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YOASOBIとブリング・ミー・ザ・ホライズンが語る、リスナーに「驚き」を与える楽曲とは?

Rolling Stone Japan / 2024年3月1日 21時0分

左から、Ayase、オリヴァー・サイクス、ikura(Photo by Maciej Kucia)

2024年のサマーソニックでメインを飾ることになった英シェフィールド出身のロックバンド、ブリング・ミー・ザ・ホライズン。4月に初のアメリカ単独公演を開催する日本発のYOASOBI。日英を代表するアーティストのトークセッションが、昨年12月に発売された雑誌「Rolling Stone Japan vol.25」誌上で実現。今回はこの貴重なテキストをノーカットでWEBで公開する。

【撮り下ろし写真を見る】YOASOBIとブリング・ミー・ザ・ホライズン

インタビューは昨年11月の「NEX_FEST」開催前に実施された。ブリング・ミー・ザ・ホライズンのオリーことオリヴァー・サイクス(Vo)をこれまで何度も取材している編集者/ライターの大野俊也が進行役となり、YOASOBIのAyase、ikuraを交えた日英アーティスト談義はスタートした。

ーAyaseさんとPaleduskのDAIDAIは長い付き合いの友達なんですよね。

オリー DAIDAIから話は聞いてるよ。

Ayase 僕の音楽の友達の中では一番古い友達です。16歳の時からの友達なので。

オリー 同じ地元の出身?

Ayase 隣りの県です。僕が山口で、DAIDAIは福岡なので。

※DAIDAIがソングライティングとプロダクションに参加したブリング・ミー・ザ・ホライズン「Kool-Aid」MV



ーNEX_FESTにYOASOBIもPaleduskも出演が決まった時、DAIDAIとは何か話しました?

Ayase もちろんです。僕もDAIDAIもブリング・ミー・ザ・ホライズンは憧れの存在なので。それぞれ全然違うルートに進んだのに、同じところで夢を叶えて集合する感じが、本当に熱いよねっていうのを、たくさん話しました。

ー熱いですね。

Ayase 熱いです。だから、このフェスはめちゃめちゃ意味があるんです。Paleduskというバンド自体、僕の後輩に当たるんですけど、DAIDAIは後から加入してるんです。Paleduskは昔よく対バンしてました。

オリー ヤバいね。DAIDAIからは(Ayaseが)メタルコア・バンドのボーカルだったことも聞いてるよ。

ーブリング・ミー・ザ・ホライズンは最初どのように知りました?

Ayase 僕がバンドを始めた時が2012年で。始めて少しして、『Sempiternal』のアルバムが出たんです。当時一緒にやってたギターのメンバーが「カッコいいバンドがいる」と教えてくれて、「Shadow Moses」を聴いたのがきっかけです。



ー当時のメタルコア・バンドの中で、ブリング・ミー・ザ・ホライズンが特別なバンドだと思った部分はありますか?

Ayase そこから掘り下げて、前のアルバム『Suicide Season』も聴いて、それも好きだったんですけど、『Sempiternal』のアルバムにある、他のバンドにはない神聖な感じというか、曲を聴いた後に一本の映画を見終わったような感覚、宗教的にも感じられるような空気感がカッコいいなと思って。それで好きになりました。



ーシンガーとしてのオリーはどうですか? 

Ayase いやあ、もうカリスマです。

オリー (照笑)。

ーikuraさんはメタルは聴いてましたか?

ikura 自分の中では通ってきてなかったんですけど、Ayaseさんと一緒にYOASOBIを始めてから、ブリング・ミー・ザ・ホライズンさんのお名前はずっと聞いてました。

Ayase 「Parasite Eve」が初めて聴かせた曲だったんです。



ikura 自分のルーツにはなかったので、ドカンと来ました。Ayaseさんの中でどういう歴史があって、音楽ルーツの中にブリング・ミー・ザ・ホライズンがどうやって入ってきたのかというのは、あまり詳しいところまで聞いたことがなかったんです。この前インタビューでお話してるのを読んで、今回私も1曲1曲たどりながら聴かせてもらいました。Ayaseさんが大リスペクトしてる方ですし、今もずっと影響を受け続けてる音楽だと聞いていたので、なるほどと思いながら自分の中でも、YOASOBIの楽曲、Ayaseさんの作る楽曲の中で、辻褄が合ったんです。きっといろいろなエッセンスとして、ブリング・ミー・ザ・ホライズンからもらったものを消化して、新しい形で曲にしてたりするのかなって、勝手に自分の中では感じてました。なので、今回のフェスでご一緒できるというのもすごく光栄ですし、アーティスト主宰のフェスには初めて出させていただくこともあって、とても気合いが入ってます。

Ayase 楽しみです。

オリー 昨日BABYMETALと会ったんだけど、BABYMETALもYOASOBIと共演できるのを楽しみだと言ってたよ。

ーYOASOBIの音楽はチェックしました?

オリー もちろん。すごくカッコいいよね。まず聴いた時にとても驚いたんだ。DAIDAIからは日本のポップ・ミュージックだって聞いてたから、僕としてはK-POPに近いものをイメージしてたんだけど、実際に聴いてみて、これが日本のポップ・ミュージックだとしたら、かなりヤバいことになってるなと思った。

Ayase うれしいです。

オリー 音楽的にチャレンジしてる部分がたくさんあるし、ロック・ミュージックが盛り込まれてると思った。1曲の中で、いろいろ異なるアイデアを組み合わせて、様々な要素をふくらませて、それをちゃんと形にしてまとめてるところが、とても気に入ったよ。DAIDAIと曲作りをした時にも感じたことなんだけど、DAIDAIもAyaseも、多くのアイデアを引き出しとして持っていて、異なる要素を組み合わせてくる。でも、曲としての統一感はちゃんと出せる。これには大きなインスピレーションをもらえたね。僕も自分のバンドで同じようなことをやりたいし、音楽がフレッシュに聴こえるための新しい方法を見つけていきたいから。日本のアーティストの音楽を聴くと、YOASOBIもPaleduskもそうだけど、そういうやり方で新しい音楽を生み出す凄い才能を持ってることに気づかされるんだよ。「これとこれを混ぜてしまうの?」ってなるし、クレイジーだなと思うし、驚かされるんだけど、聴いてておかしくないどころか、自然と楽しめてしまうんだ。しかもすごく大きなオーディエンスが付いてるよね。これは僕のようなイギリス人にとっては、かなりの音楽的なチャレンジだと言えるし、エキサイティングだし、インスピレーションに溢れてるとしか言いようがないよ。

ーブリング・ミー・ザ・ホライズンもYOASOBIも、それぞれロックとメタル、J-POPをベースにしながらも、境界線なんて関係なく新しい音楽を追求しているという点では、共通しているんじゃないでしょうか。J-POPっていうのは、ある意味、究極のハイパーポップだとは思いませんか?

オリー 間違いないね(笑)。

Ayase (笑)。

ーでも、どんなサウンドになっても、メロディだけは絶対にJ-POPになるんですよね。

オリー そうだね。YOASOBIの音楽はハイパーポップ以上だと思うよ。そもそもハイパーポップがカッコいいのは、あまりにも先を行ってるからなんだ。最初に浮かんだアイデアをそのまま形にしてるしね。曲のパートごとに時間もエネルギーも手間もめちゃくちゃかけてるし、単なる曲というよりも、まるで旅に出てるみたいな感じだ。そこに自分の居場所を見つけてイメージできるのはめちゃくちゃクールなことだよ。どんなジャンルでも音楽でリスナーに驚きを与えるのって、とても難しい。でも新しい音楽というのはそういう中から生まれるわけで、それで僕はハイパーポップが次世代の大きな流れになると思ったんだ。

Ayase それで言うと、ジャンルに関しては、僕はそこまで深くは考えてないんです。DAIDAIともそういう話をするんですが、その時に一番気持ちがいいと思った音だったり方向性を選んでいく中で、たまたまこういうジャンルで、そこにあるルーツから引っ張ってきたという感じで。最終的にまとめるためには、それこそ緻密に、バランスを取るために考えるけど、最初の枠組みを決める時は、もうただただ好きなものを、「これも欲しい」「あれも欲しい」と言って、カゴに入れていく。それで一旦レジに出すみたいな(笑)、そんな感じなんです。



ー新しい音楽が好きで、引き出しもたくさんあるから、そうなるんですよね。

Ayase 何でも大好きだから、それはあるかもしれないです。

オリー よくわかるよ。

ーメタルコアのクセが思わず出てしまうことってあります?

Ayase けっこうドラムとかリズムの刻み方にはこだわりますね。ブレイクダウンしたり、ビートダウンしたりというのを、ポップスでもガンガン取り入れたくてやってますけど、元々そういうセクションがメタルコア・バンドをやってる時に好きだったからというのはあります。


Ayase(Photo by Maciej Kucia)



時代と向き合い、変わり続けること

ーブリング・ミー・ザ・ホライズンの曲で特に好きな曲は?

Ayase 好きな曲は山ほどあるんですけど、「Parasite Eve」にはすごく衝撃を受けましたね。どこから作っていったのかと思って。

オリー あの曲は音楽よりも前に歌詞があったんだ。インスピレーションは日本の小説「パラサイト・イヴ」で、遺伝子が人間に寄生することで脅威が訪れるというストーリーなんだけど、関連していろいろな記事も読んでみた。同じタイミングで、ロンドンで今までになかったくらいの猛暑になったことがあって、僕は未来に対して恐怖とパラノイアを感じてしまって。そこからのアイデアで、ウイルスが世界中に蔓延して、人類を滅亡させてしまうという歌詞を書いたんだ。パンデミック前に書いた曲なんだけど、実際にコロナ禍になった時、すごく奇妙な感じがしたんだよ。この曲はコロナウイルスのことを書いたわけじゃないのに、現実ではコロナウイルスでどんどん人が死んでいく。この曲を聴いて不快に思ったり、動揺したりする人もいるだろうし、当時のエンターテインメントの世界の状況を考えると、この曲は自粛すべきだな思ったんだ。でも、パンデミック下で多くの人がつらい思いをしたり、現実逃避をしたりする中で、ちゃんと向き合うことで乗り越えていかなきゃいけないと思ったから、これを曲にして出すことに意味があると思えた。それで歌詞を少し変えて、ダークさを抑えた。例えば、歌詞に”When we forget the infection / Will we remember the lesson?(僕たちはこの感染を忘れた時に/教訓を思い出せるのか?)”とあるんだけど、前に書いた時はもっとダークで、”We survive the infection / Will we remember the lesson?(僕たちはこの感染を生き延びたわけだけど/その時の教訓を思い出せるのか?)”だった。近しい人をコロナで亡くした人でも聴けるように、僕なりに配慮した。元々僕は政治的な歌詞は書いてこなかったし、ほぼ自分のことを歌詞にしてきた。だけどこの曲ではパンデミックの状況、今の世界が置かれてる状況を歌うべきだと思ったんだ。

ーオリーは小説「パラサイト・イヴ」にインスピレーションを受けて曲を作りましたが、YOASOBIはどの曲も小説や物語をモチーフに曲を作っているんですよ。

オリー うん、すごくカッコいいと思うね。ちゃんとコンセプトがあるのっていいことだし、リスナーにとっても楽しめるものになると思うから。

ー小説をモチーフに音楽を作る時に、一番大切にしていることはありますか?

Ayase 小説の原作者へのリスペクトですね。あと、原作者と同じ深さまで自分がちゃんと潜って理解することが一番大事です。そこはこだわって、ずっと続けていきたいところです。



ーikuraさんは自分のことを歌う時とは違って、小説をモチーフにした世界を歌う時は、どういうアプローチを心がけていますか?

ikura 原作の小説にすべてが書いてあるとは思うんですけど、そこからAyaseさんが音楽にした時に、Ayaseさんがどんな風にこの物語を音楽として消化したのかというところを想像します。それは想像でしかないですけど、そこで敢えて話し合ったりすることなく、私が新たに感じた部分だったり、主人公にこんな風に歌ってほしいとか、こういう感情であるだろうという自分のイメージがあるので、それをレコーディングの時にぶつけながら、世界観と主人公の心情の機微を意識します。実際に音楽として入ってくる時は、歌声が大きな要素として耳に入ってくると思うので、私が一番最後の伝え手として、そこまで渡ってきたバトンを絶対に落とすことなく、ちゃんとそこを引き継いだ状態で、主人公の気持ちをしっかり乗せられるように、一言一言のニュアンスまで気をつけて歌うようにしています。

オリー 素晴らしい歌だと思うよ。歌詞はわからないけど、物語や世界観を理解した上で、どういう感情を伝えようとして、その瞬間にそれがどれだけ広がって、エモーショナルになったり、より速くなったり、よりヘヴィになったりしていくのかというのが想像できる。僕にとってはアニメのテーマ曲もそうだね。そこにはいろんな感情が凝縮されてるから、悲しい部分もあれば、ヒロイックな部分もある。それを音楽で表現できるなんて、素晴らしいことだと思うんだ。

ーYOASOBIの歌のメロディはキャッチーですけど、同時にかなり複雑ですよね。オリーはどう思いますか?

オリー すごくオリジナルだし、他の音楽とは違うと思うね。僕たち西洋の人間にとっては、インド音楽を聴いて感じるのと同じくらい違うものなんだ。音階や音符の選び方が全く違うんだよ。僕は大好きだけどね。何度も聴いてみて、やっとそのキャッチーさと複雑さがわかるんだ。

ーAyaseさんはJ-POPからメタルまでいろいろ通ってきましたが、メロディはどのように作りますか?

Ayase 僕のメロディは超J-POPだと思いますね。J-POPは元々好きだったし、そこからメタルコアのバンドをずっとやってきたけど、ルーツにはしっかり日本の歌謡曲的なメロディがあるので。そこは自然に出てしまいますね。

ー音楽のルーツについて聞きたいのですが、どういう音楽を聴いて育ちましたか?

オリー 両親はそれほど音楽を聴いてなかったんだけど、父親がけっこう変わってて。ダンス・ミュージックとかノーザン・ソウルをランダムに聴いてたよ。僕自身もロック・ミュージックに出会うまでは、ドラムンベース、テクノ、ハッピーハードコアとかを聴いてて、あまり音楽にこだわりはなかった。13歳の時にリンキン・パーク、グラスジョーといったロック・バンドを好きになって、これはヤバいなってなったんだ。その後、自分でもロック・バンドをやっていくうちに、昔聴いていたダンス・ミュージックも取り入れようなんてことにもなったよ。

Ayase 僕はずっとクラシック・ピアノをやってたので、音楽にはずっと触れてきました。クラシックは今でも聴いてます。そこからJ-POPになるんですけど、TVを観てるといろんな番組で音楽が流れるので、当時の日本で話題になってるJ-POPを聴いてました。それで、歌が好きだから歌手になりたいって思ったんです。どういう方法で歌手になろうかと思った時に、マキシマム ザ ホルモンを知って。バンドがカッコいい、バンドのボーカルをやろう!と思って、そこから激しいラウドの音楽にハマっていったんです。

ikura 私は3歳までアメリカのシカゴに住んでいて。その頃から兄弟がずっとディズニー・チャンネルを観てたので、ドラマと一緒に音楽を聴くというのが、一番最初の入り口になったと思います。日本に帰ってきてからは洋楽を聴いて育ったんですけど、中学校、高校でJ-POPのバンド、J-POPの第一線を走っていた方々の音楽を聴いて、それが自分の中で細胞になっていって、自分でも曲を作るようになりました。


ikura(Photo by Maciej Kucia)

ー両者とも、今まで聴いてきた音楽がベースにありながらも、新しい音楽を追求していますよね。オリーにしても、最近の曲では2000年代あたりのエモ、ポストハードコアの要素を取り入れながら、全く新しい音楽として形にしていますね。

オリー 「POST HUMAN」シリーズの1作目『POST HUMAN: SURVIVAL HORROR』は、コロナ禍に出したんだけど、その時は未来が暗いものに見えたから、誰もが後ろ向きになってたよね。僕もそこは同じで、子供時代を振り返ってみて、オルタナティブ、ニューメタルの時代に戻って、リンキン・パーク、リンプ・ビズキット、デフトーンズといったバンドを聴いてみたんだよ。そこで感じたノスタルジックな気分に、フューチャリスティックなもの、今の時代の要素をミックスすることで、音楽的に新しいものを打ち出したいと思うようになったんだ。「POST HUMAN」には、特別なエネルギーと特別な感覚を持たせたかったんだよね。ノスタルジックなことで、自分の若い頃を思い出すと同時に、今の時代の最新のアプローチを見せることで、聴いた人が「ワオ、ヤバいじゃん。こんなのは聴いたことがないよ」って感じるようなものを作りたかったんだ。



Ayase 今オリーが言ってたような、自粛期間での話でいうと、そこは僕も近い感覚を持ってて。自粛のタイミングって、世界が夜になった感じがすごくしたんです。深い夜の中に包まれて、暗くてよく見えないし、誰かにそばにいてほしいけど、時間も遅いから会いに行けない状態になってしまう。夜になると眠りたいし、夢も見たいし、恋しくなる気持ちもすごく強くなるから、さっきオリーが言ってたような、懐かしいところに回帰してみたくなる気持ちも生まれると思うんです。それでいざ明けてきた中で、みんないつの間にか夜に慣れてしまって、今度は暗くない外を出歩くのが逆に怖くなってる。しかも明けてみたら、「世界ってこんなんだったっけ?」となって、知らないうちにいろんなことが変わってしまってるし、元通りになったはずなのにどこかヘンだぞ、みたいな。YOASOBIはそういう中で始まったユニットなので、ずっと変わり続けることを、僕らは当たり前のようにやってきたんです。時代のことをあまり深く考えようとは意識的に思っていないものの、「今みんなこういう表情をしてるな」「今みんなこういうことを思ってるんだろうな」「今みんなこういうものを欲しいんだろうな」というのは、YOASOBIを始めてから勝手に感じられるようになったというか、聞こえてくるようになった気がしますね。


左から、ikura、オリヴァー・サイクス、Ayase(Photo by Maciej Kucia)

ーYOASOBIの活動はまさにコロナ禍の時期とかぶっているわけですけど、コロナが明けた時に外に向けてのライブ活動が開花したというイメージもあります。外に出てライブをすることで新たに感じたことはありますか?

Ayase フェス、ライブが復活した時は、お客さんもまだまだぎこちないなと思いましたね。みんなどこかでずっと気を遣ってる空気はあったし。これは大きな意味で、少しずつ復興していかなきゃいけないだろうと思ったし、それと同時に、みんながこの場所を待ってたんだろうなというのは感じました。

ikura 自粛期間が明けて、私たちは2022年に初めて夏フェスに出ることになったんです。その年はAyaseさんが言ってたような、「どんな感じだったっけ?」というのが残ったままで。それを経て、2023年も夏フェスがあって、私たちの初めてのアリーナ・ツアーがあって。みんな一人ひとりが違う事情で、いろんな苦労や大変なことを経験して、より息苦しくなってしまった部分と今も闘ってるわけです。だから、私たちのライブに来た時は、いつもなら背負ってなきゃいけないものを全部置いて、解放されてほしいとすごく思います。私もライブに立つ時は、誰かを救いたいとか、そういう気持ちよりかは、パッと驚かせたいという気持ちと、みんな仲間なんだよという気持ちで。楽しく盛り上がって、みんなが自由になれる時間を、この2時間だけでもいいから一緒に過ごして、また明日から頑張っていこうね!という気持ちを持つようになりました。

Ayase ライブはやっぱり楽しいですね。







感情や想いをソングライティングに投影

ーオリーは曲作りをする時、世界との関わりはどのように考えています?

オリー 歌詞を書く時はすごくパーソナルなものになる。ものごとを表現する時は、自分自身でどう解釈したのかということしか書けないから。『POST HUMAN: SURVIVAL HORROR』を作った時は、大きな問題を扱おうと思ってたんだけど、結局は自分が経験したことしか書けなくてね。パンデミックになった時、自分が再び抱えてしまった個人的な問題と闘うことになったんだけど、それって大きな問題にも通じることだなと気づいたんだ。コロナ禍になる前、僕自身はメンタル的にも良い状態にいると、勝手に思ってた。でも実際はバンドが忙しすぎただけで、それがパンデミックになって、家で何もすることがなくなった時に、バンド活動していた時の喜びや興奮がなくなってしまって、それで問題が起こってしまった。それって、世界とか社会がどう動いてるのかというのに、とても似てると思ったんだよ。うまく回ってる時はいい感じだけど、何か小さなことで止まってしまうと、混沌に向かってしまう。社会は壊れやすいものだというのを思い知らされたんだ。たった一つのウイルスで社会のシステム全体が止まってしまう。人類はOKじゃないし、僕だってOKじゃない。だから曲では世界の大きな問題について扱ってるけど、それは僕の個人的な問題とそこからの気づきを通して表現したものなんだ。「sTraNgeRs」という曲では、僕と同じような問題を抱えてる人たちと一緒にいることで、安全とか平和、安らぎを求めるということを、大きな問題にも当てはめてる。そこでは自分の家、自分の国から逃れてきた難民の人たちのことも歌ってるんだ。今のアメリカ、イギリスではこういう人たちに対する反応がすごく冷たかったりする。それと同時に、例えばドラッグの問題を抱えてる人たちに対する反応も冷たい。理解ができないから、中毒者は自己中心的で自己破壊的だと決めつけて、もっと深いところにある原因を見ようとはしない。そういう感じで、パーソナルな視点と大きな問題と結びつけるということを、僕はどの曲でもやってみたんだ。



ーYOASOBIの曲も、小説をベースにしながらも、そこにAyaseさんの解釈や表現が入って、ikuraさんの歌で表現されることで、世界観がより広がっていくような印象がありますね。

Ayase はい。原作をなぞるだけではなく、主人公の感情、物語の中で生まれるいろんなドラマを自分の実体験とか、実際の生活とリンクさせてる部分は絶対にあります。むしろ、そういった主人公の感情を使わせてもらって、言いたかったことを伝えることもできる。リスナーは主人公や物語というフィルターを通すことで、僕の気持ちも汲んでもらえるし、原作も味わえるという構造になってるんです。もちろんバランスは難しいですけど、原作は自分の作品だと思えるくらい深く読みますし、自分の身体を一回通るからこそ、新しく出てくるものになるんです。

ikura 私はどうしても原作者さんにはなれないし、Ayaseさんにもなれないし、主人公その人自身になって歌うこともできないんです。でも、そこには物語を読んだ自分の中だけの感想があるし、ただなぞらえただけではない、自分が経験したことと近い感情を持ってくることができる。「悲しい時こそ、こういう風に歌いたくなるかもな」とか、作品に寄り添った時に出てくる自然な声色やニュアンスがあるので、自分の中ではそういうのを大事にしてます。ファースト・インプレッションで楽曲を聴いて、物語を読んで思ったことも歌に乗せてます。YOASOBIだからこそ生まれる化学反応の良い部分を、自分の歌声でも乗せられたらいいなというのは、すごく思ってます。



ー今回、NEX_FEST出演の話が来た時はどう思いました?

Ayase めちゃめちゃうれしかったです。きっと僕らはジャンル的にも少し浮くだろうし、他はラウドで激しいバンドが出るだろうなっていうのは、その時点で予想できました。でももう「出たい!」という気持ちが強くて、そういう場でも僕らはいいパフォーマンスができるという自信があったので、是非とも出させてくださいということになりました。

ーインタビューでは「僕らが一番デカい音を出す」って言ってましたよね。すごくいいなと思いました(笑)。

Ayase (笑)いつも通りの僕たちが培ってきた今の最大限のJ-POPを、このフィールドでぶつけられたらと思ってます。

オリー デカい音、期待してるよ(笑)。

ーオリーはなぜ一番最初のNEX_FESTを日本でやろうと思ったのですか?

オリー 日本が僕たちを選んでくれたようなものだよ。ずっとフェスを日本でやりたいと思ってて、コロナ禍の前からアイデアを考えてたんだ。僕の好きな音楽の多くは日本のアーティストだからね。他の国でツアーをやる時は誰を連れていくのかでとても悩むんだけど、日本でやる時は悩む必要がなかったよ。僕たちのアルバム『amo』にしても、世界中で日本での反応が一番良かったんだ。『amo』には多様性があるし、サウンド的にもこれまでとは全く異なる音楽になったけど、日本の人たちが一番ワクワクしてくれたし、受け入れてくれたと思うんだ。他の国だと、今はもちろん変わりつつはあるけど、ロックならロックの枠に収まっていないと受け入れられにくかったりする。だから最初に日本でやることで、「音楽とはこうあるべきじゃない?」というのを世界に伝えたかったんだ。ジャンルの壁なんて要らないし、新しいものを好きになるのにも壁なんて要らないから。陳腐な言い方かもしれないけれど、音楽を通していろんな人たちをつなげたいんだよね。

Ayase 最高ですね。ちょうど今日オリーに見せようと思って(自分の部屋に『Sempiternal』のジャケットが飾ってある写真を見せる)。

オリー ワオ、素晴らしいね(笑)。


オリヴァー・サイクス(Photo by Maciej Kucia)

ーYOASOBIは「アイドル」がBillboard GLOBAL TOP200 (Excl.U.S.)で1位を獲得したり、LAで行われた88risingのフェス、HEAD IN THE CLOUDSに出演したりと、海外に出て行くことも視野に入ってきていると思います。そこについては今はどのような気持ちで考えていますか?

Ayase 今は完全に踏み出してる感じなので、このままどんどんたくさんの人に聴いてほしいし、「この国の人はこういう風に思うんだ?」とかリアルな声も聞いてみたいです。僕らはどんな音楽も大好きだし、いろんなものを吸収しながら、僕たちが持ってるJ-POPというコアを崩すことなく、発信し続けられるという自信があります。世界中のいろんなものから刺激を受けながら、どんどん世界に向けて発信していきたいなというのは思っています。最近も旅行でロンドンに行ってきたんですけど、最高すぎて、ここにもう少し長い時間いたら作る曲も変わるだろうなと思ったりしましたね。

ー自分たちのJ-POPの良さのままで海外に届いたというのは大きいですね。

Ayase そうですね。でもこれで「自分たちは世界に通用するんだ」みたいに過信する気はないです。ただ、知ってもらうきっかけになったのはうれしいことだから、ちゃんと受け止めつつ、今度はどんなアプローチをしていこうかということを考えて、ちゃんと楽しみながら挑戦し続けられたらなと思ってます。

ーこれから先は、「J-POPは海外では通用しない」という考えもなくなっていきそうですよね。

Ayase 壁はマジで壊したいと思ってます。偉そうなことを言いたいわけじゃないですけど、みんなどこかで世界に対して恐怖心を強く抱いてたと思うので。「どうせ」みたいなのがあったと思うんですよ。そこの垣根は僕らが崩せると信じてます。

ー実際に楽曲がチャート入りしたり、海外のライブで反響を目の当たりにしたりした時に、自分の中で意識が変わった部分はありますか?

Ayase 届く時は届くんだなと思いました。扉が開いたかどうかまではわからないですけど、穴は開けられたと思うんです。これをどんどん大きくして、ちゃんと扉にして、今後のJ-POPのアーティストたちも、若手もそうだし、僕ら自身もそうだけど、J-POPが普通に世界においても熱いジャンルの一つだよねという風に思ってもらえる日が来たらうれしいなと思ってます。

ikura LAのフェスでステージに立つ直前に、アーティストの紹介があった時に、すごく大きな歓声をもらって、「LAにYOASOBIの音楽が届いてるんだ」って、やっと思えたんです。目に見える形で歓声をいただいた時点で、「待ってくれてる人が本当にいた」って思いました。実際にステージに立って、お客さんが日本語で歌ってくれた時に、Ayaseさんが言うように、本当に穴を開けられたというか、少しだけ見えたというところが、すごく大きな手応えとしてあって。だからこそ、自分たちの音楽でしっかりと扉を開いていきたいなと思ってます。

オリー その姿勢は間違ってないと思うよ。これをやったらもっとビッグになるだろうと思って、自分たちのことを変えてしまうと、正反対の結果を招いてしまうからね。自分たちが本当にやりたいことを追求して結果が出たら、そこで報われた気持ちになるんだ。だから自分たちのままで突き進んでほしい。YOASOBIは世界でも大きくなると思う。K-POPは今めちゃくちゃ大きくなって、アメリカやイギリスでも当たり前の存在になってる。K-POPのグループのソロプロジェクトとなると、よりクリエイティブなものが多かったりするんだけど、そういうのも今は受け入れられてる。若い世代になればなるほど、耳が肥えてきてるし、どんどん深く新しい音楽に興味を持つようになってるからね。今はより多くの人たちがJ-POPのことを理解できるようになってるし、アニメも世界中で大きな存在だから、これからの可能性はすごくあると思うね。

ー今後一緒に何かやれるといいですね。

オリー もちろん。最初にYOASOBIの音楽を聴いた時、一緒にやりたいと思ったよ。

Ayase 今度は僕らがイギリスに行って、何かできるといいですね。

ーオリーがボーカルでフィーチャリングというのはどうでしょう?

Ayase いや、恐れ多くて簡単には言えないです(笑)。

オリー (笑)。

※この記事が掲載された「Rolling Stone Japan vol.25」は書店・CDショップ・ネット書店で現在発売中


左から、Ayase、オリヴァー・サイクス、ikura(Photo by Maciej Kucia)

Styling = Shota Funahashi(YOASOBI), IORI YAMAKI(BRING ME THE HORIZON)
Hair and Make-up = nari(YOASOBI)
Hair = HAYATE MAEDA(BRING ME THE HORIZON), Hair Assistant = REN(BRING ME THE HORIZON)
Make-up = YUKA HIRAC(BRING ME THE HORIZON), Make-up Assistant = BERI(BRING ME THE HORIZON)

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