テレビがよく使う"医学的根拠"にダマされてはいけない…「笑うと免疫力アップ」に免疫学者がモヤモヤする理由
プレジデントオンライン / 2025年1月23日 17時15分
※本稿は、『あなたの健康は免疫でできている』(集英社インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。
■「笑えば笑うほど免疫力が上がる」わけではない
テレビや週刊誌ではしばしば「笑ったら免疫力がアップする」と報じられています。
確かに、笑うとストレス解消につながるので、ストレスホルモンの分泌が減り、一度下がった免疫力の回復に役立つことは理屈にかなっているように思えます。
でも、前回の記事で述べた食べ物やサプリメントの話と同じですが、笑えば笑うほど免疫力が上がるというわけではなく、笑うとストレスが和らぐためにストレスホルモンの血中濃度が下がり、結果として免疫系の働きを阻害するものが無くなり、免疫系が働きやすくなる、あるいは一度下がった免疫力が復元しやすくなる、ということのほうが考えやすいと思います。
では、このような場合、どうやって免疫力を測定しているのでしょうか。
文献を見ると、多くの場合、血液中のナチュラルキラー(NK)細胞の数や活性を測って結論を下しています。
■そもそも「NK細胞」で免疫力は測定できるのか
NK細胞は自然免疫系に属する細胞で、がん細胞やウイルス感染細胞などを見つけ出して殺す能力を生まれつき持つ細胞です。リンパ球の仲間です。
NK細胞の特徴➀自然免疫の力の「一部」でしかない
ストレスによってその数が減ることから、しばしば、からだの免疫力をそのまま反映する細胞であると理解されているのですが、実際は自然免疫の力の一部だけしか反映していません。
NK細胞だけを調べるのは、免疫系という機械全体の中の部品ひとつの機能を見ているようなものです。調べるのが簡単ということもあるのでしょう。テレビなどではしょっちゅうNK細胞活性をもとに免疫が上がったとか下がったとか言っています。
■動物実験に比べて基準が甘い
たとえば、おなかを抱えて笑うような面白い動画を一定時間観たあとに血液中のNK細胞活性が上がっていたのに対して、天気予報のような笑わない番組を観た時にはNK細胞活性は変わっていなかった、だから笑うと免疫力がアップしているに違いない、というような話がしばしば出ています。
ところが、どの調査でも、調べた人(被験者)の数や実験回数が少なく、限られた数の人に対して特定の検査を一定回数だけ行い、観察された結果をそのまま解析するという単純な解析法のものが多いようです。
どうも人での実験の場合、実験動物で行われるようなしっかりとした対照群を立てた上での解析が少なく、被験者数や実験回数を増やしての再現性の確認をしないまま、最終結論に至っているものが多いように見えます。
■そもそも朝と夜で約2倍違う
NK細胞の特徴②様々な要因で数値が変わりやすい
さらに、このような話の解釈を難しくするのは、血液中のNK細胞数がさまざまな要因によって簡単に変化するという点です。
たとえば、血液中のNK細胞数やNK細胞活性は日内変動が見られます。朝が一番高く、夜中に向かって大きく下がり、そもそも朝と夜中では2倍ぐらい値が違うのです。
ということは、時間のかかる実験操作をしてその前後のNK細胞数やNK細胞活性を比較する時には、その経過時間や実験を行った時刻を考慮に入れないといけないことになります(でも、そのようなことを考慮している研究はきわめて稀です)。
それと、血中NK細胞の数や活性は、睡眠不足やストレスなど、その時の体調や状況によっても大きく値が変わります。ということは、何かの調査をする時には、これらの点を考慮した上で被験者をそろえることが必要になります。被験者の検査前の生活状態、健康状態が多様であれば、出てくる結果も当然多様になる(ばらつく)からです。
しかし、そのようなことを考慮して被験者を選んでいる研究は少なく、むしろ都合のいいデータが出た時にそれをそのまま報告しているように見えます。
■血液中にいないときもある
NK細胞の特徴③ずっと血液中にいるわけではない
もうひとつ大事なことがあります。それは、たとえ血液中のNK細胞が増えた、あるいは減ったとしても、それが必ずしもからだ全体のNK細胞数や機能を反映しているのではないということです。
NK細胞を含むすべてのリンパ球がそうですが、血液中をパトロールしながら、一時的にリンパ節や脾臓などのリンパ組織に入り、そこでしばらく巡回し、異物に出会わなければ、また血液中に出てきて体中を循環しているのです。
つまり、NK細胞はいつも血液の中にいるのではなくて、リンパ組織に一定期間滞在します。
もしなんらかの理由でリンパ組織におけるNK細胞の滞在時間が長くなれば、血液中のNK細胞数は一時的に減ります。逆に、リンパ組織での滞在時間が短くなれば、その分、血液中でのNK細胞数が一時的に増えます。でも、どちらの場合でも、からだの中のNK細胞の総数は変わっていないのです。
■血液中では働きにくい
NK細胞の特徴④血液中ではなくリンパ組織で力を発揮する
さらにもうひとつ重要なポイントとなることがあります。NK細胞がどこで相手を見つけて殺すかというと、血液中ではなくて、リンパ組織であると考えられています。
血液中に入った異物は、リンパ組織に取り込まれ、そこでNK細胞による異物排除反応が起こります。NK細胞が相手を認識する時には、相手の細胞と密着することが必要です。
血液中のように細胞がお互いにばらばらでいる時にはNK細胞は働きにくいのですが、リンパ組織の中で異物の細胞と隣り合った時にはNK細胞がその能力をもっとも強く発揮するのです。
そのことを考えると、血液中におけるNK細胞の数や活性は単なる見かけの数字であって、それが少々増えても減ってもからだ全体には大した影響がないであろうと考えられます。
■笑うことはいいことだが…
結論:「免疫アップにつながっている」とはいえない
このように血液中のNK細胞数や活性を一度や二度測っても、それだけではあまり意義のあることはいえないようです。たとえ落語を聞いたあとに血液中のNK細胞数や活性が増えたように見えても、その意義はあいまいです。本当に被験者の免疫力アップにつながっていたのかはわかりません。
ただし、笑うこと自体はストレス解消につながり、ストレスが無くなると免疫力が維持されやすくなるので、笑うことは免疫にとっていいことだと思います。
しかし、それが果たしてNK細胞の数や活性を介して起きているかどうかはきわめて疑問であると私は考えています。
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大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授、大阪大学名誉教授
1947年、長野県生まれ。京都大学医学部卒業、オーストラリア国立大学大学院博士課程修了。金沢医科大学血液免疫内科、スイス・バーゼル免疫学研究所、東京都臨床医学総合研究所を経て、大阪大学医学部教授、同大学大学院医学系研究科教授を歴任。著書に『ウイルスはそこにいる』(共著・講談社現代新書)などがある。
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(大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授、大阪大学名誉教授 宮坂 昌之)
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