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サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」とオッペンハイマーの原子爆弾の関係は? モンテーニュとの対話 「随想録」を読みながら(175)

産経ニュース / 2024年4月27日 11時0分

作家のJ・D・サリンジャー(AP=共同)

何よりも必要なキャッチャーの叱咤

不覚にもコロナに感染してしまい、この半月ほど熱と全身の痛みにうなされ、もうろうとした状態で過ごしている。食欲はほとんどないが、食べなければ回復はおぼつかないと心得て、味のほとんど感じられない食事を無理やり流し込み、時折かかりつけ医に行って点滴を打ってもらっている。コロナは本当にしつこい。回復の兆しが見えてこないのがもっともつらい。

こうなってしまうと、せっかくマウンドに立つ機会を与えられているのに、1球も投げずに降板したいという弱気の虫に襲われる。

そんな自分に向かって、どしんとミットを構え、どんな球種でもいい、どんな速さでもかまわない、とにかく投げてみろと、投球を促してくれるキャッチャーがいる。その叱咤(しった)にこたえようと、ボールがキャッチャーまで届くかどうかも分からないが、とにかく投げてみる。

私にとってボールを投げるとは、原稿を書くこと。キャッチャーとは、原稿の最初の読者であるデスクのことである。デスクいわく「どんな球が来ても体を張って止めます。安心して投げてください」。ありがたい言葉である。そう、信頼できるキャッチャーがミットを構えてくれるなら、自分がどんな状態であろうと試合は始められる。たとえ滅多(めった)打ちにあったとしても…。

そんなこんなで、前回の桜をテーマにしたコラムを書き、今回のコラムを書き始めようとしている。さて何を書こうか。そうだ「キャッチャー」について書こう。そう腹を決めるや、頭が少しだけ回り始めた。なんというタイミングだろう、「原爆の父」と呼ばれた理論物理学者、ロバート・オッペンハイマー(1904~67年)の生涯を描いた映画「オッペンハイマー」(クリストファー・ノーラン監督)が公開されたばかりじゃないか。これを天佑(てんゆう)と言わずして何と言う。

原子爆弾めぐる看過できない表現

今回のテーマはユダヤ系米国人作家、サリンジャー(1919~2010年)が1951年に発表した『ライ麦畑でつかまえて』だ。原題は「The Catcher in the Rye」。

ちょうど半世紀前、高校生のときに野崎孝さんの訳で読んだ。社会や人間関係と折り合いを付けられず、高校を退学させられた17歳の少年、ホールデン・コールフィールドの一人語りの物語として、さして深く考えることなく消費していたが、日本人として看過できない表現がこの作品にあったことを思い出したのだ。手元にあった村上春樹さんの新訳で読み返してみた。

第二次世界大戦の記憶も生々しい時期に、従軍経験のあるサリンジャーは、ホールデンにこう語らせる。

《兄のDBはなにしろ四年間も軍隊に入っていた。戦場にも行った。Dデイに敵前上陸もした。でも彼は戦争よりも軍隊のほうをより憎んでいたと僕は真剣に思うんだ》

DBの経験はサリンジャーのそれと見事に重なる。そのDBがホールデンに、第一次世界大戦中、イタリア軍兵士となったアメリカ人とイギリス人看護師の恋を描いたヘミングウェーの『武器よさらば』を勧めたことについて、《DBはあんなにも戦争と軍隊を激しく憎むことができるのに、どうしてこんなインチキ本を好きになれるんだろう》と激しく批判する。問題の発言はこの直後だ。

《いずれにせよ、原子爆弾なんてものが発明されたことで、ある意味では僕はいささかほっとしてもいるんだ。もし次の戦争が始まったら、爆弾の上に進んでまたがってやろうと思う。僕はそういう役に志願しよう。ほんとに、真面目な話》

どうだろう、『ライ麦畑』は、単に青春小説としてくくれる物語ではない。加えて作中、ホールデンの2つ年下の弟、アニーは1946年7月18日に白血病で亡くなっている。人類史上初の核実験が成功したのは45年7月16日のことだ。ネバダ州の核実験とハリウッド俳優の死因との因果関係を追った広瀬隆さんのノンフィクション『ジョン・ウェインはなぜ死んだか』を思い起こす。

「二葉亭餓鬼録」というブログで、田中幸光さんという方が、興味深い指摘をしている。ひとつは『ライ麦畑』は、サリンジャーの要望によって、51年7月16日にリトル・ブラウン社から刊行されたという事実。さらに、ホールデンは、退学処分を受けた高校のオッセンバーガー・メモリアル・ウィングという棟に住んでいた。オッセンバーガーとは、その高校のOBで葬儀ビジネスで一財産こしらえた人物。「オッセンバーガー」と「オッペンハイマー」。この類似をどう考えるべきか…。原子爆弾の発明が、サリンジャーに決定的な何かをもたらしたことだけは確かだろう。

ライ麦畑とは過酷な戦場か

物語の終盤、にっちもさっちも行かなくなったホールデンは、信頼できる教師、アントリーニの元を訪ねる。アントリーニは、フロイトのサークルに一時期出入りしていた精神科医、ヴィルヘルム・シュテーケルの言葉を彼に紹介する。

《彼はこう記している。「未成熟なるもののしるしとは、大義のために高貴なる死を求めることだ。その一方で、成熟したもののしるしとは、大義のために卑しく生きることを求めることだ」》

ホールデンの原子爆弾をめぐる発言は、未成熟であろうとする彼を象徴するものとして捉えることができるだろう。同時に見逃せないのが、愛する妹のフィービーに「心からなりたいと思うのは何か」と問われたホールデンの答えだ。彼は崖っぷちにあるライ麦畑で、何千人という小さな子供たちが何かのゲームをしている例を挙げる。

《よく前を見ないで崖の方に走っていく子どもなんかがいたら、どっからともなく現れて、その子をさっとキャッチする(・・・・・・)んだ。そういうのを朝から晩までずっとやっている。ライ麦畑のキャッチャー、僕はただそういうものになりたいんだ》

サリンジャーが配属された第12歩兵連隊は、およそ3千人の兵士のうち8割以上が戦死したという。ライ麦畑とは、過酷な戦場を意味しているのだろう。それにしても、志願して原子爆弾の上にまたがりたいという願望と、子供たちを転落から救うキャッチャーになりたいという希望がどう結びつくのだろう。

初読から50年後、原子爆弾の使用が現実味を帯びるいま、再読した『ライ麦畑』はあまりにも悲痛で、救いようのない物語だった。それは現代の世界が、『ライ麦畑』が書かれた時代よりも、はるかに複雑化し、個人ではとても太刀打ちできないシステムの怪物と化してしまったことの証しではないか。(桑原聡)

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