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なぜディズニーはミッキーの著作権を延長しなかったのか…知的財産に厳しい態度を取るのをやめたワケ

プレジデントオンライン / 2024年4月15日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sd619

2024年から、初代ミッキーマウスの著作権が切れ、誰でも自由に利用できるようになった。なぜディズニーは延長を申請しなかったのか。コロンビア大学のマイケル・ヘラー教授とカリフォルニア大学のジェームズ・ザルツマン教授は「高級ブランドがいかがわしい偽物を一掃しないのと同じだ。ディズニーは法的保護がさほど重要ではないことに気付いたのだろう」という――。

※本稿は、マイケル・ヘラー、ジェームズ・ザルツマン『Mine! 私たちを支配する「所有」のルール』(早川書房)の一部を再編集したものです。

■誰のものでもないウィキペディア

所有者のいないオンライン・リソースでおそらく最も知られているのは、Wikipedia(ウィキペディア)だろう。ウィキペディアはボランティアの書き手と寄付によって成り立っている。ウィキペディアは百科事典という分野を駆逐してしまうほどの成功を収めた。いまどきの学生は百科事典がどんなものかさえ知らないだろう。

ウィキペディアの信頼性が高いことは、アップルのバーチャルアシスタントSiri(シリ)がウィキペディアを参照していることからもわかる。アマゾンのAlexa(アレクサ)もそうだ。

それだけではない。現代の生活に欠かせないようなソフトウェアの多くが知的財産権なしで作られてきた。たとえばブラウザにFirefox(ファイアフォックス)を使っている人は、他人の蒔いた種を収穫している。ウェブサーバーソフトのApache(アパッチ)もそうだ。アパッチはオープンソースのソフトウェアで、飛行機の予約サイトやATMなどで使われている。

■なぜ「他人のもの」の利用が許されるのか

他人の蒔いた種を収穫することは、大方の人が考えるよりも日常生活の一部になっているのだ。なぜこんなことが可能なのだろうか。

法律家も素人も、法的所有権こそが重要だというバイアス、いや裏付けのない思い込みに囚われている。だが多くの場合に法的所有権はさほど重要ではない。クリエーターは法的に保護されなくとも自分たちの労働で収穫を得るために、すくなくとも四つの手段を持ち合わせている。

■「世の中になかったものを最初に生み出した」利益

第一は先行者利得だ。これは創造的労働に対する有効な報いであり、しかも正規の所有権に伴う欠点がない。

たとえばアメリカンフットボールの監督は毎シーズンのように新しい戦術(たとえばピストル・フォーメーション)を考案する。最初にそれを使えば、相手は予期していないので、敵が対策を考えつくまで勝利を収めることができる。新戦術を編み出した監督は高い評価を得て高報酬で引き抜かれたり、高報酬でチームから慰留されたりする可能性もある。

そもそもこれまで世になかったものを自分が最初に生み出したというだけで、ほかに何の報いがなくても、作り手は十分に報われたと感じるものだ。マイケル・ブルームバーグの成功と巨万の富が、証券取引で数分の一秒先んじるための情報端末ライセンス事業のおかげであることを忘れてはいけない。

第二は不名誉である。コメディアンは著作権で保護されないという点でファッションデザイナーや球団監督と同様の悩みを抱えている。そのうえスタン・ローレルがかつて言ったとおり、「コメディアンはみな互いに盗み合っている」状況だ。

では、ジョークを最初に言ってもすぐ真似されるとなれば、コメディアンはどうやって稼ぎを守ればいいのか。彼らは寄席で真似した芸人をやっつける。

たとえば2007年にロサンゼルス・コメディストアでカルロス・メンシアが演じている最中にコメディアンのジョー・ローガンが舞台に駆け上がり、メンシアを「盗人」だとなじった。狭いコメディ業界では、お金ももちろん大切だが、最大の報いは客の笑いをとることであり、恥をかかされたら干されかねない。不名誉は報復として判決より効果的だ。

もっとも、つねに効果的なわけではない。現に俳優でコメディアンのミルトン・バールは、「下品なギャグのコソ泥」をしてキャリアを築いた。それでもコメディアンは他人のネタを借用する前に、評判に傷がつく恐れがあることをよくよく考えたほうがよい。

■SNSがクリエイターを守る

第三はソーシャルメディアである。SNSは不完全ながらも作り手に報いる有効なメカニズムだ。キャリー・アン・ロバーツがデザインを盗まれたと投稿すると、彼女のファンがさっそく行動を起こす。オールドネイビーのウェブサイトで販売されているコピー品のTシャツにさんざんなレビューを次々に投稿したのだ。

批判にさらされ名誉を傷つけられたオールドネイビーは件のTシャツの販売を中止し、追加発注をキャンセルした。ロバーツはコピーされた時は激怒したが、巨人ゴリアテにSNSのダヴィデが果敢に立ち向かった結果、彼女の評価は上がり、メール・サールは人気ブランドになっている。

そして第四の手段はパイ自体を大きくすることだ。知識の無料公開には、パイを大きくする点で商業的に意味がある。IBMはリナックスから多大な価値を得ており、数百万ドルに相当する自社のエンジニアの時間を保守や更新によろこんで提供している。

リナックスが改善されるほど、IBMは関連サービスからより多くの利益を上げることができる。リナックスは競争相手にも恩恵をもたらすが、それでもIBMが多大な貢献をするのはこのためだ。かくしてリナックスは改善を重ねているが、誰も所有していない。

先行者利得、不名誉、ソーシャルメディア、パイを大きくするという四つの手段があれば、すべての産業は繁栄できるはずだ。もちろんどれも完璧ではない。不名誉が行き過ぎれば暴力的になりかねないし、ソーシャルメディアは暴徒の正義に陥りがちだ。労働に報いる手段として、どれにもそれぞれにメリット、デメリットがある。だがそれを言うなら、法律も同じだ。

手錠、ノートパソコンのキーボード、裁判官槌
写真=iStock.com/scanrail
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/scanrail

■法律に頼りすぎるのは非生産的

コピーに対抗しようと作り手が法律に頼る場合、法律の施行は往々にして非生産的になる。レコード業界はここ何年も大学生をたびたび訴えてきた。その結果、不正ダウンロードこそ減ったものの、このような訴訟沙汰は当然ながら恨みや反感を買う。顧客を訴えるのはよいマーケティング戦略とは言い難い。

例外は、世界的に人気のヘビメタバンド、メタリカ(Metallica)が音楽ファイル共有サイトのナップスター(Napster)を訴えたときだけだ。リリース前の楽曲がナップスターからリークされたというのが訴えの内容で、「あいつらが俺たちをぶっ潰しにきたから、俺たちもあいつらをぶっ潰そうってなった」とバンドメンバーがのちに語っている。ファンの多くは溜飲を下げた。

知的財産を要塞化してきた産業でさえ、盗みを容認するほうが利益になると判断することも少なくない。すでに述べたように、ケーブルテレビ局HBOは大勢の人が不正にパスワードを共有して番組をただで視聴していることを知っていながら、見て見ぬふりをしてきた。見たい番組を思う存分見てもらえば、若い世代が「病みつき」になると期待できるからだ。経営者自身がそう述べている。

彼ら違法視聴者が大人になって収入を得るようになった暁にはきっと正規のアカウントを作って料金を払ってくれるだろう、とHBOは望みをかけている。

盗みを容認するのは長期投資だ。その一方で短期的には、不正に見た人たちも番組について貴重なバズを起こしてくれる。

■高級ブランドが偽物を一掃しないワケ

驚いたことに、盗みの容認は高級ブランドにも恩恵をもたらす。イヴ・サンローランはハンドバッグにあの有名なロゴをプリントしている。ロレックスのすべての時計にはあの王冠マークが刻まれている。だが商標を躍起になって守ろうとするのがつねに賢明な戦略であるとは言えない。

サンローランやロレックスの偽物をタイムズスクエアのいかがわしい売り手から買う観光客は、正規販売店の売り上げを奪いはしない。むしろ彼らは若い消費者たちに、最高にクールなブランドはこれよ、と教えているのだ。そう考えれば、偽物はただでできる最高の宣伝である。

高級ブランドの偽物を買う人たちは、将来本物を買う潜在顧客との橋渡しをしていると言えるかもしれない。ある調査によると、高級ブランドの偽物を買った人の40%は、フェイクに飽き足らずにいずれ本物を買うという。別の調査によれば、偽物を容認することによって多くの高級ブランドの本物の価値は一段と高まるという。

■ディズニーは初代ミッキーの著作権を延長しなかった

むやみに著作権を貯め込んでいるあのディズニー社でさえ、態度を変える可能性がある。保育園の一件(編註)は同社に平手打ちを食わせたようなものだった。ユニバーサル・スタジオが世間にもてはやされる一方で、ディズニーは厳しい批判にさらされた。これをきっかけにディズニーが所有権戦略を見直すかもしれない。

(編註)アメリカの保育園の壁に描かれたミッキーの絵を消すようにウォルト・ディズニー社が要請した件。イラストは消され、騒動を知ったユニバーサル・スタジオが代わりに別のイラストを描き、ディズニー社の攻撃的な姿勢に批判が集中した。

ミッキーマウスの著作権は2024年に失効することになっているが、いまのところディズニーは議会に再度の延長を陳情する動きを本格化していない。これはどうしたことだろうか。ロビイストに報酬を払い、何人かの議員に狙いを定めて政治献金をするほうがはるかに安上がりではなかったのか。前回の期間延長のためにディズニーは1億ドルほどを投じたと推定されるが、その何倍もの見返りを手にしたはずだ。

だがディズニーはもっとよい所有権戦略があることに気づいたらしい。著作権への依存を減らすことでより多くの利益を得る戦略、つまりHBOの盗み容認スタンスを採用することにしたのである。

■ディズニーが「権利主張」の態度を軟化させた理由

いまではディズニーは、筋金入りのファンが運営する無数の小さなオンラインストアが、ディズニーのキャラクターをつけたTシャツやボタン、ピンバッジ、ワッペン、アクセサリーその他諸々のアイテムを販売することを非公式に容認している。これらの店は、ディズニーにライセンス料を1セントたりとも払っていない。

ディズニーはなぜ偽物を容認する戦術に転換したのか。ファンが無許可で作る25ドルのTシャツを着た人たちがディズニーランドへ繰り出し、高い入園料を払い、一日中そこで過ごして大散財してくれると気づいたからだ。

マイケル・ヘラー、ジェームズ・ザルツマン『Mine! 私たちを支配する「所有」のルール』(早川書房)
マイケル・ヘラー、ジェームズ・ザルツマン『Mine! 私たちを支配する「所有」のルール』(早川書房)

もう一つの理由は、市場調査の結果、こうした偽物を売る店にはそれとして価値があると判明したからでもある。彼らは公式のディズニーアイテムに新しいインスピレーションを与えてくれる。2016年にオンラインストア、ビビディ・ボビディ・ブルック(Bibbidi Bobbidi Brooke)はスパンコールをちりばめたピンクゴールドのミッキー耳カチューシャを大ヒットさせる。これは正規販売店にはない商品だった。

ディズニーはこの商品をコピーし、オフィシャルストアですぐさま売り切れになった。BBブルックは鷹揚に「新商品の登場はいつだってうれしいもの」と投稿した。BBブルックのファンは歓喜して「オリジナルはBBブルックよ!!!」と返信する。こうしてみんながハッピーになった。

■「ファンを訴えるのは愚かな行為」

「誰にでも大儲けをすることを容認するとは思えないが、ファンとの関わりが重要な役割を果たすことはディズニーも理解し始めたようだ」と知的財産権を専門とするある教授はディズニーの新しいアプローチについて語っている。「レコード業界が気づき始めたとおり、ファンを訴えるのは愚かな行為だ。ファンだからこそ盗むのだから」

現在の経済ではさまざまな領域で「他人の蒔いた種を収穫する」ことが現実のルールになっているが、それでもイノベーションは次々に生まれている。誰も所有権を主張できないケースでさえ、人々は創造的労働にやり甲斐を認めているのだ。コピーも共有も盗みの容認も、成長の原動力となりうる。

問うべきは、「著作権の保護をファッションにも与えるべきか?」ではない。ファッション業界を指針とするなら、「知的労働に対する法的所有権を排除できる領域はほかにないか?」を問うべきである。

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マイケル・ヘラー コロンビア大学教授
コロンビア大学ロースクールのローレンス・A・ウィーン不動産法担当教授。所有権に関する世界的権威の一人。著書に『グリッドロック経済』など。

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ジェームズ・ザルツマン カリフォルニア大学教授
カリフォルニア大学ロサンゼルス校ロースクールとカリフォルニア大学サンタバーバラ校環境学大学院で、環境法学特別教授を務める。

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(コロンビア大学教授 マイケル・ヘラー、カリフォルニア大学教授 ジェームズ・ザルツマン)

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