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なぜJリーグで背番号「41」が急増しているのか? 単なる空き番号がトレンド化した源流を探る

REAL SPORTS / 2021年9月10日 11時50分

近年Jリーグにおいて「41」をつける選手が急増している。現在J1・J2・J3の57クラブ中、じつに半数以上のクラブに「41」を背負った選手がいるのだ。ひと昔前までは単なる空き番号でしかなかった「41」は、なぜJリーグでトレンドナンバーとなったのだろうか?

(文=佐藤亮太、写真=Getty Images)

選手名鑑を眺めていて出会った番号の「謎」

Jリーグ開幕前の楽しみの一つ。それはJ1・J2・J3すべての選手を網羅した選手名鑑を買うこと。あの選手は?この選手は?こんな選手が来たのか?と確認でき、リーグや選手の変遷を知るうえでも選手名鑑は必須アイテムだ。

あれは4月ごろだったか、選手名鑑を眺めていると、今季、「41」をつける選手が想像以上に多いことに気がついた。以下はシーズン開幕時点に加え、その後の移籍も含め「41」を調べたものだ。

■J1:9クラブ(開幕前9クラブから3増3減)
浦和:MF関根貴大
柏:GK金田大和(6月にトップチーム登録[2種])
川崎:MF家長昭博
横浜FM:FW杉本健勇(7月に浦和から期限付き移籍)
清水:GK中島惇希(4月にトップチーム登録[2種])
神戸:FW小田裕太郎
広島:MF長沼洋一
福岡:GK永石拓海
大分:DF刀根亮輔
※鹿島:MF白崎凌兵→鳥栖に期限付き移籍して「13」に
※FC東京:GK野澤大志ブランドン→岩手に移籍して「41」に
※鳥栖:MF松岡大起→清水に移籍して「33」に

■J2:15クラブ(開幕前12クラブから3増)
山形:MF中原輝
水戸:GK中山開帆
栃木:MF松本凪生
群馬:MF中山雄登 
大宮:MF小野雅史
東京V:GK佐藤久弥
町田:MF安井拓也(6月に神戸から移籍)
甲府:MF 長谷川元希
新潟:GK藤田和輝
金沢:DF山下莉人(5月にトップチーム登録[2種])
磐田:DF加藤智陽
京都:DF白井康介
岡山:DF徳元悠平
山口:DF桑原海人(8月に福岡から期限付き移籍)
愛媛:MF森谷賢太郎

■J3:7クラブ(開幕前5クラブから2増)
八戸:MF野瀬龍世(7月に来季加入内定、JFA・Jリーグ特別指定選手に)
岩手:GK野澤大志ブランドン(8月にFC東京から期限付き移籍)
福島:MF上畑佑平士
藤枝:MF清本拓己
岐阜:MF吉濱遼平
熊本:MF谷山湧人(2種登録)
鹿児島:MF三宅海斗

Jリーグ57クラブ中、J1・9クラブ、J2・15クラブ、J3・7クラブ、合わせて31クラブ。つまり全体の半数以上のクラブに「41」をつけた選手がいることになる。

なぜ多くの選手が「41」を背負いたがるのか?

「41」を背負う選手をポジション別に見ると、

J1:FW2人、MF3人、DF1人、GK3人
J2:FW0人、MF7人、DF5人、GK3人
J3:FW0人、MF6人、DF0人、GK1人
合計:FW2人、MF16人、DF6人、GK7人

圧倒的にMF登録の選手が多いことがわかる。なお2番目に多いGKに関しては、例えば東京ヴェルディ所属のGKは「1」「21」「31」「41」と分かれており、アビスパ福岡にも「21」「31」「41」を背負う選手がいる。GKの登録選手が4人以上いるクラブには「41」をつける選手が多い傾向が見られる。

ここ数年でどれだけ「41」が増えたか、2018年、2019年、2020年の開幕時点のデータ(シーズン中の加入、U-23チームは未反映)とも照らし合わせた。

■2018シーズン
J1:札幌、川崎、湘南、磐田、名古屋、G大阪、C大阪=7クラブ
J2:山口、大分=2クラブ 
J3:福島=1クラブ
計10クラブ

■2019シーズン
J1:札幌、鹿島、川崎、横浜FM、磐田、G大阪、鳥栖、大分=8クラブ 
J2:新潟、栃木、大宮、甲府、京都、長崎=6クラブ 
J3:八戸、YS横浜、鳥取=3クラブ
計17クラブ

■2020シーズン
J1:鹿島、浦和、FC東京、川崎、横浜FM、C大阪、神戸、鳥栖、大分=9クラブ
J2:新潟、群馬、東京V、大宮、京都、岡山、山口、徳島=8クラブ
J3:八戸、岩手、YS横浜、鳥取、鹿児島=5クラブ
計22クラブ

2018年10クラブ→2019年17クラブ→2020年22クラブ。さらに2021年9月現在の31クラブと増加傾向にあることがわかる。

ではなぜ多くの選手は「41」をつけたがるのか?

その理由を探るべく、筆者が可能な範囲で41番を背負う各選手に直接その理由を聞くとともに、各クラブの広報スタッフや担当記者などの協力を経てリサーチした。

すると、いくつかのパターンがあることがわかった。

それぞれの理由「ひっくり返す系」「語呂合わせ系」…

■ひっくり返す系
想像していた通り多く挙げられたのが、加入した際、すでに在籍していた選手が第1希望の「14」をつけていたため、ひっくり返すパターン。

FC岐阜MF吉濱遼平はFC町田ゼルビア、レノファ山口FCで「14」だったが、岐阜ではすでに本田拓也がつけていたので、番号をひっくり返した。今季、ロアッソ熊本からモンテディオ山形に加入したMF中原輝、今夏、ヴィッセル神戸から町田に加入したMF安井拓也も同様の理由だ。

結果的にひっくり返す系になった例もある。

今夏、浦和レッズから横浜F・マリノスに期限付き移籍したFW杉本健勇。浦和時代に「14」をつけていたことから、当初はひっくり返し系と思われたが、実はそうではなかった。2012年、杉本はセレッソ大阪から東京Vに期限付き移籍した際、41をつけていた。当時の東京Vには現在、横浜FMの昼田宗昭アシスタントスポーティングダイレクターがいた。

「これも縁なのかと。僕も41番はすごく好きな番号というか、原点に返った感じ」と原点回帰の意味が込められている。

■語呂合わせ系
アルビレックス新潟GK藤田和輝はクラブ公式HPによれば「最初にもらった番号だから。4番手から1番手になるって意味を込めたから」と理由を記している。

また年俸120円Jリーガーと呼ばれ、現在、格闘家に転身した安彦考真。安彦は2017年当時関東1部のエリース東京FCを皮切りに2018年水戸→2019年・2020年YS横浜と渡り歩いたが、背番号はすべて「41」だった。

その理由を安彦氏は「41を『for one(一つのために)』と意味づけた。僕にとっての『一つのために』は『スポーツ界を変える』なので、その思いを背負って41番にした。あとはJリーガーになった当時40歳で、黒人初のメジャーリーガーとなったジャッキー・ロビンソンが42番ということもあり僕なりの『オールドルーキー』を41番で示したかった」と深い意味を持たせている。

■特に理由はない系
2019年6月、ドイツ・インゴルシュタットから復帰した浦和MF関根貴大は「特に理由はない」としている。海外移籍前、関根はアカデミーの先輩・原口元気がルーキー時につけていた「24」をつけていたが、浦和に復帰した際、すでに汰木康也がつけていたため、空き番号の「41」とし、いまも続いている。

ここまでいくつかのパターンを紹介したが、取材を進めるうち、その源流というべき選手にたどり着く。川崎フロンターレMF家長昭博だ。

41番人気の源流は「リスペクト系」

大宮アルディージャMF小野雅史の場合、完全に「家長リスペクト」だ。家長が大宮に在籍した2014年から2016年、小野は大宮アルディージャユースを経て明治大学に在学中。そのため、家長と一緒にプレーした経験はないが、リスペクトの気持ちは強く、大宮に加入する際、継承する覚悟をもって、背負っている。「大宮の41は重い番号」と語る小野へのファン・サポーターの期待は大きい。

同じ系列ではベルギー・アントワープ所属、U-24日本代表として東京五輪を戦ったMF三好康児も挙げられる。川崎から北海道コンサドーレ札幌に期限付き移籍した際、「同じ左利きで憧れの選手」という理由で家長に合わせて「41」とした。

また先ほど登場した山形MF中原はひっくり返し系ではあるが、同じ左利きである家長が憧憬(しょうけい)の対象であり、尊敬の念も込められている。

愛媛FC所属で今季から「41」をつけるMF森谷賢太郎も2018年まで6シーズン川崎でプレーし、家長リスペクト系だが、同時に昨季をもって現役引退した中村憲剛氏の「14」へのリスペクトも込められていると自身のブログに記している。

ここ4年で10クラブから31クラブと3倍以上に増えた「41」。その発端というべき家長はどのようないきさつでこの番号をつけたのか。

2012年7月末、スペインのマジョルカから韓国の蔚山現代への半年間の期限付き移籍を経て、ガンバ大阪に復帰した。このシーズン、「14」は倉田秋がすでにつけていた。あまり番号にこだわらない家長はそれほど深く考えず、ひっくり返して「41」をつけたのが始まり。

2014年、大宮に完全移籍した際も、新体制直前の加入だった事情があり、「14」はすでに中村北斗がつけていたため、そして空き番号だったことから「41」を選んだ。以降、2017年に川崎に移籍後も同じ番号を背負い続けている。

家長自身、「41」に対し、初めから直感的にしっくりくる感覚を抱いたそうだ。家長は練習前後の過ごし方、練習中、普段の食事など、自分に合っているかどうかを吟味するタイプの選手。合っている、向いているという感覚が「41」にも感じたのだといえる。

番外編:もう一つの「リスペクト系」

家長以外にも別のリスペクト系がある。2019年に現役引退したバウルこと土屋征夫氏の背負った「41」だ。

土屋氏はブラジル留学を経て1997年、「練習生で入って最後に契約してもらったから、空いていた番号だった」とヴェルディ川崎(現・東京V)でプロ契約を勝ち取り、「41」を背負う。その後、神戸、柏レイソル、大宮、東京Vに所属して「4」「17」を着けたのち、2013年から2018年までヴァンフォーレ甲府、京都サンガF.C.、東京23FC(関東1部)で「41」を背負った。

この土屋氏をリスペクトして同じ番号を背負うのが町田DF高橋祥平。高橋はジュビロ磐田時代の2017年から2019年まで「41」をつけている。

今季、土屋氏がラストシーズンで背負った「17」をつけて町田でプレーする高橋は加入会見でその思いを語っている。
「(土屋氏を)尊敬しているのは全部。17歳でデビューしたときに(東京Vで)一緒にやっていて、身長もほとんど一緒なのに、全部が違い過ぎた。それを見て、ずっとやってきているので、超えたい一心。対人、ヘディング、ディフェンスの面に関して、リスペクトしている」

高橋のように、目標とする存在の背負った「17」→「41」→「17」と追うように同じ番号にするパターンもある。

さまざまな方の協力で進んだ「41」をめぐる旅。

10年ほど前、ただの空き番号だった「41」にさまざまな選手の思いが重なり、いまやJリーグのトレンドナンバーになった。この番号を背負う選手のさらなる活躍によって、この番号は日本サッカーにとって今後ますます特別な番号となっていくのかもしれない。

<了>






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