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こうして"親に好まれるゲーム"は生まれた…任天堂が「リビング設置率」上昇を目指した深い理由

プレジデントオンライン / 2024年1月26日 16時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Victor Golmer

新しさとは、どのように生まれるか。電通コンセプターの吉田将英さんは「任天堂は『家族の団欒の敵になるゲームを作りたくない』という思いから、『世帯あたりユーザー数』と『リビング設置率』という2つの独自指標をゲーム事業のKPIに置く。これにより、単に儲けるだけのゲーム作りに陥らず、新しいゲームの世界観を生むことに成功している。受け手に『認知としての新しさ』を与えるには、既存の尺度の延長線上ではなく新しい尺度を設ける必要がある」という――。

※本稿は、吉田将英『コンセプト・センス 正解のない時代の答えのつくりかた』(WAVE出版)の一部を再編集したものです。

■蕎麦屋がナポリタンを提供しても「良いケース、悪いケース」の違い

「優れたコンセプト」は、誰に何をもたらしているのでしょうか?

代表的な効果は以下の5つで表せると僕は考えます。

「定まる」
「閃(ひらめ)く」
「際立つ」
「集まる」
「続く」

それぞれ説明していく前に1つ、僕が以前住んでいた町の蕎麦屋で実際に起こった話をさせてください。そこはけっこうおいしくて、決して有名ではありませんでしたが、地元の人にも愛されている蕎麦屋でした。

しかし、あるときからランチタイムに「ナポリタン」の提供を始めたのです。「何で急にそんなことを?」と、頭に「?」は浮かんだのは僕だけではなかったはずです。見渡す限り周りでそれを頼む人はあまりいなかったように思います。それから徐々に僕はそこに行かなくなってしまい、残念ながらそれからしばらくして店は閉まることになってしまいました。

僕にとってこのエピソードは「コンセプトを見失ってしまったことによって起こったバッドケース」だと認識しています。ナポリタンがおいしかったのかどうかは、結局僕も注文しなかったので今となってはわかりませんが、論点は「ナポリタンの単体性能の良し悪し」ではないといえるのではないでしょうか。何が起こったのかはこれから一つひとつの効果を説明することで理解してもらえると思いますが、

ナポリタンを始めてしまったことで

「お店としての存在意義が“定まらなくなってしまった”」
「自分たちらしいアイデアが“閃かなくなってしまった”」
「ナポリタンの存在によって、そのお店の存在感が“際立たなくなってしまった”」
「それまで来てくれていたお客さんが、“集まらなくなってしまった”」
「結局、そのお店が“続かなくなってしまった”」

という風に見えるのです。では、良いコンセプトを持ってそれにのっとってお店の運営をやれていたらこうはならなかったのではないか?

ここからは、コンセプトの効果の話をします。

■AKB48から考える「もっといいアイドル」の意味

コンセプトの効果 「定まる」

「自らが企てを形作っていくべき、価値の方角が定まる」というのが1つ目の効果です。価値の方角が定まることで、それにのっとって「いつ」「どこで」「誰に対して」「何を狙って」「どんなことをやるのか?」といった、企画の諸変数を何にのっとって決めていけばいいのかも定まります。

コンセプトの対象である企画における「認知=人にそれを何だと思ってもらいたいのか?」「尺度=何を追求すればいいのか?」「決定=どう決めたらいいのか?」のそれぞれの方角が定まるともいえます。

AKB48を例に考えます。

たとえば、まだ何も企てが始まっていない最初の段階で、「これまでにない、もっといいアイドル」を考えようとしたとしましょう。さて、“もっといい”とは、何において“もっといい”のでしょうか?

「もっと踊れる」「もっと歌がうまい」「もっとスタイルがいい」「もっと集客できる」……さまざまな尺度における“もっといい”が考えられますが、コンセプトなしに考えつくそれらの尺度はたいていの場合、すでにその領域で“良いとはこういうことだ”が当たり前になっている、既存の尺度です。

既存の尺度で「もっといいもの」を作ろうとしても、人々の認知そのものをリセットする企てを作ることは難しいのではないでしょうか。

確かに、何かいい感じだし最近デビューした新しいグループなのはわかるけれど、よほど突き抜けた優位性、それこそまったく別物に見えるくらいの強さがなければ「何か見たことがある感じのグループ」と思われてしまうのではないでしょうか。

これでわかるのは、“新しさ”というのは、新発売だとかデビューしたてといった“事実としての新しさ”ではなく、「新しい存在に見えるのか?」という“認知の新しさ”によって規定されるということ。

つまり、企画する側が決めることではなくて、受け取る側がそれを新しいと感じるかどうかで決まるということです。そして既存の尺度の延長線上で、「認知としての新しさ」を受け取ってもらうのは、なかなか大変です。

■効率的なだけでなく、悪しき意思決定にハマらなくなる

AKB48が持ち出したコンセプトは「会いに行けるアイドル」です。これは、それまでのアイドル業界にはほとんどなかった「会える」という、アイドルに対しての新しい認知を掲げたということ。

「アイドルとは、会えないからこそ価値があるのだ」というのがそれまでのアイドル業界の認知で、「高嶺の花として手が届かない存在であるがゆえに、人々はそこに憧れを抱くはずだ」という、ある種の神秘性や偶像性(元々idolというのは、偶像という意味)を良しとしていました。

そんなこれまでの認知に対して、「会いに行けるアイドル」というコンセプトは、完全に「アイドルに対しての人々の認知をリセットする」コンセプトでした。認知がリセットされれば自ずと、「アイドルにおける“良い”とは何か」という尺度もリセットされ、新しい方角に定まります。

秋葉原のAKB48カフェ&ショップ
写真=iStock.com/Yongyuan Dai
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yongyuan Dai

「歌うま度」「踊れる度」「美スタイル度」などの既存の尺度の中に突如、「会える度」という新しい尺度がもたらされたわけです。そして、この尺度によって、「では、この新しいアイドルは実際には、何をしていくべきなのか?」という、具体アクションの決定も、定まっていくわけです。

認知(こう思われたい)=「このアイドルには“会える”」という新しい認知
尺度(これを追求しよう)=どれだけ「会えるのか」という新しい尺度
決定(よってこうするべき)=実際に会える具体アクションという、新しい決定

3つのリセット項目に対して、「どういうリセットをするのか?」という“軸が定まる”わけです。

定まることで

「効率が上がる」
・論点にエネルギーを集中できるので、濃度が上がる
・決定までもスムーズになり、時短になる
・複数の関係者をまたがる合意形成にも耐え得るようになる

×
・「独自性が高まる」
・「悪しき意思決定」にハマらなくなる
・これまでの常識では採択できないようなアイデアを採択できるようになる

ここでいう「悪しき意思決定」とは、大きくは次の4つです。

1.「鶴の一声」
偉い人がいいと言ったものを採択する。ここでいう「偉い人」とは、上司や社長だけでなく、力関係が上の取引先なども含まれます。

2.「事例ベース」
「よそはどうなの?」「競合他社はどうなの?」「シリコンバレーはどうなの?」など、答えをよそに求めて、それに引っ張られて採択する。

3.「多数決」
意思決定にかかわる人たちで投票をして採択する。

4.「止むに止まれず」
かけられる時間をはじめとするリソースが枯渇するまで決められず、最後に仕方なしに決める。

■「正解探し」ではなく「正解がない物事を決断する」技術

元サッカー日本代表監督の岡田武史さんの「決断とは、答えがわからないからするんです」という言葉があります。それに照らすなら、悪しき意思決定はどれも「答えがある」という前提で動いてしまっています。要するにどれも「これまでの認知と尺度にのっとった決定」になってしまいがちなのです。

「偉い」というのも、今日までの過去の実績によって「偉い」場合がほとんどですし、「事例」なんてまさに、過去の話です。それでなされる意思決定は常によそがすでに実行し終えたあとの「後手を引く」ということになります。

「多数決」も、新しい尺度を示したうえで最終的に決を取るのは悪くないかもしれませんが、「どう決めたらいいのかわからないし論点が錯綜(さくそう)しているから、とりあえず多数決で決めちゃえ」という逃げの多数決になってしまうと、結局大多数の人の認知はこれまでの認知のままなので、その認知にのっとって行なわれる多数決の結果は、新しい意思決定になりません。

「止むに止まれず」は、論外ですよね。どうせそう決めるのであれば、初日に「えいや!」で決めて残りの時間でディテールを磨き込んだほうがきっと良い企画になったわけですから。

その結果、

「企画が通らない。潰される」
「『それ売れるの?』という悪魔の証明を突きつけられてしまう」
「『もっといい案ないの?』という終わりなき代案探しが始まる」

という現象が起こります。先行きの見えづらい時代に多くの人が望む「ここではないどこか」へは、行けそうもないですよね。それもそのはずで、現状を維持・強化するこれらの「悪しき意思決定」は、「ここ」を前提にしているのですから。

今までの認知と尺度の引力は、強力です。「売上がすべてじゃない」「競合動向がすべてじゃない」と、口では言う経営層も、いざ実際に斬新なアイデアを採択するか否かの意思決定の土壇場で、「うーん、とはいえ、やっぱり売上も大事だから」などと言ってしまい、結局はいつもの繰り返しに……なんてことも、よくありますよね。

「うちの会社は、イノベーティブな企画を起案する現場社員や若手がいないんですよ」と嘆く経営者の方の相談に対して僕は、「イノベーティブになれないのは、企画が足りないだけではなく、“イノベーティブな企画を意思決定できる仕組みがそもそも組織内に搭載されていない”せいもあるかもしれませんよ」とお伝えするようにしています。

その陰で、見えないうちに死んでいく、あるいは最初から「どうせ採択されない」とあきらめて、出されもしていないイノベーティブな企画があるかもしれない。

コンセプトがあることによって、「そもそも、これから追求すべき“新しい良さ”の尺度が定義されていない」ということを回避できます。

もちろん、意思決定する側だけの問題とせずに、企てる側も、その企てに「コンセプトが搭載されている」状態で提案することで、「この企画の“新しい良さ”とはこれである」という“決め方を決める”ことをうながすことはできます。コンセプトとは「正解探しの技術」ではなく、「正解がない物事を決断する技術」なのです。

■任天堂の思いを体現するユニークなKPI

僕の好きな尺度の例の1つに、任天堂のKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)があります。任天堂にはゲーム事業を営むうえで「世帯あたりユーザー数」と「リビング設置率」という2つの独自指標をKPIにしています。

このKPIは、「年齢、性別、ゲーム経験の有無を問わず誰でも楽しめるゲームを作っていく」という法人としてのビジョンを背景に、「家族の団欒の敵になるゲームを作りたくない」という、法人としての思いがこめられています。

ゲームといえば、やりすぎてお母さんに子どもが怒られるとか、自分の部屋にこもってずっとゲームばかりやってしまって家族の会話が減るとか、何かと「家族の敵」のような悪影響について語られがちな存在であるからこそ、自社の事業が、家族の幸せに反する方向に行かないよう、そのKPIを設置したのだと思います。

それはたとえば、「個人向けのスマホゲームで、課金ユーザーを増やしていくことが売上UPには有効」という戦略仮説が生まれたとしても、「任天堂のコンセプトに反するのでやらない」という決定をすることでもあります。

「儲かる」という、ビジネスにおいて反論することが難しい強力な尺度に対して、しっかり抗いながら「新しい、自分たちらしい尺度と決定」を守るために、コンセプトを効かせられているエピソードですよね。

吉田将英『コンセプト・センス 正解のない時代の答えのつくりかた』(WAVE出版)
吉田将英『コンセプト・センス 正解のない時代の答えのつくりかた』(WAVE出版)

昨今、さまざまな法人で「非財務指標」の重要性が議論されているのも、このように、短期的な売上至上主義の「定め方」で損なわれてしまう可能性を守るためだといえます。この整理でいえば、法人における非財務指標とは「コンセプト実現度」でもあるということです。

アメリカを代表する投資家の1人ベン・ホロウィッツは、「法人にとって何が大事なのか?」という問いに対して、「お金は空気のように大事だけれど、空気を吸うために生きている人はいない。法人も同じだ。」と言っています。空気のためではなく、「何のためにその企画や組織は存在しているのか?」を定義するのもまた、コンセプトだといえます。

コンセプトがあれば、「自分たちらしく定めることができる」というのが1つ目の効果です。複雑な適応課題ばかりだからこそ、オリジナルな案を採択するための「オリジナルな決め方を決めておく」ためにも、コンセプトは必要なのです。

【イラスト】コンセプトがあれば、「自分たちらしく定めることができる」
出典=『コンセプト・センス 正解のない時代の答えのつくりかた』(WAVE出版)

本書ではこのほかコンセプトの閃く、際立つなど5つの効果を解説しています。是非ご一読ください。

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吉田 将英(よしだ・まさひで)
電通 コンセプター
1985年生まれ。慶應義塾大学卒業後、ADKを経て電通入社。シンクタンク部門のデザインリサーチャーとして、業界・メディアへの社会洞察提言を行ない、「電通若者研究部」代表を務めたのち、2015年から現職。現在、多くの経営者のパートナーとして、コンセプト・デザインを行なっている。生活者とクライアント、社会の声の傾聴を起点とし、大企業からスタートアップ、地方自治体まで幅広い領域のプロジェクトを手がける。関係性不全の解決から社会を前進させる「関係性デザイン」をポリシーに活動中。著書に『>アンテナ力』(三笠書房)、共著に『若者離れ』(エムディエヌコーポレーション)など多数。

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(電通 コンセプター 吉田 将英)

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