普通の人々の質の高さこそ日本の国力 施光恒の一筆両断
産経ニュース / 2024年5月20日 12時14分
先月出版された駐日ジョージア大使のティムラズ・レジャバ氏の新刊『日本再発見』(星海社新書)が非常に面白い。日本の良さをまさに再発見できると同時に、日本の国力の源泉について確認することもできる。
レジャバ氏は1988年生まれというからまだ30代の若い外交官だ。父上の仕事の都合で4歳の時に来日し、その後、母国ジョージアに帰国した時期もあったものの、ほぼ日本で小中高大の教育を受け、会社員も経験している。大変な知日家である。
レジャバ氏が強調するのは、日本の普通の人々のレベルの高さである。例えば、街の清掃員だ。日本を訪れた外国人は「日本は道もトイレも、どこへ行ってもきれいだ」と驚く。これには、ひとり一人の衛生観念の高さもあるが、清掃員の質の高さの表れでもあると指摘する。
さらにレジャバ氏が驚嘆するのが、日本人の多くが、仕事に関係がない活動にも最大限に力を入れて取り組むという点だ。保育園の保護者会、学校のPTA活動、さまざまな趣味の集まり、街のゴミ出し――。お金にならない事柄であっても、時間をかけて議論し、細かいところまで気を遣い合い、責任感をもってこなしていく人が非常に多い。
レジャバ氏は「日本人は『普通の人』が普通でないくらいにすごい。基本的なレベルが高い」と繰り返し、「このことについて、もっと自信をもっていい」と論じる。
私も同感だ。普通の人々が高い職業倫理や社会的責任感を持っていることこそ、日本の国力の最大の源泉だと思う。
東日本大震災やコロナ禍のような危機的状況でも、頼りになったのは普通の日本人の意識の高さだった。今年初めの羽田空港での航空機衝突事故でも、日航機側の乗員・乗客が全員無事に脱出できたのは彼らの見事な連携の賜物(たまもの)だった。
あまり知られていないが、昔から日本の人口当たりの公務員数は世界的に見て非常に少ない。国内総生産(GDP)における政府支出の割合も、他国と比較すれば日本はかなり小さい方だ。つまり日本はだいぶ以前から小さな政府の国なのだ。だが日本の街は清潔に保たれ、各種組織の運営はどの国よりも整然としている。これは、政府の働きではなく、普通の人々の意識の高さによるものだ。
普通の人々のレベルの高さを維持することこそ、私は日本の政治の第一目標とすべきだと思う。具体的には、第一に、分厚い中間層を再生し維持することだ。レジャバ氏も指摘しているように、日本社会をしっかりと支えてきたのは中間層の存在だ。だが1990年代半ばからの新自由主義的政策の結果、「1億総中流」と称された分厚い日本の中間層も揺らぎを見せている。
第二に、家庭や地域社会、あるいは学校での教育のあり方を点検し、必要な手立てを講じていくことだ。レベルの高い普通の人々が育成されてきたのは、家庭や地域社会での暗黙裡のしつけや教育がうまくなされてきたからだろう。また学校教育においても、明示的な教科教育というよりも、むしろ係決めや給食当番などの特別活動、ならびに部活動などの教科外の教育が十分に機能してきたからだろう(レジャバ氏は学校の部活動を高く評価している)。
近年では、若者の雇用環境が不安定化し、経済的苦境に陥っている若い世代が多い。そのため、しっかりと家庭を作り、余裕をもって子育てを行うのが難しくなっている。地域社会も、過疎化やシャッター街化が進行し、壊滅状態だ。町内会活動やボランティア活動に参加する経済的・心理的余裕がない家庭も増加している。学校教育においては、文科省は学校部活動の地域移行という美名を前面に出しつつ、その実、部活切り捨てを行おうとしている始末である。
レジャバ氏が称賛するレベルの高い多数の普通の日本人を今後も育成し続けることができるのか、私は大いに不安である。そうした普通の人々の減少は、まさに日本の国力の衰退につながる。政治は危機感を持つべきではないか。
施光恒(せ・てるひさ) 昭和46年、福岡市生まれ、福岡県立修猷館高校、慶應義塾大法学部卒。英シェフィールド大修士課程修了。慶應義塾大大学院博士課程修了。法学博士。現在は九州大大学院比較社会文化研究院教授。専攻は政治哲学、政治理論。著書に『英語化は愚民化』(集英社新書)、『本当に日本人は流されやすいのか』(角川新書)など。「正論」執筆メンバー。
外部リンク
この記事に関連するニュース
-
世界が注目、14歳の“天才ピアニスト”ツォトネ・ゼジニゼ初来日 Eテレでも紹介
ORICON NEWS / 2024年6月1日 21時1分
-
「月曜から夜ふかし」桐谷さん、ジョージア大使とまさかの2ショット公開「サウナに入ってたら」
日刊スポーツ / 2024年5月25日 14時52分
-
いつから「私立文系」は「国立文系」の下になったのか…「数学ができない=劣等生」になった歴史的経緯
プレジデントオンライン / 2024年5月23日 9時15分
-
「時給3000~5000円の人」が仕事を奪われるリスクが一番高い…時給5000円以上の「レアカード仕事人」になる方法
プレジデントオンライン / 2024年5月16日 9時15分
-
「大学無償化」への批判が的を射ていない真実 お金だけでは得られない豊かさに目を向ける
東洋経済オンライン / 2024年5月8日 15時0分
ランキング
-
1ガスト、大人のお子様ランチプレートがおつまみとして素晴らしすぎた<チェーン店ひとり酒>
日刊SPA! / 2024年6月2日 15時52分
-
2テレビの電源を「本体の主電源」で消すと故障の原因になるってホントですか? 【専門家が回答】
オールアバウト / 2024年6月2日 20時35分
-
3「餃子の王将」この2年で4度目の値上げを発表。それでもお客が離れない“2つの理由”
女子SPA! / 2024年6月1日 8時46分
-
4関東撤退から半年 東京に復活した「東京チカラめし」、なぜ新店舗が庁舎内に?
ねとらぼ / 2024年6月2日 12時0分
-
5月19万円の年金で貯蓄3000万円でも「贅沢はできない」67歳男性が語る年金暮らしのリアル
オールアバウト / 2024年6月1日 22時20分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください