なぜマイナー競技選手が600万ものフォロワー獲得できたのか? レミたんが土井レミイ杏利と明かさなかった理由
REAL SPORTS / 2022年6月14日 11時30分
TikTokのフォロワー数は実に600万人。アップされている動画を見ただけでは、それがハンドボールの現役選手のものだとは気付かないかもしれない。日本では決してメジャーとはいえない競技のアスリートでありながら、なぜこれほどの人気を博すことができたのか?
フランス人の父と日本人の母との間に生まれ、紆余(うよ)曲折を経て日本代表の主将として東京五輪に出場。日本を33年ぶりのオリンピック勝利に導く活躍を見せた、土井レミイ杏利の考え方と半生に迫る自著『“逃げられない”なら“楽しめ”ばいい! レミたんのポジティブ思考』。編集を担当したスポーツライター・編集者の花田雪氏に、“レミたん”流SNSの極意を明かしてもらった――。
(文=花田雪)
アスリートとして圧倒的なフォロワー数を誇る“レミたん”の信念特に10代の若年層には「レミたん」と言った方が分かりやすいかもしれない。
昨夏行われた東京五輪にハンドボール男子日本代表のキャプテンとして出場し、大会後に代表引退を発表した土井レミイ杏利――。
日本ハンドボールリーグ(JHL)のジークスター東京でプレーしている彼は、同時に600万人ものフォロワーを誇るTikTokクリエイター「レミたん」としての顔も持つ。
国内トップのプロハンドボール選手にして、絶大な影響力を誇るインフルエンサー。
「2つの顔」を持つ土井は現在、メディアにも引っ張りだこだ。
今年2月には初の自著『“逃げられない”なら“楽しめ”ばいい! レミたんのポジティブ思考』(日本文芸社)を発売し、シーズンオフに入っても各種イベント、テレビ出演をこなす。5月にはテレビ東京『みんなのスポーツ Sports for All』のマンスリーMCにも抜てきされた。
SNSの普及により、アスリート個人が“発信”することが当たり前になった今、多くのフォロワーを持つスポーツ選手は決して珍しくない。
プロレスラーの中邑真輔やサッカー日本代表の長友佑都はインスタグラムで100万人以上のフォロワーを誇り、Twitterではメジャーリーガーのダルビッシュ有が260万人超のフォロワーに対して積極的に発信を行っている。
しかし土井の場合、他のアスリートとは一線を画したSNS活用を行っている。
極端に少ないハンドボール関連の投稿。アスリートというよりクリエイターに近い彼のTikTokを見れば分かるが、その投稿に「ハンドボール関連」のものが極端に少ない。多くのアスリートはSNSを自身のプレーや試合の感想、心情を発信する場として活用しているが、土井はいわゆる「TikTokクリエイター」のそれに近い、クスッと笑える動画を毎日のように投稿している。その上で、定期的にプロハンドボール選手としての活動報告やファンへのメッセージを挟み込む。
そこには、プロハンドボール選手・土井レミイ杏利のキャリアと、TikTokを始めたキッカケが大きく影響している。
土井がTikTokを始めたのは、世界トップレベルのフランスリーグでプレーしていた2018年9月。友人に「面白いアプリがある」と教えてもらったことが最初のキッカケだった。
「日本でははやり始めていたころですが、フランスではまだ全然。僕自身、なんのこっちゃ分からないまま、友人に勧められるまま始めました。すでにTwitterやインスタグラムなどのSNSはやっていましたが、TikTokに関しては完全に『身内』に向けたモノ。だから、友人を楽しませるため、笑わせるために動画を投稿していたんです」
トップリーグでプレーしていたとはいえ、当時の土井は国内ではまだまだ「無名のハンドボール選手」。TikTok自体、「世の中に発信する」というよりは「仲間内で楽しむもの」という認識だった。ところがある日、事件が起こる。
“レミたん”を好きになってもらえれば、“土井レミイ杏利”に興味を持ってくれる「今と比べればクオリティーは比べものになりませんが、ある日アップした動画の再生数が急激に伸びて、1日でフォロワーが4000人も増えたんです。しかも、その4000人はみんな、ハンドボールとは無関係の人たちでした」
ハンドボール選手として活動しながら、ある日突然、「身内」に向けて楽しく投稿したつもりの動画がバズった。ここで、土井の心境に変化が生まれる。
「それまで僕は、SNSを『ハンドボールを世の中に広めたい』という理由で活用していました。だから、Twitterやインスタグラムではハンドボール関連の投稿ばかりしていたんです。でも、TikTokでバズったことで気付いたんですね。『ハンドボールのことばかり発信しているだけじゃ、外の人には届かない』ということに。だからそこからも、ハンドボールとは関係ない動画をアップし続けて、できるだけフォロワーを増やしていこうと。その上で、タイミングを見て『実は僕、ハンドボール選手なんです』と打ち明けようと考えました」
国内では「マイナースポーツ」と呼ばれる競技を行う者だからこそたどり着いた逆転の発想だ。競技とは関係ないところで注目を集め、フォロワーを増やし、そのあとでハンドボールに興味を持ってもらう。
「もちろん、そのためには投稿自体がみんなの興味を引くものでなくてはいけません。だから今でも可能な限りSNSはチェックして、トレンドも調べますし、そこに自分なりのオリジナリティーを出すことも忘れないようにしています。毎日ネタを考えて投稿するのは大変ですけど、そうやって『レミたん』を好きになってくれる人が増えれば、ハンドボールをやっている『土井レミイ杏利』に興味を持ってくれる人も出てくるはずですから」
1年前は200万人だったフォロワー数が3倍に。その理由は東京五輪ではなく…順調にフォロワーを増やし、ある日満を持して「実は僕、ハンドボール選手なんです」と明かした際の反響はやはり大きかった。
「信じてくれない人もいました(笑)。でも、『レミたんってハンドボール選手だったの?』と驚いてくれる人や、中には『試合、見に行きたいです!』と言ってくれる人もいた。それだけでも、やった価値はあるのかなと」
フォロワーが100万人を超え、東京五輪が近づいてくると、『TikTokで絶大な人気を誇るハンドボール選手』としてメディアに取り上げられる機会も増えてきた。
「テレビに出ると、『レミたんってハンドボール選手だったんだ』という声がたくさん届きました。正直、今でもフォロワーの中に僕がハンドボール選手だと知らない人はたくさんいると思います。ただ、全員に興味を持ってもらおうとするのではなく、まずは僕自身を好きになってもらって、その中から『レミたんがやっているハンドボールって何?』と興味を持ってくれる人が少しでもいれば、競技の普及効果はかなりあると思うんです」
東京五輪を経て、知名度が上がった今でもその姿勢は変わらない。
実はオリンピック開催時には200万人ほどだったフォロワー数は、1年かからずに600万人を超えた。
しかし、その理由は「オリンピックに出たから」ではない。
「僕にしかできないやり方がある」。影響力をどう活用するか、その大前提は…オリンピック開催後にフォロワー数が激増することはなかったが、昨年末、ディズニー映画のキャラクターとリンクする動画をアップしたところ、それが海外を中心に一気にバズり、年明けからフォロワー数が急増したのだ。
根底には、TikTokを始めた当初からの「みんなを楽しませたい」という思いがある。だから今も、忙しいスケジュールの合間を縫って動画をアップし続ける。
「僕自身は、『有名になりたい』なんてみじんも思っていませんでした。今の世の中、知名度が上がることで生きにくくなることもたくさんあります。だから今でも、誰かが僕の代わりになってくれるのであればすぐに譲りますよ(笑)。ただ、もう覚悟は決めました。年齢的にもセカンドキャリアのことを考える時期ですし、僕自身がその影響力をどうやって活用していくのか。もちろん、大前提にあるのは『ハンドボールを広めたい』という思いです。たぶん、僕にしかできないやり方がたくさんあるし、一度でも試合を見てもらえれば、絶対にハンドボールの魅力が伝わるはずだと信じているので」
自らの発信力を高め、他のアスリートとは違う形で競技普及を目指す彼の「SNS戦略」は、全てのアスリートがまねできるものではないかもしれない。
それでも、異色のプロハンドボール選手・土井レミイ杏利は、これからも毎日、多くの人を「楽しませる」ために動画を投稿し続け、独自の方法で競技普及を進めていく。
<了>
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