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書道界はまだ浄化されていない…公募展での優劣が「カネとコネで決まる」というマスコミが報じない闇

プレジデントオンライン / 2024年2月10日 7時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/hichako

■美術界で最高峰の公募展覧会が「日展」

日本で最も権威のある公募美術展で、百十余年の歴史を持つ公益社団法人日展(日本美術展覧会)が現在、名古屋市の愛知県美術館ギャラリーで開催されています(1月24日~2月12日)。

日本画、洋画、彫刻、工芸美術、書の5部門を擁する、世界でも例を見ない公募展で、“最高レベル”の作家の新作が展示されています。

毎年10月に作品公募を行い、入選者、特選受賞者の作品と日展会員などの作品が、11月から日本各地の会場で披露されます。

2023年開催の第10回日展の展示は、すでに東京・六本木の国立新美術館と京都市の京セラ美術館での公開が終わり、2024年1月から6月にかけて、名古屋市、兵庫県神戸市、石川県金沢市の会場を巡回する予定です。東京では約3000点が展示され、入場料は1400円でした。

■芸術家は1万2000円を払って挑戦し続けている

「日展に出品して、入選したい」

こうした希望を持つ画家、彫刻家、作家、書家は数多くいます。落選しても心を切り替え、チャレンジし続けるほど、日展が運営する展覧会は権威があります。しかし、入選するのにウラがあり、「あなたのやり方では入選できませんよ」と、業界通に囁(ささや)かれたらショックでしょう。

ウラ事情を知らないで、毎年、1万2000円の出品料を支払って、渾身(こんしん)の力を込めて挑戦し続けているとしたら、その芸術家は気の毒としか言いようがありません。こうした事情をマスコミも報道していません。

冒頭で、「百十余年の歴史を持つ日展」と書いたのに、2023年に行われた日展が第10回と記していることに、疑問を持った読者もいるでしょう。まさに、この点が日展の闇の部分を解く鍵となります。

日展は11年前の2013年10月、大激震に見舞われました。朝日新聞が日展の「書」の審査で不正が行われていたと報じたのです。

その前に、日展の歴史を振り返っておきましょう。

日展のルーツは、1907年に開催された文部省美術展覧会(文展)で、その後、帝展(帝国美術院展覧会)、新文展(新文部省美術展覧会)、そして、戦後の「日展」へと名称を変えながらも、日本の美術界の中核として君臨してきました。

■書の地位は低く、美大から相手にされない

発足当初は日本画、西洋画、彫刻の3部制で始まり、1927年の第8回帝展から工芸美術が加わりました。戦後、1946年に第1回の日展が始まり(この年は春と秋の2回)、1948年の第4回日展から書が参加。1958年に民間団体として社団法人日展を設立し、2012年から公益社団法人になっています。政府が取り仕切る「官展」から民間事業者が行う「民展」に姿を大きく変えました。

社団法人は、一定の目的のもとに集まった団体で、営利目的ではなく、1つの社会的存在として行動する組織のこと。公益社団法人は、公益事業を主たる目的としている法人で、一般社団法人に比べ、より公共性が高く、ワンランク上の社団法人と言えます。

公益社団法人になった翌年に、日展の書の問題が噴出しました。

美術界で、書は新参者で、長らく美術とは認められませんでした。今も、ほとんどの美術大学には書道科がなく、教育大学を中心に書道科が設置されています。

■朝日新聞が日展の不正審査をスクープ

11年前の朝日新聞のスクープは、2009年の第41回日展で、書道団体の入選者数を前回と同じように割り振るように指示されたというもので、「天の声」を発したとされるのは日展顧問を務める日本芸術院会員で、書道界の重鎮という内容でした。

朝日新聞の取材に対して、日展顧問は「審査主任が勝手にやったことだ」と関与を否定しました(スクープ時点で、審査主任はすでに死亡)。一方で、日展顧問は「その後は書の4部門(筆者注。漢字、かな、調和体、篆刻)について審査前に日展理事らで合議して入選数を有力会派に割り当ててきたことは認めた」と朝日新聞は報じています(2013年10月30日1面)。

他のマスコミもこの問題を大きく取り上げ、日展審査の疑惑を調査する「日展第三者委員会」が設置され、元最高裁判事の濱田邦夫氏を委員長とし、弁護士などに実態調査を委ねることになりました。

日展第三者委員会は、日展の書について「日本芸術院会員を頂点とし一般公募者を底辺とするヒエラルキー(ピラミッド型階層差組織)が出来上がっており、トップの発言権が極めて強いという長老支配の組織運営の実態が明らかになった」「入選や特選に絡んで金銭授受が行われるという慣行は、すでに過去のものであるとして葬り去ることはできない」と厳しい指摘をしています。

■「入選すればお金がいる」ので、お礼の金策に

東京学芸大学書道科を出て、師匠に就かずに書家になった大渓(おおたに)洗耳(せんじ)氏は1985年に出版した著書『戦後日本の書をダメにした七人』(日貿出版社)の「書道界の悪しき体質」の項で、次のように糾弾しました。

書道界というところは師匠というのがいて、師匠のいうことは絶対である。師匠のいう通り勉強して師匠の手本を貰って入選すればお金がいる。(中略)お礼のお金を展覧会の前に作らなければならない。毎年ということになると田舎の実家が山でも持っていれば別だが、そうでなければ積立でもしなければとうてい無理である。(中略)駆け出しが二十人くらい集まって鳩首相談の結果、「無尽」をすることになった。毎月積み立てて今年は誰と誰、来年はお前の番だなどと、お礼をさきに作るなんて不思議なことをやる。なんとかしなければいままで掛かった金や入選回数が無駄になる。やりくりをつづけて二十年もすると少し名前が売れてくる。もう抜けられない。抜けたら一人では立ちゆかない。ヤクザの世界のようなもんである。

■「金を使っているなんて人には言えない」

上下関係の厳しさと金権体質を的確に表現しており、さらに次のようにも書いています。

展覧会のたびに右往左往していそがしい。(中略)金を使っているなんて人には言えない。ずっとこれから金がいる。偉くなる人はほんのひと握りである。言いたいことも言えない。さりとて脱会もできない。脱会したら何も残らない。

日展第三者委員会は、2013年12月5日に報告書を公表し、朝日新聞が報道した日展顧問である「丙氏」について、以下のように責任を問い質しています。

丙氏については、長年、書道界において指導的立場にあり、かつ日展においても、理事・常務理事・顧問と重責を務め80歳代後半に至るもなお日本芸術員会員として、日展書の頂点に君臨しており、同氏を師と仰ぐ有力な弟子達もあまたいて、日展審査においても同氏の考え方や精神が標榜され発言される現状をみると、丙氏の具体的な介入がなかったと否定し去ることはできない。

■長老が強い権限と影響力を持つ特殊な世界

報告書はさらに以下のように書道界の構造と特色を分析しています。

師弟関係は強固であり、生涯継続する。また師匠は門下に対し強い指導力を持ち、展覧会へ出品するか否かも師匠が決める。

このような師弟関係を基礎として、「社中」が組織され、社中を主宰する師匠が集まって上位の社中を結成する。これらが重層的に積みあがって、いわゆる「会派」が結成される。これらの会派を統括する「書道団体」も存在する。書道団体としては、東京の謙慎書道会、西日本を中心とする日本書芸院が二大勢力である。(中略)

会派の長期的発展のためには、特選受賞者を多く誕生させ、審査員を経験させて日展会員、役員にし、会派の入選者を多くする必要がある。そのための第一歩が特選の受賞である。特選受賞2回で出品委嘱者(筆者注。審査を経ないで、日展の展覧会に出品できる者)となり、次に審査員経験で日展会員となり、順次階段を昇っていく。そのエスカレーターの重要なステップに特選が位置しているため、特選を誰に与えるか、どこの会派がとるかは極めて重要な事項である。この点に関し、日展上層部が決めているというのが日展会員の共通した理解であった。(中略)

現在の書の審査に関連して、金銭のやりとりがなされるという風聞に関しては、本委員会における短期間の調査においても、内部情報を含めいくつも見聞することができた。

書の世界では、長老が審査員の選出などで、強い権限と影響力を持ち続けており、カネがものを言う特殊な社会というわけです。

賄賂を渡すビジネスマン
写真=iStock.com/Atstock Productions
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Atstock Productions

■書道団体を支えている大手新聞社3社

日展は審査体制の改革を行い、2014年、「改組 新 第1回日展」として出直しました。そのため2023年の日展が、第10回となっているのです。

書道団体(会派)別の入選者の割り当てなど、不正審査が一掃されたかというと、疑いの眼差しを向けざるを得ません。

書道界(書壇)には有力な書道団体が美術系と教育系、合わせて40ほどありますが、美術系では、大手新聞社が独自に展覧会を開き、書道団体を支援してきました。

毎日新聞社は毎日書道会、産経新聞社は産経国際書会、読売新聞社の関連団体である読売書法会は日本書芸院と謙慎書道会という団体を支えています。

朝日新聞社は書道団体を形成していませんが、「現代書道二十人展」を主催しています。「書壇の成立と展覧会活動」については、文化庁が2021年3月に発行した以下のレポートの6ページに記載されています。

「令和2年度 生活文化調査研究事業(書道)」(文化庁地域文化創生本部事務局)

■読売書法会系が日展で突出した存在に

2013年の書道界のスキャンダル後、「書道美術新聞」(美術新聞社が発行)は、「改組 新 第1回日展」(2014年)と「改組 新 第2回日展」(2015年)の会派別入選者数を掲載しました。

それによると、有力会派の入選者数は、2回ともほぼ同じという結果になりました。日展第5科(書)の入選者の85%は、読売書法会を構成する日本書芸院と謙慎書道会の2つの書道団体で占められています。読売書法会系が日展では突出した存在になっています。

この2団体が日展の「書」を支配していることは、両団体や日展関係者の間では常識だとされ、「日展に入選したいのなら、入門する書道団体を選びなさい」と囁かれており、書道教室の中には「よみうり教室」といった看板を掲げた教室も珍しくありません。

第5科(書)の審査員数は毎回17人(規定では17人以下。さらに外部審査員が2人)で、毎年、入れ代わりますが、審査員の多くを日本書芸院と謙慎書道会の書家が確保しています。

2011年から2023年までの計13回の会派別の分布を調べると、13回の合計数221人(延べ人数。17人×13回)のうち、日本書芸院が121人(54.8%)、謙慎書道会が63人(28.5%)、その他の書道団体等が37人(16.7%)でした。

平均すると、毎年、日本書芸院が9人前後、謙慎書道会が5人前後、その他団体等が3人前後になっています。

■実態を知っているのに報じない新聞社

日展の審査員数を、日本書芸院と謙慎書道会が一定数で確保していることは、日展と両団体による談合的な体制があるのではないかと、疑問を持つ要因になります。審査員の独占と入選者の独占は表裏一体と言えるからです。

書道美術新聞は2016年以降、入選者の所属団体別の調査結果を掲載しなくなり、マスコミも、書道界の審査体制の実態や金権体質に斬り込まなくなりました。日本を代表する大手新聞社は書道界と深い関係を持っているため、口をつぐみ、書道界も実態を隠し続けてきたとしか思えません。

深刻な問題が存在するのに、マスコミが報道しないケースはこれまでもありました。旧統一教会の被害者問題や、ジャニー喜多川氏の性加害問題などです。

知っているのに沈黙する。報道すれば自社が不利益を被るかも知れない。本来、報道すべき問題に口を閉ざし、長期間、ベールに包まれてきた点は、書道界の問題にも共通しています。

■上層階級への切符は特選受賞者になること

書道団体の「偏り」が見られるのは日展の入選者や審査員だけではありません。

日展への入選を繰り返している書家の中から、特選に選ばれます。入選の回数、2回の特選の受賞などを経て、会友、準会員になれます。日展には会友、準会員、会員、監事、理事、理事長、顧問などのヒエラルキーができています。

会員、顧問、準会員、前回の特選受賞者には、審査を受けずに、日展に作品を出品できる特典があります。2023年の日展で、入選点数(1112点)以上の約3000点の作品が展覧会で展示されているのは、日展の大御所や会員、準会員の作品が展示されているからです。

芸術の世界のエスタブリッシュメント(上層階級)に上り詰めるには、日展会員であることが重要です。日展会員であることは、日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章などの栄誉に浴する近道であるからです。

書の部門で特選に選ばれるのは毎回10人(規定では10人以下)。入選者が1000人前後なのに比べると、とてつもなく狭き門だと分かります。

■特選も読売書法会系が8割以上を占めている

2004~2013年の10年間で、読売書法会系の特選受賞者は100人(10人×10回)中85人(のべ人数)でした。

2014年から2023年までの10年間の読売書法会系の特選受賞者は81人。2016年は5人でしたので、ほぼ同じペースで特選を独占しています。入選者も、特選受賞者も85%という数字が一致しているところが不思議です。

審査方法の大改革があったはずですが、どうなっているのでしょうか。

日本書芸院もしくは謙慎書道会に所属しない書家は、日展では、なかなか入選できませんし、特選に選ばれる確率が極めて低いことはデータを見れば理解できます。

日展の第5科(書)の理事、監事、顧問の計9人のうち、8人は日本書芸院と謙慎書道会の書家です。日展の第5科(書)では毎年1万点前後の応募があり、入選するのは1000点前後ですから、競争率は10倍と高く、厳正な審査が行われている印象があります。

しかし、日本書芸院と謙慎書道会の書家には、「日展で入選するには毎回、自分の社中(同門生の集まり)から5~10点の出展をすること」という暗黙のルールがあり、親戚、知人の名前を借りて、わざと下手に書いた書を出品するなど、数の水増しをして、応募点数が実態よりも多く表示されているのではないかという指摘もあります。

■不正が行われてもペナルティ、罰則規定がない

これらのデータを見ると、新生した日展がスタートした2014年以降、抜本的な改革が行われていないようです。

その要因の1つに、政府の対応が関係しているとの見方があります。旧民主党(当時)の長妻昭衆議院議員が2014年3月に、安倍晋三総理大臣(当時)と衆議院議長宛に「公益社団法人日展が主催する展覧会において、入選の審査に際し、不正が明らかとなった場合には、不正審査の指示を出した者はどのような処分を受けるのか。政府の認識についても併せてお示し願いたい」とする質問主意書を提出しました。

しかし、政府側の答弁は、不正審査問題の処分は日展に任せ、必要な調査と報告を求める、という対応に留まっています。

また、審査不正疑惑を調査した日展第三者委員会は、2013年12月にまとめた報告書で書道界の問題を以下のように分析しています。

現行規則においても、審査員以外の者は、審査に介入してはならないことが規定されている。規則どおりに行われるのであれば、今回のような問題は発生しなかった。

しかしながら、介入が判明した場合等違反や不正が判明したとしてもペナルティがなければ、規定が有効に機能するとは言い難い。

実効性確保手段は難しい問題であるが、例えば、違反した場合には、一定期間審査員資格を失うといった案など審査の透明化・公正確保を進め日展再生への道を追求すべきである。

このような提言を受けながらも、2015年5月に決議した「日展審査員行動基準(ガイドライン)」には、反映されていません。「日展規則」にも、鑑査や審査で不正をすれば、審査員を解任するなど、ペナルティが書かれていません。日展第三者委員会の提言を無視してきたのです。

■「会派の弊害を除去しないと日展の将来はない」

日展第三者委員会の報告書では、次のような警鐘も鳴らしています。

書においては、会派に関する構造的な問題がある。書が、会派を前提としないでは成り立ち得ないのであれば、会派の存在を前提として、その弊害を除去し社会から疑念を抱かれないような措置を講じない限り日展の将来はない。

そのためには、これまでの審査や組織の運営についての仕組みおよび慣行につき、会員その他関係者(これには日展出品者を含む)がその認識を再検討し、意識改革を行って、改めるべきところを改める勇気と実行力を持つ必要がある。今回の出来事をやり過ごせる一過性の災難としてではなく、日展の輝かしい未来のための変革を図るための絶好のチャンスと捉えるべきである。

日展第三者委員会の報告書は、A4判で36ページにも及ぶもので、現状の分析、苦言、提言が盛り込まれていますが、日展は喉元過ぎればやり過ごせるという、一過性の受難と捉え、変革に本気で取り組んでいないのでしょうか。

■第5科の「書」が日展の台所を支えている

抜本的な改革が行われなかった要因にはもう1つ、日展における「書」の存在の大きさが挙げられます。

書をたしなむ人口は300万人とも400万人とも言われ、書道教室などが全国に設置され、裾野が広いビジネスと言えます。

2022年8月に発表された総務省統計局の「令和3年 社会生活基本調査」によると、「趣味・娯楽」の中の「書道」の行動者数(実際に行動したことのある10歳以上の国民数)は381万人に上ります。

5年前の2016年の調査時の463万人に比べると、18%の減少ですが、華道の142万人、茶道の92万人を大きく上回っています。絵画・彫刻の制作人口は385万人、陶芸・工芸は181万人で、人気があるのは書道と絵画のようです。

公益社団法人日展の2023年3月期の2億7333万円の事業収入のうち、77.5%が展覧会事業収入で、残りは出版事業収入です。出版事業も『日展の書』『日展の日本画』『日展の洋画』など、展覧会の図録が中心です。

2023年の日展の5つの部門(日本画、洋画、彫刻、工芸美術、書)の総応募数は1万1328点。そのうち書は8822点で、78%を占めています。日展の入選者2369人のうち、書は1112人に上り、入選者の約47%に達しています。

書道
写真=iStock.com/bee32
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

■芥川賞や直木賞が、ある出版社に独占されていたら…

日展にとって、書は一大勢力になっています。応募するのに1点当たり1万2000円の出品料がかかり、展覧会の入場者の過半は書の関係者。日本最大の美術展を運営する日展は、書に大きく依存しているわけです。

第9回(2022年)の日展の入場者数は、東京の国立新美術館と、地方の3カ所の巡回展を含め16万8988人でした。入選した人、特選受賞者、日展会員などが弟子や知人を誘って、展覧会に足を運んだと思われます。

「日展に入選しました」となれば、盛大なお祝いの会を開催するほど名誉なことで、「日展書家」の看板を掲げられますが、問題は、読売書法会を構成する日本書芸院と謙慎書道会という2つの団体で、日展の第5科(書)の審査員、入選者、特選受賞者の85%前後を「輩出」し続けていることです。

もし、芥川賞や直木賞を1つの出版社あるいは2つの出版社が独占していたら、どうでしょうか。そうであれば、芥川賞も、直木賞もここまで権威はなかったはずです。

■注目されていないからチェック機能が働かない

文藝春秋社(現・文藝春秋)を興した菊池寛らが中心となって設立した日本文学振興会(現在は公益財団法人。財団法人は、一定の目的のために提供された財産を運営・管理するために設立された団体で、行政庁から公益認定を受けたものが公益財団法人)が芥川賞、直木賞などの賞を授与していますが、候補作品が発表され、さらに選考委員の審査によって賞が決まります。

マスコミの注目を集め、賞の受賞によって作家の人生は変わり、本の売れ行きにも勢いが付きます。文藝春秋が芥川賞や直木賞の85%を独占しているかと言えば、そんなことはありません。

書の入選者や特選受賞者の注目度は、芥川賞や直木賞に比べるとマイナーで、世間の関心が薄いので、チェック機能が働きません。

しかし冷静に考えると、読売書法会系の2つの書道団体が、公的な性格が強く、権威のある団体である日展の審査員、入選者、特選受賞者をほぼ独占している姿は奇異に感じます。

■公正公平で、透明性の高い審査が必要な理由

多くの一般書道家は日展第5科(書)の実態を知らないため、「生涯で一度でもいいから日展に入選したい」という願いを込めて、日展に応募しています。こうした純粋な一般書家に、公正公平なチャンスがあるのでしょうか。

ほとんどの書家は自宅で開いている書道塾の月謝や、大学やカルチャーセンターの講師などの収入で細々と暮らし、栄誉栄達に無縁のまま書家人生を終えています。

日展に入選できるか否かは、書家の人生を大きく左右します。だからこそ、日展入選者の独占は許されず、公正公平で、透明性の高い審査が必須なのです。

2013年の日展第三者委員会の報告書に「日展は公募展であり、誰もが夢の入選をめざしてチャレンジするところである」と書かれており、日展のホームページの宮田亮平理事長の挨拶文のタイトルは「個性がぶつかりあって光り輝く日展を」です。しかし、実態がそうなっているのか、疑問が残ります。

日展の運営は、「官展」時代の文部省などではなくなりましたが、公共性が高い公益社団法人です。日展会員、日展理事になることが日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章への道につながっており、大金をつぎ込んでも、それを上回る名誉、栄誉が得られます。

文化功労者には年間350万円の年金が終身支払われます。税金が投入される以上、厳正な審査で、優秀な人材を選ばなければなりません。

■「ユネスコ無形文化遺産」登録を狙う動き

書道人口が減っている中で、書道界に新たな動きが見られます。

文化財保護法が改正され、歴史上または芸術上の価値の高い「わざ」を持つ無形文化財に、「登録」という新しい制度が誕生し、2021年12月、「書道」と「伝統的酒造り」が初の「登録無形文化財」として登録されました。

さらに、国の文化審議会は2023年12月18日、国連教育科学文化機関(ユネスコ)無形文化遺産の候補に「書道」を選定し、2026年の登録を目指すと決定しました。

文化庁は書道を「筆、墨、硯、紙などの用具用材を用いて、漢字、仮名、漢字仮名交じりの書、または篆刻(てんこく。篆書体の文字を石や木などにハンコとして刻むこと)として、伝統的な筆遣いや技法の下に、手書きする文字表現の行為」と定義しました。

筆、墨、硯、紙は文房四宝(ぶんぼうしほう)と呼ばれ、用具用材に対する理解を深めることで、書という芸術を高めてきた歴史があります。

文字を書く機会が減り、書道人口が減少している昨今、ユネスコ無形文化遺産に登録されることにより、書道を見直すきっかけになれば、との思惑があります。

■書道界の旧弊は世界から嘲笑されてしまう

11年前の2013年に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されて、出汁(だし)を重んじる和食が注目され、海外での日本食ブームを後押しし、「食育」が世の中に広まりました。書道が海外でも広まり、訪日外国人観光客が書道体験イベントに参加するなどのブームを期待しているのかもしれません。

しかし、ユネスコ無形文化遺産に書道が登録された後で、書道界の審査の不正、長老支配、金権体質が明らかになったら、世界から嘲笑されるでしょう。

書道界の不正審査問題で、日展第三者委員会の委員長を務めた濱田邦夫氏は、以下のように総括しています。

美や芸術の世界は、作家や鑑賞者たちに「生きる歓び」を与えるものである。また「金と権力が成功のあかし」といった世俗社会から超越したもの、と一般社会は期待している。残念ながら、我々の調査の結果、日展第5科書の在り方はこの一般社会の期待を裏切っているのではないか、という疑念を晴らすことができなかった。この疑念は第5科だけに限定されるものではなく、日展の他の科についても程度の差はあれ、潜在していると思われた。また公益社団法人として、日展の運営体制については改善の余地があると思われた。

■日展、読売新聞社から具体的な回答は得られず

この言葉は今も、書道界や日展に突き付けられていると思います。2年後に迫る書道のユネスコ無形文化遺産登録までに、書道界の旧弊を刷新する必要があります。機会均等と公正公平が求められているのです。

日展は、公正公明さを社会にアピールし、疑念を持たれないようにするべきでしょう。日展の会員、審査員を経験した人物が日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章の栄誉を受けるケースが多いですが、日展の審査がグレーであれば、日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章の叙勲や選考にも疑念を抱かざるを得ません。

日展や、読売書法会を運営する読売新聞社は、書道界の現状をどのように捉えているのか、当事者の見解を聞いてみました。

【日展、読売書法会への質問と回答全文はこちらから】

しかし、日展は「私共が回答するに適さない」、読売新聞社も「コメントする立場にありません」などとして、質問項目に具体的に答えていただけませんでした。

日展事務局の回答では、不正をチェックするために「毎年審査員が選任された時は、外部審査員を含めて『日展審査員行動基準(ガイドライン)』に宣誓していただくなどの方法を講じており」とあります。このガイドラインは、日展の不正審査疑惑が明らかになった1年半後の2015年5月の定時総会で決議されたものですが、日展のホームページには、その内容が記載されていません。

再度、日展事務局に確認すると、「日本美術展覧会における『日展審査員行動基準(ガイドライン)』は、公開しておりません」とのことでした(一部の美術系新聞などで報道されており、内容は画像1を参照)。

「日展審査員行動基準(ガイドライン)」
画像1:「日展審査員行動基準(ガイドライン)」

■また不正審査があった場合、どう責任を取るのか

日展審査員行動基準(ガイドライン)では「審査員は、その社会的責任を自覚し、自らの良心と芸術的信念に基づき、公正かつ公平に鑑審査にあたるものとする」と謳われていますが、公正公平でなかった場合の罰則規定はありません。

日展事務局から「鑑審査での違反については、日展定款第9条及び日展規則第19条により、処分がされることになります」との回答がありましたが、日展定款第9条は以下のようになっています。

会員が次の各号のいずれかに該当するときは、総会の決議によって当該会員を除名することができる。
(1)この定款その他の規則に違反したとき。
(2)この法人の名誉を傷つけ、又は目的に反する行為をしたとき。
(3)その他除名すべき正当な事由があるとき。

日展規則第19条の7に「本条における違反を発見したときは、審査員については、審査員を解任し、以後、理事会の決議により審査員に選任しないことができる」となっていますが、本条とは「審査員は、鑑審査の経過を洩らしてはならない」という行為です。

鑑審査の経過を漏らしたら解任するが、「審査員は、鑑審査で不正をしたら審査員を解任する」という規則はなく、日展規則で「解任」という言葉は「第19条」以外では使われていません。

日展事務局の「展覧会終了後には諮問委員会で検証するなどにより公正さの確保に努めております」という回答に対しても、「諮問委員会」とはどのようなものかを再度、確認しました。回答は以下の通りです。

日展では、理事会の諮問に答える委員会として、外部有識者を含む諮問委員会を設置しており、毎年度、展覧会終了後に開催し、本法人の諮問機関として日展各科の応募状況、鑑審査結果、今後の課題と対応策等、検証及び審議を行っております。

さらに確認すると、「これまで諮問委員会で、鑑審査での不正を指摘したケースはなく、不正の報告を受けたこともありません」という回答でした。

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前原 進之介(まえはら・しんのすけ)
ジャーナリスト・作家
出版社に勤務後、フリーで活動し、小説『黒い糸とマンティスの斧』をアマゾンのキンドル出版で上梓。情報サイトの「note」で、メディアやミュージアムなどについて執筆。

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(ジャーナリスト・作家 前原 進之介)

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