「中高一貫校に行きなさい」は絶対言ってはいけない…「自分で考える」子どもを育てるために親がすべきこと
プレジデントオンライン / 2024年4月8日 7時15分
■「思考」の進化はまず積み上げ、最適解を確立していく
江戸城の石垣には3種類ある。
戦国時代に築城されたときには野面積(のづらづみ)と言って石を加工せずにそのまま積み上げた石垣であったが、それが時代を経て家康が江戸城に入ったときには、石と石の間の隙間を減らすよう加工する打込接(うちこみはぎ)という手法に代わり、さらに徳川幕府が確立されて後に築かれた石垣では切込接(きりこみはぎ)という、直方体に切り抜かれた大石を隙間なく美しく積み上げる手法で堅牢で攻めにくい構造が実現した。
人間の発達期の脳における「思考」の進化もまさにこの石垣と同じである。初期には目的のために稚拙な手段ではあるが、まずは「積み上げてみる」。
そこからもっと効率よく、堅牢でエレガントな方法はないか、試行錯誤を経て、その人に合った最適解の「思考」の形態を確立していく。これこそが「脳の育ち」なのであり、さらに言えば人格の確立なのである。
子どもの発達は、そのほとんどの部分を「脳の育ち」と言い換えることができる。この脳の育ちには順序があり、生まれてすぐに「切込接」型の思考ができる状態になる子どもは絶対にいない。まずは寝ること・食べること・自律神経の働きなどを持つ脳幹・間脳系が発達して、独立生存可能になる。
「野面積」の状態である。その後「知識・情報」を蓄積する大脳新皮質が発達していった上で(「打込接」の状態)、最終的に前頭葉を使って個体独自の思考、「切込接」ができるようになる。歴史を順序良くたどったからこその最適解なのである。
■「グライダー」育ての親が子どもたちを「思考」の発達から遠ざける
それなのに、今の大人たちはなぜか、自身の「思考の結果」を、発達(歴史)の順序を全く無視して子どもの脳に教え込もうとしたがる。
「高校受験の苦労をしないためには、中高一貫校に行くことが最善であるから小学校3年生から塾に通って勉強をしなければならない」「大学3年生になったら就職活動をして、就職後少なくとも3年間は同じ会社に勤めなければ社会からはみ出してしまう」……「心配」という免罪符を掲げて、子どもたちをどんどん「思考」の発達から遠ざける親たちのその姿は、まさに、「グライダー」育てである。
それがいかに問題であるかをいち早く指摘した一冊が、先日新版が刊行された外山滋比古氏の代表作『思考の整理学』だ。
本書で繰り返し薦められている、朝飯前の思考・グライダーではなく飛行機型の思考・そして「すてる」、「忘れること」の重要性。「知の巨人」と称される方なので、当たり前のことなのかもしれない。けれども私は外山滋比古の著作を読むたびに、毎回驚かざるを得ないのだ。
脳科学の研究者でも、発達を学んだ医師でもないはずなのに、彼の深淵なる思考の結実は、長年子どもの発達の歪みの実例を目の当たりにして、それを科学的に証明したいと思って活動してきた一小児科医が到達した考えとぴたりと一致する。快感である。
そしてこのように、道が違っても到達する頂上の景色は同じなのであるから、これは絶対に「真実」なのだ、と確信させてもらえるのだ。
■夜の頭よりも優秀「朝飯前」の本当の意味
たとえば「朝飯前」について、外山氏はこう書いている。
どうも朝の頭の方が、夜の頭よりも、優秀であるらしい。夜、さんざんてこずって、うまく行かなかった仕事があるとする。これはダメ。明日の朝にしよう、と思う。心のどこかで、「きょうできることをあすに延ばすな」ということわざが頭をかすめる。それをおさえて寝てしまう。
朝になって、もう一度、挑んでみる。すると、どうだ。ゆうべはあんなに手におえなかった問題が、するすると片づいてしまうではないか。昨夜のことがまるで夢のようである。
(中略)
“朝飯前”ということばがある。手もとの辞書をひくと、「朝の食事をする前。『そんな事は朝飯前だ』〔=朝食前にも出来るほど、簡単だ〕」(『新明解国語辞典』)とある。いまの用法はこの通りだろうが、もとはすこし違っていたのではないか、と疑い出した。
簡単なことだから、朝飯前なのではなく、朝の食事の前にするために、本来は、決して簡単でもなんでもないことが、さっさとできてしまい、いかにも簡単そうに見える。
知らない人間が、それを朝飯前と呼んだというのではあるまいか。どんなことでも、朝飯前にすれば、さっさと片付く。朝の頭はそれだけ能率がいい。」(p.22-24より)
量・質ともに十分な睡眠を摂ることで脳はその機能を発揮する。まさに脳科学に基づいた「朝飯前」の重要性である。
■自走する「飛行機能力」はまるでなしの“優秀”な人間
また、知識・情報を指示通りに詰め込むだけではなく、それらを脳内で組み合わせて独自の神経回路を作成することが前頭葉の働き、すなわち思考なのである。その重要性については、本書冒頭の「グライダー」の章でこう述べられている。
しかし、現実には、グライダー能力が圧倒的で、飛行機能力はまるでなし、という“優秀な”人間がたくさんいることもたしかで、しかも、そういう人も“翔べる”という評価を受けているのである。(中略)
指導者がいて、目標がはっきりしているところではグライダー能力が高く評価されるけれども、新しい文化の創造には飛行機能力が不可欠である。」(p.11-13より)
だから現代において必要なのは自走する「飛行機能力」なのであり、親が先回りして引っ張るグライダーでは絶対にいけないのだ。
さらに、前頭葉においては膨大な神経回路を作成した上で、重要性と必要性に応じてそれらを整理整頓する作業が行われる。まさに本書の「整理」で書かれている、「すてる・忘れる」ことの重要性である。
■人間の頭は倉庫として、新しいことを考え出す工場であるべき
そこでようやく創造的人間ということが問題になってきた。コンピューターのできないことをしなくては、というのである。
人間の頭はこれからも、一部は倉庫の役をはたし続けなくてはならないだろうが、それだけではいけない。新しいことを考え出す工場でなくてはならない。倉庫なら、入れたものを紛失しないようにしておけばいいが、ものを作り出すには、そういう保存保管の能力だけではしかたがない。
だいいち、工場にやたらなものが入っていては作業能率が悪い。よけいなものは処分して広々としたスペースをとる必要がある。それかと言って、すべてのものをすててしまっては仕事にならない。整理が大事になる。
倉庫にだって整理は欠かせないが、それはあるものを順序よく並べる整理である。それに対して、工場内の整理は、作業のじゃまになるものをとり除く整理である。
この工場の整理に当ることをするのが、忘却である。人間の頭を倉庫として見れば、危険視される忘却だが、工場として能率をよくしようと思えば、どんどん忘れてやらなくてはいけない。(中略)
これまで、多くの人はこんなことは考えたこともないから、さあ、忘れてみよ、と言われても、さっさと忘れられるわけがない。しかし、入るものがあれば、出るものがなくてはならない。入れるだけで、出さなくては、爆発してしまう。」(p.115-119より)
自分の子どもの脳に、堅牢で美しく、多少の攻めにあっても崩されない自立した「石垣」を構築したいと願う親であるならば、これは必読の書である、と私は強くお薦めしたい。
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文教大学教育学部教授、子育て支援事業「子育て科学アクシス」代表
小児科医・医学博士・公認心理士。1987年神戸大学卒業後、米国ワシントン大学医学部や筑波大学基礎医学系で分子生物学・発生学・解剖学・脳科学の研究を行う。臨床医、研究者としての活動も続けながら、医療、心理、教育、福祉を融合した新しい子育て理論を展開している。著書に『「発達障害」と間違われる子どもたち』(青春出版社)、『高学歴親という病』(講談社)、『山中教授、同級生の小児脳科学者と子育てを語る』(共著、講談社)、『子どもの脳を発達させるペアレンティング・トレーニング』(共著、合同出版)など多数。
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(文教大学教育学部教授、子育て支援事業「子育て科学アクシス」代表 成田 奈緒子)
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