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「優勝したのに笑顔がゼロ」でいいわけがない…女子バスケ日本代表監督が「スパルタ指導」を捨てられた理由

プレジデントオンライン / 2024年4月13日 14時16分

取材に応じる恩塚亨HC。他競技の五輪金メダリストたちの助言が、チームにいい影響を与えたと語る - 撮影=遠藤素子

今年2月、女子バスケットボールの日本代表は世界予選でグループ1位となり、パリ五輪への出場を決めた。チームを指導した恩塚亨ヘッドコーチは「これまでの経験から選手を怒る指導は非効率であることに気づけたから、パリ五輪の予選も勝つことができた」と語る。ジャーナリストの島沢優子さんが聞いた――。(後編/全2回)

■「子ども扱い」されていると感じていた選手たち

(前編から続く)

筆者は仕事柄、スポーツ指導者や保護者と話すことが多い。そこで「(選手や子どもに)もっと強くなってほしいのですが」という相談をよく受ける。大人たちのいう「強さ」は、強気なプレーとか、リードされても動じない逆境力、高いレベルに挑戦する勇気などだ。その際、恩塚亨ヘッドコーチ(HC)を手本に個々が尊重されることや主体性の大切さを話すが、わかってもらえたのか? と悶々とする。

恩塚ジャパンが発進した2021年当初は「なりたい自分に向かって、内側から湧いてくるエネルギーでやる。そのエネルギーが勝つためには必要なんだ」と口頭で説明していた。が、少々子ども扱いされているように感じると選手から聞いた。そこで他競技の五輪金メダリストを招き、選手たちに向けて話をしてもらった。

まず「代表チームって難しいよね」という話から始まった。それぞれが所属チームでは圧倒的に主力のポジションにいる。そういった共通のバックグラウンドを持った者たちが集まるのが国の代表だ。そのなかで、否が応でも試合に出る者、出られない者に分断される。チームでありながら競争相手でもある。それでもチームとして戦わなくてはならない。協働しなくてはならない。

いつも一緒にいるわけではない環境で、どうやって心をひとつにして戦うか。

「そこが大事だよね」

■現役オリンピアンの声が選手に響いた

金メダルを手中にしたオリンピアンの肉声は、次こそ金と意気込むバスケットボール女子日本代表の面々に響いたようだった。みな「聞いて良かった」と好意的だった。2021年からキャプテンを務める林咲希も「チームとしてすごく助けになった」と言ってくれた。

「試合に出ている側の人間が、出ていない人に『代表チームとは』という話をしたり、ヘッドコーチがメンタルやマインドセットについて何度も話すと、押しつけになりかねませんから」

試合中、選手たちに拍手を送る恩塚HC
写真提供=公益財団法人日本バスケットボール協会
試合中に選手たちに拍手を送る恩塚HC - 写真提供=公益財団法人日本バスケットボール協会

結果的にチームのためになる良いセッションだった。スポーツも企業も、チームは生き物だ。リーダーひとりがアプローチするのではなく、他者の手を借りる。あらゆる人的資源を学びにした。

■審判への過剰な抗議で反則を取られたことも

試合の勝ち負け、日々の練習の出来不出来。結果に左右されるアスリートは、まるで振り子のように揺れる。そのなかで、気持ちを強く保てない時もある。そんな選手を目の前にしたとき、かつての恩塚HCは怒鳴っていた。俺も頑張ってるんだから、おまえたちも頑張れ。勝ちたいのに頑張らないのか?――そう考えていた。

実は、筆者は自著『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』を上梓する際、当時東京医療保健大学を率いる監督を2018、19年と取材した。不適切指導の問題を長年取材してきた私が「今度練習を観に行かせて」と頼むと「僕は怖いですよ。僕の指導を見たら、島沢さんは怒るかもしれない」と言われた。

全日本大学バスケットボール選手権大会(インカレ)4連覇を目指していた2020年9月。関東大学リーグ日体大戦で、審判からピッと笛を吹かれた。相手選手のダブルドリブルを取らなかったため「そんなに(ボールを)持たれたら(自分の選手は)守れないっしょ!」とつい言ってしまった。テクニカルファールをとられた。ベンチにいるコーチも選手同様、審判に対して抗議や暴言、挑発行為をとると反則になる。

取材に応じる恩塚亨HC
撮影=遠藤素子
取材に応じる恩塚亨HC。3連覇した際に「勝っても選手も俺も幸せじゃないのでは?」と悩んでいたという - 撮影=遠藤素子

帰りの車の中でおよそ2時間。ハンドルを握りながら熱くなった自分を振り返った。実は3連覇した際「勝っても選手も俺も幸せじゃないのでは?」と疑問を持った。優勝記念の写真に写っていた選手たちは誰も笑っていなかった。選手は頑張れば伸びるし、うまくいけば勝てる。しかし、モグラ叩きのごとく、ずっと言い続けなければならない。そこに限界を感じていた。

「モグラは叩いても、叩いても、上がってくる。それをやり続けるのは効率が悪い。こういうことに俺は一生、時間を使っていくのか? このままでいいのか? いや、ダメだ」

モグラ叩きに人生を費やすことを、自分のなかで100%否定できた。

■ヘッドコーチの意外な言葉に唖然とする選手たち

そのまま寮に行き、スタッフにすぐさま「俺、やり方変えるわ」と告げた。夜、選手を集めた。試合で出来が悪かった選手たちは怒られることを覚悟したように肩を落としている。

「俺、いろいろ考えたんだけどさ。そもそもさ、みんな、どうなりたい? どんなチームになりたいんだっけ?」

はあ? 全員、ぽっかり口が開いていた。驚きのあまり目を白黒させる選手を落ち着かせた後、「こういうチームにしていきたい」と話し合った。その日が指導スタイル転換の起点となった。

初めは怖かった。

「勝てなくなったらどうしよう」と時に縮み上がった。勝てなくなれば、選手たちはまたHCが元に戻ってしまうんじゃないかと恐怖を抱くのではないか。怒鳴った後に襲われる嫌悪感が恐怖に変容しただけに思われた。しかし、選手もHCもさまざまな不安を腹に収めた。練習場の体育館に、怒りや険悪な空気が消えた代わりに「このやり方で勝つのだ」という緊張感が生まれていた。

コート内でガッツポーズをする恩塚HC
写真提供=公益財団法人日本バスケットボール協会
試合中にガッツポーズをする恩塚HC - 写真提供=公益財団法人日本バスケットボール協会

無事4連覇した後、「恩塚さんが変わろうとしている姿を見て、私達も頑張ろうと思った」と選手に言われた。時を同じくしてコロナ禍に突入。大学も、2017年から兼任していた日本代表アシスタントコーチの活動も、停止になった。東京五輪は延期となり、ぽっかり空いた時間に本を読みあさった。2年間で800冊。脳科学、心理学、社会、歴史などのあらゆるジャンルの書物から知識を吸い上げた。

■「過去の指導は非効率過ぎた」と痛感

例えば「人は不機嫌になったり、不安になると、視覚野が50%下がる。人は見ようとするものしか見えない。できると思っている人は『できる理由』が入ってくるが、できないと思っている人は『できない理由』を探す」ことや、作業や課題を回避するために起こす心理的行動「クリエイティブアボイダンス(創造的回避)」の構造などさまざまなことを学んだ。

「いろんなことを知れば知るほど、自分の過去の指導は非効率すぎたと実感しました。勝てとか頑張れっていうのを押し付けていたとしたら、そこには何の裏付けもなかったなと。自分の感覚や経験的な事で勝負しようとするのであれば、それはもうギャンブルでしかない」

スポーツもビジネスも、成果を出すためにどうしたらいいのか? という部分は通底している。恩塚ジャパンは「勝つためには主体的なエネルギーが必要だ」と選手に提示し、そこを丁寧に育ててきた。

取材に応じる恩塚亨HC
撮影=遠藤素子
取材に応じる恩塚亨HC。「勝つためには主体的なエネルギーが必要だ」と語る - 撮影=遠藤素子

その導きを、恩塚HCは「スクリプト」(台本)という言葉で表現する。自分たちの戦い方はこうだという台本はHCが書いて選手に渡すが「演じるのは君達だから。崩していいよ」と伝える。アドリブはOK。台本はあくまでもチームコンセプトに沿った目的達成の手段として選んでいい。

「それは、脚本をギチギチに細かく書き込まないからできることです。シチュエーションとコンセプトだけ。(台本の)余白を選手に埋めてもらうみたいな感じで動いてもらう。そうすれば主体性が活きる」

しかしながら、勝利のプレッシャーにつぶされて新しいやり方を試さなければ、永遠にギャンブルが続く恐れもある。成功のエビデンス(根拠)がないのだから。

■「好き」と「主体性」はつながっている

東京五輪時のホーバス氏のスタイルは私から見ると、いまの恩塚ジャパンと少なからず異なるように映る。ただし、恩塚HCは「善し悪しじゃなくて、単なる“違い”です。トムが成し遂げたことをリスペクトしています」とうなずいた。

選手は勝ちたい。コーチの期待に応えたい。だから頑張る。ところが、良いプレーをしたらひと息つきたくなる。その時に、相手にやられたり、ミスしたりする。そういったことが起きるのを恩塚HCは見てきたという。スポーツでよく言われる「点の選手」だ。これに対し、安定している選手は「線」でプレーできる。モグラ叩きをする必要がない。

撮影に応じる恩塚亨HC(左)と、ジャーナリストの島沢優子さん(右)
撮影=遠藤素子
撮影に応じる恩塚亨HC(左)と、ジャーナリストの島沢優子さん(右) - 撮影=遠藤素子

「選手が心からそれをやりたい気持ちだったら、できることを自ら探すじゃないですか。そのほうが強い。例えば、自分の大好きな人に会うとか、大好きなところに行くって考えたらワクワクする。そんな心の状態になれたら、選手も幸せだし、コーチも幸せだと思います」

以前は、オフの日も練習してほしいと思っていた。選手をバスケットで縛りたかった。自分自身も筑波大時代、誰もいない体育館で黙々とシューティングをする。そんな選手だった。だから自分の選手もバスケットに夢中にさせておかなければ――同じ価値を置くことを求めていた。それが互いを苦しめ、決して幸せじゃないことに気づいたのだ。

「選手はバスケットが好きで夢中になっていたら、遊び回ったりしません。好きが最強なんです」

「好き」という気持ちは、主体性と地続きだ。恩塚ジャパンは、最強の学びをその手に抱えパリに乗り込む。

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恩塚 亨(おんづか・とおる)
バスケットボール女子日本代表ヘッドコーチ
1979年生まれ、大分県出身。筑波大学体育専門学群卒業、早稲田大学スポーツ科学研究科修了。大学で教員免許取得後、2002年から7年間渋谷教育学園幕張中学校・高等学校の教員として勤務し、女子バスケットボール部のコーチを務める。2006年に東京医療保健大学の女子バスケットボール部の立ち上げに参画し、コーチとしても活躍。2007年から正式に女子日本代表のアナリストとなり、2017年に女子日本代表のアシスタントコーチに。2021年にトム・ホーバス氏の後任として女子日本代表のヘッドコーチ就任。2024年に行われたFIBA女子オリンピック世界最終予選では、女子日本代表をグループ1位突破に導き、パリ五輪出場を決めた。

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島沢 優子(しまざわ・ゆうこ)
ジャーナリスト
筑波大学4年時に全日本大学女子バスケットボール選手権優勝。卒業後、英国留学などを経て日刊スポーツ新聞社東京本社へ。1998年よりフリー。スポーツや教育などをフィールドに執筆。2023年5月に出版した『オシムの遺産 彼らに授けたもうひとつの言葉』(竹書房)が4刷と好調。ほかには『スポーツ毒親 暴力・性虐待になぜわが子を差し出すのか』(文藝春秋)、『部活があぶない』(講談社現代新書)など。「東洋経済オンラインアワード2020」MVP受賞。日本バスケットボール協会インテグリティ委員。沖縄県部活動改革委員。公式サイト

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(バスケットボール女子日本代表ヘッドコーチ 恩塚 亨、ジャーナリスト 島沢 優子)

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