日本の8割、2000店の宝石店が「上野・御徒町」に集中…「日本最大の宝飾問屋街」に集まる外国人の意外な国籍
プレジデントオンライン / 2024年4月10日 15時15分
*本文中の年齢、肩書きなどは、一部をのぞき取材時のものです。
■日本最大の宝飾問屋街ができた経緯
かつてのスラム街のすぐ近くに、黄金色に光り輝く街がある。JR御徒町駅から秋葉原方面の高架線に沿ったエリア、住所でいうと上野五丁目には宝飾関係の店が営業中だ。
日本最大の宝飾問屋街・上野御徒町ジュエリータウン・上野ダイヤモンド街――。
きらめく呼称がつけられているこのエリアには、「ジュエリー」「プラチナ」「ダイヤモンド」「ネックレス」といったカタカナ書きの看板が至る所に建ち並び、激安チケット売り場のようなチープ感が漂う。
ショーケースには、七色に輝く宝石類が飾られて、店内にいる女性販売員の多くが中年である。日本の宝石関係のショップ・卸・メーカーの8割がこの上野・御徒町宝石街に集まる。その数ざっと2000店舗。
近くの街には、下谷万年町があった北上野やキムチ横丁がある。上野は富む者と富まざる者が背中合わせに生きてきた。
ところでなぜ銀座・赤坂・青山といった一等地ではなく、上野・御徒町が宝飾の聖地となったのだろうか。歴史をひもとくと、江戸時代に源流があった。
■仏具→刀→時計→宝石
徳川将軍のお膝元だった江戸、なかでも御徒町周辺には寺社仏閣が多く、仏具や銀器の飾り職人が多く集まった。武士の必需品であった刀剣を鋳造する刀鍛冶も御徒町に集まり、この地は職人の街として栄えるようになった。
作業効率が高まるようにそれぞれの分野での腕のいい職人が寄り集まり、豊富な材料が一箇所に集まり発展していく。太平洋戦争が終わり、アメ横に進駐軍が時計、宝石を売りに来たり買い求めるようになると、隣接する御徒町が修理加工の場として賑わいだし、匠の街として発展する。
卸・小売店が集まりだして、バブル期には世界中の宝飾が集まり、栄華をきわめた。もともと匠の街から発展し問屋街になったので、見栄えよりも実利第一、銀座・青山のようなセレブ感は無いが、大衆的な雰囲気が漂う独特の宝飾街になった。
戦後はお隣のアメ横の影響もあって進駐軍が時計や宝石を売り買いしだすと、時計バンドの商売や時計修理が盛んになっていく。昔は「時計/眼鏡/宝石」という看板を街でよく見かけたように、時計や眼鏡は宝石と同じくらい貴重な物だった。
小さな婦人用金側腕時計がよく売れるようになって、ますます御徒町に人が来るようになり、1961年には宝石・ダイヤモンドの輸入が自由化されると、御徒町は時計から宝石の街へと移り変わる。
■御徒町に流れ着いた人妻
以前、人妻たちの女子会を取材したとき、知り合った30代後半の人妻がいた。白い肌と理知的なまなざし、笑うとどこか異性をその気にさせる快楽的な香りが漂ってくる。ここでは仮に祥子と呼んでおこう。
祥子は九州南部の生まれで、高校を卒業すると都内のある有名女子大に入学、卒業すると大手不動産会社に就職した。
「配属されたのは営業だったんです。社内試験もあるし、営業成績がよければお給料も上がるんです。でもノルマがきつい! 同期は58人いたんです。女子は3分の1。営業に配属された女子は5人だったから、がんばった」
祥子は必死になって飛び込みで営業したり、学生時代の人間関係を使ってマンションの営業をしたが、数千万円の物件はそう簡単に売れるわけではない。
「同期の女子社員が急に契約取りだしたんですよ。向こうはわたしの3倍以上も(契約)取るの。都市銀行の社員寮まとめて契約したときは、もう負けたと思いました。
でも気づいたんですよ。その子、支社長に気に入られて、いつも一緒に営業まわってたの。いつの間にか支社長の愛人になってたんです。帰りも一緒だし、朝も一緒に来るし、社内で噂になりだしたんです。都市銀行の社員寮まとめて契約したのも支社長の力だったんですよ。
そんな大口の顧客を任されるなんて若い女子社員はあり得ない。でもその子は、契約書にささっと自分の名前書くだけで、わたしの(給料の)倍もらっていたんです。そのとき思ったの、社会というのはただ真面目に働いているだけじゃだめ。女の武器も使っていかないとって」
■デパートの5割の価格で買える
ストレスから摂食障害になり、退社した。4年11カ月在籍したあいだに、同期入社の58人のうち残ったのは祥子ともう一人だけだった。
支社長の愛人と噂された女子社員はとっくに退職し、仕事で知り合ったサラリーマンと結婚した。祥子は知人の紹介で青山の宝石店に再就職した。
「子どものころから光り物が大好きだったから、うれしかった。前の会社にいたとき給料から天引きで宝石買っていたくらいだし。青山の路面店で働いていたら、御徒町の卸の人から誘われて転職したんですよ。本橋さんがいま書いている上野に出てくるジュエリー街ですよ。でもねえ、青山から御徒町って、もう売ってる人も買いに来る人も人種が違う!」
おしゃれな青山から戦後闇市の匂いが染みつく御徒町宝石街に移り、祥子は戸惑うばかりだった。御徒町は宝飾業界のすべてが集まる黄金地帯だった。
メーカー、卸、小売店、パーツ屋、枠屋、材料屋。祥子が入社した店は社員9人の中堅卸であった。そこでは宝石業界の仕組みを徹底して学んだ。
宝石関連の卸が軒を連ね、業者だけではなく一般人に対しても宝飾類を販売する。デパートでは宝飾類はブランド的価値を価格に反映させるので割高感があるが、御徒町の宝飾街は同じ宝飾類が5割以上安く買える。宝石のアメ横、とでも言おうか。
■もともとは韓国人の職人が多かったが
宝石街を席巻しているのは外国人パワーである。
「中国人の爆買いみたいに御徒町はいろんな外国人がやってきてますよ。ユダヤ人、スリランカ人、インド人、中国人、韓国人。ダイヤモンドはユダヤ人に人気があって、ルビー、サファイヤはスリランカ人とか。この近くにコリアンタウンがあるでしょ。その関係なのか、御徒町の宝飾職人さんも韓国人が多いんです。
もともと韓国人のほうが人件費や加工賃が安い分、安く下請するから、どうしてもそっちに流れるんです。韓国で仕事するよりもこっちでやったほうが十倍稼げるしね」
以前はここ上野・御徒町の宝石街も問屋がメインだったが、不景気で業者だけの商売では立ちゆかず、小売りの割合が増えた。
「御徒町の卸や小売店はみんな小さいんですよ。宝飾って儲かりそうな感じがするけど、仕入れて売って仕入れて売っての自転車操業だから、手形がまわらないでメーカーが飛んじゃった(潰れた)なんて話、珍しくないんです。
お給料? あんまりよくない。でもね、お店が潰れちゃっても、またここにもどってくる人多いの。一種のコミュニティだから、商売がやりやすいんですよ。青山や原宿、銀座の宝飾店とはそこが違う。下町感覚ですね」
■なぜインド人が急増しているのか
韓国人の宝飾職人が増えたのと同時に、ここ御徒町ではインド人が急増した。インドで時計産業を発展させようとしたところ、時計産業がもっとも進んだスイスは国家的産業なのでなかなかインドに技術指導をしなかったが、日本はインドに積極的に技術指導をしたために、インドから日本に時計技術を学び、商売にしようとインド人がやってきた。
手巻きの時計から自動巻、デジタルに移行すると、古くからの時計職人が減り、時計から宝石に移行するようになり、インド人の多くが宝石に鞍替えし、上野・御徒町の宝石街にインド人がたくさん集まるようになった。
「噂だと100店以上インド系の卸があるみたい。やっぱり多国籍の街だけありますよね。不思議なことに、インド人でもジャイナ教っていう信徒なんです。知ってます? ジャイナ教ってわたし初めて知った。学校でも習わなかったし、まわりでも信者はいなかったし」
■禁欲的なジャイナ教徒
ジャイナ教とはインドで生まれた独自の宗教で、徹底した禁欲主義、厳格な不殺生主義を教えとする。生き物を傷つけない。嘘をつかない。所有しない。むやみな性的行為をおこなわない。他人のものを取らない。インドで時々見かける白衣をまとった出家信者がジャイナ教徒である。
インドの人口は12億7000万人。中国についで世界第2位を誇るが(※)、ジャイナ教徒は420万人、インド全人口の0.3パーセントにすぎない。
※編集部註:国連人口基金(UNFPA)は4月19日、最新の世界人口推計を公表し、インドの人口が今年半ばに中国を抜いて世界最多となるとの見通しを示した。UNFPAの推計によると、インドの人口は14億2860万人に達し、中国の人口(14億2570万人)を290万人上回る見通し。
ところが嘘をつかない、禁欲主義といった勤勉さがビジネス上有利に働き、ジャイナ教徒は世界中で活躍している。その一つがここ上野・御徒町の宝石街への進出だった。
宝石という高額商品は信用が第一。ジャイナ教の「嘘をつかない」という教えは御徒町で強力なブランドになった。卸を営むジャイナ教徒の社長が御徒町の社屋にジャイナ教寺院を建てたために、上野・御徒町はジャイナ教徒の聖地になった。
宝石というある種人間の欲望を究極に高めた贅沢品を、もっとも禁欲的なジャイナ教徒が扱い、繁盛するというこのパラドックス的展開!
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ノンフィクション作家
1956年埼玉県所沢市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。著書『全裸監督 村西とおる伝』(太田出版/新潮文庫)を原作とした山田孝之主演のNetflixドラマ『全裸監督』が世界的大ヒットとなる。1988年、35万部のベストセラーとなった北公次『光GENJIへ』(データハウス)の構成を担当し、同名の映像作品も監督。また2023年公開されたBBCドキュメンタリー「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」にも取材協力。主な著書に『全裸監督 村西とおる伝』(新潮文庫)、『出禁の男 テリー伊藤伝』(イースト・プレス)等多数。
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(ノンフィクション作家 本橋 信宏)
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