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「空が青いのは当たり前ではない」愛子さま中学時代の作文から皇室研究家が読み取った平和への思いと優しさ

プレジデントオンライン / 2024年3月22日 8時15分

学習院大の卒業式に臨まれる天皇、皇后両陛下の長女愛子さま。2024年3月20日午前、東京都豊島区[代表撮影] - 写真=時事通信フォト

天皇・皇后両陛下の長女愛子さまが、今月学習院大学を卒業し、4月から日本赤十字社で嘱託職員として勤務する。神道学者で皇室研究家の高森明勅さんは「これまでのご本人の作文を拝見すると、平和への思いや、ご自身の天性のお優しさが読み取れ、『国民と苦楽を共にする』という皇室の伝統的精神を、ほかの誰よりも深く受け継いでおられることがよくわかる」という――。

■人生の節目を迎える愛子さま

この春、天皇・皇后両陛下のご長女、敬宮(としのみや)(愛子内親王)殿下は人生の節目を迎えられる。学習院大学を卒業され、4月から日本赤十字社の嘱託職員として勤務に就かれることになるからだ。学生から社会人へという大きな節目だ。

ただし“嘱託”という勤務形態なのは、皇族としてのご公務を重視されているからにほかならない。つまり、学業を終えられて、皇族としてのご公務も本格化することを意味する。

そのような時期にあたり、敬宮殿下のこれまでの歩みを、ご本人の過去の作文を拝見しながら、振り返ってみたい。

■広島で抱かれた平和への思い

今年の歌会始のお題は「和」だった。そこで皇后陛下がお詠みになった御歌(みうた)は次の通り。

広島を
はじめて訪(と)ひて
平和への
深き念(おも)ひを
吾子(あこ)は綴(つづ)れり

ここに「吾子」とあるのは、言うまでもなく敬宮殿下を指している。

敬宮殿下は学習院女子中等科3年生の時に、修学旅行として初めて広島を訪れられている。その際、原爆ドームや平和記念資料館の展示などをご覧になって、平和の大切さを肌で感じられた。そのご経験をもとに自らお考えを深められて、「世界の平和を願って」と題する作文を卒業文集(平成29年[2017年])にお書きになっている。

日頃から平和を強く願われている天皇・皇后両陛下におかれては、敬宮殿下が自発的に平和の尊さに思いをいたされ、ご自身のお言葉でその思いを表現されたことを、嬉しく頼もしく思われたことと拝察できる。この皇后陛下の御歌はそのお気持ちを詠まれたものにほかならない。「深き念ひ」という語に皇后陛下の共感が込められている。

■「空が青いのは当たり前ではない」

その「深き念ひ」を綴られた作文の一部を、いささか長めの引用になるが、ここに紹介させていただく。

「卒業をひかえた冬の朝、急ぎ足で学校の門をくぐり、ふと空を見上げた。雲一つない澄み渡った空がそこにあった。家族に見守られ、毎日学校で学べること、友達が待ってくれていること…なんて幸せなのだろう。なんて平和なのだろう。青い空を見て、そんなことを心から中でつぶやいた。このように私の意識が大きく変わったのは、中三の五月に修学旅行で広島を訪れてからである。

原爆ドームを目の前にした私は、突然足が動かなくなった。まるで七十一年前の八月八日、その日その場に自分があるように思えた。……これが実際に起きたことなのか、と私は目を疑った。平常心で見ることはできなかった。そして、何よりも、原爆が何十万人という人の命を奪ったことに、怒りと悲しみを覚えた。……

最初に七十一年前の八月八日に自分がいるように思えたのは、被害にあった人々の苦しみ、無念さが伝わってきたからに違いない。本当に原爆ドーム落ちた場所を実際に見なければ感じることのできない貴重な体験であった。……

平和を願わない人はいない。だから、私たちは度々『平和』『平和』と口に出して言う。しかし、世界の平和の実現は容易ではない。今でも世界の各地で紛争に苦しむ人々が大勢いる。では、どうやって平和を実現したらよいのだろうか。

何気なく見た青い空。しかし、空が青いのは当たり前ではない。毎日不自由なく生活でできること、争いごとなく安心して暮らせることも当たり前だと思ってはいけない。なぜなら、戦時中の人々は、それが当たり前にできなかったのだから。日常の生活の一つひとつ、他の人からの親切の一つひとつに感謝し、他の人を思いやるところから『平和』は始まるのではないだろうか」

上っ面だけをなぞるようなステレオタイプの観念的「平和」論とは一線を画した、本気の平和への思考の片鱗がここには確かにひらめいているのではないだろうか。中学3年生とは思えない知性以上に、その真剣さ、ひたむきさに心を打たれる。

広島の原爆ドーム
写真=iStock.com/somphop
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/somphop

■昭和天皇、上皇陛下の平和への思い

顧みると、平和を重んじられることはすでに長い皇室の伝統と言える。たとえば、在位中に先の大戦を経験された昭和天皇はご生前、最後に迎えられた「終戦記念日」の御製(ぎょせい)で次のように詠まれていた(昭和63年[1988年])。

やすらけき
世を祈りしも
いまだならず
くやしくもあるか
きざしみゆれど

平和を願いながらそれが十分に実現しない悔しさを率直に訴えられていた。

また上皇陛下も、退位を控えられた「天皇」として最後の記者会見で、次のように語られた(平成30年[2018年]12月20日)。

「先の大戦で多くの人命が失われ、また、我が国の戦後の平和と繁栄が、このような多くの犠牲と国民のたゆみない努力によって築かれたものであることを忘れず、戦後生まれの人々にもこのことを正しく伝えていくことが大切であると思ってきました。平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵(あんど)しています」

このような平和への願いを天皇陛下が受け継がれている事実は、改めて述べるまでもない。

■一人でも黙祷を捧げる愛子さま

ちなみに天皇陛下は毎年、ご家族と共に「6つの日」に黙祷を続けておられる。阪神淡路大震災(平成7年[1995年])があった1月17日、東日本大震災(平成23年[2011年])があった3月11日、先の大戦において沖縄での組織的な戦闘が終結した6月23日(昭和20年[1945年]、以下同じ)、広島への原爆が投下された8月6日、同じく長崎への原爆投下があった8月9日、そして終戦記念日の8月15日だ。

もちろん、国として追悼式が行われる場合は、天皇・皇后両陛下がご一緒にお出ましになる。

ただしそのような時も、あまり一般には知られていないかもしれないが、御所では敬宮殿下がお一人で黙祷を捧げておられる。

■『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』を鑑賞

なお敬宮殿下は令和元年(2019年)12月18日に、ご両親の天皇・皇后両陛下とご一緒に、広島への原爆投下を扱った長編アニメーション映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』(こうの史代・原作、片渕須直・監督)を鑑賞されている。この時、敬宮殿下は監督に「感動しました」と伝えられたそうだ。

このような映画の選び方からも、天皇・皇后両陛下が平和への願いを次の世代にしっかりと受け継ごうとされるお気持ちを想像できる。また敬宮殿下が、両陛下のお気持ちを真正面から受け止めておられることも、伝わる。

この時の上映は、日本赤十字社の後援によるチャリティー試写として開催され、当日集まった寄付金が日本赤十字社広島支部に送られていた。今から振り返ると興味深い偶然だ。

■中1で書いた「看護師の愛子」

その日本赤十字社での嘱託勤務を決断された“原点”とも言える作文を、敬宮殿下は中学1年生の時に書いておられた。短編ファンタジー小説と言うべき「看護師の愛子」(平成27年[2015年])だ。

これも一部を紹介させていただく。

「看護師の愛子」が主人公で、勤め先の診療所でついうたた寝をして目覚めると、診療所はいつの間にか海の上に浮かんでいた、という幻想的な設定から物語が始まる。

「目の前には真っ青な海が果てしなく広がっていたのだ。……

あくる朝、私は誰かが扉をたたく音で目を覚ました。扉の外には片足を怪我した真っ白なカモメが一羽、今にも潮に流されそうになって浮かんでいた。私はカモメを一生懸命に手当てした。その甲斐あってか、カモメは翌日元気に、真っ青な大空ヘ真っ白な羽を一杯に広げて飛び立っていったのであった。

それから怪我をした海の生き物たちが、次々と愛子の診療所ヘやってくるようになった。私は獣医の資格を持っていないながらも、やって来た動物たちには精一杯の看護をし、時には魚の骨がひっかかって苦しんでいるペンギンを助けてやったりもした。愛子の名は海中に知れ渡り、私は海の生き物たちの生きる活力となっていったのである。

……今日も愛子はどんどんやって来る患者を精一杯看病し、沢山の勇気と希望を与えていることだろう」

■皇室の比喩としての「診療所」

色彩感覚の鮮やかさに加えて、何とも意味深長な作品ではあるまいか。

もちろん、この作品を書かれた当時の敬宮殿下ご自身は意識しておられなかっただろうが、ここで描かれている「愛子の診療所」「海の上の診療所」は、皇室そのものの比喩として読むことができるのではないだろうか。

皇室は憲法上、国政に関する権能を持たれない。したがって、予算配分とか法整備などを伴う手段では、国民に利益をもたらすことはできない。

しかし、ややもすると社会的な強者に有利に傾きがちな政治や法律から、こぼれ落ちてしまうような国民の窮状にまなざしを向け、誠心誠意寄り添い、心情的・精神的に手を差し伸べようとして下さる。そのことは国民にとって、少なくない励ましや安らぎ、癒やしを与えてくれるのではないだろうか。

それが、リアルな地上の診療所ではない、ファンタジックな海の上の診療所を連想させる。

しかし、これを中学1年生の作文として読むと、陸地から遠く離れ、周りに人が誰もいない海上で、たった一人で懸命に「海の生き物たち」を看護する姿は、いかにも孤独・孤高な印象を拭えない。

とくに「獣医の資格を持っていないながらも」というあたり、現在の皇室典範のルールでは天皇・皇后両陛下のお子様として生まれながら、ただ「女性だから」というだけの理由で皇位継承資格を認められず、ご結婚とともに皇室から離れなければならないご自身のお立場が、無意識のうちに下敷きになっているようにも思える。

それでも、「海の生き物たち」=苦しみ、悲しむ者たちを救わないではいられない、敬宮殿下の天性のお優しさがにじみ出た作品と言える。

■小説が示唆する皇室の将来

敬宮殿下の大学ご卒業後については、大学院へのご進学とか海外へのご留学などの進路が、一般的には予想されていた。それは、ご本人にとってはわずかでも国民に近い自由に触れることができる、青春の延長という意味も持ち得たはずだった。

にもかかわらず、「少しでも人々や社会のお役に立つことができれば」(令和6年[2024年]1月22日にご発表の敬宮殿下の「お気持ち」から)という理由から、ただちに日本赤十字社への就職を決めてしまわれた敬宮殿下。「看護師の愛子」の無私の献身を描いたこの作文は、そのような多くの人たちにとってまったく予想外だったご選択を、あらかじめ告知していたようにも受け取れる。

さらに「私は海の生き物たちの活力となっていった……今日も愛子はどんどんやって来る患者を精一杯看病し、沢山の勇気と希望を与えていることだろう」というまばゆいような締めくくりは、示唆的だ。作者の意図とは別に、皇室に新しいページが開かれて再び女性天皇が即位される日を、比喩的に予言しているかのように感じられるのは私ひとりだけの幻想だろうか。

■プロポーズの再現を求められた背景

最後に一つのエピソードを付け加えたい。

それは昨年の5月30日、「日本橋髙島屋」で開催中だった天皇・皇后両陛下のご即位5年とご結婚30年を記念した特別展に両陛下と敬宮殿下が訪れられた時のこと。

この展示会では、ご婚約に際しての記者会見の時に皇后陛下がお召しになっていたレモンイエローのワンピースが、展示されていた。そのことに関連して、敬宮殿下が少しおどけられて天皇陛下にプロポーズの時のセリフの再現を求められるという、ほほえましい場面があった。

このエピソード自体は皇室に関心を寄せる人たちの間では比較的広く知られているはずだ。しかし、平成時代における両陛下のおつらかった日々を回想すると、これは単にほほえましいだけでは済まない、重い意味を持つエピソードではあるまいか。

天皇陛下はプロポーズ時の「雅子さんのことは僕が一生全力でお守りしますから」というお約束を、あらゆる逆風に耐えてご誠実に守り通された。

その天皇陛下に対して、一人娘であられる敬宮殿下は、仮に「天皇」という公的なお立場を抜きに考えても、まさに第一級の男性であり、夫であり、父親であられる、という信頼感を抱いておられるのではないだろうか。

だからこそ、おそらく敬宮殿下にとって最も感動的な父親のセリフを、少しユーモラスな形に紛らわせながら、感謝と尊敬の気持ちを込めて、ご結婚30年の節目にあえて喚起されたように思える。

■皇室の伝統的精神を誰よりも受け継いでいる

天皇皇后両陛下のもとにお生まれになり、両陛下のもとでお育ちになった敬宮殿下。

その敬宮殿下こそ、現在の皇室において直系の血筋とともに、両陛下のお気持ちと平和を願い「国民と苦楽を共にする」という皇室の伝統的精神を、ほかの誰よりも深く受け継いでおられるのではないだろうか。

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高森 明勅(たかもり・あきのり)
神道学者、皇室研究者
1957年、岡山県生まれ。国学院大学文学部卒、同大学院博士課程単位取得。皇位継承儀礼の研究から出発し、日本史全体に関心を持ち現代の問題にも発言。『皇室典範に関する有識者会議』のヒアリングに応じる。拓殖大学客員教授などを歴任。現在、日本文化総合研究所代表。神道宗教学会理事。国学院大学講師。著書に『「女性天皇」の成立』『天皇「生前退位」の真実』『日本の10大天皇』『歴代天皇辞典』など。ホームページ「明快! 高森型録」

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(神道学者、皇室研究者 高森 明勅)

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