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10人中9人の凶悪犯が「投降」を選ぶ…FBI交渉人が「手をあげて出てこい」のかわりに使う予想外のフレーズ

プレジデントオンライン / 2024年4月5日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Vadym Plysiuk

FBIの人質交渉人は、どうやって犯人を投降させているのか。ペンシルベニア大学のジョーナ・バーガー教授は「『大人しく出てこい』のように自分の要求を突き付けてはいけない。大切なのは犯人に『話を聞いてもらっている』と思わせることだ」という――。

※本稿は、ジョーナ・バーガー『THE CATALYST 一瞬で人の心が変わる伝え方の技術』(かんき出版)の一部を再編集したものです。

■異質なSWAT隊員の異質な質問

グレッグ・ヴェッキはFBIの捜査官だ。

専門は違法薬物の取引、マネーロンダリング、恐喝など。彼が追う人物の多くは筋金入りの犯罪者で、かなり暴力的だ。メデジン・カルテルにヘリコプターを売る人物もいれば、ロシアの潜水艦を中古で購入し、コロンビアからアメリカにコカインを密輸している人物もいる。

そのときグレッグは、あるロシアン・マフィアを追っていた。3年にわたって電話の盗聴を重ね、丹念に捜査を進めて証拠を固めていった。そしてついに逮捕状が出ると、グレッグはSWAT(警察の特殊部隊)を呼び寄せた。完全装備の屈強な男たちが数十人で現場に乗り込み、犯人を取り押さえ、証拠を確保する計画だ。

SWATチームを前にしたグレッグは、計画実行にあたってさまざまな注意点を伝えた。容疑者はもしかしたら武装しているかもしれない。少なくとも危険であることはたしかだ。SWATチームは間違いが起こらないように慎重に話し合い、具体的な逮捕計画を練り上げた。1つでも失敗があると、現場はあっという間に暴力の嵐になってしまう。

ブリーフィングが終わってチームが部屋を出たが、1人だけ残っていた。グレッグは彼の存在に気づいていた。SWAT隊員にしては異質だったからだ。太めで、背が低く、頭は禿げている。とてもアメリカ警察が誇るエリート部隊の一員には見えなかった。

「犯人について教えてくれ」と、その男は言った。「もっと詳しい情報が欲しい」

■「犯人にペットはいるのか?」

「それはどういうことだ?」とグレッグは答えた。「情報ならもう伝えたじゃないか。さっきわたしたファイルにすべて……」

「違う、そうじゃない」。その男は続けた。「昔の犯罪やら、暴力にまみれた過去を知りたいわけじゃないんだ。きみは彼の電話を盗聴していたんだろう?」

「そうだが」と、グレッグは答えた。

「彼はどんな男だ?」

「それはどういう意味だ?」と、グレッグは尋ねた。

「彼は普段どんなことをしている? 趣味はあるのか? 家族のことも教えてくれ」と、その男は矢継ぎ早に尋ねた。「ペットはいるのか?」

容疑者にペットはいるのかだって? グレッグは心の中で反問した。完全武装のSWATチームを送り込んで逮捕しようとしている容疑者に、ペットがいようがいまいがどうでもいいではないか。この男は何をくだらないことを言っているんだ。チームに置いてけぼりにされるのも当然だ。

それでもグレッグは、訊かれたことには律儀に答えた。そして資料をまとめて帰ろうとしたところで、その男に呼び止められた。「最後にもう1つだけ。その容疑者は現場にいるんだな?」

「そうだ」と、グレッグは答えた。

「それなら、彼の携帯番号を教えてくれ」

そして彼は部屋を後にした。

■暴力的な凶悪犯が両手をあげて投降

現場に突入する時間がやってきた。SWATチームの準備はできている。建物の外で一列になって並び、今にもドアを蹴破ろうとしていた。黒ずくめの装備に全身を包み、盾と銃を構えている。彼らは今にも、「地面に伏せろ! 地面に伏せろ!」と叫びながら突入し、容疑者の身柄を確保するだろう。それがいつもの手順だ。

ところがSWATチームは一向に動きを見せない。数分がすぎ、そしてさらに数分がすぎた。グレッグは心配になってきた。容疑者のことは誰よりもよく知っている。彼が友人や組織の仲間と話すのを聞いたこともある。この男をなめてはいけない。必要なら人殺しも辞さない男だ。ロシアの刑務所に入っていたこともある。戦いを恐れるはずがない。

すると突然、建物のドアが開いた。

あの容疑者が外に出てきたのだ。しかも両手をあげている。

グレッグは面食らった。彼はこの仕事をしてもう長い。アメリカ陸軍と農務省の特別捜査官としてかなりの経験を積んできた。覆面捜査官として全国を飛び回り、メキシコとの国境では汚職捜査も担当した。つまり筋金入りのベテランということだ。

しかし容疑者が自発的に投降し、まったく抵抗せずに逮捕される?

そんな光景を見るのは初めてだった。そのときグレッグは気がついた。ブリーフィングの後で彼に質問をしてきたハゲでチビのあの男は、人質交渉人だったのだ。人質交渉人が容疑者を説得し、誰もが不可能だと思っていたことを可能にした。

現に容疑者は自分の意思で外に出て、おとなしく逮捕されている。グレッグは感心せずにはいられなかった。そして「あの男になりたい」と本気で思った。

犯人を逮捕する警察官
写真=iStock.com/LukaTDB
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LukaTDB

■犯人を力で脅しても何も解決しない

この事件をきっかけに、グレッグは人質交渉人に転身した。キャリアはもう20年になる。これまでいくつもの国際人質事件を担当し、逮捕後のサダム・フセインとも話している。さらにかの有名なFBI行動科学課のトップも務めた。グレッグもまた、銀行強盗犯を説得し、連続殺人犯を尋問する中で、誰もが不可能だと思うような状況で人々の態度を変えてきたのだ。

危機における交渉術が最初に脚光を浴びたのは、1972年のミュンヘン・オリンピックだ。オリンピック開催中にテロリストがイスラエル選手団を人質に取り、11人を殺害するという事件が起こった。それまでは、力ずくで犯人と対峙するという方法が主流だった。「手をあげて出てこい! さもなければ撃つぞ!」という態度だ。

しかしミュンヘンや、その他の事件での失敗をきっかけに、犯人を力で脅しても解決しないという認識が広まっていった。そこで軍や警察は心理学を学び、行動科学を用いた新しいテクニックを採用するようになった。

■9割の犯人を投降させるテクニック

数十年ほど前から、グレッグのような交渉人はこの新しいテクニックを活用している。彼らはこのテクニックを使って、国際テロリストに人質を解放するよう説得したり、自殺しようとしている人を思いとどまらせたりしている。

家族を殺したばかりの人もいれば、人質を取って銀行に立てこもっている人もいる。彼らは、説得してくる相手は警察の人間であるということも、ここで説得に応じたら自分は逮捕されるということもよくわかっているが、それでも10人中9人は自分から投降してくる。その理由は、ただ単にそうするようにお願いされたからだ。

ここで紹介するのはかなり古典的なテクニックだ。驚く人もいるかもしれないが、グレッグ・ヴェッキのような人質交渉人が昔から使っているテクニックでもある。

この数十年の間、人質交渉人たちは階段式のシンプルなモデルを使ってきた。国際テロリストに人質を解放するように説得する場合でも、自殺しようとしている人を思いとどまらせる場合でも、基本的には下の図(図表1)のような段階を踏んで相手の合意を取りつける。

【図表1】人質交渉人が使っているモデル
出典=『THE CATALYST 一瞬で人の心が変わる伝え方の技術』

■「人質を解放しないと撃つぞ!」はあまりに芸がない

階段の1段目は、相手に影響を与えることでもなければ、説得することでもない。

しかし経験のない交渉人は、ここでストレートに要求を伝えてしまう。

「人質を解放しないと撃つぞ!」というように、望みの結果をすぐに手に入れようとするのだ。

もちろんこの戦略はうまくいかない。あまりに芸がなく、攻撃的すぎる。むしろ抵抗を激化させる結果になるだろう。なぜなら、最初から相手に影響を与えようとするのは、自分のことしか考えていないからだ。相手の望みや言い分は完全に無視して、自分の要求だけを伝えている。

人を変えるには、まずこちらの言い分に耳を傾けてもらわなければならない。そして話を聞いてもらうには、信頼してもらう必要がある。この信頼関係がなければ、何をどう言ったところで相手は絶対に説得されない。

■なぜ「友人の口コミ」には耳を傾けてしまうのか

ここで視点を変えて、口コミが持つ力について考えてみよう。口コミは広告よりもはるかに大きな力を持つ。新しいレストランができた場合、広告で「おいしい」と言われても、言葉通りに信じる人は多くない。広告の言葉は信用できないと思われているからだ。

スマホで口コミ用の料理の写真を撮る人
写真=iStock.com/tanit boonruen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tanit boonruen

ところが、実際にそのレストランで食べた友人から「手打ちのタリアテッレが絶品だったよ」という話を聞けば、自分も食べてみようと思うだろう。なぜなら、友人との間には信頼関係がすでに確立しているからだ。長年の友人なのだから、自分にウソを言うことはないと信じている。

そのためベテランの交渉人は、最初の段階で自分の要求を出したりはしない。まず相手を知るところから始める。相手の状況、感情、動機を理解し、そして理解していることを相手にわかってもらう。

危機的な状況にある人は、誰も自分を助けてくれないような気持ちになっている。彼らは何かが理由で怒り、傷ついていて、誰かに話を聞いてもらいたい。しかし誰も聞いてくれないので、人質を取って立てこもるというところまで追いつめられているのだ。

そのためグレッグ・ヴェッキは、いつも同じ言葉で交渉を始める。「どうも、私はFBIのグレッグです。そちらは大丈夫ですか?」。相手が5歳の子供でも、50歳の銀行強盗でも、自殺しようとしている母親でも、殺人犯でも、最初の言葉はいつも同じだ。

「こちらはヴェッキ特別捜査官だ」というような形式張った言葉でもなければ、もちろん「手を上げて出てこい。さもなければ引きずり出す」というような攻撃的な言葉でもない。

どちらも信頼関係の構築にはまったく役に立たないからだ。

■「戦術的共感」で信頼関係を構築する

グレッグはまず橋を築く。相手に何かを語らせる。相手の言うことを批判しない。相手の話を遮ることもない。そうやって信頼関係を構築していく。相手に「自分の意見が重視されている」と思わせる。正しい質問をすることで、相手の話を真剣に聞いていること、相手を気にかけていることを理解してもらう。

相手に共感と理解を示し、そして質問によって貴重な情報を集める。いわゆる「戦術的共感」によって、根本的な問題を探っていく。容疑者はなぜ怒っているのか? 容疑者の本当の望みは何か? 優秀な人質交渉人は、相手の立場で考え、会話の主役を相手にすることで、信頼関係を築くと同時に、相手に影響力を与える下地も整える。

これが経験の浅い交渉人にとってもっとも難しい部分だ。相手の立場で考えるよりも、一刻も早く問題を解決しようとしてしまう。しかし緊迫した状況で相手に望み通りに動いてもらうには、信頼関係を確立することが不可欠だ。

自分の話を真剣に聞いてくれる人、自分を本気で心配してくれる人がいると感じることができると、相手に対する信頼感が生まれてくる。

■「お腹が減った?」「車が必要か?」と問いかける

グレッグはこのテクニックを、「相手を助ける存在になる」と呼んでいる。相手が望みをかなえる手助けをするということだ。「そろそろお腹が空いてきたんじゃないか? 今から食べ物を送ろう」「帰りの車が必要なのか? 用意するから希望の車種を教えてくれ」などと声をかけることで、グレッグは相手のパートナーのような存在になる。

交渉が始まった瞬間から、「私はあなたを助けるためにここにいる。私たちはチームだ」というメッセージを伝えるのだ。

この態度は、グレッグが使う言葉にも表れている。「きみと私でこの問題を解決しよう」「きみの協力がどうしても必要なんだ。きみも事態を悪化させたくはないだろう?」というように、チームであることを強調している。グレッグはチームの仲間であり、相手を助けるためにここにいるのだ。たいていの人は、自分を助けようとしてくれている人を相手に、ずっと腹を立てていることはできないだろう。

■「この解決策は自分で考えた」と思わせる

こうやって信頼関係ができたと確信できたところで、グレッグは初めて変化を起こす方向に舵を切る。ここでの目標は、相手にグレッグの望み通りの行動をしてもらうことだ。

ジョーナ・バーガー『THE CATALYST 一瞬で人の心が変わる伝え方の技術』(かんき出版)
ジョーナ・バーガー『THE CATALYST 一瞬で人の心が変わる伝え方の技術』(かんき出版)

しかし、たとえこの段階まで到達しても、主役はあくまで相手だ。相手の主導で事態の解決を目指す。銀行強盗が人質を2人取って立てこもっている? 「逮捕するから手を上げて出てきなさい」と言っても、おそらくうまくいかないだろう。もちろんグレッグもそれを望んでいるのだが、銀行強盗からすれば刑務所には入りたくない。

ここでのコツは、銀行強盗に「この解決策は自分で考えた」と思わせることだ。こちらが相手を説得するのではなく、相手が自分で自分を説得する。グレッグは銀行強盗の言葉をそのまま使いながら、理想の結果になるように巧みに誘導する。強盗犯自身の判断で、両手をあげて投降するのがいちばんだという結論に到達することを目指す。

■「投降が最善の選択肢」と思わせれば成功

しかしだからといって、犯人の言いなりになるという意味ではない。犯人にとってベストの選択肢は、銀行のお金をすべて持って逃げ、その後も絶対に捕まらないことだ。

一方でグレッグは、それを実現させるわけにはいかない。

グレッグの交渉術の真骨頂は、相手に命令しているような印象をまったく与えず、むしろ相手にとって最善の結果になるように努力していると信じさせることだ。そうすれば、強盗犯は知らず知らずのうちにグレッグの望み通りに行動するようになる。そして最終的に両手をあげて投降するのが、自分にとって最善の選択肢だという結論に到達するのだ。

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ジョーナ・バーガー(じょーな・ばーがー)
ペンシルベニア大学ウォートン校マーケティング教授
国際的ベストセラー『インビジブル・インフルエンス 決断させる力』(東洋館出版社)の著者。行動変化、社会的影響、口コミ、製品やアイデア、態度が流行する理由を専門に研究する。一流学術誌に50本以上の論文を発表。「ニューヨーク・タイムズ」紙、「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙、『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌などに寄稿した記事も人気を博している。Apple、Google、NIKE、ビル&メリンダ・ゲイツ財団などをクライアントに持つコンサルタントでもある。これまで数百の組織とともに働き、新製品の浸透、世論の形成、組織文化の変革などを実現してきた。『ファスト・カンパニー』誌の「ビジネス界でもっともクリエイティブな人々」に選出され、その仕事は『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』誌の「年間アイデア賞」で複数回取り上げられた。

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(ペンシルベニア大学ウォートン校マーケティング教授 ジョーナ・バーガー)

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