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朝ドラのヒロイン役にこれほどハマった女優はいない…伊藤沙莉の運命を変えた大物女優からのひと言

プレジデントオンライン / 2024年5月2日 7時15分

2021年10月30日、東京国際映画祭のオープニングセレモニーに出席する前、レッドカーペットで笑顔を見せる女優の伊藤沙莉 - 写真=EPA/時事通信フォト

NHK連続テレビ小説「虎に翼」が好調だ。ライターの吉田潮さんは「脚本も素晴らしいが、ヒロイン役を務める伊藤沙莉がいい。主人公の猪爪寅子を演じる上で必要な要素を、彼女はすべて持ち合わせている。これ以上ないハマリ役といえる」という――。

■主人公は「男女平等の世を目指す弁護士」

朝ドラ「虎に翼」が好評を博している。

吉田恵里香、豊田美加『NHK連続テレビ小説 虎に翼 上』(NHK出版)
吉田恵里香、豊田美加『NHK連続テレビ小説 虎に翼 上』(NHK出版)

ぼんやり&清貧ヒロインではないし、同情を誘う不遇な子供時代でもない。男尊女卑が当たり前の昭和初期、「女の幸せは結婚にある」と信じて疑わない親や社会に対して、疑問と違和感を覚えたヒロインがある志を抱くところから始まる。法律を学び、男女平等の世を目指す弁護士になりたい、と。法律は弱い者を守る盾、冷たい雨をしのぐ傘、震える体を包み込む温かい毛布になりうると信じて。

そんなヒロイン・猪爪寅子を演じるのは伊藤沙莉。放送が始まって1カ月もたっていないが、彼女の役者人生の集大成といってもいいほどのハマリ役で、来し方を思い出さずにはいられない。

彼女の書き下ろしエッセイ『【さり】ではなく【さいり】です。』(KADOKAWA)も参考にしつつ、魅力と説得力を探っていきたい。

■大所帯の中でも光る才能

初めて顔と名前を意識したのはAKIRA版「GTO」(2014年・フジ系)の生徒役だった。作品自体は魅力の少ないものだったが、沙莉と松岡茉優だけは目を惹いた。「大所帯の中になんだか見たことがある手練れがおる」と思った。それもそのはず、沙莉は「女王の教室」(2005年・日テレ)や「わたしたちの教科書」(2007年・フジ)にも生徒役で出演していたのだ。

特徴のあるハスキーボイス、メインキャラクターではないのに、なんだか目で追ってしまう存在感のある子役だった。いじめる役も多かったし、キャラクター性の強い独特の立ち居振る舞いで、平成に定着したギャル文化の担い手としても暗躍。

ヒロインの横でなんだかんだとにぎやかすタイプやヤンキー系女子もきっちりこなし、コメディ路線を着実に歩んでいるように見えた。大勢が映る画面の中では常に沙莉を目で追うようになったし、強烈なキャラクターに説得力をもたせる顔芸があまりに自然体で噴き出して笑ってしまうこともしばしば。

■コンプレックスだった声

「REPLAY & DESTROY」(2015年・TBS)では、主役の山田孝之とつるむ女子高生(小林涼子)の友達役。現在「虎に翼」で共演している小林涼子も異様にはっちゃけた適役だったが、沙莉は細かい顔芸(舌で頬を内側から膨らまして、したり顔)や爆速ツッコミ、ひとりダチョウ倶楽部ボケなど、芸人顔負けの沙莉劇場を開幕していた。

また、「となりの関くんとるみちゃんの事象」(2015年・MBS)では1話ゲストだが、強烈な役で爪痕を残した。さしてモテなさそうだが「女の色気考」について講釈垂れる涼子先輩。なんなら演技指導まで始めるのだが、どう考えても間違った色気考がおかしくて。

役になりきり、真剣にふざける妙技を10代で会得しているんだから、そりゃもう虜ですよ。それでこそ女優、と思うわけですよ。

ただ、エッセイによれば、声がコンプレックスになった時期があったようだ。幼い頃から尊敬している3歳上の姉と同じ声で、沙莉は誇りに思っていたという。それでも思春期にはオーディションに落ち続けて、ネガティブ思考に陥った。

「ただオーディションで面白がってはもらえるものの 声で落とされることも増えていった。声が落ち着いちゃってる、とか 声が老けてる、とか 大事なんだなぁ、声って」(『【さり】ではなく【さいり】です。』(KADOKAWA)より)

■女優・藤田弓子からのひと言

また、大好きな監督のアニメ声優オーディションを受けたが、落選。理由は「思っていたよりつまらない声でした。特徴も面白みもない。残念です」と聞かされたそうだ。

録音スタジオのマイク
写真=iStock.com/Oleksandr Filon
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Oleksandr Filon

主演したドラマもどうやらこきおろされたようで、悔しい思いを綴っている。それが、ステップファミリーになった姉(佐久間由衣)と恋に落ちるレズビアンのドラマ「トランジットガールズ」(2015年・フジ)である。

レズビアンは日本のテレビ局が最も尻込みするテーマであり、沙莉が既に完成形に近いコメディ筋肉を封印して挑んだ意欲作だ。声に言及した感想も寄せられたそうで、天性の声を誇れなくなり、「本気で邪魔だった。」と綴っている。

そんな沙莉を救ったのは女優の大先輩・藤田弓子の言葉だったそう。

「あなたその声は本当に宝物よ。神様がくれた宝物。お芝居をしていく上でね、声ってとっても大切なのよ。でもどんなに欲しくても声だけはね、手に入らないのよ。自分が求めてるものは。あなた自身がどう思うかはわからないけれどとても説得力のある素敵な声よ。大事にしてね」(前掲書)

弓子の優しさがじんわり伝わってくる。この言葉のおかげで、沙莉は自分の声を嫌になってから初めて肯定できた気がしたと綴っている。

■子役時代に才能を見いだしていた天海祐希

目に浮かぶのは、直球で飾らずに悩みを相談する沙莉の姿だ。「私は誰にでも自分の情報を全部言っちゃうタイプ」と自覚しているそうだが、そんな素直な子が諸先輩方に愛されないわけがない。天海祐希も子役時代の沙莉の才能と努力を認めた一人である。

「あなたはカメラが自分に向いていない時でも常に気を抜かずにお芝居をしてる。当たり前かもしれないけどそれができる子は意外と少ないの。

私は宝塚っていうところでお芝居をしていたの。端っこで踊ってる時でもお芝居をしてるときでも意外とね、見てくれてる人はいるのよ。自分なんて誰も見てないって思う時もあるかもしれないけど、そんなことない。この先何があってもどっかで誰かが見てるし、必ず誰かが見つけてくれるし認めてくれるから。

あなたはずっとそのままでいてね。それ以上でも以下でもない。そのままでいて」(前掲書)

天海姐さん‼ 惚れ直しちゃうぜ。小学生の沙莉の才能を見いだす慧眼に唸るし、その言葉をちゃんと覚えている沙莉も沙莉ですごい。先輩の言葉を人生の糧にする生真面目さ。その謙虚な姿勢が今につながっているのだろうと思わせる。

小学校の教室
写真=iStock.com/xavierarnau
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/xavierarnau

■大成する女優に共通する「ある役柄」

おそらく知名度が爆上がりしたのは、朝ドラ「ひよっこ」(2017年)の米屋の娘・安部米子役だ。ヒロインの幼馴染・三男(泉澤祐希)に恋をして、ストーカー化したり、妨害作戦を敢行したりで、茶の間をおおいに沸かせた。

斉藤暁との親子関係に説得力をもたせただけでも優勝だが、米屋の娘で米子という安易な名前が嫌で、さおりと名乗るあたりでざわつかせた。善意と平穏と美談で埋め尽くされた世界にひとさじの毒を盛る、とても重要な役でもあった。

リアリティでいえば、「この世界の片隅に」(2018年・TBS)でも本領発揮。戦時中、男手が足りずに仕事が多くなった女たちの本音と愚痴と恨み節を、沙莉と尾野真千子が牽引。ご存じの通り、「虎に翼」でナレーションを務める尾野真千子とのコンビは最強である。画面上に一緒に映らなくとも、一心同体の妙。

また、語彙力の低いヒロインや回転の遅いヒロインの横にいて、助け船となる毒を吐いたり、気まずい空気を切り裂く女友達の役も絶妙。そもそも「抜群にしょっぱい女友達役」を完璧にこなせる女優は大成する、と思っている。

たとえセリフがなくても顔だけで塩対応を体現できる女優、安藤サクラや江口のりこ、木南晴夏、吉田羊に安藤玉恵……とあげ始めたらキリがないが、共通しているのは主役をたてつつも脇をしっかり固め、脇役の半生をちゃんと想像させてくれるところだ。しょっぱさは女優の必需品、リアリティをもたらす最大の武器でもある。

■キャラクターが豊富な伊藤家

沙莉からはナチュラルボーンな、生まれながらのしょっぱさも感じる。その源は伊藤家にあるようだ。

手厳しいダメ出しと差別やいじめを許さない公平さをもつ姉、素っ頓狂だが限りなく熱い人情派の兄(お笑いコンビのオズワルド・伊藤俊介)、働き者の塗装職人で話し方は倒置法の母、沙莉を溺愛してなかば生きがいになっていた伯母。

それぞれへの思いは著書に丁寧に綴ってあるのだが、家族を客観的にとらえている文言が心地よい。オブラートに包むような言葉はなく、しっかりしょっぱい。だからこそ家族全員と真剣に向き合って、感謝している様子が伝わってくる。

もちろん自虐と自分ツッコミも忘れない。天性のツッコミ英才教育を受けた兄と沙莉が芸能界で活躍しているのも、自然の摂理だと思った(ま、幼少期からジム・キャリーがマイフェイバリットヒーロー、と言う時点で目指すところは明白なのだが)。

沙莉は著書でもトーク番組でも、父についてはコミカルな表現で語っている。

「生い立ち的に父との思い出はそんなに多くはない。父は常に『逃走中』だったからだ。特番みたいな楽しいもんじゃない。シンプルにガチなハンターから逃げていた」(前掲書)

■常に「逃走中」だった父との関係

このほかにも「伊藤家から脱退」「やらかしてとんだ」など、父が借金で蒸発した悲劇を喜劇に転換して表現。その父は数年前に他界。あとがきではこう綴った。

「チョロチョロと出てきてもほとんど語っていない父に関しては、どうしようもない人だったけど、とにかく良い奴だったし、兄同様、どうしたって大好きだったので。それはそれでそのくらいの情報で勘弁してやろうという感じです」(前掲書)

適度に突き放しつつも、ほんのりと温もりを感じる。複雑な思いもあっただろうに。ふと思い出したのは沙莉が年配男性との共演で絶妙な塩対応を魅せたことだ。

志村けんのコント番組「となりのシムラ5」(2016年・NHK)では、志村が演じる「年齢確認にブチ切れる」おじさんを慇懃無礼にしれっといなすコンビニ店員役、そして志村の娘役をこなした。アフロで身長195cmの外国人の恋人(副島淳)を家に連れてくる娘ね。

これが好評だったか、その後「スペシャルコント 志村けんin探偵佐平60歳」(2018年・NHK)にも出演。志村演じるうだつのあがらない探偵を塩対応で支える助手・梅谷桃世役だ。思いっきり頭をはたかれる昭和コントの因習に対しても小さく刃向かうフリをするなど、独自の対応が印象的だった。

■天性の「おじさん転がし」

きわめつけは、主役しかオファーを受けないと噂だった織田裕二を脇に、沙莉が主演した「シッコウ‼ 犬と私と執行官」(2023年・テレ朝)だ。織田はおじさん執行官を演じたが、変な角がとれてまろやかになっていた(好演!)。余計な感情や気遣いを排除した沙莉の引き算の演技がそうさせたのではないかと思った。

おじさんと若い女性のコンビは星の数ほどドラマ界でも描かれているのだが、媚びや甘えや遠慮は作品を台無しにする。演者が「男と女」ととらえてしまう時点で気味の悪い関係に見えてしまう。沙莉の塩対応は「人と人」。好意ではなく敬意を感じさせる芝居は、コンビの相性を確かなものにしてくれるのだ。

父への思いを想起しないでもないが、沙莉の「おじさん転がし」(変な意味じゃなくて)の妙技は、おそらく今後も確認できる作品がたくさん出てくるだろう。

他にも沙莉の好演作品はたくさんある。映画『ホテルローヤル』のブーツが死ぬほど臭いが不遇を笑い飛ばす女子高生役や、「全裸監督」(2019年・Netflix)で不安を抱える女優たちを精神的に支えるヘアメイク役、「獣になれない私たち」(2018年・日テレ)で演じた無責任&逃げ足の速い同僚役など、クセも芯もアクも強い女を多数演じてきた。

■こんなに賢くて公平な朝ドラヒロインはいなかった

コメディだけでなく、シリアスな作品では不遇に耐える女性のひたむきさや健気さも体現。藤田弓子と共演した「北斗 ある殺人者の回心」(2017年・WOWOW)では、振り幅が大きいだけに新鮮味もあり、沙莉のポテンシャルを改めて認識することとなった。

そのうえで培ってきたのは「なりきる力」「しゃべり倒す臨場感」「全力で真剣にふざける姿勢」「塩対応の現実味」「ボケる筋肉」「ツッコむ速度」「記憶に残る顔芸」「異を唱える心地よさ」「男所帯でも迎合しない芯の強さ」といったところか。

こうして並べてみると、「虎に翼」の猪爪寅子のキャラクターが浮かび上がる。寅子に必要なエレメントが沙莉の持ち味ですべて埋まる感じがしてならない。

疑問を感じたら即座に「はて?」と口にする。感情的になる場面も多少はあるが(虎……というよりは猫のように爪をたててシャーッと威嚇するスタイル)、基本的には理路整然と反論し、丁寧に主張の根拠を説明する。喧嘩ではなく議論、優劣や上下で語らず対等を求める、そんな賢くて公平な朝ドラヒロインがかつていただろうか?

この先の重圧は相当だと思うが、沙莉なら大丈夫。盤石の安定感には太鼓判をおす。自信をもって、寅子の翼をはばたかせてほしい。

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吉田 潮(よしだ・うしお)
ライター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。2010年4月より『週刊新潮』にて「TVふうーん録」の連載開始。2016年9月より東京新聞の放送芸能欄のコラム「風向計」の連載開始。テレビ「週刊フジテレビ批評」「Live News イット!」(ともにフジテレビ)のコメンテーターもたまに務める。

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(ライター 吉田 潮)

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