「まるでギャンブル」の衆参ダブル選挙案…いまの自民党・石破政権に広がる“意外な空気感”
プレジデントオンライン / 2025年1月10日 16時15分
■「内閣不信任案が可決されたら解散」
石破茂首相が2024年末、唐突に衆院解散戦略を語り始めた。12月27日に行われた読売新聞のインタビューと都内で開かれた内外情勢調査会の講演の中で、年明けの通常国会で25年度予算案や重要法案が否決されたり、内閣不信任決議案が可決されたりした場合、衆院解散・総選挙に踏み切る考えを表明した。
そのうえで、翌28日の読売テレビの番組では、7月26日投票の参院選に合わせた衆参同日選に踏み切る可能性を問われ、「これはある。参院選と衆院選を同時にやってはいけないという決まりはない」と踏み込んでいる。
24年10月の衆院選で与党の自民、公明両党が大敗したばかりで、12月の読売新聞世論調査(13~15日)では、石破内閣の支持率は39%と前月比4ポイント下落し、不支持率が48%と4ポイント増えたにもかかわらず、政局の主導権を握りたいのか、「解散カード」を切ろうとする姿勢を示したのである。
少数与党ながら、24年秋の臨時国会を乗り切ったことで、政権運営に根拠ない自信が芽生えたのか、政治センスの乏しさを露呈したのか、石破首相の頭に与野党の主要政党による大連立が「選択肢」にあることも元日の文化放送(12月24日収録、政治ジャーナリスト後藤謙次氏との対談)番組で明らかになった。
もっとも、立憲民主党の野田佳彦代表(元首相)は1月4日、三重県伊勢市での記者会見で、大連立について「パンデミックとか大きな危機があった時の選択肢であって、平時には考えていない」とあっさり否定してみせた。
当面は、1月26日召集の通常国会で、交渉が越年した「年収103万円の壁」の引き上げ幅をめぐる自民、公明両党と国民民主党の3党協議が、2月末の25年度予算案の衆院採決をめぐる攻防につながることになる。
■「議事録を読むと質問に答えていない」
24年秋の臨時国会では、24年度補正予算は12月17日に立憲民主党の要求で能登半島の復旧・復興費を増額するよう28年ぶりに修正し、自公両党と日本維新の会、国民民主党などの賛成で成立した。
自民党の森山裕幹事長が国会対策の司令塔となって、国民民主が主張する103万円の壁は178万円を目指して25年から引き上げることや、維新が求める高校授業料無償化の実現に向けた協議を開始することを受け入れるなどして、賛成を取り付けた。
政権維持のためには止むを得ないとはいえ、財源対策を先送りしたポピュリズム(大衆迎合)政治そのものである。
政治改革では、立憲民主党など野党7党が提出した政策活動費を廃止する法、公明、国民民主両党が提出した政治資金をチェックする第三者機関を国会に設置する法などの政治改革関連3法が24日に成立した。調査研究広報滞在費(旧文通費)の使途公開と未使用分の返還を義務付ける改正歳費法も20日に成立している。
企業・団体献金については、公開して存続させたい自民党に対し、
先の臨時国会は、与党過半数割れの下で終始野党ペースで進んだが、石破首相は国会閉幕の記者会見で「熟議の国会」を実現したとし、「他党の意見を聞き、可能な限り幅広い合意形成を図るよう努力した」と強調した。
首相の衆参予算委員会での答弁は「安定していた」(森山氏)と与党内を安堵させた。野党からは、理路整然としているようで中身がないとして「石破構文」と揶揄されたこともある。立民党の長妻昭代表代行が12月10日の衆院予算委で「本当によどみなく答弁され、聞き入ってしまうが、帰って議事録をよく読むと、質問にほとんど答えていない。すごくはぐらかされている。初めに結論を言って、正論は後からお願いしたい」と皮肉ったほどだ。
■「首相になった以上、支えるしかない」
当初は「短命政権」と目された石破首相に対する与党内評価は好転した。それまでくすぶっていた参院選を前にした「石破降ろし」の動きが取りざたされなくなったのが実情だ。
石破政権は元々、犬猿の仲だった岸田文雄前首相と菅義偉副総裁(元首相)がそれぞれ率いる岸田派と菅グループが24年の総裁選で「連立」して担いだ政権だけに結束力に難があった。党内野党が長く、有能な側近や同志を持たない石破首相は、与野党に人脈を張り巡らせている森山氏を総裁選投票前日に幹事長に指名したが、ようやく呼吸が合って来たと言える。石破氏周辺には「事実上の森山政権と言っていい」との声も上がる。
首相とは距離があった岸田派No.2で、バランス感覚に優れている林芳正官房長官を再任させたのも、政府・与党内の信頼を勝ち得るのにつながっている。
自民党には「それまで対立していても、首相になった以上、支えていくしかない」(旧岸田派幹部)という組織文化がある。
決選投票を争った高市早苗元経済安全保障相を推した麻生太郎党最高顧問(元首相)も石破首相に助言するなど、矛を収めている。首相は12月24日昼、国会内で麻生氏と会い、トランプ次期米大統領と会談する際は「ポンポン聞いてくるから、手短に次々と返したらいい」などとアドバイスを受けている。
客観的にも「仮に首相の座を獲得しても、少数与党のままでは、野党に頭を下げるだけで、自分のやりたい政策はできない」(現職閣僚)とあって、石破首相に取って代わろうという勢力が、今のところ党内に見当たらない。このまま参院選まで政権の低位安定が続くのではないか、という空気になっている。
■「野党にも責任を共有していただく」
25年が明け、首相は1月6日、三重県伊勢市での年頭記者会見で、「党派を超えた合意形成を図るには、野党にもこれまで以上に責任を共有していただくことが求められている」と述べ、24日召集の通常国会を控え、25年度予算案の審議・成立と内閣不信任決議案への対応に向け、野党各党へ協力を求めた。キーワードは「責任の共有」にある。
国民民主党とは、年収103万円の壁の引き上げ幅をめぐる折衝が、自民党が123万円を提示した段階で越年し、「予算案の衆院通過前後の2月末から3月頭がデッドラインになるのではないか」(国民民主党・古川元久代表代行)とされている。日本維新の会とは、高校授業料無償化をめぐって2月中旬をめどに方向性を得たいとしている。いずれも両党は具体的な財源対策を示さず、与党と責任を共有しようとしていない。
石破首相はポケットに森山氏からもらった新聞記事のコピーを忍ばせている。12月21日の朝日新聞の識者コメントである。
■「財政ポピュリズム」が吹き荒れている
<考論>「財政ポピュリズム」、国民へ情報足りず
東京財団政策研究所の森信茂樹研究主幹の話
長年、手をつけられなかった所得税の課税最低ライン「103万円の壁」という大きな扉を、国民民主党がこじ開けたことは大いに評価できる。
ただ、同党の案では7兆~8兆円の税収減が生じる。英国のトラス首相が2022年に打ち出した減税策では、財源の裏付けが乏しかったことから、通貨と国債、株式が同時に売られた「トラスショック」が起きた。それが日本でもおきかねないと注視していたが、その懸念は抑えられた。
財源の裏付けなしに大規模な減税を求める「財政ポピュリズム」が吹き荒れている。SNSでは「減税すれば結果として税収増になるから新たな財源は必要ない」という言説が、無批判に受け入れられている向きもある。国民に対して、十分に情報が公表されていないことが影響していると思う。
そこには与党の税制調査会の幹部らだけで、実質的な議論をリードするやり方も影響しているのではないか。政府から独立した立場で、財政や経済の分析をする機関の設置も考えるべきだ。(聞き手・中村建太)
この時のトラス首相は、市場の反乱を受け、英国政治史上最短の在任49日で退陣に追い込まれた。首相や森山氏の問題意識は、日本でも財源の裏付けがない大型減税を実施することで、財政が一段と悪化し、物価高が進めば、場合によっては「石破ショック」が起きかねないということだろう。与党は、国民民主、維新両党を牽制しつつ、どう落としどころを探っていくのだろうか。
■「一遍に大量の民意を固定してしまう」
6日の年頭記者会見では、一連の衆院解散、大連立もテーマになった。石破首相は、内閣不信任決議案が可決された場合の対応について「衆院の意思と内閣の考えが違った時に主権者の判断をいただくことは憲政の常道だ、と述べたに過ぎない」という見解を改めて示した。この点は森山氏や林氏ら政権幹部との合意があってのことだろう。
首相が強気なのは、先の衆院選で「衆参予算委で私が全部答弁して解散していれば、そんなに負けなかった」という思いがあるほか、選挙戦終盤に非公認組の党支部に2000万円を配布した問題が報じられ、20議席程度は負けが込んだとされたことから、この次は議席が回復できると計算しているためらしい。
衆参同日選については、平時ならご法度だろうが、首相周辺は「参院選で仮に負けたら、衆院に内閣不信任決議案を出されてどうせ解散になる。それなら、野党が候補一本化できないことを見込んで衆参ダブル選挙を仕掛けるという考えだ」とその意図を説明する。
だが、公明党は衆参同日選など論外という立場だ。山口那津男元代表は8日、石破首相と首相官邸で会談した後、記者団に「同日選は憲法が予想しているところではない。一遍に大量の民意を固定してしまうやり方は望ましくない」と述べ、否定的な考えを示した。
斉藤鉄夫代表は6日、党の仕事始め式で、12年に1度の巳年、東京都議選(6月29日投票)と参院選(7月26日投票)を同時に迎えるに当たって「ここで勝利することしか、公明党の再生はない」と強調した。
都議選の趨勢は参院選に直結するが、今回は都議会自民党会派の政治資金パーティー収入をめぐって、一部の都議が正しく収支報告書に記載しなかった問題が判明し、自民党への逆風も予想される。衆院選を含めたトリプル選挙はなかなか想定しづらいのが現状だ。
■「自民と立憲民主党の大連立をやろう」
大連立構想については、石破首相は6日の記者会見で「今の時点で、大連立を考えているわけではない」とトーンダウンさせた。
首相が元日の文化放送番組で「中道政治を目指し、
大連立については、2007年に当時の福田康夫首相が衆参ねじれ状態を打開しようと、渡辺恒雄読売新聞グループ本社主筆と斎藤次郎元大蔵次官の仲介で、民主党の小沢一郎代表(現・立憲民主党衆院議員)と協議を重ねたが、最終的に民主党内の了承が得られず、頓挫したことがある。
後藤氏は、1月6日のテレビ朝日の番組で、石破首相に大連立を進言したのは、12月7日に国会近くのホテルで密かに会食した亀井静香元建設相だと明かしたが、その前段の裏話を山崎拓元自民党副総裁が1月6日の現代ビジネスでこう語っている。
「先日、小沢氏が私と亀井静香氏の誕生会を開いてくれた。その席で小沢氏と『自民と立憲民主党の大連立をやろう』という話で盛り上がったが、亀井氏は『それはダメだ。野党でまとまり、国民民主党の玉木雄一郎を総理にすべきだ』と主張して、小沢氏と口論になっていた(笑)」
首相や亀井氏らがどこまで本気なのか不明だが、小沢氏の口から「大連立」という言葉が発せられたのは興味深いところだ。
自民党の木原誠二選挙対策委員長は5日、フジテレビ番組で、大連立について、参院選に絡めて「どんな民意が示されるかでいろいろな可能性があるのではないか」と述べた。
与党としては政権を維持するなら、参院選(または衆参同日選)後の大連立まで否定したわけではなく、あらゆる可能性を排除しないということなのだろう。
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政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員
1951年新潟県生まれ。東大法学部卒。読売新聞東京本社政治部長、論説委員長、グループ本社取締役論説主幹などを経て現職。2018~2023年国家公安委員会委員。
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(政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員 小田 尚)
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