日本のおかげでエヌビディアは世界一の企業になった…創業2年目の倒産危機を救ったゲーム会社の粋な計らい
プレジデントオンライン / 2024年9月30日 7時15分
※本稿は、津田建二『エヌビディア 半導体の覇者が作り出す2040年の世界』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■世界の頂点に立ったエヌビディアの正体
エヌビディアは、2023年5月に1兆ドル(当時約140兆円)超えのプレイヤーになった。そこから約1年後に時価総額が3兆ドル(当時約468兆円)を超え、しかも一時、世界のすべての企業のトップに輝いた。あまりにも金額が大きすぎて、ピンとこない人も多いだろう。
それまで1位だったのはマイクロソフト。かつてパソコンのOS(オペレーティングシステム)と言われるWindowsでパソコンブームを作った中心プレイヤーだが、最近はクラウドビジネスに力を入れており、時価総額が高かった。
数年前に聞いた話では、マイクロソフトは三十数カ国、五十数カ所にそれぞれキャンパスと呼ばれるほどの広さを持つデータセンターを設置しているという。データセンターとはサーバと言われる高性能なコンピュータを数百台、数千台も設置している場所のことだ。マイクロソフトは自前の船で光ファイバーケーブルを敷設し、世界中の巨大な数のコンピュータをつなげたクラウドコンピュータサービスを提供している。
もはやWindowsの会社ではないというわけだ。では、そのマイクロソフトを抜いてトップになったエヌビディアとはいったい何者なのか。
■当初はゲーム用の半導体をつくっていた
2007年頃、東京赤坂にあるエヌビディアの日本法人で開催されたゲーム機用GPU(Graphics Processing Unit)の新製品発表に初めて出掛けた時、いつもの半導体企業の発表会とは様子が違って、筆者は「場違いなところにきてしまった」と思ったことを覚えている。
ゲーム機用のボードとパソコン用のディスプレイが展示されており、当時のいわゆる“パソコンオタク”のようなPC雑誌の記者がとても多い印象だった。それがエヌビディアとの最初の出合いで、当時エヌビディアはゲーム機の画像用のグラフィック半導体チップを作っていたのだった。
その後2011年に、筆者は自動車のダッシュボード向けの高集積SoC(システムオンチップ、System on a chip)「Tegra2」について取材するため、東京のエヌビディアを訪れた。
Tegra2は自動車のダッシュボードでカーナビを見せたり、スピードメーターを液晶画面上にグラフィックスで表示したりする、情報と娯楽を組み合わせたインフォテインメントの用途で開発されたものだった。時期尚早だったのか、自動車向けはうまくいかず、その後Tegra2の話は出なくなった。
それが2016年になると、エヌビディアはAI(人工知能)一色になっていた。
■創業2年目に訪れた倒産危機
日本国内で開催されたGPU技術会議で、「パイトーチ(PyTorch)」や「テンソルフロー(TensorFlow)」など主要なAIフレームワークを試したり、日本の代表的なAI企業であるプリファードネットワークスとコラボしてみたりするなど、同社はAIに力を入れ始めていたことがわかった。以来、筆者は「エヌビディアはAIの会社」と見るようになっていった。
AI関連の起業家には、アルゴリズムを開発して、これまで見えなかった事実を見えるようにしようと考える人が多い。
しかし、そのアルゴリズムを実行するには、クラウドコンピュータやスーパーコンピュータのような高性能なコンピュータが強く求められる。そのコンピュータを動かす技術を辿っていくと半導体に行き着くことになる。そこにいるのがエヌビディアなのだ。
エヌビディアの物語はアメリカンドリームを実現させた成功物語のように見えるかもしれないが、実は大きな失敗もしていたことが知られている。エヌビディアの物語を掲載した米国最大のビジネス雑誌『FORTUNE』の記事(2001年9月)から少しピックアップしたい。
1993年にシリコンバレーで誕生したエヌビディアの原点は、ゲーム用のグラフィックス画像を描くためのコンピューティング技術であり、それを半導体チップで実現しようとしていた。
■日本のゲーム会社からの助け
1995年には、最初のチップを日本のゲーム機メーカーのセガ向けに開発したが、オープンスタンダード仕様を使わずに独自仕様にしたため、うまくいかなかった。その結果、110人いた社員のうち70人をレイオフせざるを得なくなったのだという。
そこで諦めてしまう起業家が多いが、エヌビディアの創業者ジェンスン・フアン氏は諦めなかった。資金を提供したベンチャーキャピタル、サターヒル社のジム・ゲイザー氏も「最初からうまくいく企業などほとんどない。私はこの(エヌビディアの)エンジニアのチームに賭けている」と気にしていなかった。
フアン氏は、セガの副社長だった入交昭一郎氏に連絡し、エヌビディアの開発に間違いがあったことを詫びた。そして、正直に「エヌビディアは契約通りのゲーム機を完成することができない。セガは、直ちに他のパートナーを探してほしい」ということも伝えた。
同時に、「私たちは御社からの支払いがないと倒産してしまう」と苦境にあることも話し、恥を忍んで支払いをお願いすると、入交氏はこの要求を受け入れ、そのうえ6カ月の猶予期間も与えてくれたという。
■「最高の技術で作れば結果はついてくる」は間違いだった
のちに、フアン氏は「最高の技術で作れば結果はついてくる、と最初は思っていた。しかし、間違っていた。市場や消費者の需要を読むことにもっと精通すべきであった」と述懐する。
創業者の一人で、ハードウェアエンジニアリング担当VP(Vice President)のクリス・マラコウスキー氏は「私たちの企業風土からは厳しい戦略転換だった。独自技術にこだわり、差別化しようとする企業風土だからだ」と語っている。実際、「独自技術を捨て、二番手戦略に成り下がるのか」と悩みながら、去っていった社員もいたという。
フアン氏ら経営陣は、戦略転換の根拠について社員を説得し続けた。なかでもマラコウスキー氏は、ある時「私たちは特別な技術に賭けているのではなく、優秀な社員に賭けていることに気がついた」と言い、重要なそのことを社員に伝えたところ、主要な社員はとどまってくれた。それがまったく新しいグラフィックチップ「RIVA 128」の開発につながったのだという。
ところが、その「RIVA128」チップを実装している台湾企業の製品の不良率が30%にもなってしまったことがあった。通常は5%程度、すなわち良品率(歩留まり)は95%くらいであるから、不良率30%というのは異常に高い数値なのだ。
エンジニアたちは、設計上の欠陥だとは誰も思っていなかった。かといって、このまま顧客に渡すわけにもいかず、経営会議では誰もが頭を抱えた。
■伝説になった全社員による検査作業
その時、マラコウスキー氏が「手作業でチップを全品テストしよう」と言い出したのだ。フアン氏は「そんなことをしたら、自分で自分の首を絞めてしまう」と反対したものの他に妙案はなく、最終的にフアン氏も賛同するしかなかった。
フアン氏、マラコウスキー氏ら経営陣が先頭に立って、社員全員で全数検査を始めた。昼夜にわたり、文字通り数十万個のGPUチップを1個ずつパソコンに載せ、テストし終えたら外して出荷する、という単調で退屈な作業を繰り返し続けた。
1個当たり5分程度かかったため、数千時間に及ぶ作業となった。そのなかでフアン氏は「この作業をしなければ会社は救われない」とつぶやきながら作業をしたという。
社員一丸となって行なったこの作業はのちに伝説となり、「みんなで会社を救った」として心を一つにした。そしてこのチップRIVA 128はビッグヒットとなり、会社は潤うことにもなった。一丸となって遂行したこの検査作業と、次の章で触れる2016年のAIへの戦略転換は、エヌビディアの企業風土に大きな影響を及ぼすことになった。
これらによって、経営陣と社員との関係が対等になったのである。フアン氏は言う。「この会社には上司(ボス)はいない。いるとすればプロジェクトが上司なんだ」。この言葉は、フラット(水平)で対等な関係を物語っている。このフラットな関係は大切にされ、3万人弱の企業に成長した現在も引き継がれている。
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国際技術ジャーナリスト、News & Chips 編集長
東京工業大学理学部応用物理学科卒業後、日本電気に入社。半導体デバイスの開発等に従事する。その後、日経マグロウヒル(現 日経BP)に入社、「日経エレクトロニクス」「日経マイクロデバイス」、英文誌「Nikkei Electronics Asia」等の編集記者、副編集長、シニアエディターを経て、アジア部長、国際部長などを歴任。海外のビジネス誌の編集記者、日本版創刊や編集長を経て現在に至る。著書に『知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな』『欧州ファブレス半導体産業の真実』(以上、日刊工業新聞社)がある。
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(国際技術ジャーナリスト、News & Chips 編集長 津田 建二)
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