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ハイエイタス・カイヨーテの魔法に迫る 音作りのキーパーソンが明かす「進化」の裏側

Rolling Stone Japan / 2021年7月5日 18時0分

ハイエイタス・カイヨーテ、一番右がペリン・モス(Photo by Claudia Sangiorgi Dalimore)

ハイエイタス・カイヨーテは2015年の前作『Choose Your Weapon』で一気にブレイクし、日本でも多くのアーティストが彼らのサウンドに言及していた。それは海外でも同様で、アンダーソン・パーク、ビヨンセ&ジェイ・Z、チャンス・ザ・ラッパー、ドレイクらが次々と楽曲をサンプリングし、その知名度は一気に高まっていった。リズムに対する挑戦的なアプローチを筆頭に、誰もが驚くような技術とアイデアを兼ね備えた鉄壁のバンドサウンドが彼らの魅力だった。

そんなハイエイタス・カイヨーテだが、2018年にナオミ ”ネイ・パーム” ザールフェルトムが乳がんを患っていることを公表し、治療に専念することを発表。バンドは一時期、活動休止を余儀なくされたが、ネイ・パームが無事に回復したことで活動を再開。アルバムの制作を開始し、ここに新作『Mood Valiant』を完成させた。

ニューアルバムはこれまでの延長線上にある曲もあるにはあるが、サウンド面でかなり進化しているような印象を受けた。進化や進歩というよりはメタモルフォーゼ(変身)とさえ思った。ただ、その大きな変化を読み解くためのヒントが、彼らの過去作にあるのは明らかだ。例えば、『Choose Your Weapon』のあとにネイ・パームがリリースしたソロ作『Needle Paw』を聴けば、新作の中にある声を自在に使ったアプローチは、ソロ作で試してきたことを糧にしているのがよくわかる。

そして、新作の印象を決定づけている不思議な音色や質感、そして、バンドというよりは、録音した生演奏が大胆に編集され、プロダクションの要素も色濃くなったサウンドを聴いたときに、僕はドラマーのペリン・モスがクレヴァー・オースティン名義でリリースしたアルバムの『Pareidolia』との関係を考えた。自身で全ての楽器を演奏し、自分で重ねて、編集し、エレクトロニックとアコースティックが交じり合う不思議な響きを作り出していた『Pareidolia』には『Mood Valiant』に繋がるものがあると僕は感じていた。また、ペリンは以前からアルトゥール・ヴェロカイからの影響を語っていた人でもあった。ヴェロカイへの思い入れはメンバーの誰よりもあるはずだと僕は思った。他にも、まるで70年代の発掘音源のような音像を聴いたときに、来日時にはディスクユニオンを回るくらいのレコード好きでもある彼のセンスが発揮されたのではとも感じていた。アジムスの『Demos(1973-1975)』のような音の悪いざらざらの質感を新鮮に聴かせる『Mood Valiant』はマッドリブからの影響も昇華したプロデューサーでもあるペリンが貢献しているのは間違いないと思った。

だから僕は、ハイエイタス・カイヨーテにインタビューすることが決まったとき、真っ先にペリン・モスを取材相手に指名した。その読みは間違っていなかった。



―2016年に来日した際にはすでに「Chivalry Is Not Dead」など新曲を披露していました。『Mood Valiant』は少なくとも4、5年くらいかけてじっくり作ったものですよね。

ペリン:曲をたくさん作ることは自分たちにとって自然なこと。だから『Choose Your Weapon』も大作になった。でも、あのアルバムでさえも、他と合わないからという理由でアルバムに入れなかった曲がある。それはバンドを始めた頃からずっとそう。すでにアルバム一枚作れるくらいの未発表の曲がある。そういう新曲はなるべくライブで演らないようにしているんだけど、一方で曲を試す場としてはライブは絶好の機会なんだよね。例えば曲の構想はあるんだけど、どう演奏していいかわからないとか、曲の構想がぼんやりしている時というのは、ライブで演奏することで、明確になることがあるんだよね。

―「Chivalry Is Not Dead」の場合はどうだったのでしょうか。

ペリン:かなり変化を繰り返した曲だったね。サビとヴァース部分を別々に作ったんだ。2つの異なる様式というか、異なる表現から成り立っている曲にしたかった。歌詞はたしか曲に乗せて書いたんだったと思う。正直、どうやって生まれたかは覚えていないんだけどね(笑)。でも、イントロのシンセの音がきっかけだったかもしれない。面白い音だと思って、いろいろなアイデアが出てきたんだと思う。曲作りに関しては、ネイが大体書き上げてきたものに、自分たちのパートを加えるだけという時もあれば、ジャムをしながら構築していくこともある。ビートメイカーのようにね。「Chivalry Is Not Dead」の場合はどうだったっけな。



―あなたはこの曲の作編曲に関して、どんなアイデアを出したんですか?

ペリン:ドラム・パターンだね。当初はもっと考え込まれたものだった。ベースの動きを意識してね。基本的に僕と(ポール・)ベンダーが一緒に演奏する際、キックのパターンを合わせることはしない。でも、この曲に関しては、自分のキック・ドラムと彼のベースの動きを意識して合わせることで、曲に勢いをつけることを狙ったんだ。ヴァース部分で自分が出したアイデアはそこかな。他にもサビの部分やアレンジも含めてアイデアを出したと思うけど、どの曲も、「ここ」って明確に示すのはなかなか難しい。メンバーそれぞれが深く関わっているからね。

でも、楽曲に対する自分の貢献の一番わかりやすい例を挙げるなら、レコーディングやミキシングの工程になる。ドラムを叩いている時も、そのことを常に考えているから。特にハイエイタス・カイヨーテの曲の場合、大抵は、ある程度曲ができた段階で、「レコーディングしたらどう聴こえるか」ということを意識する。それによって、音数を減らすとか、弾き方を変えたり、バリエーションをつけたりする。例えば、リハーサル室で思い切り叩くとその場ではうるさく聴こえるかもしれないけど、実際のミックスでは、他の音に埋もれてしまうわけで、思い切り叩けば、曲全体の雰囲気を損なわずに、引き出したい雰囲気をしっかり引き出すことができる。だからバンドの曲のパートを考える時というのは、レコーディングした時にどう聴こえるか、曲を引き立たせるのに何が重要か、といったことを意識している。それによって、自分が何をどう演奏するかが決まってくるよね。

アルトゥール・ヴェロカイから学んだこと

―『Mood Valiant』は2018年に録音を一旦終えた後、ネイ・パームの治療もあってしばらく休止期間があり、その後、彼女が回復してから再び制作を再開したと聞いています。製作再開後に大きく手を加えて、変化した曲はありますか?

ペリン:何曲かあるよ。「Get Sun」はそうだね。あとは……今作には入らず、今後の作品用にとってあるもので2曲くらい大きく変化した曲がある。録音が終わっていない曲もいくつかあるしね。コロナ禍に入ったのがきっかけで、アルバムを仕上げるのに本腰を入れたんだけど、ミキシングやプロデュースの段階でかなり変化したんだ。その中でも「Get Sun」が最も大きく変わった。ミキシングもそうだし、演奏もそう。アルトゥール・ヴェロカイがストリングスとホーンのアレンジをしてくれたのも大きかった。休止する前にあの曲をスタジオで演奏した時は、ドラムをもっと強く叩いて演奏していた記憶がある。『Choose Your Weapon』的な前ノリ感があった。でもその後、生活の中でいろんな音楽を聴いて、いろんな刺激を受けて、結果ああいう形になった。未完成のまま曲を寝かせて置けば置くほど、自分たちの中でどんどん変わっていくことが多いね。



―ちょうどアルトゥール・ヴェロカイの名前が出ましたが、彼とのコラボレーションは大きなトピックだと思います。なぜオファーしたのか教えてください。

ペリン:それはネイの提案だった。自分からすると雲の上の存在のような人だから、絶対に引き受けてくれるはずがないと思っていた。彼にオファーをしたこと自体が自分でも驚きだ。最も敬愛するアーティストの一人だからね。アルトゥール・ヴェロカイの1stアルバムは間違いなく僕の人生を変えた。自分にとっては、音との向き合い方をガラっと変えてくれた象徴的なアルバムだった。だから彼にアルバムに参加してもらえたのはこの上なく光栄だ。

なぜオファーしたかというと、ネイが強くこだわったからだ。彼女も辛い経験をして、人生観が変わったんだと思う。「人生は一度きりだし聞くだけ聞いてみよう」と彼女が言うので、オファーを出してみたら承諾してもらえたんだ。で、「だったら現地に行って、彼の作業に立ち合わせて貰おう」ということになった。「そんな予算あるの?」って心配もあったけど、「どうにか実現させようぜ」って。実際、なんとかなったというわけ。

―ヴェロカイにオファーを出す時点では、曲はどんな状況だったんですか?

ペリン:すでに自分たちで曲作りも録音も終えていて、ミックスも僕なりに完成させていた。でも、彼の参加が決まって「もっと良くなるじゃん」と思えた。「だったらこっちの方向でとことん追求できる。こういう感じの雰囲気で、こういう色彩でやろう」と別の方向へ舵を切った。おかげで、最初と全く違う曲に仕上がったよ。

―ヴェロカイは「Get Sun」「Stone Or Lavender」の2曲でのアレンジをやっています。彼のホーン&ストリングス・アレンジの特徴はどんなところだと思いますか?

ペリン:やり過ぎないところが魅力だね。少なくとも自分がこれまで聴いた作品ではそう。特にあのセルフタイトルの1stアルバム。音楽を引き立てるアレンジで、ハーモニーが素晴らしく、音の色彩が美しい。僕らはメンバー全員あのアルバムから影響を受けているんだ。あのアルバムを聴けば、彼の脳内で何が起きているのかが聴こえてくる。「そうか、こうやって曲作りをするのか」ってね。しかも自分が一番好きな音楽だ。だから、今回、彼のそんな部分を期待してオファーをしたら、期待通りのものを届けてくれたと思うよ。



―ヴェロカイとの会話やレコーディングは特別な体験だったと思いますが、そこでどんなインスピレーションがあったのか聞かせてください。

ペリン:彼の「プロ意識」が素晴らしかった。これまで見てきたなかで最も効率性を重んじたスタジオ体験だった。あれほど格調あるスタジオで、手腕のあるエンジニアをコンソールにつけて、正確に何人だったかは覚えていないけど……10人編成ほどの弦楽ミニ・オーケストラを、彼は30分で録りきったんだ。必要な全ての音をね。どれも素晴らしい音だった。まずは何より、仕事の速さに感動したよ。

当然、アルトゥール本人と対面したのも、魔法のような瞬間だった。僕らはみんな生身の本人に会えたことが信じられないって感じだったね。人間性も素晴らしくて、凄く腰の低い人で、音にも彼のそんな人となりが表れていると思う。彼の音楽と同じくらい優しい人で、親身になってくれる。素晴らしいオーラを発している人だった。あの空間で自分たちの音楽が聴けたというのも、感慨深いものがあったんだ。最初は少し緊張したけどね。前のミックスを始めにかけたんだけど、スタジオの素晴らしいスピーカーで聴くともの凄い迫力で……(笑)。そこにストリングスを重ねてくれたわけで、その場にいて、みんな感動の連続だった。なかなか言葉では表現し切れない経験だ。個人的には音楽人生のハイライトになったことは間違いないね。

ドラムと音作りの秘密を明かす

―ミックスの話が出ましたが、『Mood Valiant』は前作以上にミックスやオーヴァーダブ、ポストプロダクションに関して、実験的ともいえるこだわりやチャレンジが聴こえるアルバムですよね。特に手を加えているのはどの曲ですか?

ペリン:間違いなく「Get Sun」だね。あの曲は本当にいろんなバーションを作った。かなり思い入れのある曲でもあるんだ。自分がよく聴いていた曲を彷彿させる雰囲気があったり、自分のソロ作品を作る時(のマインド)に引き寄せられるような色彩を持った曲でもあって、自分にとってホームグラウンドと思えた曲だ。ハイエイタスの楽曲の多くは、自分にとって未知の世界を探究し、自分の知識やスキルが広げながら、目指しているものを達成するという醍醐味がある。そんな中で「Get Sun」は、自分にとってホームグラウンドに近いと思えるた曲なんだけど、一方で形にするのは難しかった曲でもある。だから、いろんなことを試してみた。ドラムに関しては叩いているんだけど、叩いていないような曲にしたかった。耳に優しいけどノレる曲って感じだね。しかも、ライブっぽい雰囲気を出したかったけど、録音のやり方の影響でミキシングできることの限界がある曲だった。だから、目指しているものは見えているんだけど、自分の手元にある素材で、どこまで何ができるのか、というのを考えないといけなかった。「なるほど。これは難しいな……」と思ったけど、やりがいはあったんだ。目指している音にするための要素が全て揃っていない中で、思い切ったプロセスや工夫を凝らした。どんな曲も思いつく限りアイデアは全て試してみたよ。そのほとんどはボツになったんだけどね。「これじゃない」「まだちょっと違う」という感じで。そんな感じだったね。


ぺリン・モスのドラム演奏をまとめた動画



―さっきドラムの話も出ましたけど、あなたがクレヴァー・オースティン名義で発表した『Pareidolia』では、ドラムの音を最後に録音したり変わったプロセスを試していました。『Mood Valiant』も変わったプロセスで制作した曲はありそうですが、どうですか?

ペリン:あるよ。すぐに思いつくだけで2曲ある。他にもあると思うけど。というのも、ある曲の一部を違うものに録り直すこともしたからね。例えば、「Chivalry Is Not Dead」のミドル・パート。1番のサビが終わったところ。あそこは最初、普通にドラム・パートが入っていたんだけど、それをミックスで大部分抜いて、ウワモノだけが聴こえるようにした。その代わり、ハンド・パーカッションやフルートといった自分の部屋にある変わった楽器を鳴らしているんだ。最初にあったものを抜いて、別の音に差し替えた例だ。

それと「Rose Water」は、みんなで一緒に演奏せずに録った。なぜそうしたかというと、自分の頭の中にあったドラム・サウンドを使いたくて、その音を自分一人の時間にとことん追求したかったから。先に、サイモン(・マーヴィン)とベンダーがクリックを聴きながら演奏して録ったものの上に寝かせる形でね。普段はあまりやらないやり方だよ。と言いつつ、今作ではこの曲だけだけど、『Choose Your Weapon』でも少しやってた。マルチトラックでドラム・パートだけ別で構築していくんだ。自分の頭の中でビートボックス風に聴こえているものを、それを実際にドラムで叩いてみる、という感じ。叩いてみて、ぎこちなくならないように、テクニックの面も気にしながら作っていく。面白いアプローチだよね。あと、「Blood And Marrow」では、曲の大半でRhythm Ace(ヴィンテージのリズムマシン)を使っていて、曲の最後でハンド・パーカッションを叩いて、厚みを加えている。これくらいの小さなドラムを使って、マイクを思い切り近付けることで、大きなドラムのように聴こえるんだ。その手のことをあの曲の最後では色々やっているよ。




―演奏面で大変だった曲は?

ペリン:一番大変だったのは「Rose Water」かな。最初だけね。今は簡単に叩けるようになった。ハイエイタス・カイヨーテの曲はいつもそうなんだ。だから新しい演奏法にいつも挑戦するんだと思う。同じことばかりやっていたらすぐに飽きてしまうからね。(ソロアルバムではすべての楽器を自分で演奏しているように)ドラマー以外のこともこれまでずっとやってきた。この曲に限らず、パーカッションはどれも大変だ。でも、「自分は下手くそだ」って考えを消したら、音楽は自分のありのままを表現するものだから、自分のままでいれば間違いようがない。そう思えれば何だってできる。そうすれば、どんなアイデアだって試すことができる。「今の自分はこんな気分だ」って思えばいい。試しにやってみて、それがどうなるか見てみればいいんだよ。

例えば「Get Sun」の最後の部分はスタジオで、楽器と機材の間を部屋の端から端まで行ったり来たりしながら録ったんだ。演奏してみて、戻って音を確認して、今度はマイクの位置を変えてみて、また演奏して、戻ってまた聴いて、最終的に「音的にはこんな感じで、あとは加工でなんとかなるだろう」って感じになった。そうやってパートを細かく作り込んでいくよりも先に音の色彩を固めていったんだ。「Get Sun」のあの最後の部分はベッドルームでビート作りをするのと同じノリを、ハイエイタス・カイヨーテの曲でもやってみた例だね。思いついたままに作ってみて、他のメンバーがどんな反応をするか試してみようと思ってやったよ。聴かせたら彼らも気に入ってくれて、「いい感じだ」と言ってくれたから、さらに追求していった。

それから即興も多いんだ。自分のパートをレコーディングで演奏する時に苦手だと思うのは、同じアイデアを何度も繰り返すこと。だから「Rose Water」は難しいと思ったんだ。旋律っぽいフレーズを繰り返し演奏するパートなんだけど、同時に感情も込めたくてね。パートを録音する時はそのバランスが難しい。中には簡単にパートを弾きこなせる人もいるけど、そういう人たちは自分を解放して演奏するほうが難しいこともある。自分の場合は、自由に演奏するのは得意だけど、決められたものに沿って演奏するのは難しい。それがハイエイタス・カイヨーテの個性にも繋がっている。ネイは自分と似ているんだ。別世界にすっと入り込める。ベンダーとサイモンのほうが堅実な演奏ができるんだ。ベンダーがベース・パートを演奏する時の安定感は半端ない。しかも毎回だ。サイモンもそう。自分はそうでもないんだよ(笑)。

タイムレスな音を生み出す秘訣

―ところで、2016年にインタビューをした時に、バスタ・ライムス「Gimme Some More」のラップにインスピレーションを受けた演奏をしている新曲を制作中という話をしてたんですけど、それは今回のアルバムに入っていますか。

ペリン:ハイエイタス・カイヨーテのためにってこと?

―たぶん……。

ペリン:ああ! ある曲のあるパートについて話していたんだと思う。今思うと笑えるよ。「All The Words We Dont Say」、新作に入っている曲だ。

―サイモンとベンダーが、シンセとベースで同じ音符をひたすら交代で弾いていく曲だという説明もしてたと思います。

ペリン:そうそう。バスタ・ライムスのパートは「ダッダッ・パラ・ダッダッダッ」というブレイクのパートを説明したんだと思う。あのパートのリズム・パターンが、いかにもバスタ・ライムスがライムを被せそうなイメージだったからそう言ったんだ。でも、そこから曲がさらに進化しているから、そんなことすっかり忘れていたよ。




―『Mood Valiant』ではサイモンによるピアノやヴェロカイの編曲によるストリングスなど、アコースティックなサウンドが印象的に使われていて、それがエレクトロニックなサウンドとの相性も抜群ですが、そういうオーガニックなサウンドを使うというのはコンセプトの中にあったんでしょうか?

ペリン:もちろんあったよ。この先もずっとそれを追求していくと思う。個人的にもそうだし、メンバー全員そういう音楽を聴くのが好きだからね。いつも頭の中で思い描くのは、誰かがレコード店でアナログ・レコードを見つけて、埃を払ってターンテーブルに乗せてかけると、頭の1分くらいはまるで60年代にタイムスリップしたかのようなサウンドなんだけど、そこにいきなりTR-808が鳴り出して、「うわっ、なんだ!?」ってなる感じだね。「60年代に808なんて無かったよね?」みたいな感じで、その音楽がいつの時代のものかという固定観念を打ち崩すイメージ。そうすることでタイムレスになるし、聴き手の想像力に委ねることができる。「これが今流行ってる音だから取り入れよう」というのじゃなくてね。それをやっちゃうと、適当なプレイリストに放り込まれて、すぐに時代遅れになってしまう。時代を超えて聴いてもらえる音楽であってほしいんだ。

例えば電子音楽のパイオニアの一人であるダフネ・オラム(Daphne Oram)による1958年の録音があるんだけど、それは初めてテープ・マニピュレーションを使った音源で、録ったドラムの音の回転数を落としているんだ。それを聴くとマッドリブを彷彿とさせられる。「なんだ、これは!?」ってね。彼女は1958年の時点でテープの回転数を落としたり、編集したり、音を重ねたりしていた。それ以来、ずっと継承されてきた手法だ。凄いよね。そんなふうに、60年代や70年代初頭のレコードを聴いて、今でも斬新に思える感覚が僕らは好きなんだ。自分が作る音楽も、その二つの世界の融合を常に目指している。曲を書ききらないことが多い理由でもある。「えっ、この曲はいつ作られたの?」と思わせる、ちょっとした何かを持たせたいからね。わかりやすすぎたり過剰すぎる表現は避けたいし、さりげない表現が好きなんだ。どんな芸術もそうだけど、そういう作風に惹かれる。未来永劫とは言わないけど、今でもそういう時代を超えた魅力を持ち合わせた音楽を聴きたいと思って探しているし、自分でも作りたいと思う。その中に自分らしさを出すことにもやりがいを感じている。

実はそういう音楽って、当時の技術に限界があったからこそ、限られた中での創意工夫から生まれるものだったりする。一方で今は、どんな音でも無限に出せるし、いくらでも編集したり、完璧な音にも不完全な音にもすることだってできる。やろうと思ったらなんだってできる。しかもiPhoneのような携帯端末一台で音楽をほぼ作れたりもする。だから自分はつい、わざわざクセのある機材を通して音作りをしてしまうし、耳が自然と不完全な機材に傾倒してしまうんだ。そこから生まれる不完全な音のほうが想像力を掻き立てられるから。手の内がすぐにわからないところがいいんだよ。Nordを鳴らして、「Nordの音だ」ってすぐにバレるんじゃなくてね。(不完全な音は)楽曲の構成とは全然関係ないんだけど、その曲を聴く上でのトンネルのような役割なんだ。そこを歩くことで曲の世界にすっと入れる役割というか。曲の引き立て役として必要なんだ。



―クセのある音と言えば、「Rose Water」ではイントロとアウトロでピアノの音質やノイズの量が違うように思います。音の解像度や汚れ具合が異なるクリーンな音とダーティーな音を混在させて、不思議な世界観を作り出していると思える箇所がいくつもあるのが『Mood Valiant』の特徴だと感じました。

ペリン:さっきの話と少し被るかもしれないけど、例えば「Rose Water」のアウトロは、1チャンネルで全てやらないといけなかった。アルバムが完成する1カ月前まであらゆることを試したよ。あの曲の最後は、ネイのボーカルとピアノしかないわけだけど、何かもっと広げられないかと思って、Stemファイルをほしいとまでメンバーに言ったんだ。そして、あのピアノのチャンネルをいろんなアンプを通してみて、それをマイクで拾って、それにEQをかけて柔らかくしたり、音によってリヴァーブで膨らませてみたりもした。どんな些細な工夫も無駄じゃないからね。

「Rose Water」だけじゃない。どの曲のどのパートも、曲を通して音が変化していくんだ。だからこそ、終わり方が難しいこともある。あとは、ある曲で「これだ」っていうサウンドを見つけて、それを一旦寝かせて別の曲を4、5つほど取り掛かってから、またその曲に戻ってみると「あれ、これどうやって出したんだっけ?」ってなることもある。「このパートでも使いたいんだけど、どうやって出したのかを忘れちまった」ってね。そういう時は、別のやり方で同じような音を出す方法を見つけるしかない。僕は野生の勘でやっているのか、決まって使う定型のアプローチがあるわけじゃない。取り組み方はしょっちゅう変わる。良くも悪くもだ。選んでそうしているわけじゃない。そういう性分なんだ(笑)。

―野生の勘はすごい(笑)。今回のアルバムを作っている時に、インスピレーションになったものってありますか?

ペリン:個人的な話になるけど、最後のほうはエルメート・パスコアールをはじめとしたブラジル音楽をたくさん聴いていた。エルメート・パスコアールはさっき話してたことを見事にやってのける人だから。非常に美しい音楽の中に(不完全な音が入っていて)、「この楽器は何?」「ミックスにどうして入っているの?」「何が狙い?」と思わせることができる。その道の達人だ。アルバムでいうと『A Música Livre de Hermeto Pascoal』(1973年)だね。彼がフルートを吹いているライブ写真がジャケットでオレンジの後光がさしている。彼の作品は他にもいろいろ聴いた。

他には……これだ(自宅のレコード棚から取り出す)、オス・チンコアス『Os Tincoãs』(1970年)。頭を切り替えたい時によく聴いたアルバムだね。落ち着くし聴き心地がいい。このアルバムを聴いて、ハーモニーについて多くを学んだ。彼らが生み出すハーモニーは凄く心に刺さるものがある。あとは単純に、聴きながらよく歌のメロディーを口ずさんだ。歌詞抜きでね。ポルトガル語ができれば歌詞の内容もわかるのになと思うよ。大好きなアルバムだね。あとは、曲単体で聴いたものもあるね。曲を作っていて、「このパートはあの曲のあの部分っぽい雰囲気にしたい。どうしたらこのサウンドが出せるか」となることはよくある。人生は音大そのものだ。レコードを聴いて、独学で多くを学ぶことができる。


マイルス・デイヴィス&ロバート・グラスパー『Everythings Beautiful』(2016年)でのハイエイタス・カイヨーテ参加曲「Little Church」は、エルメート・パスコアール提供曲のリミックス(原曲はマイルス『Live Evil』収録)。




―最後に、Brainfeederとの契約に際して、フライング・ロータスと話したことがあれば聞かせてください。

ペリン:そんなにたくさん話をしたわけじゃない。でも、自分たちにぴったりのレーベルだと思う。ベンダーもそうだし個人的にも、そしてバンドとしてこれからさらにプロダクションの幅を広げる上でも、フライング・ロータスからは大きな影響を受けている。Brainfeeder関連でいうと(世界配給を行っている)Ninja Tuneがあるけど、そもそもビートを作り始めた頃、僕はNinja Tuneのアーティストから大きな影響を受けた。DJヴァディム、アモン・トビン、DJクラッシュ。ハイエイタスの連中と会う前にビートを作っていた頃に影響を受けた人たちだ。さらにフライング・ロータスのような新世代のビートメーカーも出てきて、彼は音楽だけに止まらず、アニメに関わったり表現の幅を広げている。自分たちにぴったりのレーベルだと思うし、世界中からリスペクトされて、良質な音楽を発信し続けているレーベルと契約できて光栄だよ。

彼と新作について話をすることはほとんどなかったけど、一つだけ言われたことがある。『Mood Valiant』に当初入っていた1曲について「今回は入れないほうがいい」と言われたんだ。実は僕もそう思っていたから「そう言ってくれてよかった」と思ったのと、「(聴き分ける力が)やっぱり凄い人だ」と思った。たしかに浮いてたんだよね。その曲は次回作に入れることになると思う。あとはハイエイタス・カイヨーテが新しいことをやっているところを気に入ってるみたいだったよ。


※好評発売中の「Rolling Stone Japan vol.15」に、ハイエイタス・カイヨーテのネイ・パーム取材記事を掲載。聞き手は柳樂光隆。



ハイエイタス・カイヨーテ
『Mood Valiant』
発売中
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11757

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