「東洋のマンチェスター」の栄華伝える 大阪城天守閣上回る資金投入 渋沢栄一も名誉顧問に 大大阪 モダン建築を歩く㊦ 綿業会館(1931年)
産経ニュース / 2024年5月10日 10時30分
今年7月から新一万円札の顔になる実業家、渋沢栄一。500社以上の企業の創立に関わり、「日本資本主義の父」と呼ばれた渋沢が設立に尽力した企業のひとつが、明治15(1882)年に誕生した大阪紡績(現・東洋紡)だ。近代的設備を取り入れ、大量生産を実現した大阪紡績の成功は後発の紡績会社設立の呼び水となり、紡績業を中心とした繊維産業が勃興。大阪は「東洋のマンチェスター」と呼ばれる工業都市へと発展した。繊維業が集積した大阪・船場の地に残る俱楽部建築、綿業会館は、そんな「糸へんの街」大阪のパワーを今に伝える。
伝統を継承
御堂筋と堺筋の間に位置し、心斎橋と中之島を南北につなぐ三休橋筋(さんきゅうばしすじ)。電線が地中化され、ガス灯が並ぶ筋に沿っていくつかの近代建築が残り、レトロな雰囲気を楽しむことができる。中でも綿業会館は、三休橋筋を代表する建物だ。
茶色の壁面タイルと1階部分の石張りが特徴的な外観はクラシカルな印象を与えるが、竣工したのは昭和6(1931)年。すでに現代にも通じるモダニズム建築が現れ始めた時期であり、当時の感覚からしても少し古風な建物であったようだ。
「歴史を感じさせる仕上げを工夫し、昔からあるかのような印象を与えることが俱楽部建築では求められていた」と大阪公立大の倉方俊輔教授は語る。時代が昭和となっても、歴史と品格をあわせもつ俱楽部建築の伝統を綿業会館は受け継いでいたのだ。
巨額の寄付
綿業会館誕生のきっかけをつくったのは、東洋紡績(現・東洋紡)専務、岡常夫だ。昭和2年に死去するが、綿業関係者が集える俱楽部を設立したいという遺志によって翌3年に100万円(当時)が寄付され、俱楽部の拠点となる綿業会館建設に向けた動きが始まった。同年、母体となる日本綿業俱楽部が発足。紡績業発展に貢献した渋沢も名誉顧問として迎えられた。業界関係者からの寄付も加え、最終的には150万円の建設資金が用意されたという。
『日本綿業俱楽部五十年誌』によると、会館建築費に70万円、室内備品代に21万円を費やしたとある。これは同じ年に完成した大阪城天守閣の再建費用(47万円)をはるかに上回る。大阪のシンボルをしのぐ費用を惜しみなく投じた繊維業界の繁栄ぶりをうかがわせる逸話だ。
圧巻の内部
巨費をかけた綿業会館の内部は圧巻だ。米・英・仏・伊の各様式を駆使して仕上げられた内装は「近代美術建築の傑作」との評価が定着している。特に3~4階が吹き抜けとなった談話室の壁面を彩るタイルタペストリーは、現代では再現不可能と思える豪華さだ。
設計者は当時、大阪を代表する建築家の一人だった渡辺節。チーフ・ドラフトマン(主任製図工)として参画したのが、渡辺建築事務所に在籍していた村野藤吾。後に、昭和の建築界を丹下健三とともに二分したともいわれる建築家だ。
「談話室内にある階段のデザインは村野が手がけています」と同倶楽部の吉山裕二総務部長は説明する。
村野は終生、綿業会館に深い愛着を持ち続けたが、あくまで師である渡辺の作品であるとの姿勢を崩さず、自らの貢献を声高に主張することはなかった。
「年令層が違い、趣味嗜好(しこう)が異っている人々の集まりなので、全部に満足を与えるということはなかなか出来ない」(『綿業会館の設計と私』)
後年、渡辺は俱楽部建築の難しさをそう回想している。部屋ごとに異なる様式を取り入れたのは、会員の多様なニーズに応えるため。内装に重点を置いたのは「外観はあまり立派でなくても、内容は数十年の後もはずかしくないものにしたい」(『同』)という施主の希望をかなえるためだった。
将来の冷房装置の普及を予想して地下に設置スペースを確保したり、工期を延長してまで談話室の設計を変更し、自らタイルタペストリーの配置を手がけるなど、渡辺は建物の完成に心血を注いだ。そんな師の姿を村野はよく知っていたのだろう。
平成15年、綿業会館は国の重要文化財に指定された。先人の思いがこもった俱楽部建築は、街の歴史と品格を伝える文化遺産として生き続けている。(荒木利宏)
◇
綿業会館
・大阪市中央区備後町2丁目5の8
・竣工 昭和6(1931)年12月31日
・構造 鉄骨鉄筋コンクリート造(地上7階、地下1階)
・設計 渡辺建築事務所(渡辺節)
・国重要文化財
・原則毎月第4土曜日に公開(有料)06・6231・4881
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