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「コスパ・タイパの時代」にあえて"魔境"を守り抜く…ウォルマートが失敗してドンキが成功した「店作り」の極み

プレジデントオンライン / 2024年1月31日 6時15分

ディスカウントストア「ドン・キホーテ池袋東口駅前店」=2023年8月28日、東京都豊島区 - 写真=時事通信フォト

ドン・キホーテを展開するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングスは34期連続の増収増益を達成している。マーケティングに詳しい高千穂大学の永井竜之介准教授は「ドン・キホーテ独自の強みは『店づくり』だ。ウォルマートやイケアと同じ失敗をしなかったことが重要だ」という――。

■「世界の小売業ランキング2023」にランクイン

「魅力的なお店」といえば、お客を喜ばせる綺麗でオシャレな店や、お客を悩ませない分かりやすくてストレスフリーな店を思い浮かべやすいだろう。しかし、お店の魅力はオシャレやストレスフリーだけとは限らない。真逆の店づくり、つまり、オシャレではない店づくり、お客をあえて悩ませる店づくりによって、右肩上がりの成長を実現している企業がある。それが、日本有数の小売業にまで飛躍を遂げているドン・キホーテだ。

デロイトトーマツの発表した「世界の小売業ランキング2023」では、ドン・キホーテを展開するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(以下、PPIH)は世界78位で、セブン&アイ・ホールディングス(15位)、イオン(17位)、ファーストリテイリング(57位)に次いで、日本小売業として4番手に位置付けている。「急成長小売企業50社」としては日本勢で唯一のランクイン(25位)を果たしており、日本小売業で1番の成長を実現している存在といえる。

PPIHは、ドン・キホーテをはじめとする小売店を国内外で728店舗展開し(2023年12月31日時点)、2023年6月期末の売上高は1兆9368億円(前年同期比5.8%増)、営業利益は1053億円(同18.7%増)でいずれも過去最高を更新し、34期連続の増収増益を達成している好調ぶりだ。

■深夜の作業中に店を開けていたら多くのお客が訪れた

ドン・キホーテは、1978年、創業者の安田隆夫氏が29歳のときに西荻窪で開店した「泥棒市場」から始まった。この店は、メーカーや問屋の倉庫で眠っている廃盤品、季節外れの処分品、サンプル品などをとにかく格安で仕入れ、山のように積んで並べ、手書きの店内広告を沢山書き、安く販売した。人手不足で深夜に荷解きをしなければならず、その作業中も店を開けていたところ、深夜にもかかわらず意外に多くのお客が訪れたという。

この泥棒市場が評判を呼び、1989年にドン・キホーテ1号店が誕生した。訳あり品や時期外れ品などを安く仕入れる「スポット仕入れ」、商品を天井近くまで積み上げたり高密度に並べたりする「圧縮陳列」、安さを強調しつつ楽しさを演出する手書きの店内広告「POP洪水」、夜を楽しく過ごしたい若者や観光客のナイトマーケット需要に応える「深夜営業」など、泥棒市場での成功体験を引き継ぎながら、ドン・キホーテはグングンと成長を遂げていった。

■プライベートブランド「情熱価格」も成功要因

現在に至るドン・キホーテの飛躍は、様々な要因に支えられている。閉店になった総合スーパーの建物をそのまま活用して新規出店する「居抜き出店」で効率的に店舗数を拡大したり、長崎屋やユニーという総合スーパーチェーンを買収することでスーパー機能を取り込みながら店舗網を拡充させたりすることに成功した経営戦略は、飛躍の大きな原動力となった。

それぞれの店舗の担当者に仕入れ・陳列・値付け・販売といった現場の多くの権限を委譲し、その成果を報酬や昇格に反映させる成果主義によって、各店舗が競い合って工夫や挑戦を重ねていくように促した組織づくりも、重要な成功要因として指摘できる。

2009年からスタートした自社開発のプライベートブランド「情熱価格」も成功要因の1つにあげられる。2021年にリニューアルし、顧客と一緒に商品を作る「ピープルブランド」として、顧客の声を集める取り組み「ダメ出しの殿堂」(※2024年2月末で終了。今後は「マジボイス」に移行)を活用しながら、顧客に驚きと面白さを届けるヒット商品を数多く生み出している。「とがる、刺さる、突き抜ける」の3つにこだわって開発された家電・雑貨・食品などの様々な「情熱価格」は、ドン・キホーテならではの新たな魅力となっている。

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写真=iStock.com/BlackSalmon
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BlackSalmon

■ドン・キホーテのコア・コンピタンスは「魔境」だ

こうした経営戦略、組織づくり、PB商品開発など、ドン・キホーテの飛躍を支える要因は様々あるが、個々の要因を取り出して見てみれば、競合他社も同様の取り組みをしている場合は少なくない。やはり、核となる成功要因は、唯一無二のカオスな猥雑感を放つ「店づくり」に他ならない。他社にはマネできない独自の強みのことを「コア・コンピタンス」と呼ぶが、ドン・キホーテのコア・コンピタンスは「魔境」と自称する店づくりにこそある。

店内BGMソングで歌われる「ジャングル」や「宝探し」という言葉がよく当てはまる、多種多様な商品で溢れかえる店内空間には、雑貨・食品・アパレル・家電・高級時計など、大型店ではじつに10万点にも及ぶ膨大な商品が詰め込まれている。良い意味でゴチャゴチャしていて分かりにくい店内には、お客を長く滞在させるための様々な設計が講じられ、視線誘導する商品配置や、人気の定番品と利益率の高いPB商品を組み合わせた並びなど、じつはきめ細やかな仕掛けが盛り込まれている。こうしたドン・キホーテの店づくりの本質は、「迷う楽しさ」の追求にある。

■ウォルマートとイケアの失敗

人は、迷いたいのか、迷いたくないのか。「当然、迷いたくない」と思うかもしれないが、じつはそうではない場合が意外に多い。迷わなくていい合理的な店づくりが、お客にとって物足りなく、味気なく、つまらなく感じられてしまう場面は、決して少なくないのだ。

世界最大の小売であるアメリカのウォルマートでは、2009年に「プロジェクト・インパクト」と呼ぶ改革を行い、売れ筋に重点を絞って商品数を削減し、賑やかだった売り場を、合理的で買いやすい売り場に変更した。これは、商品数を減らすことで、お客にとって無駄のない最適な店づくりを狙った取り組みだった。しかし、その狙いに反して、お客は売り場の魅力が低下したように感じてしまい、売上は減少を続けた。この取り組みは1年ですぐに撤回され、お客の期待に応えられる大量陳列の売り場に戻されることになった。

世界最大の家具量販店のイケアも、同様の失敗を経験している。イケアは、迷路のような独特の店づくりで、様々なタイプの部屋を模したショールームを順番に巡る設計で、お客に長くゆっくり歩いてもらい、様々な買い物を促す空間を特徴としている。それを2015年頃から、順路の決まった迷路型を止めて、お客が自由に効率的に歩き回れる新レイアウトを導入した。すると、イケアらしさが失われてしまったことに対する不満の声が続出し、元の迷路型の設計へ戻すように方針転換が進められている。

買い物をする女性
写真=iStock.com/SDI Productions
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SDI Productions

■「とことん迷いたくない」「とことん迷いたい」の二極化

現代のお客は、「とことん迷いたくない」と「とことん迷いたい」の二極化を進めている。前者は、一切迷うことなく、早く、簡単にできる合理的で効率的な買い物だ。クチコミ、おすすめ、担当者やAIによる最適提案などを受け入れて、悩まずに決められる「楽な買い物」が、特にオンラインでは支持されやすい。

一方で、後者の、迷いながら、ゆっくり、じっくり買い物をしたい場面も確かに存在している。こちらは、沢山の選択肢や情報の中から、「自分で悩み抜いて納得して決めたい」「探し抜いて辿り着いて選びたい」「偶然の出会い、驚きの出会いを味わいたい」といった思いのこもった買い物だ。特別な時間・買い物・体験を得られる「楽しい買い物」は、特にリアルの店において、これまで以上に重視されるようになっている。

■「迷う楽しさ」を徹底的に提供し続ける

店づくりでは、お客を迷わせないようにするか、あるいは、お客をあえて迷わせるか、明確に設計することが極めて大切になる。「楽な買い物」か「楽しい買い物」のどちらかに振り切る必要があり、中途半端な店づくりをしてしまうとお客からの支持は得られにくくなる。

ドン・キホーテでは、「『かっこいい店を作るな』というのが社内での戒めの1つで、全員がそう言われて育ってきている」(東洋経済ONLINE「絶好調ドンキ『脱トップダウン経営』で起きた変化」)として、「あえてゴチャゴチャさせる」店づくりを徹底している。だからこそ、中途半端に洗練されることなく、「驚安の殿堂」と銘打つ安さにこだわり続け、「魔境」「ジャングル」と称するドン・キホーテらしいオリジナリティを失わずに、お客に特別な「迷う楽しさ」を提供することで、他を圧倒する飛躍を果たすことに成功している。

【参考文献】
デロイトトーマツ「調査レポート 世界の小売業ランキング2023」
東洋経済ONLINE「絶好調ドンキ『脱トップダウン経営』で起きた変化」2024年1月6日
日経XTREND「ドンキ『売れるPB商品』の源泉 顧客つかむWhatとHowの“6カ条”」2023年1月24日
PRESIDENT Online「買い物しやすい店にしたら、むしろ客が減った…イケアが『迷路のような売り場』を復活させた意外な理由」2023年11月9日
PPIHウェブサイト(「会社沿革」「グループ店舗網NOW」「連結業績(財務グラフ)」)
Rakuten Infoseek News「『驚安の殿堂』ドン・キホーテ快進撃のヒミツ」2018年8月23日

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永井 竜之介(ながい・りゅうのすけ)
高千穂大学商学部准教授
1986年生まれ。専門はマーケティング戦略、消費者行動、イノベーション。産学官連携活動、企業団体支援、企業との共同研究および企業研修などのマーケティングとイノベーションに関わる幅広い活動に従事。主な著書に『マーケティングの鬼100則』(ASUKA BUSINESS)、『嫉妬を今すぐ行動力に変える科学的トレーニング』(秀和システム)、『リープ・マーケティング 中国ベンチャーに学ぶ新時代の「広め方」』(イースト・プレス)などがある。

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(高千穂大学商学部准教授 永井 竜之介)

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