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米国では爆発的に成長中だが…大谷翔平選手も巻き込まれた「スポーツ賭博」を欧米メディアが問題視するワケ

プレジデントオンライン / 2024年4月5日 9時15分

パドレスとの開幕シリーズを前に、記者会見に臨むドジャースの大谷翔平(右)と水原一平通訳=2024年3月16日、韓国・ソウル - 写真=時事通信フォト

米大リーグ・ドジャースの大谷翔平選手の専属通訳を務めていた水原一平氏が違法賭博に関わっていたと報じられ、球団を解雇された。立教大学ビジネススクールの田中道昭教授は「複数の欧米メディアは、今回の事件をスポーツ賭博(スポーツベッティング)の急成長とからめて報じている。特にアメリカではトラブルが深刻化しつつある」という――。

■大谷選手が巻き込まれたスキャンダル

ドジャースの大谷翔平選手が日本時間の3月26日に会見を開いて、専属通訳を務めていた水原一平氏が解雇された件について説明した。当日の朝、生中継で見た人も多いだろう。

水原氏は違法のスポーツ賭博に関与した疑いで、米国土安全保障捜査局(HSI)や内国歳入庁(IRS)の捜査対象になっている。大谷選手の銀行口座から合計約450万ドル(約6億8000万円)がブックメーカー(賭け業者)に送金されたことから、大谷選手が関与していたのではないかという疑いも一部に持たれていた。水原氏が「大谷選手に肩代わりしてもらった」と語っていたからだ。

大谷選手は約11分間の会見で、自分が賭博に関与していないこと、ブックメーカーへの送金は水原氏による窃盗であることを明言した。大谷ファンだけでなく多くの日本人が、彼の身が潔白だと確認できて安堵したと思う。

多額の金を盗み取られ、スキャンダルに巻き込まれた大谷選手は気の毒だ。信頼していた仕事仲間がギャンブル依存症になったうえ、自分の口座から多額のお金が無断で送金されたのだからショックは相当なものだろう。

■日本とは違う「海外メディアの意外な視点」

今回の事件で注目されたポイントに「スポーツ賭博」と「ギャンブル依存症」がある。メジャーリーグで働く水原氏が、違法なスポーツ賭博に手を出した意味は大きい。水原氏は野球を除く、サッカー、バスケットボール(NBA)、アメリカンフットボール(NFL)、大学フットボールなどに賭けていたと報じられている。

海外メディアでは、今回の事件にからめて、アメリカのスポーツ賭博やギャンブル依存症に関する記事が目立った。日本では「大谷選手は大丈夫か」と心配する報道が多いのに対して、海外メディアはスポーツ賭博やギャンブル依存症が引き起こした事件の1つと位置づけているように見える。

例えばアメリカの政治メディア「POLITICO」は3月21日、大谷選手の事件を取り上げて、「ピート・ローズ以来、野球界最大のギャンブルスキャンダル」と評した。MLB最多の通算4256安打で“球界のレジェンド”と呼ばれたピート・ローズ氏が、監督時代の1989年に野球賭博でMLBを永久追放になった事件を引き合いに出したのだ。

■ギャンブル依存はアメリカの社会問題になっている

記事の後半は、スポーツベッティング(スポーツ賭博)の問題について解説している。要点のいくつかを紹介しよう。

○ アメリカの議会は、スポーツベッティングが爆発的に増加している問題を無視している。

○ 多くの州で「ギャンブルヘルプライン」への電話が急増し、300%に達することがある。

○ 昨年NCAA(全米大学体育協会)が委託した調査によると、男子大学生の3分の1が月に数回以上はスポーツに賭けることがあり、全回答者の60%が「試合の途中で賭けたことがある」と答えたという。

○ 連邦選挙委員会のデータでは、カジノ業界を代表する業界団体「米国ゲーミング協会」の政治活動委員会は、2017年以降、30万ドル(約4500万円)以上を選挙時に献金した。

○ ラトガース大学ギャンブル研究センター所長のリア・ノワー氏は「ギャンブルが美化されている」と述べ、かつては裏に隠されていた賭博が表に出てきたと指摘した。野球のテレビ中継で、選手が本塁打を打つ確率のライブオッズをアナウンサーが口にすることもある。

ギャンブル依存はいまやアメリカの社会問題であり、「POLITICO」は政治問題としても取り上げていることがわかるだろう。

■バスケットボールのNBAもリアルタイム賭博が可能に

イギリスの新聞「The Guardian」も3月22日の記事で、水原氏のスキャンダルについて経緯や不明点を解説し、MLBなどスポーツリーグ側の姿勢にフォーカスしてスポーツベッティングやギャンブル依存症の話題を展開した。要点をまとめると以下のようになる。

○ アメリカのあらゆるプロスポーツリーグと同様、MLBは合法的なギャンブルの受け入れを急いでいる。

○ 昨年MLBは、ファンタジースポーツ大手の「FanDuel」とパートナーシップを結び、「これまで以上にファンの視聴と賭けの体験を身近にする」と発表した。

○ バスケットボールのNBAは3月19日、ストリーミングサービス「NBA League Pass」にリアルタイム賭博の機能を加えると発表。リモコンをクリックするだけで、「誰が次のリバウンドをつかむか」「誰が次のフリースローを外すか」などに賭けられる機能だ。

○ アメリカにはギャンブル依存症の増加という憂慮すべき兆候がある。「アメリカのほとんどの州で、ギャンブルヘルプラインへの電話は膨大な数で増加している」と、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)のギャンブル研究プログラムの共同ディレクターであるティモシー・フォン氏は12月にガーディアン紙に語った。

○ 複数の調査機関によると、アメリカ人では成人の19%が2022年に賭け事をしている。そのうち6%はギャンブル専用アプリを使用している。同アプリを使用した人のうち53%がスポーツの試合中に賭けている。

○ 試合中のプレーに賭けられると視聴率が上昇し、視聴者をより長く引き留められる。スポーツリーグはテレビ放映権の契約でより強く交渉できる。

○ 野球のストップ&スタートという性質、MLBの試合数(NFLの272試合に対してレギュラーシーズンは2430試合)を考えると、他のスポーツに比べて野球は賭けられる回数が多い。

■MLBが提携を結んだ「ファンタジースポーツ」とは

補足説明すると、MLBが提携を結んだFanDuelの「ファンタジースポーツ」とは、スポーツベッティングではなく、あくまでゲームの一種。プロスポーツ界に実在する選手を集めて架空のチームをつくり、選手たちの成績をポイント化してオンラインで競い合うスポーツ・シミュレーションゲームのことだ。

架空チームのポイントは、選んだ選手が現実の試合で出した成績に連動する。ただ、コンテストでは多額の賞金が出ることもあり、スポーツベッティングと並んで人気がある。野球、バスケ、フットボールなどのメジャースポーツだけでなく、マイナースポーツやアマチュアスポーツを対象にすることもある。

■スポーツベッティングは「アメリカを支える成長産業」

日本のメディアも、スポーツ賭博やギャンブル依存症に目を向けている。

大谷会見と同じ日に毎日新聞は、米プロバスケットボールのNBAで、スポーツ賭博に関連する不審なプレーがあったという記事を掲載した。2日後の3月28日、日本経済新聞は、ネットカジノが急速に普及するアメリカで、ギャンブル依存症対策に注力しだしたという記事を掲載した。どちらの記事も、水原氏の事件にからめて報じている。

日本で球技などのスポーツを対象とした賭け事は、公営ギャンブルの「スポーツくじ」しか認められていない。「スポーツくじ」は、サッカーとバスケの試合について勝敗や得点を予想して賭ける。「野球賭博」は犯罪だから、有名人が手を出すと反社会的な行為として世間を騒がせることになる。

「POLITICO」「The Guardian」の記事にある通り、アメリカではスポーツを対象にしたギャンブルが急増している。英語の「sports betting」は、日本でいう「スポーツ賭博」ほど悪いイメージはない。最近の世論調査で、アメリカ人の39%が「スポーツベッティングを経験したことがある」と回答したほど、一般的で身近なものだ。アメリカ人がスポーツベッティングにつぎ込む金額は年々増加していて、いまやアメリカ経済を支える成長産業、巨大ビジネスとも言われている。

ラスベガスのカジノリゾート内にある「スポーツベッティング」の会場
筆者撮影
ラスベガスのカジノリゾート内にある「スポーツベッティング」の会場 - 筆者撮影

■ビジネスとして「スポーツリーグ」が後押し

私が昨年ラスベガスのT-モバイル・アリーナでプロアイスホッケーの試合を観戦したときも、隣に座ったアメリカ人男性が、スポーツベッティングした内容を誇らしげに話してくれた。彼のように、スポーツベッティングをしながら試合を観戦する姿は珍しくはない。

2018年まではアメリカでもスポーツ賭博は禁止されていたが、連邦最高裁判所が「各州に判断を委ねる」という決定を下してからのちは合法化する州が相次ぎ、いまでは40州近くが合法と見なしている。なお、大谷選手と水原氏がいるカリフォルニア州は、スポーツベッティングを合法と認めていない州の1つだ。

ラスベガスで行われたプロアイスホッケーの試合。筆者の隣に座ったアメリカ人男性は「スポーツベッティング」をしながら観戦していた
筆者撮影
ラスベガスで行われたプロアイスホッケーの試合。筆者の隣に座ったアメリカ人男性は「スポーツベッティング」をしながら観戦していた - 筆者撮影

さらに、スマホで気軽にベットできることも拍車をかけている。専用アプリは使い勝手がよく、ファン・エクスペリエンスが極めて高い。

スポーツリーグの後押しもある。スポーツリーグのビジネスは、スタジアムやアリーナの入場料収入、テレビの放映権収入、スポンサー収入、グッズなど物販収入で成り立っている。スポーツベッティングやファンタジースポーツを通して熱心なファンが増えれば、観客動員数が伸び、高い視聴率が獲得できて、放映権収入やスポンサー収入が増えるという算段がリーグ側にはある。

■スマホで手軽になるほどギャンブル依存症は増える

例えばバスケの試合で「次のフリースローを外すのは誰か」などの細かいベットは、試合会場で観戦したくなる。試合結果だけが賭けの対象ではないから、テレビ画面にかじりついて観戦する人もいるだろう。シナリオがあるテレビゲームと違って、現実のスポーツは次の瞬間に何が起こるかわからない。だから、ゲームよりおもしろいという見方もある。

一方で、スポーツベッティングの問題点も取り沙汰されている。第一は、ギャンブル依存症の増加だ。

アメリカではここ数年、ギャンブル依存が社会問題となっている。特にスポーツベッティングは、テレビで試合を観ながらスマホで簡単に賭けられることから、のめり込みやすい。

水原氏の賭け金が約6億8000万円だったと聞いて、驚いた読者もいるだろう。日本では、億単位でギャンブルに負ける人はめったにいないからだ。しかしラスベガスなどのカジノでは、一晩に数百万円、数千万円の勝ち負けが珍しくない。違法賭博であれば、負け金額が億単位にのぼっても、アメリカでは日本ほど驚かれない。

■人間ドラマを「博打の対象」にしたことの影響

スポーツベッティングについては、別の視点からも問題がある。例えば「スポーツ本来の魅力を破壊した」という指摘も1つ。スポーツは人間ドラマであり、素晴らしいプレーや記録の更新が人々に感動を与えてきたのだから、「博打の対象」にしてはならないという考え方だ。スポーツ観戦の世界にギャンブラーやゲーマーが入ってくることに抵抗感がある純粋なファンもいるだろう。

日本で数年以内にスポーツベッティングが爆発的に普及するとは考えにくい。「スポーツくじ」の普及を見ても、日本人のスポーツ観戦が賭け事に結びつくのは一部の話だろう。

しかしアメリカで連邦最高裁判所の決定から数年で一気に普及したように、日本でも何かのきっかけでスポーツベッティングが合法にならないとも限らない。その際、スポーツとギャンブルの関係やギャンブル依存の問題は無視できない論点だといえる。

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田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。

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(立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント 田中 道昭 構成=伊田欣司)

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