"子育て世代の味方"と絶賛されていたが…この春の診療報酬改定で「往診サービス」が激減する背景
プレジデントオンライン / 2024年4月25日 8時15分
■春の「診療報酬改定」が話題
この春の「診療報酬改定」が話題になっています。診療報酬とは、誰かが医療機関を受診した際、医療保険者から医療機関に支払われるお金のこと。日本は全員が医療保険に加入して保険料を支払うことで互いの負担を軽減する「国民皆保険制度」をとっているため、個人の窓口負担は1〜3割、残り7〜9割を医療保険者が負担します。さらに子どもの場合は市区町村が年齢に応じて無償化したり助成金を出したりしているので、ほぼ無料で医療にかかれます。
保険診療では「どういう診療や検査をしたらいくら」という診療報酬額が決まっているので、どこの医療機関で診療を受けても同じ金額です。ちなみに保険診療でないものを「自由診療」といい、これは各医療機関が価格を決めて患者個人が10割負担するので診療報酬改定とは関係ありません。
この診療報酬改定は、2年ごとに行われます。2年前にはニュースで「医師の収入となる診療報酬」と説明されていて、私は誤解を招くのではないかと危惧しました。というのも、診療報酬は「医療を行うために必要なすべてのもの」に使われます。医師・看護師・看護助手・検査技師・医療事務員などの人件費、検査・手術の費用、医薬品、注射器・包帯などの消耗品、点滴・吸入などの医療器材、レントゲンやCTなどの医療機器、建物の維持費・管理費などを賄うために使われるのです。たとえば「新聞社社員の人件費となる購読料」と言うことはありませんね。「医師の収入となる診療報酬」という説明は不適切なので、今では使われなくなったのでしょう。
■「往診サービス」の終了と縮小
さて、実際に新しい診療報酬が適用されるのは、通常より2カ月遅れの6月からですが、早くも影響が表れました。以前、子育てを助けてくれると賞賛された「往診サービス」が終了・縮小されることになったのです。
医師が患者さんの自宅を訪れる「往診サービス」は、新型コロナウイルスが蔓延した際に急増しました。この緊急時の往診は、事前に計画を立てて行う訪問診療とは違うものです。その中でも、子どもの往診を多くしていた「みてねコールドクター」「ファストドクター」は数多くのメディアで取り上げられて称賛され、ペアレンティングアワードやグッドデザイン賞を受賞しました。
子どもが小さいと、急な体調不良が頻繁に起こるものです。夜間や休日だと、どこにかかったらいいかわからなかったり、保護者も同時に体調が悪くて受診が大変だったりすることがあるでしょう。また休日診療所に行くと、長い待ち時間があって困ったりもします。だから「往診サービスのおかげで助かった」という声があがり、メディアや賞を贈った団体は称えたのでしょう。
■保険でまかなう医療費がかさむ
しかし、実際に往診サービスを利用した患者さんの話を聞くと心配な点が多々あり、以前「子どもが夜間に具合が悪くなった…小児科医が解説『オンライン診療』『往診サービス』は頼りになるか」という記事を書きました。往診に来るのが小児科医でないうえ、できる検査が限られていたり、処方が適切でなかったりするケースがあったからです。
そして保護者が支払う金額はないか少なかったのですが、保険でまかなう医療費はかさみました。これも大きな問題です。往診の料金に加え、緊急往診加算、夜間・休日往診加算、深夜往診加算などが診療報酬についたからです。これらは小児患者の保護者には請求されないことから意識されなかったのでしょう。
SNSの投稿を見ると、往診サービスの利用者は子どもが多かったようです。子どもはよく熱を出したりするものですが、ほとんどの場合の発熱は翌朝の受診で問題ありません。もともと救急外来を受診する小児も、ほとんどが検査や入院をする必要のない軽症であることは、よく知られています。そういった緊急性の低いケースで往診をするのは医療費がかさむ上、本来望ましい形態ではありませんし、持続可能な医療行為でもありません。
■加算を受けられる条件の変更
本来、往診サービスに加算が算定されるには、厚生労働省が定める要件を満たしている必要があります。緊急往診加算の「緊急」とは、患者からの訴えにより、医師が速やかに往診しなければならないと判断した場合をいいます。「具体的には、往診の結果、急性心筋梗塞、脳血管障害、急性腹症等が予想される場合――中略――(小児の場合には)これに加えて、低体温、けいれん、意識障害、急性呼吸不全等が予想される場合)をいう。」とありますから、自ら医療機関に行ける症状の人に対する往診では加算が取れないのです。
ところが、従来は「医師が緊急性があると判断した」という事実が重く捉えられ、請求すれば加算がつきました。今回の改定では加算額自体が減るので、今までのやり方で往診サービスを行えば、収益を保てなくなります。急に具合が悪くなって診てもらう往診より、いつも受診しているかかりつけ医の機能を上げるためだと考えます。
診療報酬改定の内容が発表されたのは、2月14日でした。翌々日の16日には、「みてねコールドクター」が往診サービスの終了を発表。おそらく改定を予想し、準備していたのでしょう。2月29日には「キッズドクター」が順次終了、「ファストドクター」も患者さんの負担が必要になることを発表しました。みてねコールドクターは「今後の往診に関する診療報酬改定に伴う市場の変化を見据え」て往診を終了することを決定したと説明しています。診療を希望する人とその家族を「市場」と呼ぶのは、違和感があります。
■診療報酬が変われば医療が変わる
これまでも国は診療報酬改定によって、医療のあり方を変えてきました。抗菌薬(抗生物質)の不要な使用を減らしたのがいい例です。
以前、抗菌薬は、普通の風邪などの必要のないケースでもたくさん処方されていました。しかし、抗菌薬は漫然と服用してはいけない薬です。長期にわたって服用を続けると、特定の種類の抗菌薬や抗ウイルス薬等の抗微生物剤が効きにくくなる、または効かなくなる「薬剤耐性」ができてしまうためです。こうした耐性を持った細菌やウイルスが増えると、従来の薬が効かなくなり、本来なら治療できる人もできなくなります。
厚労省は、平成30年に「抗菌薬適正使用支援加算」、「小児抗菌薬適正使用支援加算」を作りました。抗菌薬が不要な状態のときに、抗菌薬を使用しないことで算定できます。この小児抗菌薬適正使用支援加算の導入により、外来での小児への抗菌薬投与は約2割も減少しました。
■医療の適正利用は大切なこと
新型コロナウイルス感染症を診療する医療機関を増やしたのも、国の政策でした。新型コロナウイルス感染症が日本中に広がり始めた頃、検査機器・器材が少なかったこともあり、診療できる医療機関が限られていました。
そのため厚労省や自治体は、ウイルス検査機器を購入するための助成金を出したり、特例措置を出したりしました。また診療や検査料、入院に際しても診療報酬を高く設定したので、新型コロナウイルス感染症とその疑いのある人たちを診療する医療機関は増加。それでも第7波のときには発熱者が急増し、発熱外来を行うクリニックや病院に予約が取れなかったり、長時間待たされたりということがありましたが、この施策がなかったらもっとひどかったでしょう。
通常、医療者以外は、診療報酬改定を身近に感じることはないかもしれません。でも、私たちの生活に大きく関わることです。医薬品の処方のルールが変わることもあります。湿布薬と保湿薬の処方数に上限が設けられ、以前ほど一度にたくさんもらえなくなったことをご存じの方がいるでしょう。どちらも必要以上に処方してもらい、他の人にあげたり転売したりする人が問題になったのも大きな原因でした。
私たちが支払っている健康保険料も税金も有限です。誰もが安心して必要な医療を受けられるよう適正利用を考えていきましょう。
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小児科専門医
1971年、東京生まれ。一般小児科、NICU(新生児特定集中治療室)などを経て、現在は東京都内で開業。医療者と非医療者の架け橋となる記事や本を書いていきたいと思っている。『新装版 小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』など著書多数。
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(小児科専門医 森戸 やすみ)
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