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次のリニア妨害の材料は「巨大地震」…非科学的な地震予知まで持ち出してくる川勝知事の「もしも論法」

プレジデントオンライン / 2024年2月29日 5時15分

モニタリング委員会座長に尾池氏の名前を挙げた川勝知事(静岡県庁) - 筆者撮影

リニア妨害を続ける川勝知事が、国の委員会の座長に地震学者の起用を求めた。ジャーナリストの小林一哉さんは「川勝知事は次は『地震予知』でリニア妨害を狙っているのだろう。だが、地震が予知できないことは科学的に明らかになっている」という――。

■国の委員会座長候補に地震学者を挙げた川勝知事

2024年2月20日に開会した静岡県議会の冒頭で、川勝平太知事は来年度予算案を踏まえた所信表明演説を行った。

その中で、リニア問題について、静岡県庁を訪れた国土交通省の村田茂樹・鉄道局長による新たなモニタリング委員会に触れた。

国の有識者会議が水資源、生態系保全に関する議論を終え、次の段階として、JR東海が取り組む対策を継続的にモニタリングするために、国は委員会を立ち上げるという。

そこで、川勝知事は「モニタリングに際しては、静岡県内の工区に限定するのではなく、他の工区との関わりを把握することも重要。モニタリングの対象については柔軟に考えていただきたい」と求めたのだ。

14日の記者会見で、モニタリング委員会の役割について、川勝知事が「国家的事業だから、リニア新幹線全体のルートに関わること、議論はそこ(水資源、生態系保全)にとどまらないだろう」と発言したことと重なる。

その際、「(委員会の座長は)国家的見地からモニタリングできる人が望ましい。より器の大きい人が求められる」として、尾池和夫・元京都大学総長(現・静岡県公立大学法人理事長兼静岡県立大学学長)ら8人の著名人の名前を挙げた。

■地震対応もリニアに求めようとしている

他の7人と違い、尾池氏の名前を挙げた理由を見れば、「他の工区との関わりを把握することも重要。モニタリングの対象については柔軟に考えていただきたい」と、国に求めた内容とぴたりと当てはまる。

「2038年南海トラフ地震」説を唱える尾池氏(静岡県広報誌「ふじのくに」から
「2038年南海トラフ地震」説を唱える尾池氏(写真=静岡県広報誌「ふじのくに」から)

尾池氏を挙げた理由について、川勝知事は「南アルプスは年間4ミリ隆起している。しかも四万十帯(地質)というのは海底の隆起できたものであり、地震微動のようなものが起こっている。こうしたことも大事じゃないか。そうすると、例えば、地震学の最高権威である尾池和夫さんではないか」と説明したのだ。

つまり、南アルプスの水資源、生態系保全だけでなく、モニタリングの対象に地震対応も入れろ、と言っているのだ。

■南アルプスは2本の構造線が通る危険地域

地震対応となれば、静岡工区だけでなく、山梨、長野両県の他の工区も関わり、国家的見地からモニタリングしなければならない。

何よりも、南アルプスは中央構造線、糸魚川静岡構造線が通る“世界最大級の断層地帯”であり、リニアトンネルは静岡、山梨、長野3県にまたがる南アルプスの25キロを貫通する。

国立研究開発法人防災科学技術研究所(茨城県つくば市)は高感度地震観測網(Hi-net)を全国に配備する中で、危険地域として中央構造線、糸魚川静岡構造線の周辺で集中的な観測をしている。

「赤石山脈一帯は最近約100年間で40センチもの急速な隆起を続けており、南海トラフ地震の際に急減に沈降して大被害を与える恐れがある」と主張する、石橋克彦・神戸大学名誉教授(地震学)は、著書『リニア新幹線と南海トラフ巨大地震』(集英社新書、2021年)などで、リニア工事の中止を求める議論を展開している。

石橋氏は「リニアは地球上でいちばん危険度の高い地帯に建設されている。活断層による内陸大地震や南海トラフ地震で大被害と大惨事を生じ、最悪の場合には技術的にも経済的にも復旧が困難で、廃線になるかもしれない」などと警告する。

■「東海地震」説でできた地震予知法

「マグニチュード8、震度6(烈震)以上――地球上で起こる最大級の地震が明日起きても不思議ではない」

当時メディアではこのような言説が当たり前のように流れていた。

石橋氏といえば、いまから約50年前、東京大学助手の時代、1976年10月の日本地震学会で、「東海地震」という巨大地震説を発表した。

日本国内では、東海地震という予言が、衝撃的な“事実”と認められ、社会全体を揺るがす大きな問題に発展した。

石橋説から2年後の1978年6月に、世界初の「地震予知法」(大規模地震対策特別措置法)が施行された。

大地震予知を前提に、深刻な被害が予想される東海地域への影響を軽減するという、世界でも例のない法律だった。

■「地震予知」で静岡の政治経済はめちゃくちゃに

「地震予知法」の影響は大きく、世間では「静岡県に近づくな」が合言葉になった。

やむを得ず新幹線などで静岡県内を通過する際、誰もが息をひそめて大地震に遭遇しないよう祈る姿が見られた。いまとなっては「笑い話」だが、当時の新幹線の乗客は真剣な面持ちで目をつむって必死で祈り、「早く静岡県を通り過ぎてほしい」と願ったのだ。

何の根拠もないノストラダムスの大予言が信じられたのと違い、こちらは東大助手による巨大地震説だから、当時“超危険地帯”となった静岡県の地価は下がり、伊豆などの観光客は激減した。マイナス効果はあまりにも大きなものだった。

明日起きてもおかしくない大地震の発生に備え、静岡県は地震対策事業に予算を重点的に配分し、他県のような大規模公共事業などを行わないで、被災したあとの復興に備えて膨大な基金を積み立てていく。

県内の公共事業の計画は縮小、変更され、総合防災訓練、地域防災訓練、津波避難訓練など静岡県全体が「東海地震」発生を想定した事業一色に染まってしまった。

いま考えると、あまりにも異常で滑稽な風景が続いたのだ。

■「東海地震」は起こらず、名前も消えた

その後、1995年阪神・淡路大震災が起き、北海道、新潟、熊本など他の地域で大地震が発生したが、40年以上たっても静岡県を中心とする東海地域には巨大地震は襲ってこなかった。

2011年の東日本大震災を契機に、東海地震や南海地震などと領域を区別せず「南海トラフ地震」と呼ぶことになり、いつの間にか静岡県から「東海地震」の名称が消えてしまった。

東京大学のロバート・ゲラー名誉教授は「前兆現象はオカルトみたいなもの。確立した現象として認められたものはない。予知が可能と言っている学者は全員『詐欺師』のようなものだ」などと批判した。

これだけ時間がたてば、駿河湾に「割れ残り」があるとされた「東海地震」説が間違いだったことがわかる。

静岡県は「東海地震」予知という「詐欺師」のようなものをすっかりと信じ込まされてしまったのだ。

いまでは、あの強烈なインパクトを与えた「東海地震」の名称さえ知らない静岡県民が増えている。

■尾池氏の「2038年南海トラフ地震」説

そして、今度は「南海トラフ地震」である。

尾池氏の著書『2038年 南海トラフの巨大地震』
尾池氏の著書『2038年 南海トラフの巨大地震』

川勝知事が名前を挙げた尾池氏には、2015年3月に発刊した『2038年 南海トラフの巨大地震』(マニュアルハウス)という著書がある。

本の帯には「次の南海トラフ巨大地震は2038年頃に起こる」とある。

京都大学総長を務めた地震学者の予言を、頭から信じている人も多いのだろう。

尾池氏の「2038年南海トラフ地震」説は、2022年2月に川勝知事と行った対談で登場する。静岡県の広報誌「ふじのくに」49号に掲載されている。

【知事】先生は南海トラフ巨大地震の2038年説を発表されています。正直、驚きました。

【尾池氏】いろんな理由がありますが、一番確度の高い予測がその頃です。西日本は東日本と違ってプレート境界と陸がかなり近い。だから、(高知県)室戸岬、御前崎、潮岬などは、皆すぐ近くに南海トラフの境界があって、フィリピン海プレートが沈み込みながら陸のプレートを引きずり込んでいる。室戸岬は海溝からの距離が近いので、地震の時に海底とともに隆起する。だから港を早く浚渫(しゅんせつ)しないと間に合わない。室津港の浚渫をどれだけしたかという記録から類推すると、2038年になります。

【知事】歴史的根拠があるというわけですね。静岡県は南海トラフの地震に備えて「地震・津波対策アクションプラン」を策定しています。プランの進展状況をPRしているうちに「南海トラフの巨大地震」という呼び名は広く知られるようになりました。

■南海トラフ地震の時期を正確に予測するのは困難

尾池氏は自信たっぷりに「2038年南海トラフ地震」説を唱えたあと、続けて東海道線の丹那トンネル工事中に起きた1930年の北伊豆地震を引き合いに、南アルプス地下を貫通するリニアトンネル工事について、「地下水を動かすと岩盤が壊れて地震が起こることは、あちこちで例があります。圧入して地震が起こったこともあります。とにかく地下水を下手につつくことは良くない。これは間違いない」と断言するのだ。

つまり、尾池氏は石橋氏同様にリニア計画を真っ向から否定しているのだ。

尾池氏が「2038年南海トラフ地震」説の根拠としていた室津港の浚渫記録がいかにいい加減なものだったのかは、中日新聞が現地調査によって明らかにしている。

つまり、「歴史的根拠」(川勝知事)が覆されてしまったわけだ。

2021年以降、「南海トラフ地震」の発生確率は70~80%とされてきたが、その確率も否定されている。

いつ南海トラフ地震が起きるかなど全くわからない状況なのだ。

■地震予知で行政が振り回されることがあってはならない

そんな中で、川勝知事が真っ先に取り組まなければならないのは、リニア計画を否定する現在の地震学者の主張の補完ではなく、いまだに発生しない「東海地震」の検証である。

筆者撮影
南アルプス地下約400mのリニアトンネル工事の準備現場(静岡市の西俣川) - 筆者撮影

「東海地震」説によって整備された当時の海底地震計などはすでに使いものにならなくなった。

それ以上に、「東海地震」説に振り回され、静岡県の地域振興がいかに遅れたのかを詳らかにした上で、なぜ、国を挙げて、地震学者の予知を信じ込まされたのかを検証したほうがいい。

今回の国のモニタリング委員会座長に尾池氏らが指名されることはありえないが、尾池氏のような地震学者が何人もいることを承知しておかなければならない。

リニア計画の実現を阻むのは、このような地震学者をはじめとする研究者たちである。

モニタリング委員会座長には指名されなくても、川勝知事が尾池氏を静岡県のリニア専門部会に招待し、南アルプスの危険性を唱えれば、新たな混乱を生み出すことは間違いない。

地震予知を唱える「詐欺師」のようなものが、川勝県政を支える有力な人脈である。これではリニア計画が順調に進むことは非常に難しいだろう。

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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。

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(ジャーナリスト 小林 一哉)

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