1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

iPhoneの修理代が本体代より高いのはおかしい…欧州で「修理できるスマホ」が熱狂的な支持を集める理由

プレジデントオンライン / 2024年5月2日 17時15分

2024年2月27日、バルセロナで開催された通信業界最大の年次総会、モバイル・ワールド・コングレス(MWC)において、オランダの電子機器メーカー、フェアフォンが最高経営責任者(CEO)に就任したばかりのレイニア・ヘンドリクスが携帯電話を披露した。 - 写真=AFP/時事通信フォト

オランダ発のスマートフォン「フェアフォン」が、一部で熱狂的な支持を集めている。最大の特徴は、ユーザー自身がドライバーなどで部品を修理・交換できることだ。コンサルタントの山口周さんは「創業者らは『私たちがやっているのは、修理する権利を取り戻すという社会運動だ』と説明している。こうしたクリティカル・ビジネスは、今後急成長する可能性が高い」という――。

※本稿は、山口周『クリティカル・ビジネス・パラダイム 社会運動とビジネスの交わるところ』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■巨大スマホ市場で存在感を放つスタートアップ

2023年5月下旬のある日、私はオランダの首都、アムステルダムを訪れていました。

オランダからデンマークへと巡りながら、欧州の中でもひときわ先進的なサステナビリティに関する取り組みを推進する企業のリーダーたちとの対話を通じて「ビジネスの未来」について考える、というのがツアーの目的です。

ツアーで訪問するリサーチ対象の候補となった会社の一つに、2013年にアムステルダムで創業されたスマートフォンのスタートアップ、フェアフォンがあります。現在、日本ではサービス展開をしていませんが、欧州では着実にファン層を形成し、市場において一定の存在感を示すまでに成長しています。

言うまでもなく、スマートフォンは、アップルやサムスンといった強大な企業がしのぎを削る非常に競争の激しい市場です。そのような市場に、資金力でもブランド力でも技術力でも劣るスタートアップが参入し、10年のあいだ生き残る……どころか一定の存在感を示すまでに成長しているのです。

彼らはどのような価値を提供することで、この競争の激しい市場において、一角を占めることができたのでしょうか?

フェアフォンが市場に提示しているのは「ライフサイクルを長期化することで資源・環境に関する負荷を低減する」というビジョンです。具体的に、既存のスマートフォン・メーカーとの主な違いは次のような点になります。

■顧客が得をするようなものを何一つ提供していない

サステナブルな設計
モジュラーデザインを採用し、ユーザー自身が部品を容易に交換・アップグレードできるように設計することで、製品のライフサイクルを延ばし、廃棄物の削減に貢献する

リペアラビリティ(修理しやすさ)
既存の多くのスマートフォンが接着剤の使用や構造の複雑性等の理由によって修理が事実上不可能なものがほとんどである中、ユーザー自身によって容易に修理できるようにする

透明性
部品の原料供給元や製造過程、コスト構造などを公開することで、企業の透明性を高める

サプライチェーンのフェアネス
供給チェーン全体にフェアネスを求める。鉱山労働者の権利を尊重し、紛争地域での資源の採掘を避けるために取り組む

ビジョンとミッション
企業の目的を、単にスマートフォンを売ることではなく、電子製品の生産と消費に関連する社会的・環境的な問題に取り組むことに置く

これらのフェアフォンによる取り組みを並べてみて、奇妙な特徴があることに気づかれたでしょうか? そうです、これらの取り組みのうち、何一つとして、マーケティングが非常に重視する「顧客便益」の向上につながるものがないのです。

■品質や機能ではなく、「哲学」を売っている

「モジュラーデザインの採用」も「ライフサイクルの延長」も「リペアラビリティの向上」も、直接的に顧客に何らかの便益を与えるものではありません。言うなれば、フェアフォンは、既存の競合メーカーに対して、後発として差別的優位になるような顧客便益を、何一つとして提供していないまま、参入に成功したのです。これは驚くべきことです。

もちろん、アップルやサムスンといった大手スマートフォン・メーカーもサステナビリティに関する取り組みを進めてはいますが、フェアフォンとは取り組みの位置付けが異なります。アップルやサムスンにおいて、競争優位の形成は主に、デザイン・技術革新・ブランド・マーケティングの強化によって追求されています。

一方で、フェアフォンの場合、これらのサステナビリティに関する取り組みそのものが、顧客を惹きつける要因、競合に対する競争優位を生み出す意味を形成しているのです。

フェアフォンが、新興のスタートアップであったにもかかわらず、非常に競争の激しい市場において一定の存在感を持つまでに成長できた理由は、製品の品質や機能が優れていたからではなく、彼らが、既存のビジネスの慣習に慣れきってしまっている業界や市場に対して、彼ら自身の哲学に基づいて批判的=クリティカルな提言を行ったからです。

■「修理代が高いから買い替える」状況はおかしい

彼らの批判的提案に共感した人々が、顧客を中心としたステークホルダーとして集まることで、フェアフォンの提案が一種の運動として社会変革のうねりを生み出しているのです。

実際に、フェアフォンの創業者たちは「私たちがやっているのはビジネスというより『修理する権利を取り戻す』という社会運動なのです」とインタビューにおいて答えています。彼らはまさに「社会運動としてのビジネス=クリティカル・ビジネス」を運営しているのです。

従来、修理を検討しているユーザーが取れる選択肢は「メーカーが認めた公式修理サービス」の一択で、それ以外を利用すると製品に付帯するメーカー保証自体が消えてしまうのが一般的でした。このような状況下では、メーカーが修理費用を高額に設定できたり、またそうすることで、修理ではなく新製品の買い替えにユーザーを誘導できたりします。

結果として、廃棄物は増え、ユーザーは不当な出費を強いられることになります。

多くの人は、このような問題の存在にうすうす気づいてはいたものの、相手が巨大な権力を持つ大企業であることから、「仕方がない」「そういうものだ」と諦め、不本意ながら現状を受け入れていたのですが、そのような状況に対して、フェアフォンは「このような状況はおかしい、修理する権利を取り戻そう」という社会運動をビジネスというフォーマットを用いて始めたわけです。

■有名企業が掲げるビジョンの「奇妙な特徴」

フェアフォンの提案には「市場や顧客の欲求・要望に応える」という観点が含まれていません。これは、古典的なマーケティング理論を学んだ人間からすると非常に困惑させられる状況ですが、同様のことはすでに何年も前から起きていました。21世紀に入ってから大きく存在感を高めている会社の掲げるビジョンを並べてみると、ある「奇妙な特徴」があることに気づかされます。

テスラ………化石燃料に依存する文明のあり方に終止符を打つ
Google………世界中の情報を整理して誰もがアクセスできるようにする
Patagonia……地球環境を保全するためにビジネスを営む
アップル……人類を前進させるための知的ツールを提供し、世界に貢献する
Airbnb………世界中を「自分の居場所」にする

それは、これらの企業が抱えるビジョンやパーパスが非常に独善的で、「顧客」や「市場」という概念に全く触れていない、ということです。

たとえばテスラが創業したのは2003年ですが、彼らは創業当初から「化石燃料に依存する文明のあり方に終止符を打つ」というビジョンを掲げています。しかし、この時点で顧客や市場から「ガソリンエンジンの自動車は嫌だ」「電気で動く自動車が欲しい」といった欲求・要望があったかというと、全く存在していないと言ってもいいほどでした。

テスラスーパーチャージャーステーション
写真=iStock.com/DKart
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DKart

■不本意ながらも使われているシステムに目を付けた

多くの人は、ガソリンエンジンの自動車に乗ることが環境に負荷をかけるということはわかっていたわけですが、不本意ながらも「仕方がない」「そういうものだ」と考えて「ガソリンエンジンを使い続ける未来」について、何の疑問も抱いていなかったのです。

話を元に戻せば、つまりテスラは、古典的な経営学の定石よろしく、市場に存在する潜在的あるいは顕在的な顧客の不満・不安・不便を解消することで成長したのではなく、むしろ、誰もが不本意ながらも受け入れていたシステムに対して、全く異なるオルタナティブなあり方を示し、新たな問題を生成することで成長しているのです。

同様のことがGoogleにも言えます。Googleが「世界中の情報を整理して誰もがアクセスできる社会をつくる」と宣言したとき、世界にはすでに多くの検索エンジンが存在していました。そして、多くの人はそれらの検索エンジンに対して、多少の不便を感じることはあっても「まあ、こんなものだろう」と思って使っていたのです。

今日の成功からはなかなか想像し難いことですが、Googleは創業当初に資金調達に非常に苦労した会社で、ベンチャーキャピタルから300回以上も投資を断られています。

■最後発として市場に参入し、No.1になる異例

なぜ、当時の投資家はGoogleへの投資に魅力を感じなかったのでしょうか?

理由は明白です。それは彼らのビジョンに「顧客や市場という概念が含まれていなかったから」です。「世界中の情報を整理して情報格差をなくす」というのは非常に美しい社会ビジョンではありますが、では、それを望んでいる顧客がどの程度いるのか?

繰り返しますが、当時の人々のほとんどは既存の検索エンジンに対して大きな不満を感じていなかったのです。顧客がさしたる不満を抱いていない市場において、しかも複数の検索エンジンがレッドオーシャンの様相でしのぎを削っている中、大型の設備投資を伴う検索エンジン・ビジネスに投資して最後発として新規参入するという意思決定を合理化することは非常に難しかったでしょう。

古典的なマーケティングのセオリーでは、新規事業を策定する際、まずはターゲット顧客を設定し、彼らの「満たされていない欲求」を特定するところからプランニングをスタートすることを定石として教えています。

■定石外れのアプローチで大成功した理由

たとえば1960年代以来、ビジネススクールにおけるマーケティングの定番教科書となっているフィリップ・コトラーの『マーケティング・マネジメント』の最新版(原書版)をあらためて確認すれば、マーケティング戦略の策定は「ターゲット市場の特定」からスタートし、このターゲット市場は「企業が満たそうとするニーズを持つ顧客」を中心に「同じ欲求を満たそうとする競合企業」との関係で設定される、となっています。

このようなテキストの記述を、先述したテスラやGoogleやアップルやPatagoniaの市場参入の状況に照らし合わせてみれば、彼らがいかに戦略論やマーケティング理論の定石とは異なる思考様式でスタートしているかということがよくわかると思います。

何といっても、テスラやGoogleが満たそうとするウォンツやニーズを抱えている顧客は、市場参入時点で存在しなかったのですから。しかし、この定石外れのアプローチで事業をスタートした企業が、今日の社会において大きな存在感を放っているのです。

これらの企業が短期間に非常な成長を遂げた理由は一つしかありません。それは、「市場に存在しない大きな問題を、企業の側から生成することに成功したから」です。一般的に、マーケティングやデザイン思考では「市場に存在する問題を見つける」ことがプランニングの初期段階で重視されますが、これらの企業は「新たな問題を発見」したのではなく「新たな問題を生成」したのです。

■いま進んでいる「パラダイムシフト」の正体

しかし、ではどのようにして、彼らは市場に新たな問題を生成したのでしょうか。答えは「あたかも哲学者やアーティストのように、社会を批判的=クリティカルに眺め、考えることによって」です。

彼らは、それまで誰もが「当たり前だろう」「まあ仕方ないよね」の一言で済ましてきた様々な社会の事象や習慣や常識を批判的に考察し、現状の延長線とは異なる別の社会のあり方を提示することで、市場に新たな問題を生成したのです。

普遍的・古典的な理論では説明のつかない現象が増えているという状況は「パラダイムの転換」が近いことを示しています。パラダイムシフトという概念を初めて提唱した科学史家のトーマス・クーンは、パラダイムシフトが起きるシークエンスには一定のパターンがあり、特にその初期段階では、それまで普遍的な説明力があると認められていた旧来のパラダイムでは説明のつかない現象やデータが増加する、と指摘しています。

このトーマス・クーンによる指摘を踏まえれば、古典的な経営学やマーケティングのパラダイムでは説明のつかない成功事例の頻出は、いま、私たちの社会において大きなパラダイムシフトが進行している証左と考えることができます。

都市の夜景と考え事をしている男性の横顔
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

■顧客は欲求を満たす対象ではなく、批判の対象になる

では、ビジネスにおける古典的なパラダイム……つまり、顧客の既存の価値観にフィットする便益を競合企業よりも効率的に提供することで売上・利益の極大化を図るというパラダイムが転換する先にある、新しいパラダイムとは何なのでしょうか?

それが、拙書で提示する「クリティカル・ビジネス・パラダイム」ということになります。クリティカル・ビジネス・パラダイムにおいて、企業の活動は社会運動・社会批評としての側面を強く持つことになります。クリティカル・ビジネスの実践者は、社会で見過ごされている不正義や不均衡を批判し、改善するための行動を起こすことによって価値を創造します。

また、クリティカル・ビジネスのパラダイムにおいては、顧客をはじめとしたステークホルダーの位置付けや役割もまた、従来のパラダイムとは大きく異なることになります。

クリティカル・ビジネスのパラダイムにおいては、顧客は欲求を満たす対象ではなく、むしろ批判・啓蒙の対象となり、ステークホルダーは経済取引の対象ではなく、社会運動を一緒に担うアクティヴィストという位置付けになります。

要するに、この新しいパラダイムでは、企業は、従来のパラダイムとは全く異なる価値観、優先順位、思考・行動様式、ステークホルダーの捉え方、プロセス、実行論によって運営されることになる、ということです。

■かつては「モーレツに進む」ことが求められてきたが…

ここで「クリティカル」という概念についてあらためて考えてみましょう。「クリティカル=critical」という言葉は「批判的」「危機的」「決定的」といったニュアンスの異なる複数の意味を併せ持ちます。なぜ、このように大きく意味の異なる意味が一つの言葉に乗せられているのでしょう。理由は語源を辿ると見えてきます。

英語の「critical」の語源はギリシア語の「krinein」で、これは「分かれ道」を意味する言葉です。言うまでもなく「分かれ道」は、これから進むべき方向を決める重要な場所です。だからこそ「決定的」であり、選択を誤れば命を落とすかもしれない「危機的」な状況でもあり、そのような状況下で正しく判断、選択するためには「批判的」に考える必要があるのです。

これを逆に言えば「一本道」を歩いているときにはクリティカルである必要性はない、ということでもあります。「一本道」を歩くときに求められるのは、とにかく精力的、効率的に前に進むこと……高度経済成長時代の流行語を使えば「モーレツに進む」ことが求められます。

このような状況下では「一度立ち止まって、自分たちの歩んでいる道が本当に正しいのかを考えるような態度」は行進の歩みを遅らせるものだとして忌避されたでしょう。立ち止まって考える人は皆に遅れをとる、これが「一本道の社会」の特徴です。

■ビジネスパーソンにも哲学者の思考が求められる時代

しかし、私たちはもはや「これまで歩んできた一本道の延長線上に未来を描くことはできない」ということを理解しています。私たちの社会はまさに「クリティカル・モーメント=重大な分かれ道において批判的に思考を巡らすべき時期」にきているのです。

、山口周『クリティカル・ビジネス・パラダイム 社会運動とビジネスの交わるところ』(プレジデント社)
、山口周『クリティカル・ビジネス・パラダイム 社会運動とビジネスの交わるところ』(プレジデント社)

従来の世界において、社会のあり方に対して批判的な眼差しを向け、時機に応じた警鐘を鳴らしていたのは主に哲学者やアーティストでした。彼らは、それぞれの生きた時代において、誰もが「当たり前だ」と信じて疑わなかった概念や社会のあり方に対して、批判的眼差しを向け、現状の延長線上にはない未来、誰もがその時点では考えもしなかった未来像を提示してきました。

そしていま、このマインドセットがビジネスに携わる人々にも求められています。なぜなら、誰もが当たり前だと思って疑わなかった社会の状況について、批判的な眼差しを向けて考察するという、もともとは哲学者やアーティストがやっていたことが、クリティカル・ビジネスのイニシアチブをとるリーダーには求められるからです。

----------

山口 周(やまぐち・しゅう)
独立研究者・著述家/パブリックスピーカー
1970年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ等を経て現在は独立研究者・著述家・パブリックスピーカーとして活動。神奈川県葉山町在住。著書に『ニュータイプの時代』など多数。

----------

(独立研究者・著述家/パブリックスピーカー 山口 周)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください