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27年間「無遅刻無欠勤」で表彰されたバーガーキングの店員に全米から6700万円の寄付が集まったワケ

プレジデントオンライン / 2024年1月28日 11時15分

SNSで大注目されているケビンさん。TikTok投稿動画より。

■ラスベガスの空港内で働く56歳の男性店員

米ネバダ州のバーガーキングで働く56歳の男性店員に注目が集まっている。27年間、無遅刻無欠席で働いたことを紹介する動画をSNSに投稿すると、瞬く間に拡散。全米から約45万ドル(現在のレートで6700万円)の寄付が集まり、諦めかけていた夢のマイホームを手にすることとなった。アメリカで起きた実話だ。

店員の名前はケビン・フォードさん。USAトゥデイ紙によるとフォードさんは、1995年にラスベガスのハリー・リード国際空港内のバーガーキングで働き始めた。以来27年間、一度も仕事を休んだことがないという。

フォードさんは4人の娘を持つシングルファーザーだ。愛する家族を支えるため、ときに自分の健康を犠牲にしてまで働き続けてきた。背中に走る痛みなど、健康問題に苦しんでいたが、病欠は給料減に直結するため休む余裕などない。経済的にも、肉体的にも限界を迎えていた。

米ウォール・ストリート・ジャーナル紙系列の経済情報サイト「マーケット・ウォッチ(MarketWatch)」は、フォードさんの経済的苦境を取り上げ、家賃や月々の生活費を賄うために休日返上で宅配便の運転手の仕事を掛け持ちしていたと紹介。家を買うことなど考えられなかったという。

だが、一本の動画と、娘のはからい、そして多くの人の共感が、彼の人生を大きく変えることになる。

■会社からの贈り物に感謝する動画を投稿

フォードさんがネットで一躍有名になったきっかけは、職場のバーガーキングで渡された小さなギフトバッグだ。長年無欠勤で勤め上げたことへの感謝の印としてフォードさんに贈られた。

ギフトバッグは透明なビニールの袋で、中には数種のアイテムがまばらに入っている。USAトゥデイ紙によると、映画チケット、ペン2本、キーホルダー2個、チョコレートケーキ1個、キャンディー数個が入っていた。米フォーチュン誌は、スターバックスのカップなども入っていたと伝える。

このささやかなギフトに、フォードさんはいたく感激した。2022年5月に、自身のInstagram、TikTokに贈られたギフトの映像をアップロードし、「感謝でいっぱい」の文字を添えている。映像では、まじまじとグッズを見つめ、ひとつひとつ確かめるように手に取り、最後にカメラに向けて両手でグッドサインを作るフォードさんの姿が印象的だ。

Instagramより
会社からの贈り物に観劇するケビンさん。Instagramより。

米公共放送のNPRに対しフォードさんは、「全員が何かをもらえるわけではないので、もらえて嬉しかった」と振り返っている。米FOXニュースは、フォードさんの謙虚な反応を紹介。とても感謝しており、ほとんど毎日のようにカップとバッグを使っていると報じた。

■「27年間休みなく働いたのに」とコメント欄は大荒れ

だが、謙虚に喜ぶフォードさんと対照的に、ネットにはフォードさんへの待遇を不当とする声が相次いだ。

「店舗がこんな処遇をしているのは悲しいが、彼はそれでも陽気だ」とあくまで前向きなフォードさんに同情するコメントもある。しかし、「27年間休みなく働いたのに……彼自身のバーガーキングのフランチャイズ店を与えられてしかるべき」など、あまりに見返りが貧相であるとのコメントが多く寄せられた。怒りの矛先は店の対応に向けられ、動画はフォードさんへの同情という文脈で拡散されていった。

英ミラー紙は、「映画のチケットとスターバックスのカップが入った『侮辱的な』贈り物」だと批判。米フォーチュン誌は、約30年間の職場への忠誠心が「パーティーの景品程度にしかならない」と報じた。

もっとも、バーガーキングの広報担当者が米NBCの朝の情報番組「TODAY」に明かしたところによると、ギフトは正確には長期勤務の見返りではなかったという。フォードさんを雇用する食品サービス会社・HMSHostは、短期的な好業績を表彰する報酬プログラムの一環であったと説明している。

■「孫に会いたい」父の願いを叶えるために

フォードさんの献身ぶりと報酬が見合っていないとの声が日増しに高まるなか、動いたのが娘のセリーナさんだ。

両親の離婚後、男手ひとつで育ててくれた恩に報いようと、2022年6月、クラウドファンディング・プラットフォーム「GoFundMe」上に寄付を呼び掛けるページを立ち上げた。

そこには、こう綴られている。

「こんにちは、私の名前はセリーナです。あの(話題になった)ビデオに映っているのは、私の父です。彼は27年間この仕事をしていて、そう、一日も休んだことがありません。27年前に私と姉の親権を得たのを機に、シングルファーザーとしてこの仕事を始めました」

その後、家族が増え、父のフォードさんは再婚もしたが、環境が変わってもその職場で働き続けたという。労働組合とすばらしい健康保険があったため、そのおかげで4人の娘たちは全員医療保険に加入し、高校と大学を卒業することができた――とセリーナさんはバーガーキングへの感謝も綴っている。

そのうえでセリーナさんは、「父は若く見えますが、定年を間近に控えています。いま退職すると退職金を棒に振りかねないため、そこで働き続けているのです」と、働き続けることしかできない父親の現状を訴えた。

「私たちは決してお金を要求しているわけではないし、父もお金を期待しているわけではありません。けれど、もし誰か父を祝福したいと思う人がいるのだとすれば……、父は孫たちに会いに行きたいと思っているのです」と言及。飛行機のチケットを買い、できるなら孫の顔を見に行きたいというフォードさんのささやかな望みを明かした。

当初の目標額は200ドル(現在のレートで約3万円。以下同)だった。

2022年6月、娘のセリーナさんが立ち上げた寄付ページ
2022年6月、娘のセリーナさんが立ち上げた寄付ページ(GoFundMeより)

■寄付額は計6700万円、約15万人が賛同

このキャンペーンは、フォードさんの人生を変える一大イベントに変貌した。

TODAYによると、寄付金は、わずか1週間余りで25万ドル(約3700万円)以上集まった。その後も寄付は絶えず、現在までに14万9000人が賛同。合計額は45万5000ドル(約6700万円)に達した。

マーケット・ウォッチは、全額に対して2.9%の手数料と寄付1件につき0.30ドルを差し引いた後、フォードさんは約43万2000ドル(約6400万円)を受け取ったと報じている。

フォードさんはそもそも、娘が募金ページを立ち上げたことなど露ほども知らなかったという。英デイリー・メール紙は、のちに経緯を知ったフォードさんは多くの寄付と、娘がGoFundMeのページに書いた心のこもったメッセージに圧倒されたと報じている。

「まるで、誰も信じもせず、それゆえに誰も書くことさえできない、それはそれは美しい脚本のような出来事でした」

飛行機に乗って孫の顔を見に行くという願いは、もちろん叶った。2023年4月、セリーナさんとともにテキサスを訪れ、3人の孫の顔を見ることができた。情報番組のTODAYがこの様子を取り上げている。フォードさんはこのためバーガーキングの仕事を1日だけ休んだが、職場で異を唱える仲間などいなかったはずだ。

「アメリカや全世界が乗せてくれた、美しい搭乗体験でした」とフォードさんは振り返る。

■夢のマイホームを購入「あなたたちのおかげ」

募金額は航空券の購入に充てられただけでない。TMZによると、昨年12月13日には、ついにラスベガス郊外に家を購入することが叶った。寄せられた資金の半分を自宅購入に活用。購入に充てた頭金は、17万7000ドル(約2600万)であった。

家は、ネバダ州境付近、ラスベガスから西へ車で1時間ほど離れたパランプの町にある。846平方フィート(約78m2)の家にはベッドルーム3室、バスルーム2室が備わる。つつましいながらも、屋根付きのフロントポーチとフェンスで囲まれた裏庭が付随。背後に広がるのは、美しいネバダの山々の景色だ。

フォーチュン誌によると集まった寄付のうち残りの半分は、娘のためや万一の備えなどのために手を付けずにおくという。

フォードさんはTikTokに投稿した動画で、「なんとか泣かずに撮ろうとしているんですが、あなたたちに見せたいものがあるんです。あなたたちがいたからこそ、可能になったものを」と語り、夢のマイホームを披露している。

寄付をしてくれたすべての人に心からの感謝を述べ、持ち家を手に入れるなど自分自身では考えもしなかったことだと語った。善意を寄せた人々への感謝を繰り返しながら、「これは本当にアメリカン・ドリーム。クリスマスの奇跡です」と動画を締めている。

■にじみ出る謙虚な人柄

忍耐強く勤労を貫き、結果として人々の支援に結びついたフォードさんのストーリーは、多くの人々の共感を呼んでいる。

フォードさんは米ピープル誌に「私は、アメリカ、そして世界中の素晴らしく寛大な人々から受けた、そしていまも受け続けているすべてのサポートに対して、本当に謙虚な気持ちであり、感謝でいっぱいです!」と語っている。「人間は一度でいいから、美しいストーリーの一部になりたいのだと思います。これはまさに奇跡です」とも加えた。

TODAYのインタビューでは、「もう2日くらい泣いています」と語る。「信じられないくらいです。僕はただ仕事に行って、楽しんで、笑って、他の人たちの一日を良いものにしようとしているだけなんです」と、あくまで謙虚だ。

フォードさんを感涙させたのは、経済的な支援だけではなかった。NPRによると一連の経緯が話題になるなかで、フォードさんに、父親や兄弟、友人からのメールがたくさん届いた。メッセージを読み、苦境に立っていたフォードさんはいたく勇気づけられたという。

フォードさんは若い時分、両親の背中を見て勤労の大切さを学んだという。その精神は娘にも受け継がれた。娘のセリーナさんはTODAYに対し、「パパは私にとって世界に値する人だと思います」と誇らしげだ。

■ほとんどが「27ドル」の小口寄付だった

フォードさんへのGoFundMeの寄付は、現在もまだ続いている。TODAYによると、27年間の無欠勤を称え、多くの人々が27ドルを寄付しているという。

米著名コメディアンも寄付の輪に加わった。デイリー・メール紙によると、俳優でコメディアンのデヴィッド・スペード氏が5000ドル(約74万円)を寄付。フォードさんとのInstagram上でのダイレクトメッセージのやりとりが公開されている。

「これからも頑張って」とエールを送ったスペード氏に、フォードさんは「(寄付のおかげで)1日くらいは休めるかもしれません」と反応。これに対しスペード氏が「勤続30年になってから休みを取っては?」とおどけると、一本取られたフォードさんは「なんてことだ、店のマネージャーみたいなことを言いますね???」と動揺。「でも、あらためてありがとう」と付け加えた。

■バーガー店を引退するつもりはない

フォードさんの物語は、揺るぎない労働倫理、そしてコミュニティによる支援の力の象徴となった。日々の生活の困難に直面していたにもかかわらず、フォードさんはテレビ出演を除いて一日も欠勤していない。献身的な勤労態度は、彼の情熱の賜物といえる。

多額の寄付を得たいま、傷む身体を休めるため、退職を選択することもできた。だが、フォードさんは仕事を続けることを選び、そして仕事に喜びを見出している。米アントレプレナー誌は、人生を変えるほどの収入とメディアでの人気にもかかわらず、フォードはすぐに引退するつもりはないと報じた。

SNSで動画が拡散される以前、フォードさんは人生のどん底にいた。離婚、両親の死、そして成長して自身の元を離れていった娘たち……。NPRによると、バーガーキングでの仕事を終えたフォードさんは毎日、近所を何時間もドライブし、自分の人生を振り返ったという。もっと違ったやり方があったのではないか、と夜ごと思いあぐねた。

経済的な余裕が生まれ、人生を見つめ直せるようになったいま、フォードさんが空港のバーガーキング店で働き続ける意志は、以前にも増して強固なものとなった。「あそこは僕の家族でもあるんだ。やっていて楽しいし、面白い」「もしもそうでなければ、きっと引退していると思う」

■次の目標は「自分のレストラン」をもつこと

ドライブ好きなフォードさんは、新居から職場への1時間のクルマ通勤も苦にならないという。寄付を受け、再婚相手を国外からアメリカへ呼び寄せる夢も叶ったいま、次の目標はいつの日か自分のレストランを出すことだ。

フォードさんは今日も、ラスベガスの空港の同じ店舗で、同僚たちとキッチンに立つ。ほぼ無休で空港の店舗へと通う彼の出勤記録が次に途絶える日は、夢だった自身のレストランをオープンする日かもしれない。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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