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<朝晴れエッセー>3月月間賞は「桜」

産経ニュース / 2024年4月20日 8時0分

朝晴れエッセーの3月月間賞に、田中正子さん(79)=東京都杉並区=の「桜」が選ばれた。桜を嫌った亡き母の生涯とともに、戦没者家族の思いを描いた作品で、重厚なテーマ性と構成力の高さが評価された。選考委員は作家の玉岡かおるさんと門井慶喜さん、岸本佳子・産経新聞大阪本社夕刊編集長。

岸本 「桜」で3人そろいましたね。玉岡先生はいかがでしたか。

玉岡 やはり桜には日本人の思いが込められますね。兄は桜が舞う中で出兵し、ビルマで散った。終戦から80年近くがたち、あの時代を知る人は少なくなりました。靖国神社や千鳥ケ淵戦没者墓苑が、こういう思い出とともに描写されるというのは貴重です。よくぞ書いてくださったと思いました。

門井 内容はもちろん、構成が素晴らしい。驚くほどきれいな起承転結です。「転」にあたる靖国神社のシーンでは、花見客の喧噪(けんそう)と著者たちの悲しみが対比されている。「結」にある最後のカギカッコもいい。文章は何でも起承転結で書けばいいわけではありませんが、これは桜の美しさと構成的な美しさが符合して非常に決まっています。書き出しも素晴らしい。

岸本 一文目でどういうこと?と引き込まれました。読み手は明かされた理由に衝撃を受け、その衝撃が、お母さまや著者への思いを深めていく。「18で長兄を産み、45で私を産んだ。まさに子育ての一生であった」というところにも、時代を感じます。お母さまの激動の人生に触れ、脳裏に浮かぶ桜の映像に弔いの思いを重ねました。門井先生の◎は「卒業おめでとう」。私も選んでいます。

門井 娘さんの投稿が朝晴れエッセーに掲載されたことが書かれていますが、著者が言いたいのはタイトル通り卒業式のこと。生死をさまよう、切実な体験を描いた作品です。それでいて、文章がとても抑制的。著者は「回復」して、娘は「成長」した。似て非なる2つの言葉の響き合いが見事です。

岸本 掲載されたエッセーを読む前に突然日常が断たれた。視力が回復されたとき、途切れていた時間を再開させるように、真っ先に娘さんのエッセーを読まれたことに、心を揺さぶられました。玉岡先生が◎にされた「レモン」は、不思議な読後感を抱く作品でしたね。

玉岡 不思議なオチでしたね。「いったい何がふさわしいのだろう」という謎かけから始まり、ずっとレモンを分けてもらう算段をしている。それなのに収穫されてしまって、普通なら残念とか、来年こそはといった未練が出てくるところで、「もうドキドキしなくて済むのだ」。この意外性が私にはスカッと響きました。

門井 いいオチですね。僕は同じようなオチの放り出し方の作品として、「みかん」の方を選びました。著者はみかんを売る男性が目が見えないことを最後に明かすと決め、しっかり逆算しながら書いている。おつりを待っているところで終わっているのが、余韻があっていい。

岸本 男性が両手を壁に沿わせて歩いていたり、両手を宙に泳がせるようにしたりするシーンで、もしかしたら…と思わせる。

門井 男性の動作の描写がうまく、しっかり伏線を張って、だんだん事実に近づいていく。作為があるという点で「みかん」を取るか、作為がないという点で「レモン」を取るかは、意見が分かれるところです。

岸本 みかんを買うという、なんてことない内容が作品になっていますね。「光陰矢の如し」の著者は94歳! 終戦後の引き揚げから人生を振り返られた、こちらも貴重なお話です。

門井 体験の切実さもありますが、昭和22年から現代に至るまでの長い年月にふさわしい情報量があり、かつ、ごたついていない。「病気の問屋」「肝っ玉母さん」「妖怪」という、筆者のこれまでの呼び名でみせていく仕掛けに、作品として読ませる意識を感じます。気力が充実していないと書けない。僕は94歳になっても小説を書けるとは思えません…。

玉岡 健康であったとしても、作品を書く気力があるかどうか。今回はほかにも高齢の方の元気さに、励まされる作品がありました。「逆上がり」と「『と』と『か』」は、高齢化が進む中でのロールモデル。共感を抱いた方は多かったのではないでしょうか。

岸本 「逆上がり」は、年齢とともに体が重力に逆らえなくなる様子が目に浮かびました。「大きくなったら」も、お孫さんに「ばあばは大きくなったら何になるの?」と聞かれ、真剣に考えているのがいいなと思いました。

玉岡 想像が具体的ですよね。加齢や体の衰えに寄り添いつつも「頑張るじいじとばあば」は、朝晴れエッセーの新たなジャンルになってきていると感じます。

岸本 これからも投稿が楽しみですね。それでは月間賞ですが、全員が選んだ「桜」でしょうか。

玉岡・門井 そうしましょう。

受賞の田中さん「お花見行かない理由聞けず」

亡くなった兄は志願して兵士になりました。意志の固さから、母は反対しなかったそうです。不思議なもので、エッセーの掲載日は兄の命日でした。

いつ亡くなったか分からないので、命日は戦死公報が届いた日。帰ってきた遺骨が兄のものかは分からないけれど、「一緒に戦地に行って亡くなった方だから」と、うちのお墓に入れたそうです。

幼い頃、母をお花見に誘うと、怒ったような口調で「行かない」と言われました。なんでかなと思いましたが、理由を聞けない雰囲気があって…。「友達と行っておいで」と、麦ごはんの麦をよけて、白いところだけで作ったおにぎりを持たせてくれました。

まさか月間賞をいただけるなんて。人生のいい記念になりました。母も喜んでいると思います。

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