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なぜ「子供の自殺」が増えているのか…学校カウンセラーが「眠そうな子が危ない」と警鐘を鳴らす理由

プレジデントオンライン / 2024年1月22日 14時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kieferpix

子供の自殺者数が増加している。『ルポ 虐待サバイバー』(集英社新書)の著者で精神保健福祉士の植原亮太さんは「文科省は自殺予防対策として、『命の大切さ・尊さを教える』『周囲に助けを求めるように指導する』などとしているが、それで自殺者数を減らせるとは思えない」という――。

■増え続ける子供の自殺者数

514人。これは令和4(2022)年における小中高生の自殺者数です。日本全体の自殺者数は3万人台をピークに減少し、ここ数年は2万人台前半で推移していますが、子どもの自殺は増加に転じています(「令和4年中における自殺の状況」厚生労働省より)。

文部科学省「児童生徒の自殺対策について」によると、例年、自殺の動機は「進路に関する悩み(入試に関する悩みを除く)」「学業不振」「親子関係の不和」が上位ですが、動機の約半分が「不明」のままである事実も見逃せません。

学校では自殺予防対策の一つとして、児童・生徒に命の大切さ・尊さを教えたり、悩みがあれば身近な大人(両親や教師など)に助けを求めたりするよう指導しています。ほとんどの子供にとっては有効とされるこの対策ですが、最も保護されるべき「自殺リスクの高い子供」に対しては、自殺予防の本質をついていると私には思えません。

本稿では、その理由と取り組むべき課題についてカウンセラーの視点から述べていきます。

※以下の事例は、本人の特定を避けるため、事実関係の一部を加工しています。

■小学生から希死念慮のある女子生徒

「あの、実は希死念慮があるんです。小学生の時からで、ずっと、なんとなく死んじゃいたいっていうか、いなくなりたいっていうか。別に、生きている楽しみとか将来の希望とかないし。先生は生きていて楽しいですか?」

ある中学3年生の女子生徒が、はっきりと「希死念慮」という言葉を使ってスクールカウンセラーである私に言いました。彼女は成績も悪くなく「特に問題ない子」です。なので、これといって教員間で話題に上がったこともないようです。しかし、いつも教室でポツンと過ごして机に顔を伏せていることが多い彼女が気になった私は、校内の相談室に呼んで話を聞いたのでした。

■子供の自殺未遂に母親は「何カッコつけてんの?」

それから数回の面接を経て、彼女は日常的に自傷行為をしていると話すようになりました。実際に傷を見せてくれましたが、手首から肘のあたりにかけて等間隔に刻まれていて「苦しいときにやると、気が紛れる」と言います。

初めて死のうと思ったのは小学校4年生の時だった、学校の階段から飛び降りたが高さが足りなくて死ねなかった、不自然なけがの仕方を不審に思った養護教諭から事情を聞かれたが、本当のことを話したくはなかった。

しつこく詮索されたので親には言わないと約束してもらって、死のうとしたことを話した。だが、親に連絡されてしまった。学校へ迎えに来た母親には「何をカッコつけてんの?」「テレビを見てる途中だったんだけど」と帰宅途中に言われた。以来、何があっても、親にもそれ以外の人にも、自分のことは話さないと心に決めた……。

彼女は、そんなことをポツリポツリと話していました。

この親子関係の違和感の正体は「心理的虐待」に違いありませんでした。児童虐待の一種ですが、目には見えず、周囲も本人も気づかない、とても厄介な種類です。

■被虐待児は「自己表現能力」が育たない

虐待を受けてきた子は愛着の問題を抱えて生きていくことになります。「愛着行動」が抑制されてしまうのです。たとえば、困った時に「すみません、手伝ってください!」と言えない、不服がある時に「その言い方は、ひどいと思います!」と訴えられないなど、自分を表明する力に大きなブレーキがかかってしまい、自己主張できないのです。

ある虐待を受けてきた子が私に「私には自分がない」と話しました。どのようなことなのかを質問すると、次のように説明してくれました。

「いつもキャラを偽んなきゃいけないのが疲れる。どれが本当の自分なのかもわからない。別に学校が嫌だとか、苦手な友達がいるとかじゃないんです。ただ、明日が来るのが嫌っていうか」

自己主張が育たなかったので、人に対して迎合するだけになってしまうのです。そんな日々は、緊張の連続で終わりのない疲労感が来る日も来る日もやってくるようなものでしょう。

■苦しい時でも助けを求められない

どんな人でも自己主張するのは場面によって遠慮が伴うものなのですが、虐待を受けてきた人は、これがひどく強力です。重症になると、子どもの頃に「反応性アタッチメント症/脱抑制型対人交流症」などの、いわゆる愛着障害を負い、これが原因で大人になってからも、うつ病やパニック症を併発することがあります。

反応性アタッチメント症の診断基準に、彼らの心の傷の深さが象徴されています。『DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル』(アメリカ精神医学会)より抜粋して、以下に示します。

「苦痛なときでも、その子どもはめったにまたは最小限にしか安楽を求めない」
「苦痛なときでも、その子どもはめったにまたは最小限にしか安楽に反応しない」

これは、「苦しいときでも助けを求めない、受け取らない」と言い換えることができます。

■被虐待児の91%が「自殺を考えたことがある」

心の傷が如実に表れた調査結果があります。一般社団法人Onaraが2023年11月に公表した「社会的養護未経験児童虐待被害者の実態調査アンケート」で、児童虐待を生き延びて大人になった人が回答したものです。そこにはショッキングな数字が並びます。いくつか抽出して紹介します。

【虐待を受けていた当時、自ら助けを求めたことはありますか?:ない=68.1%】
【虐待を受けていた当時、他者への相談後、状況に変化はありましたか?:状況が悪化した=39%、何も変わらない=63.3%】
【希死念慮はありますか(又は、ありましたか)?:ある=91.6%】
【自殺を考えたことはありますか?:ある=91.1%】
【自殺への願望を実行に移したことはありますか?:ある=61.3%】

以上を考慮すると現行の自殺予防が、児童虐待を経験した子どもたちの実態にフィットしないのではないかとも思えてきます。その理由を述べていきます。

■「助けてほしい気持ちがある」ことが前提の自殺予防策

たとえば、東京都教育委員会による「SOSの出し方に関する教育」は児童・生徒の自殺防止対策を強化していく目的で作られました。「子供が、現在起きている危機的状況、又は今後起こり得る危機的状況に対応するために、適切な援助希求行動(身近にいる信頼できる大人にSOSを出す)ができるようにすること」が掲げられています。この内容を実際に見ると、助けてほしい気持ちがあることを前提にしているのがわかります。

しかし被虐待児には、そうした前提が通用しないことがあります。最初から大人に期待していないからです。被虐待児は人生最初の出会いである親(大人)に気持ちを聞いてもらえたことなどなく、理解もされませんでした。なので「人って怖いんだな。信じると傷つくだけだから、やめておこう」と確信しているかのようです。

被虐待児は「自分も他人も信じられない」とよく訴えますが、悲しいことに「人を信じると傷つく」ということだけは固く信じているのです。

こういったことを斟酌(しんしゃく)すると、そもそも自殺リスクが高いと思われる被虐待児に、普通の子と同じように適切な「援助希求行動」を求める考え方自体が、どこか筋違いのような気もします。

ここで強調したいのは次のことです。多くの子どもにはSOSの出し方を教育するのは有効だと思います。一方、被虐待児にはあまり効果的ではないと感じられます。理由は上述の通り、彼らは自らSOSを発さないし、発し方を教わったからといって簡単に会得できるようなものでもないからです。

■虐待を受けている子供は「眠たそう」

児童虐待は希死念慮のもとになり、自殺のリスクを高めます。しかし、虐待は外側から見えないこともあります。心理的虐待や軽微なネグレクトだったら、なおさらです。だから、心に傷を負っているのを見落とされてしまうこともしばしばです。こうした「見えない傷」を拙著『ルポ 虐待サバイバー』(集英社新書)では第4章で取り上げました。

他方で、目に見える「現象」もあります。

現場での感覚ですが、虐待を受けている子は「不眠」を患っていることが多いのです。これが、子どもの自殺予防の重要な指標の一つになるはずです。

居眠りする男の子
写真=iStock.com/Milatas
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Milatas

■朝早くに登校して机で寝ている子供

冒頭の女子生徒も「眠れないし、起きれない」と話していました。0時にはベッドに入るけれど、そこから眠れず、うつらうつら時間が流れていって、気がつくと5時。ここまでくるともう眠りにつけないのはわかっているのだけれど、学校へ行くのが億劫(おっくう)だからベッドからも出られない、時間になって重い体をようやっと起こして登校するとの趣旨です。

まるで「大人の」うつ病のようです。小児うつと呼ばれるようなものの中には、彼女のような被虐待児が含まれていることも少なくないのでしょう。

ある子どもは、朝の7時半には登校して教室の隅にある自席で過ごしていました。顔を伏せて眠っているようです。当初は「遅刻しない子」と思っている教員も少なくなかったのですが、なぜいつもこんなに早く登校するのかを聞くと「家では眠れない」「家にいたくないから早く来るようにしている」と話します。過去にあった性的虐待が、今でも続いていたことが発覚しました。布団の中に「入ってこられる」と話しました。

またある子は、授業中はいつも眠っていました。授業中の態度が悪いと教員から叱られることもしばしばです。しかし、あまりにも眠そうなのを不思議に思って家庭での様子を聞くと、生まれたばかりの妹がいて、その世話をしなければならないと話します。親は寝ていて起きてこないから「妹を抱っこしている」とのことです。

一人で机に伏せている子
写真=iStock.com/DGLimages
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DGLimages

■「居眠り」を「怠惰」で済ませてはいけない

1クラス30人のうち3人前後は、こうした「虐待サバイバー」がいるはずです。クラスの中には、「怠惰」だと決めつけるわけにはいかない背景がある児童・生徒が意外にも少なくないのです。

児童虐待に詳しい高橋和巳医師は著書『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』(ちくま文庫)の中で、幼少期からの不眠と虐待の関係を述べています。また、不眠と自殺の関連は、ノルウェー科学技術大学公衆衛生・総合診療部門のJohan Håkon Bjørngaard氏らによる論文で「不眠症状が『全くない』と答えた人に比べ『ほぼ毎晩』と訴えた人の自殺リスクは4.3倍に上る」と発表されました。

児童虐待によって負うことがある心の傷である心的外傷後ストレス症(PTSD)も、自殺リスクを増大させることが知られています。

Jordana L. Sommer氏らは「ターゲットを絞った介入が役立つ可能性がある」と述べています。もともとは解離症などを有する患者の自殺率の高さに着目した研究の中で述べられたものでしたが、この考えは子どもの自殺予防にも通用すると私は思っています。

つまり、ターゲットを絞らずに漫然とSOSの出し方を子どもに教えているだけでは、対策としては非効率的なのです。

■被虐待児は待っていてもSOSを発しない

では、どうすればいいのでしょうか?

彼らに必要なのは、SOSの出し方を身につけることではありません。

理解してくれる大人が身近にいることです。

先に紹介したOnaraの調査結果を思い出してください。「虐待を受けていた当時、他者への相談後、状況に変化はありましたか?」との問いに対しての返答を――。SOSを発したところで、児童虐待がどういうものなのかを理解できる人が身近にいなければ、何の意味もなさないのです。子どもが希死念慮を抱くということが、どういうことなのかを私たちは知る必要があるのです。

児童虐待と自殺の関係は密接です。彼らの多くが希死念慮を抱いたことがあると聞いても、もう驚かないのではないでしょうか。

しかし、彼らはそのサインを出しません。人を恐れ、信じることなどできないから、人に対して援助希求行動など出さないのです。だから、授業中の様子などから睡眠状況を客観的に評価することは重要です。

植原亮太『ルポ 虐待サバイバー』(集英社新書)
植原亮太『ルポ 虐待サバイバー』(集英社新書)

繰り返しますが、ただ待っているだけでは彼らは助けを求めに来ません。

その心の傷に気づいてやる必要があるのです。

彼らの苦しみが見えてくるようになると「生きていたらいいことあるよ」と安易な助言はできなくなるはずです。こうして真摯(しんし)に向き合って初めて、本当の自殺予防になるのかもしれません。

子どもの自殺の動機の約半分が「不明」である事実に、私たちはもっと目を向けるべきではないでしょうか。

※本稿の執筆に際して、あさくさばしファミリーカウンセリングルーム室長の野口洋一先生にご協力をいただきました。この場を借りて、お礼申し上げます。

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植原 亮太(うえはら・りょうた)
精神保健福祉士
1986年生まれ。公認心理師。汐見カウンセリングオフィス(東京都練馬区)所長。大内病院(東京都足立区・精神科)に入職し、うつ病や依存症などの治療に携わった後、教育委員会や福祉事務所などで公的事業に従事。現在は東京都スクールカウンセラーも務めている。専門領域は児童虐待や家族問題など。

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(精神保健福祉士 植原 亮太)

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