときには落ち着いていたようでしたが、さらに記憶を遡ってもらうと「小学校の頃は集中力のなさを指摘されていた」ことがわかり、加えて忘れ物やものをなくすクセもひんぱんに見られたことも判明し、背景に存在していたのは、ADHDだったことが明らかになりました。

その男性の家庭では、男性の言動について問題視することがなく、成人になるまで受診の機会がありませんでした。

つまり彼は、

・児童期からのADHD
・思春期からの拒食障害
・成人期のパニック障害

といった複数の症状が重なり、辛い毎日を送っていたわけです。この男性のように、発達障害においてはいろいろな精神疾患が併存し、症状が幾重にも折り重なっていることがあるのです。

■子どもの発達障害は増えているのか

では、子どもの発達障害は増えているのでしょうか? その答えは「YES」とも言えますし、「NO」とも言えます。

まず「YES」の根拠は、2022年発表の文部科学省の調査結果です。この調査によれば、全国の公立小中学校の通常学級に、発達障害の可能性のある児童生徒が8.8%いることがわかりました。10年前に行われた前回調査より、2.3ポイント増えています。

発達障害教育推進センターのHPにも「自閉症・情緒障害特別支援学級に在籍する児童生徒数は、平成19年度以降、毎年、約6000人ずつ増加しています」とあり、増加を裏づける形となっています。

■発達障害の発生割合は昔からさほど変わっていない

一方で、「NO」という可能性があるのは、10年前よりも発達障害に対する理解が広がり、医療関係者も先生方も親御さんも、関心を持つようになってきていることによって、認知率が高まっていると考えられる点です。

10年前なら発達障害として認められなかったお子さんが、今では認められているケースがあるのです。

医療の現場にいる私の実感としては、「発達障害の発生割合は以前も今もさほど変わらない。ただ、認知数が増えている」と思います。

■「グレーゾーン」という言葉は医学的には使われない

ちなみに最近では「グレーゾーン」という言葉をよく耳にするようになりました。

これは、発達障害の特性がいくつか見られるものの、診断基準を満たしているわけではなく、確定診断ができない状態を指す言葉として使われているようです。

岩波明『発達障害の子どもたちは世界をどう見ているのか』(SB新書)

ただ、医学用語として「グレーゾーン」という言葉を使用することはありません。明らかな「黒(疾患)」と「白(正常)」が認定されることによって、その中間の「グレーの領域」が存在することになります。

ところが、発達障害の場合、疾患と正常の境界をはっきりと分けることは簡単ではありません。身体的な疾患のように、明確な診断の指標は存在していないからです。

このため、「グレーゾーン」を定義することはできず、このような表現をすると、不正確なものをさらに曖昧に表現することになってしまうわけです。

精神的な症状や主観的な症状は、数値化することが困難です。たとえば、痛みの程度を考えてみましょう。「ひどい痛み」といっても、あくまで主観的なものです。どれくらい痛いのかを測定することができません。これが「数値」であれば、境界線を引けます。肝機能障害であれば、「この数値を超えたら肝硬変です」というように境界線を明らかにできるわけです。

発達障害の場合、現段階では診断の目安となる客観的な指標が存在していません。

このため、境界を明確に設定することも困難です。

もっとも私たち臨床医は、診断をつけることを求められます。情報が不十分な場合や症状が明確でない人の場合は、「~の疑い」という形で診断名を書くことはありますが、「グレーゾーン」という用語を使用することはなく、この言葉はあくまでマスコミ用語であることを認識しておくべきでしょう。

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岩波 明(いわなみ・あきら)
精神科医、昭和大学附属烏山病院院長
1959(昭和34)年、神奈川県生まれ。東京大学医学部医学科卒。医学博士。発達障害の臨床、精神疾患の認知機能の研究などに従事。都立松沢病院、東大病院精神科などを経て、2012年より昭和大学医学部精神医学講座主任教授、2015年より昭和大学附属烏山病院長を兼務。著書に『発達障害』(文春新書)、『医者も親も気づかない 女子の発達障害』(青春新書)、『誤解だらけの発達障害』(宝島社新書)など多数。

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(精神科医、昭和大学附属烏山病院院長 岩波 明)

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