クジラ漁をあきらめたくない…元コンサルの社長が「国の補助金ゼロ」でも73年ぶりに捕鯨母船を新造したワケ
プレジデントオンライン / 2024年4月4日 11時15分
山口県や下関市が母船式捕鯨の母港化を目指す中、新しい捕鯨母船の進水式が開催された。共同船舶(東京)が所有する「関鯨丸」で、世界で唯一となる船団式の捕鯨船の母船。船内でクジラの解体から保存までを行える=2023年8月31日、山口県下関市の旭洋造船 - 写真=時事通信フォト
■新しい船を造らなければ捕鯨業に未来はない
――今年3月に竣工した関鯨丸は、73年ぶりに新造した捕鯨母船だそうですね。
長年、日本の捕鯨を支えてくれた日新丸の船齢が36年になりました。日新丸は、1991年から南極海の調査捕鯨に従事し、2019年からは、日本のEEZ内で再開された商業捕鯨でも活躍しました。
しかし船の寿命は通常30年と言われています。日新丸は限界を超えていました。毎年の修繕費だけで約7億円。日新丸の修繕費が経営の負担になっていたんです。
現在、日本の沖合ではわれわれのみが「母船式捕鯨」を行っています。母船式捕鯨には、クジラを探し、捕獲するキャッチャーボートと、海上でクジラを解体したあとに、加工、保存を行う捕鯨母船が必要になる。
日本は90年前の1934年に南極海に捕鯨船団を派遣してから、母船式捕鯨を続けてきました。もしも新たな捕鯨母船の建造に踏み切らなければ、沖合での捕鯨から撤退せざるをえなかった。
■国からの補助金が打ち切られた
――撤退という選択もあったのですか?
あったと思います。私が社長に就任したのが、2020年7月。日本の捕鯨は大きな転機を迎えていました。
その前年にIWC(国際捕鯨委員会)を脱退した日本は、南極海などで行っていた調査捕鯨をやめて、日本のEEZ内での商業捕鯨再開を表明しました。
2018年度まで32年間続いた調査捕鯨は、水産庁から委託を受けた日本鯨類研究所が実施しました。私たち共同船舶には、日本鯨類研究所からの用船料や人件費などが支払われていました。端的に言えば、赤字にならない仕組みだったのです。
2020年度までは「実証事業支援」という形で、国から毎年13億円の補助を受け、商業捕鯨の形を模索しました。しかし私が社長に就任した翌年に打ち切られました。
いわば、国が行う調査捕鯨という事業で生き延びてきた共同船舶が、企業としての自立を迫られた。捕鯨で採算を合わせなければ、会社が存続できなくなる瀬戸際に追い込まれたのです。
どのように会社を立て直すか。企業としてどう自立するか。社長就任を打診されたとき、関係者の方々に、共同船舶の再建を、商業捕鯨の成功を託されたと感じました。
お引き受けするときに、新しい母船の建造の可否――つまりは沖合での捕鯨を継続するか、否か決断を迫られるだろうと覚悟していました。
■調査捕鯨より商業捕鯨の方が捕獲数が少ない
――経営コンサルタントとして活躍していた所さんの目には、捕鯨業界はどのように映っていたのでしょう。
いまから10年ほど前までクジラ肉は1キロあたり1200円ほどで取引されていました。しかし私が社長に就任した2020年の段階で、711円まで価格が落ち込んでいた。その点で言えば、クジラ肉は、市場からそっぽを向かれていたと言えます。
よく知られた話ですが、商業捕鯨全盛だった1960年代までは、国民1人当たりの食肉供給量で、鯨は、牛、豚、鶏を上回っていました。しかし現在のクジラ肉の供給量は、2500トンほど。一方で、牛肉は、約80万トン。豚肉は約160万トン。鳥肉は約170万トン。捕鯨は、現代に必要のない過去の産業。日本に暮らすみなさんがそう受け止めていると考えていました。
その約2500トンという数字も、調査捕鯨時代の捕獲枠です。商業捕鯨に移行後は、1500トンから1600トンにまで減りました。当時、水産庁の担当者からその話を聞き、驚きました。調査捕鯨よりも、捕獲数が少ない商業捕鯨なんて、ありえるのか、と。
にもかかわらず、これまで調査捕鯨を応援してくれた政治家や財界人の方たちは「商業捕鯨を勝ち取ったんだから、よかったじゃないか」と捕鯨に対する関心を失っているようにも見えました。
それに、かつてクジラ肉を食べていた人も高齢になっている。彼らはノスタルジーで捕鯨を応援して、クジラ肉を食べてくれていた。それでは、産業としての捕鯨は先細る一方です。ましてや商業捕鯨は続けられない。
■感じ取った国からのメッセージ
――そんな状況で新たな母船を造るというのは現実的ではない気がします。
私が社長に就任する前、水産庁などを中心にした「新母船建造検討委員会」というプロジェクトがありました。そこで出てきた建造費用の見積もりが110億円から150億円。水産庁からの補助金があれば、建造も可能でしょう。
しかし国の調査捕鯨に対して、商業捕鯨は共同船舶という民間企業の事業です。
捕鯨母船建造に補助金はあてにできなかった。しかも商業捕鯨初年度に7億1500万円の赤字を計上しました。これでは、新母船建造なんて夢のまた夢だと感じました。
だから、私は110億円から150億円という数字を見たとき、国は共同船舶に母船式捕鯨をあきらめさせて沖合から撤退しろ、と暗に仄めかしているのか、とさえ思いました。
■基地式捕鯨では成り立たない
――沖合から撤退した場合、どうなったのですか?
アイスランドと同じ「基地式捕鯨」にする計画だったそうです。沿岸に捕鯨基地を建設し、そこから出港した捕鯨船がクジラを捕獲して、基地に水揚げするという形の捕鯨です。
しかしわれわれが主力で捕獲しているニタリクジラは水温20度前後の比較的温かい海域に生息しています。もしも基地式にした場合、捕獲したクジラが帰港するまでに傷んでしまう恐れがあった。アイスランドの基地式捕鯨は、寒冷な海域だから可能なんです。
私は沖合での母船式捕鯨立て直しのために、社長に就任しました。なんとしても、母船式捕鯨で収益を上げたかった。そのためには、新母船建造が絶対条件でした。
社長就任直後から、私は新母船について改めて調べ直しました。従来のディーゼル船に比べて、電気推進式システムなどにしてコストカットすれば、50億円から70億円で建造可能だと分かった。経営を立て直して黒字化できれば、自前で建造できる額だったのです。
■会社を立て直すためにしたこと
――とはいえ、商業捕鯨初年度は7億円以上の赤字ですよね。クジラは厳密に捕獲枠が決まっています。たくさん獲って生産量を増やすわけにはいきません。黒字化は容易でないように感じます。
調査捕鯨時代の2016年は、クジラ肉の供給量が5500トン、当時のキロ単価1200円だったので、66億円の市場が確かにありました。
しかし商業捕鯨になった2020年は、共同船舶と沿岸の小型鯨類の事業者の供給量に、ノルウェーからの輸入などを加えても、4年前の半分以下の2500トン。キロ単価1000円としても、卸売市場は25億円に過ぎません。加えて商業捕鯨になり、売り上げに固執して鯨肉を安売りした結果、値崩れしていました。捕鯨を続けるには、クジラ肉に付加価値をつけて、単価を上げていくしかなかった。
では、単価を上げるために何をしたのか。
これは難しい話ではありません。私たちが一貫して取り組んでいることはたったの3つです。
1つ目はプロモーションをして値段を上げる。
2つ目が生産ラインを見直し、コストダウンをする。
3つ目に品質を上げる。
■4年目で黒字化に成功
プロモーションに関しては、コロナ禍ではあったのですが、豊洲市場や仙台市場、下関市場でクジラ肉の上場や、ウェブ上のイベントを行いました。
同時に、一切、値下げをせずにクジラ肉が持つ価値を販売先に理解してもらえるよう営業の方針を変えました。デパ地下や通販事業者など販売先の開拓も大きかった。
その影響で、2020年4月から6月に711円だったキロ単価が、2020年末には957円に回復しました。さらに1年後の2021年末には1127円に持ち直しました。
また2023年11月、山口県の下関市場に上場したイワシクジラの生肉は史上最高値であるキロ80万円を記録し、たくさんのメディアが取り上げてくれて話題になった。このペースで今年中にキロ1300円まで値段を上げたい。
値上げにより、商業捕鯨初年に7億円を超す赤字を、翌年は2700万円に圧縮しました。そして2023年3月に2億円の黒字化に成功しました。今年はアイスランドから2700トンのクジラ肉を輸入した影響で、黒字は1億円ほどの見込みです。
■クジラはある程度捕獲しても問題ない
――2700トンものクジラ肉を輸入すると、せっかく持ち直した単価が下がってしまうのではないですか?
共同船舶1社という立場で見れば、われわれが生産した1600トンを高値で売れば、経営が楽なことは事実です。でも、調査捕鯨時代の5500トンの供給量を維持しないと加工業者や鯨料理屋さんなどの鯨肉業界が成り立たない。捕鯨産業を長期的に守るには5500トンの市場を維持しなければ、と輸入に踏み切ったのです。
――ただ1億円から2億円の黒字が出たとしても、50億円から70億円もする新母船建造は厳しい気がします。
いまわれわれはIWC(国際捕鯨委員会)で認められた改訂管理方式という算出方法に基づき、獲るクジラの数が決められます。
改訂管理方式は、クジラの保護に重点を置いた管理方法と言われています。いまは改訂管理方式に従って、1年間で187頭のニタリクジラと25頭のイワシクジラを捕獲しています。
クジラは外敵がいないだけでなく、繁殖力も強い動物です。仮に100年間、毎年212頭を獲り続けたとしても、もともといるクジラの数は減ることはありません。
商業捕鯨になってからは、捕獲した212頭から毎年1500トンから1600トンの鯨肉が生産されます。近い将来、イワシクジラとニタリクジラの2種に新たな種類のクジラを加え、2220トンにできないか検討している最中です。
その上で、キロ単価1300円にできれば、約28億万円の売り上げが見込めます。コストをギリギリに削ると、年間約20億円で操業が可能です。そうすれば、毎年8億6000万円の黒字が出る計算になります。約5億円を新母船建造費の返済に充てて、十数年で完済する計画です。
■関鯨丸の完成が意味すること
――共同船舶という捕鯨会社の経営を立て直せたからこそ、関鯨丸建造が可能になったわけですね。
73年ぶりに造られた捕鯨母船です。はじめての航海では不具合やトラブルが続くでしょう。先日も、試験航海の前にプロペラが動かないという報告がきて、凍り付きました。船員たちが頑張ってメンテナンスしてくれたおかげで、事なきをえましたが……。
不安はもちろんあります。でもそれ以上に感慨深い。関鯨丸の建造は、社長に就任した私の使命だと考えていました。
32年続いた調査捕鯨が終わり、捕鯨業界にたずさわってきた人たちは不安を抱きました。長年、クジラ肉をあつかってきた料理屋さんや加工屋さん、市場で働く人たち、そして共同船舶の社員やその家族……。だからこそ、新しい母船が必要だと感じていたんです。
船の寿命は、約30年。「関鯨丸」の完成は、われわれはこれから30年、クジラ肉を供給するぞ、という意思表明でもあるんです。(後編に続く)
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ノンフィクションライター
1977年、山形県生まれ。東北学院大学法学部法律学科卒業後、國學院大学二部文学部史学科に編入。大学在学中からフリーライターとして活動。著書に『カルピスをつくった男 三島海雲』(小学館)、『それでも彼女は生きていく 3・11をきっかけにAV女優となった7人の女の子』(双葉社)などがある。『国境を越えたスクラム ラグビー日本代表になった外国人選手たち』(中央公論新社)で第30回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。Twitter:@toru52521
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(ノンフィクションライター 山川 徹)
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