ロレックスもレアカードも"投機の道具"になっている…「トケマッチ事件」の被害者に現代人が同情できない理由
プレジデントオンライン / 2024年3月15日 10時15分
■2年間で急成長、政府からも「お墨付き」
高級腕時計をシェアするとレンタル料の一部が手に入る「シェアリングサービス」を展開していた「トケマッチ」をめぐり、運営会社の元社長が業務上横領で指名手配される事件へと発展した。
トケマッチは、高級腕時計の持ち主が、運営会社を通じて別の人に貸し出し、そのレンタル料の一部を得られる仕組みだ。
運営会社ネオリバースのウェブサイトによれば、いまから4年近く前の2020年7月に会社を設立し、その約半年後の2021年1月にこのサービスを始めている。半年で50本に過ぎなかった預託本数は、2023年3月には1000本に達したという。2年余りで20倍に膨れ上がったのだから、それだけ広く信頼されていたと推測できよう。
しかも、その3カ月後の2023年6月には「シェアリングエコノミー認証マーク」を取得している。これは、一般社団法人シェアリングエコノミー協会が認証しているだけではない。内閣官房IT総合戦略室、つまり、日本政府がつくった「遵守すべき事項」を基にしている。法律による規制(法規制)とも、業界団体による協定(自主規制)とも異なる「中間的な政策手段」である。
政府と業界団体、その両方からのお墨付きをもらっていたのである。
■会社代表はドバイに出国、国際指名手配へ
急成長しただけではなく、シェアリングエコノミーという新しい経済活動の点でも権威づけられた。商売として儲かるだけではなく、社会に貢献しているかのような雰囲気を醸し出してきた。
しかし、今年1月31日、運営会社が突然、解散を発表し、預けられていた多くの腕時計は返却されなくなった。警察に受理された被害届は、3月8日時点で、全国33都道府県、173人にのぼる。
警視庁は、このうち、東京都内に住む男性から預かった高級腕時計ロレックスを、今年1月ごろ、無断で売りさばいた疑いで、会社の代表を務めていた福原敬済容疑者(42)について、業務上横領の疑いで逮捕状を取った。福原容疑者は、元社員の永田大輔容疑者(38)とともに、1月31日当日に中東のドバイにむけて出国したとみられていて、今後、国際手配する方針だという。
マスメディアは、福原容疑者らの計画性を疑い、トケマッチを始めた時から高級腕時計のレンタルを仲介するのではなく、売却するつもりだったのではないか、と報じているが、ここでの関心は別のところにある。
マスメディアは、被害者に同情しているのか、という点である。
■資産価値=投資対象としてのロレックス
たしかに、被害者は多くいる。
たとえば、「ロレックス3本、600万円相当を預けていた男性」の悲痛な叫びが、FNNプライムオンラインで紹介されている。大阪MBS NEWSの動画では、高級時計5本分、合計3800万円相当を預けていたのに、「入金止まり連絡も取れないと怒る利用者の声」が公開されている。
運営会社のサイトによれば2023年8月時点で「時計預託本数」は1500本に達していた以上、被害者の数は、現時点で警察に被害届が受理された人数(173人)にとどまらないだろうし、被害額にいたっては途方もない。10億円の単位では済まないのではないか。
ロレックスをはじめとする被害品は、大量生産されていないからこそ価値が高いだけではなく、誰でも買えるわけでもない。「ロレックスマラソン」なることばが広まるほどに、その道のりは長いからである。マラソンというだけあって、定価で手に入れるために正規の販売店をいくつも回らなければならない。
3年ほど前、「朝日新聞デジタル」が、この行為について取材した上で、「お店側も同一モデルの購入制限など厳しいルールを設けており」といった購入者による証言や、専門誌『パワーウオッチ』と『ロービート』の総編集長の菊地吉正氏による、「ロレックス好きだけでなく資産価値に目をつけた人が増えた」との見解を紹介している。
トケマッチが始まったのは、まさにこの記事が出たころなのである。資産価値=投資対象としてのロレックスへの関心の高まりに乗ったのである。
魚心あれば水心であり、その心は、すなわち時計で儲けたい、という下心ではないか。こうした感情が、マスメディアの煮え切らない報道の背後にあるのではないか。
■代表の言葉から「時計への愛」は見えない
運営会社ネオリバースのウェブサイトには、小湊敬済こと福原敬済容疑者(42)の「代表挨拶」に、次のように書かれている。
私たちのポリシーは「人と人を繋ぐ(つなぐ)」ということです。
借りたい人と貸したい人をつなぐ、買いたい人と売りたい人をつなぐ、そんな人同士の「つながり」を最も大事にしたいと考えております。
それは、契約内での「つながり」にとどまらず、お互いが満足し、幸せになれるような関係へと発展させていきたい、という願いがございます。
ありきたりに言えばWin-Winの関係であり、ここには時計への愛はない。好きだから、手に入れたいから、大切にしたいから、といった、時計愛好家との「つながり」は見えない。
それよりも、「買いたい人と売りたい人をつなぐ」、と、あけすけに言う。「シェアリングエコノミー認証マーク」を得ていながらも、いや、得ているからこそ、率直に「お互いが満足」する=お金を儲けられる関係を前に出している。シェアリングエコノミー協会の掲げる「Co-Society ~シェア(共助・共有・共創)による持続可能な共生社会~」というビジョンは、どこに行ったのか。
■「何もしなくても不労収入が手に入る」
同協会は、今回の事件に関する説明資料のなかで、「トケマッチのビジネスモデル」を「時計オーナーは何もしなくても不労収入が手に入る形となっています」と書いている。働かずにお金が得られるのは持続可能か、そんな疑問を向けていたら、認証マークを出さなかったのではないか。
とはいえ、協会の姿勢や責任を追及したいわけではない。働かざる者、食うべからず、と説教したいわけでもない。
それよりも、この事件が昨今の世相を象徴しているところに関心があり、それこそが、先に挙げたマスメディアが被害者に同情していない(ように見える)理由だと考えられるのである。
マスメディアには、被害者は自業自得だ、との論調もなければ、自己責任だとする議論も、ほとんどない。先に述べたように、運営会社の元社長らが、あらかじめ詐欺や業務上横領を企てていたのではないか、との点を中心に報じられている。被害者の声も多く紹介されており、信頼して預けたのに騙された人たち、との位置づけと言えよう。
しかしこの事件は、昨今の株式市場や不動産価格の高騰に伴う投資ブームだけではなく、ポケモンカードの盗難・強盗事件にも通じているのではないか。
■高級時計は、なぜ「高級」なのか
何かを自分のものにしたい、そんな情熱よりも先に、手に入れれば「不労収入が手に入る」のではないか、との下心が見えるからである。愛や衝動ではなく、お金のために手元に置きたいと考えているように映るからである。オタクでもなければ、趣味で集めているわけでもない。値段の高さ=価値の高さ、と思い込み、歴史も蘊蓄も、愛好家同士の「つながり」もないままに、ただただ目先の利益のために所有しようとしていると思われるからである。
ロレックスにせよレアカードにせよ、あるいは、ナイキのスニーカーにせよ、どうしても自分のものにしたい、といった、やむにやまれぬ情動に突き動かされる対象は、もはや、結果として付いてくるだけのお金を目的とした投機の道具になっている。手段は金で目的が所有、のはずが、手段は所有で目的がお金、と逆立ちしているのである。
珍しいだけで重宝されるために、それ自体の価値を置き去りにして、お金=数字だけで測られる。トケマッチ事件は、手段と目的を転倒しがちな、いまの世相を表している。おそらくは、ここに、今回のトケマッチ事件の被害者に対して、マスメディアをはじめ、私たちのなかに、完全には同情できない、煮え切らない思いが隠れているのではないか。
いまいちど、高級時計は、なぜ「高級」なのか。その根本的な意味に立ち戻って考える。そのきっかけに立ち戻れるなら、被害者への同情は、よりリアリティーを増すのかもしれない。
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神戸学院大学現代社会学部 准教授
1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。
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(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)
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