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1日に話しかけるのは5回だけ…娘3人を育てるシングルマザーは、なぜ三女にだけ虐待を繰り返したのか

プレジデントオンライン / 2024年3月7日 11時15分

4歳児虐待死事件の裁判員裁判が開かれた津地裁(写真=Xjm91587/PD-self/Wikimedia Commons)

2023年5月、三重県津市の自宅で4歳の娘に暴力を振るい死亡させたとして、42歳の母親が逮捕された。この母親は、熊本県熊本市にある「赤ちゃんポスト」に娘を一度預けた後、自ら育てるため自宅に引き取った過去があった。その母親がなぜ虐待に至ったのか。ノンフィクションライターの三宅玲子さんが取材した――。(第1回)

■2日連続で暴行され、脳ヘルニアで死亡

それはあっけない閉廷だった。

2日間の裁判員裁判を傍聴した私は、脱力する思いで席を立った。

津地裁で開かれた4歳児虐待死事件の一審。2月20日から始まった裁判員裁判は、責め立てられた母親が泣きながら反省する姿を無理やりに見せられた、そんな後味の悪い終わり方だった。

その後、2月26日に検察は懲役8年を求刑。判決は3月8日に言い渡される。判決を前に、本稿では裁判で違和感を持ったわけを考えたい。

まず、事件を振り返ろう。

事件は昨年5月の朝に三重県津市で起きた。前日深夜、救急車の中で女児は心肺停止に陥り、搬送先の大学病院での手術は成功したものの、かすかな命の灯は消えた。死因は、2日連続で母親が振るった暴行による脳ヘルニアだった。低体重や身体にこびりついた垢など日常的な虐待の形跡もあった。6月30日、三重県警は母親を傷害致死罪の容疑で逮捕した。

政府が虐待の調査(こども家庭審議会児童虐待防止対策部会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会)を始めて20年。行政はさまざまな施策を立ててきたが、悲しいことに虐待死亡事件は続けざまに発生している。

■孤立出産→赤ちゃんポスト→再び母親の元へ

この事件も、児童相談所や保育園が母親による虐待を把握していたことが報道で明らかになった。県内の児童相談所を統括する児童相談センター長は釈明に追われ、一見勝之県知事は会見で「子どもの命を守れなかったことは痛恨の極み」と涙ぐんだ。

だが、虐待やDVに依存性が潜んでいることは研究者によって解明されている。そして親が子を虐待する背景には必ず理由が隠れていて、また、虐待を繰り返してしまう行為に親自身も苦しんでいる。それらの親、特に母親が抱えさせられる問題は、私たちの目に見えないのではない。多くの場合、私たちは見ようとしていないのではないか。

この事件でも、母親は重要なシグナルを発していた。母親は孤立出産していたのだ。

孤立出産とは、医療従事者の立会いなく妊婦が自宅や公園、路上などで出産に至る行為を指し、母子ともに命の危険が伴う。

加えて赤ちゃんは生後1週間で母親の手で熊本市の「こうのとりのゆりかご」(医療法人聖粒会・慈恵病院が運営する、通称赤ちゃんポスト)に預けられ、のちに母親の元に戻されるという数奇な運命を辿っていた。なぜその赤ちゃんがたった4歳で命を絶たれることになったのか。私は裁判傍聴に訪れた。

■働きながら女児3人を育てるシングルマザー

初公判の冒頭、弁護側は傷害致死罪の起訴事実を認め、争点は量刑となった。

まず、検察が「被告が2019年2月に自宅アパートの浴室で出産し、熊本市にある赤ちゃんポストに預け入れた」というエピソードを読み上げた。4カ月後に赤ちゃんは熊本市の乳児院から津市の乳児院に移され、2歳の誕生日を迎えた翌月、母親と長女・次女の計3人が暮らす家庭に引き取られた。母親は未婚で職業は工員。実家の営む工場に勤務していた。

直接の死因となった暴行のあらましはこうだ。

一緒に過ごす生活が始まって2年2カ月が過ぎたある夕方、三女が布団の上に片足を乗せた状態で立っていたにもかかわらず、母が思いっきりシーツを引っ張り、三女は後ろ向きに転倒。後頭部を激しく床に打ちつけた。続けて翌夕にはローテーブルの上に立っていた三女の背中に右手を振り下ろして叩き、今度は前に向かって転倒。2日連続で頭部を強打したことから3日後に体調が急変し、死亡した。

■「上の子2人とは、つながり感が違った」

「こうのとりのゆりかご」から望んで取り戻したはずだった。ところが、家庭に迎え入れた直後から母子の関係はつまずいていた。

「上の子2人とは、つながり感が違った」
「この子が、私の子どもなんやなあという感じ」

被告は微妙な違和感を抱いていたのだと繰り返し語った。一般に、乳幼児期は母子間の愛着(アタッチメント)の形成に重要な時期とされるのに対し、母子が一緒に暮らすようになったのは2歳を過ぎてからだ。母子には愛着形成の壁がはだかっていた。

三女は発語に乏しく、おうむ返しが目立ち、自分で考えた言葉を発することができなかった。そのことに気づいた被告は発達障害が心配になった。保育園で相談すると「育ち方がゆっくりだけど絶対に(発達障害は)ない」と返され、被告は不安を抱え込んでいく。他方、乳児院にいた1歳9カ月で受けた発達検査の結果、三女の発達年齢が1歳2カ月、発達指数は74(70を下回ると知的障害)と行政から告げられていたことを検察官は明らかにした。

この数値が保育園に引き継がれたかどうかには検察官は触れていない。保育園が数値を把握していながら「発達障害がない」と言い切っていたとすれば被告の不安と孤独を増幅させたかもしれない。逆にもし保育園に引き継がれていなかったとすれば、児相の対応に瑕疵(かし)はなかったのだろうか。

■心が折れ、暴行への引き金が引かれた瞬間

半年が経ち、ぽつぽつと保育園を欠席するようになったころ、不安とイライラが怒りになり、初めて三女に暴行を振るった。以後、死亡までの1年半で、押したり払いのけたり、壁にぶつける、床に転がすなどの暴行は50回に上った。

1LDKのアパートでの暮らしぶりは次第に歪んでいく。三女がコロナ濃厚接触者となったあるときから、母親と姉2人はリビングで生活し、1人で寝室に隔離される生活が常態化していた。

すりガラスの扉を開けようとしている園児と、それを阻止しようとしている親のシルエット
写真=iStock.com/tolgart
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tolgart

虐待の疑いを察知して児相に通告したのは保育園だ。しかし、保育園に不信感を抱いた母は登園回数を減らしてしまう。

2022年夏以降、登園は完全に止まり、母は白飯と菓子とともに三女を1人で自宅に残し、車で1時間ほど離れた町にある実家の工場に仕事に行っていた。1日のうち、三女に話しかけるのは、起きたとき、朝ごはん、出かけた先から帰宅したとき、夕ごはんを渡すときの5回。爪は一度も切ったことがなく、入浴回数は少なかった。

ある日、仕事から帰宅すると三女がトイレを失敗した形跡があった。だが、その日に限って三女はおもらしを認めなかった。

「繰り返して教えてきたトイレトレーニングに三女が失敗したのにそれを認めませんでした。積み重ねてきたことが崩れて、そのとき、心が折れたんだと思います」(被告)

こうして死亡に至る暴行への引き金が引かれた。床に頭を打ちつけた際、「ゴン」という激しい音がしたという。シーツを思いっきり引っ張って転倒させた翌日の出来事だ。

遺体の司法解剖では虐待による強いストレスを物語る胸腺の萎縮が判明した。

■母親は出産時でさえ周囲の人に相談できなかった

虐待を把握した児相は児童養護施設に預けることを提案したが、母親は断っていた。

「なぜ預けなかったんですか。預けていれば三女は亡くならずにすみましたよね」

女性検察官が詰め寄る。

「夏には動くつもり(預けることを検討する、の意味)でした。でもできませんでした」
「ゆっくり考える時間がほしかった」
「(預けてしまったら)三女が私の元に帰ってこなくなると思い、預けられませんでした」

被告はごめんなさいとしゃくりあげた。

公判の終盤に差し掛かり、検察官は厳しく追い込んだ。

「なぜ日頃から周囲に相談をしなかったんですか」

だが、そもそも被告は、女性にとって人生で最大の肉体的恐怖であるはずの出産でさえ相談することができなかった人だ。公判は終盤までこの点に注目することなく進行してきた。挙句に検察官が向けたこの問いは、大きく的を外している。

一方で検察は、児相の対応には訪問を怠る過失があったなど、三重県が認め、報道された事実には言及しなかった。被告は孤立出産によって受けた身体と心のトラウマのケアを受けるべきだったはずだが、専門家の支援につなげられることはなかった。そうした事実の取捨選択は裁判員裁判において公平な審理の妨げにはならないのだろうか。

■孤立出産し、手放さなければならなかった背景

「こうのとりのゆりかご」にはこれまでの16年間に170人の赤ちゃんが預け入れられ、そのうち孤立出産はそのおよそ8割に上る。

「こうのとりのゆりかご」を運営する熊本市の慈恵病院
筆者撮影
「こうのとりのゆりかご」を運営する熊本市の慈恵病院 - 筆者撮影

慈恵病院では神経発達症(発達障害)を専門とする精神科医と連携し、孤立出産した女性や孤立出産後に赤ちゃんを殺害遺棄した女性の分析に取り組んできた。そして彼女たちの背景に、

① 知的障害のグレーゾーン(I.Q70〜84/標準値は100)
② 神経発達症(発達障害のこと/虐待により生じた二次障害を含む)
③ 被虐待歴
④ 母子関係(愛着障害)

のいずれかが関わっていることを突き止めた。

被告は三女のみならず次女も孤立出産していた。赤ちゃんを熊本に連れてきたとき、被告は家計の困窮についても病院関係者に打ち明け、「必ず迎えに来る」、そしてこのときも「ゆっくり考える時間がほしい」と話したという。

母親が娘を死に至らしめた原因を考える際、被告の背景にあるものを、上記の4点と照合して掘り下げる必要はある。それは誰もが思うことだろう。

■母親に障害があったかどうかはわからぬまま

だが。

検察はもとより弁護側も精神鑑定に基づいた検証をしなかった。

慈恵病院では過去に6件の嬰児殺害遺棄事件で、拘置所に連携する精神科医を派遣して被告の精神鑑定を実施し、意見書提出や証人出廷など、被告の支援活動を行った。

本件の被告逮捕が報じられた1週間後、慈恵病院は被告が赤ちゃんを「こうのとりのゆりかご」に預け入れた事実の公表に踏み切った。死亡事件とゆりかご預け入れの関連は社会で検証されるべきとの病院側の考えに対し、三重県の関係者は個人情報保護の観点から問題視した。

「こうのとりのゆりかご」に預け入れた事実は司法の場や検証委員会が明らかにするべきこと、という考えもあるだろう。だが、実際には、裁判ではほとんどスルーされた。

なお、慈恵病院が三重県の弁護士会や法テラスを通じて裁判への協力を申し出たところ、弁護人から丁重な断りの手紙を受けとったという。

それはなぜなのか。

あくまで私の推測だが、慈恵病院が事実を公表したことに被告が反発を覚えた可能性はある。また、精神鑑定を行って拘留期間が延びることを、被告が希望しなかったことも考えられる。2人の娘が被告の帰りを待っているからだ。

■4歳の女児を死に至らしめたのは母親だけなのか

「こうのとりのゆりかご」への預け入れについて、慈恵病院への照会は三重県警、三重県地検のいずれからもなかったという。

弁護人は裁判の冒頭、過熱報道で家族が傷ついたと、報道に対し苦言を呈した。だが、報道のあり方に注文をつけるよりも、司法の場で被告の困難を医学的見地から検証することで回復された被告と家族の名誉があったのではないか。また、追い込まれていく母親の困難を見過ごした行政責任に弁護人が触れることはなかった。

三女を死に至らしめたのは母親だけなのだろうか。母親のシグナルを無視した福祉行政の構造的な欠陥、被告を取り調べ、罪(責任の所在)を追及する検察の恣意(しい)性。そして、それらの底辺にある「血の繋がった母親なら育てられる」という私たちに浸みわたった思い込みも、共犯者なのではないだろうか。

弁護士が読み上げた、娘たちから被告に宛てて書かれた手紙は、涙を誘うものだった。

「世界一のお母さん」「産んでくれてありがとう」「早く帰ってきて」との言葉は、被告が長女と次女に対してはよき母だったことをうかがわせた。

夕暮れ時、子供の手を引いて歩く母親
写真=iStock.com/HearttoHeart0225
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/HearttoHeart0225

■事件の根本原因が素通りされた裁判員裁判

証人尋問に立った被告の母は、被告を孤立させてしまったことやコロナ禍の影響で工場経営が厳しく被告への給与支払いが滞りがちになっていたことを悔やみ、現在は三女の供養に毎日読経していると明かした。被告は働き通してきた親に心配をかけて申し訳ないと涙を流した。

だが、二度の孤立出産と経済的な困窮が放置された事実を考えると、両親にも被告の課題に気づききれなかった何らかの障壁があったことをうかがわせるもののように見るほかない。被告と母は互いを気遣っているにもかかわらず、哀しいことにすれ違っている。

弁護人質問ではっとする場面があった。「私自身、発達障害だと思うんです」と被告が述べたのだ。だが弁護人は言葉の意図を掘り下げることなく、被告の発言は三女の発達障害の悩みに移っていった。そのため、被告が自身について述べた言葉だったのか、それとも、三女を指していたのか、今となっては判別しづらいようにも思える。だが、もしや被告は自身の内側にある何らかの困難について気づいていることがあるのではないか。そう思わせる言葉だった。

事件の核心は見えないまま閉廷した。法廷の外で数人の記者が「なんか、すっきりしないんだよな」と首を傾げていたが、もっともだと思う。根本の問題が素通りされた裁判だったからだ。

事実をまっすぐに見れば、被告は裁かれるだけでなく保護と治療も必要な人だとわかる。そこから目を背けた裁判で記者たちが納得するはずはない。

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三宅 玲子(みやけ・れいこ)
ノンフィクションライター
熊本県生まれ。「ひとと世の中」をテーマに取材。2024年3月、北海道から九州まで11の独立書店の物語『本屋のない人生なんて』(光文社)を出版。他に『真夜中の陽だまり ルポ・夜間保育園』(文芸春秋)。

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(ノンフィクションライター 三宅 玲子)

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