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うちのファンは「100人中1人」でいい…よなよなエールの「他社では絶対にできないイベント」のとがり方

プレジデントオンライン / 2024年5月8日 16時15分

ヤッホーブルーイングの公式サイトより

ヤッホーブルーイング(長野県軽井沢町)は、ビール大手4社にはかなわないが、クラフトビールメーカー国内約600社ではシェアトップだ。たくさんある「地ビール」のなかで埋没しないのは、なぜなのか。『LOCAL GROWTH 独自性を活かした成長拡大戦略』(クロスメディア・パブリッシング)より、同社の井手直行社長とPR TIMESの山口拓己社長との対談を紹介する――。

■地ビール冬の時代、売れ残りを廃棄する日々

【山口】いまは絶好調のヤッホーブルーイングさんですが、どん底も経験されていると伺っています。

【井手】ええ。もともとうちは、「観光地・軽井沢で美味しいエールビールをつくろう」ということで、星野リゾート代表の星野佳路がつくった会社です。私は当時、軽井沢の広告代理店を辞めてふらふらしていたところを、星野に拾ってもらって、営業として入社しました。

その頃は、ちょうど地ビールブームが来ていて、どこのホテルもスーパーも、うちのビールを置いてくれていました。生産が間に合わないので、営業といっても注文を断るのがメインの仕事みたいなものだったんです。

でも、ブームというのは、パタッと去っていきますよね。そこから6、7年、冬の時代が続きました。つくってもつくっても売れず、売れ残ったビールが山のように積まれる。醸造所内で廃棄をすると酒税が返ってくるので、みんなで缶ビールのプルタブを開けて、中身を排水溝に流すんです。腱鞘炎になるくらい、毎日毎日。

仕方ないんですけど、つくっている身としてはやり切れない思いです。「人生に幸せを!」と掲げている会社の、自分たちが全然幸せではないんですから。

■生き残りをかけてネットショップにテコ入れ

【山口】ヤッホーブルーイングと言えば「仕事を楽しんでいる会社」というイメージがありますが、その頃の社内は、いまのような雰囲気ではなかったんですか?

【井手】全くなかったですね。ぎすぎすしていて、辞めていく人も多かった。私はその頃営業の責任者だったんですが、店頭で売ろうにもクラフトビールは見向きもされなくなっていました。

それならということで、細々やっていたネットショップにテコ入れしました。大手のビールメーカーがやらないことをしないと、生き残れないのがわかっていたので、そこに望みをかけたんです。

そこから、ウェブマーケティングを学び始めました。ランディングページのつくり方とか、メルマガの書き方とか、もう本当に基礎の基礎からです。

■「楽しい仕事」が客に伝わっていった

【山口】ネット通販に力を入れ出した2004年頃から、ヤッホーブルーイングの業績はV字回復を遂げていますが、その頃、井手さんが心掛けていたことは何かありましたか?

【井手】「仕事を楽しむ」ことですね。ウェブマーケティングの技術的なことは机上で学べるんですが、心のあり方は学んで身につくようなものではありません。大事なのは技術よりも絶対にマインド。イヤイヤ仕事をしている人の書いたメルマガは、それがにじみ出て伝わってしまうし、「辛い、しんどい、楽しくない」と思いながら立てた企画が、誰かを幸せにするはずがない。だから、「楽しく仕事をする」ことをとにかく意識していました。

すると実際に、お客様の反応が変わってくるのがわかったんです。メルマガに好意的な返信が届くようになったり、ウェブのイベントを面白がってくれる人が増えたり。それで、「この考え方で間違ってないんだ」と自信が持てて、社員にも仕事を楽しむことを目指してもらいました。まず、自分たちが幸せになろうと決めたんです。

【山口】「仕事を楽しく」「社員が幸せに」といったことは、いま、どの企業も目指しているところだと思いますが、実際には難しいですよね。そういった組織文化の改革に早いうちから取り組んでこられたからこそ、いま、御社は外から見ても熱量が伝わる企業になったんですね。

【井手】そうだと思います。でも、こればっかりは、「楽しくなれ」「幸せになれ」といったところで変わるものではありませんよね。模倣が困難なものではあると思います。

■2010年、40人から始まったファンイベント

【山口】ヤッホーブルーイングは、ファンイベントをとても大事にされていますよね。

【井手】そうですね。最初のイベントは2010年の恵比寿でした。私は2008年に星野から社長を引き継いでいたのですが、もともと小さな会社ですから、そんなに大きなイベントができるような予算もありません。

でも、どうしてもウェブだけの交流では物足りなくて、どんな人たちがうちのビールを飲んでくれているのか直接会ってみたくなったんです。それで、社員の手弁当で、40人限定の小さなファンミーティングを開催しました。

■全国から熱烈なビールファンが集まった

【井手】そうしたら、これが驚いたことに、大好評だったんです。日本中から熱烈なファンの方々が、イベント参加費よりも高額な旅費や宿泊費を自分で負担して、私たちのつくったビールを楽しみに集まってくださり、ニコニコしながら「てんちょ!」と声を掛けてくださいました。

感激しましたね。40人の笑顔で、一気に元気が出ました。自分たちがつくったビールが愛されている現場を見たことで、ものすごくテンションが上がったんです。長野に帰る道中も、スタッフと「イベントやって良かったな!」「またやろうな!」と大盛り上がりでした。

ファンの方々が、私たちを、楽しく幸せにしてくれたんです。直接ファンの方々と交流する機会というのは、こんなにも大切だったのかということがわかり、定期的にイベントを企画してスタッフも交代で全員参加するようにしました。

【山口】資料を拝見したところ、2015年の北軽井沢でのイベントに500人、2018年のお台場でのイベントでは5000人での開催とあります。40人から5000人まで参加者が増えるというのは素晴らしいことですね。

ビール
写真=iStock.com/Kar-Tr
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kar-Tr

■「顧客は友人、社員は家族」

【井手】ええ。でも、イベントの規模が拡大したことより驚いたのが、ファンのみなさんが自発的にイベントを始めてくださったことです。交流できる場をもっと求めてくださっていたようで、「ファン宴」「超ファン宴」「めっちゃ!宴」、オンライン飲み会「よなよナイト2次会」など、ファン同士で企画して、社員も招いてくれました。

こうなってくると、もう、どっちがもてなしているんだかわからない状態ですよね。当社の理念の1つに「顧客は友人、社員は家族」というものがあります。

それがファンのみなさんにも伝わっているようで、とても嬉しかった出来事でした。私たちが「仕事を楽しむ」ことができているのは、熱量の高いファンのみなさんに支えられているからだと実感しています。

【山口】キャンプ場を貸し切って1泊2日で行われる、大掛かりなイベントもありますよね。

【井手】そうですね。準備や運営もいまだに全部社員がやっています。外にお願いするだけの予算がないということもあるんですが、最初から最後まで社員が請け負うことで、イベントが自分事になりますし、成功させようという気持ちの入り方も違うと思うんです。何より、自分たちでするほうが楽しいですよね。

それに、うちは優しいファンの方が多いので、手が足りなさそうなところは、見かねてお手伝いしてくれることもあります。本当に、ファンと一緒につくっていることを実感しています。

■生まれたアイデアの芽を潰さない訓練

【山口】ヤッホーブルーイングは、企画自体のユニークさや、その企画を実現する行動力はもちろんなのですが、とても話題づくりがうまいなあと感じています。企画や広報の発想力を鍛えるノウハウなどがあるのですか?

【井手】たとえば、研修などで面白いアイデアを出す訓練をしている、といった明確な取り組みは特にないんですが、生まれたアイデアを芽のうちに潰さないような土壌はつくっています。

いろいろなプロジェクトは、基本的にチームで動かしています。そのチーム内での心理的安全性が担保されるように徹底し、どんなアイデアも否定しないで聞くことを大切にしています。

「こんなこと言って、つまらないと思われないかな」と臆していたら、育つかもしれないアイデアの芽を摘んでしまいかねません。誰のどんな意見もフラットに聞くというところで、訓練していると言えば、そうかもしれません。

それに、チャレンジを推奨する社風はありますね。「失敗は成功へのプロセスだ」として許容し合う文化を、意識してつくってきました。

■1回で終わった「お父さんレンタル」

【山口】なるほど。ではそのチャレンジが、あまりうまくいかなかった事例というのもあるわけですか?

【井手】そうですね。もう4年くらい前になると思いますが、父の日に合わせて「お父さんレンタル」というのをやってみて、大ゴケしたことはあります。

【山口】面白そうな企画ですね。

【井手】うちは父の日が1年の内でもいちばんのかき入れどきなので、その時期はオリジナルのセットやパッケージなど工夫を凝らします。その年は、「ヤッホーブルーイングの中にいる“お父さん社員”を、貸し出してみてはどうか」というアイデアが出てきたんです。なんだか面白いし、予算も大してかからないから、やってみようということになりました。

それで、若いお父さんから、それなりに貫禄のあるお父さんまで4人のスタッフを待機させていたのですが、申し込みはほとんどありませんでした。ファンの間ではばかばかしさが話題になって楽しんでもらえたのですが、企画としてはニーズがないことがわかって、その年限りでした。

■100人中1人が好きになってくれればいい

【山口】でも、アイデアがユニークですよね。

荻原猛、北川共史、真野勉、山口拓己『LOCAL GROWTH 独自性を活かした成長拡大戦略』(クロスメディア・パブリッシング)
荻原猛、北川共史、真野勉、山口拓己『LOCAL GROWTH 独自性を活かした成長拡大戦略』(クロスメディア・パブリッシング)

【井手】そもそも、よそで見たことがあるようなことをしても、仕方がないだろうとは思っています。ヤッホーブルーイングでは、エールビールという日本では主流でないビールをつくっています。100人中1人が好きになってくれればいいと思っている会社なんですね。

最初から100人に好かれようとするのではなく、好きになってくれた1人を徹底的に楽しませることで、長くお付き合いできる関係をつくれたらいいと考えているんです。

【山口】そういえば、南極観測隊の出発日に、御社のビールを届けたエピソードがありますよね。

【井手】ええ、サブスク解約の電話から生まれた話ですね。「ビールを年間契約したんだけれど、南極に行くことになったから解約したい」と連絡をいただき、「それじゃあ、出発日にエールを送ろう」と、よなよなエールを持って成田まで行きました。

■「究極の顧客志向」でファンをつくる

【山口】そんな素敵な経験をしたら、その人はこの先一生、御社のビールを飲み続けてくれるかもしれませんよね。軽井沢から成田までの交通費を考えると短期的に見たらマイナスかもしれませんが、長期で考えるとものすごいプラスを生んでいるかもしれない。「究極の顧客志向」とはこういうことですね。

【井手】以前、PR TIMESでプレスリリースを出した「隠れ節目祝いbyよなよなエール」にしても、それを祝われて嬉しい人は、全体のごく一部ですよね。ターゲットはとても狭い。

「隠れ節目祝いbyよなよなエール」公式サイトより
「隠れ節目祝いbyよなよなエール」公式サイトより

でもその人にとって、ヤッホーブルーイングが、ずっとそばにいる存在になれることが大事なんです。私たちとファンの間に細く長い線を何十万、何百万本と引けることを目指しています。

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井手 直行(いで・なおゆき)
株式会社ヤッホーブルーイング代表取締役社長
1967年生まれ。ニックネームは「てんちょ」。国立久留米高専を卒業後、電気機器メーカー、広告代理店などを経て、1997年ヤッホーブルーイング創業時に営業担当として入社。地ビールブーム終焉の後、再起をかけ2004年楽天市場店の店長としてネット通販事業を軸にV字回復を実現。2008年より現職。フラッグシップ製品「よなよなエール」を筆頭に、個性的なブランディング、ファンとの交流にも力を入れ、クラフトビールメーカー国内約600社の中でシェアトップ。「ビールに味を!人生に幸せを!」をミッションに、新たなビール文化の創出を目指している。著書に『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』(東洋経済新報社)など。

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山口 拓己(やまぐち・たくみ)
株式会社PR TIMES代表取締役社長
1974年生まれ。愛知県豊橋市出身。1996年東京理科大学理工学部卒業後、山一證券株式会社に入社。アビームコンサルティング株式会社などを経て、2006年株式会社ベクトルに入社、同社取締役CFO就任。2007年にプレスリリース配信サービス「PR TIMES」を立ち上げ、株式会社PR TIMES代表取締役に就任。PR TIMES、MARPH、Jooto、Tayori等を提供する。2016年3月に東証マザーズへ上場、2018年8月に東証一部へ市場変更(現在は東証プライム市場)。豊橋市未来創生アドバイザーも務める。

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(株式会社ヤッホーブルーイング代表取締役社長 井手 直行、株式会社PR TIMES代表取締役社長 山口 拓己)

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