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【新書大賞2023・10位】10分で答えが欲しい人たちに「ファスト教養」が熱烈に支持される理由

集英社オンライン / 2023年2月10日 14時31分

「役に立つ」知識を手っ取り早く身につけ、ビジネスパーソンとしての市場価値を上げたい。そんな欲求を抱えた人たちに熱烈に支持される、YouTubeやビジネス書などの「ファスト教養」。この現象を分析した新書『ファスト教養』が、中央公論新社主催の「新書大賞2023」で第10位に選出された。本書より、一部を抜粋、再構成してお届けする。

「ファスト教養」と「ファスト映画」

ファスト教養を語る重要な観点として「コスパ」があげられるが、それを突き詰めたとでも言うべきコンテンツとして、SNS上でたびたび話題になる「ビジネス書図解」がある。その名のとおり、ビジネス書の要点をパワーポイントのようなスライド数枚に圧縮したものである。



本を読む時間はない(とりたくない)がビジネス書で語られる内容はおさえておきたい、もしくは中田敦彦の言うように「本は取っつきにくい」と感じる人にとって、ビジネス書図解は最適なコンテンツだろう。

一部では著作権上の問題を指摘する声もあるが、ビジネス書図解を展開する有名アカウントは出版社や弁護士とも連携して権利問題をクリアしている旨を自身で明示している。中には数万人のフォロワーを抱える実績を活かして図解作成のノウハウを情報商材として販売するアカウントもあり、その影響力は引き続き拡大している。

一方、個人ではなく企業としてビジネス書の要約を提供するサービスも好調である。フライヤーが手がけるビジネス書の要約サービス「flier」の会員数は2020年12月時点で75万人。2022年内の会員数120万人を目指して資金調達も完了している。このサービスの売りはビジネス書を中心としたさまざまな書籍を一冊あたり10分程度で理解できることで、対象となる書籍についての三つの要点、本文の要約、さらにはレビュワーによる簡単な解説がまとめられている。

ビジネス書など「味わう」よりも「知識を得る」ことが大事なコンテンツと向き合う際には、こういったサービスをうまく使うことも効率的な情報収集のために重要だろう(もっとも、「flier」では細かい部分こそ重要な書籍がかなり大まかにまとめられているケースもあり注意が必要だが)。

ただ、この考え方がカルチャーもしくはエンターテインメントの領域に持ち込まれると妙なことになる。たとえば、映画を二時間観る中でストーリーや情景描写に感情移入しながらクライマックスでカタルシスを覚えるのではなく、コスパを大事にするためにその作品の「要点」と「要約」だけを知ったとして、それは「映画を観た」ということになるだろうか?

コスパを重視する若年層

社交スキルアップのために古典を読み、名著の内容をYouTubeでチェック、財テクや論破術をインフルエンサーから学び「自分の価値」を上げる…こうした「教養=ビジネスの役に立つ」といった風潮が生む息苦しさの正体を明らかにした『ファスト教養』

ファスト教養の文脈に照らし合わせれば、そういった「映画体験」でも十分に「映画を観た」ことになる。何となく話を合わせるツールとして活用できればいいのだから、要点さえわかれば映画鑑賞に二時間使う必要はない。田端信太郎の言うように、ファスト教養の重要な精神は「嫌いでもいい。まずは、読んでみる」なので、コスパを考えれば「その世界に深く入り込むのではなく、手っ取り早く要点と要約を知りたい」という発想になるのは自然な流れである。

そんな背景に目を向けると、2021年6月に逮捕者を出すに至った「ファスト映画」(字幕やナレーションを駆使して映画のストーリーおよび結末を短時間で紹介する動画。権利者の許諾は得ていない)が支持を集めたことについても理解が深まるはずである。

ファスト映画の支持につながった「映画の結論をクイックに知って周りと話を合わせたい」という心理は、ファスト教養の「ビジネスに役立てるためにとりあえず話を合わせるためのネタが欲しい」という欲望と共通している。

編集者・ライターの稲田豊史は現代ビジネスの記事「『映画を早送りで観る人たち』の出現が示す、恐ろしい未来」(2021年3月29日。のちに『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ―コンテンツ消費の現在形』〈光文社新書、2022年〉に大幅加筆のうえ収録された)の中で、「5分の動画で映画1本を結末まで解説してくれるチャンネル」と接する人々のことを「『古今東西の名著100冊を5分で読む』のようなノリ」「『忙しいビジネスマンが、通勤中にオーディオブックでベストセラービジネス本を聴く』ような行動に近いのかもしれない」と指摘している。

また、同記事において、コスパを重視する若年層の「趣味や娯楽について、てっとり早く、短時間で、『何かをモノにしたい』『何かのエキスパートになりたい』と思っている」という傾向を紹介している。ファスト教養が広まっていく中で、その考え方はエンターテインメントの受容スタイルにも及んでいると言える。

ファスト教養の時代において、「作品を堪能する」といった姿勢は無条件で受け入れられるものではなくなってきた。当たり前の話だが、二時間じっくり映画を楽しんでも必ずしもお金を稼ぐこととはつながらない。単に話を合わせる(その作品を知っていると表明する)ことが目的であれば、最初からあらすじと結論だけを知ろうとする方がコスパが良い。今の時代のエンターテインメントは、そういった空気と向き合う必要が出てきている。

「教養」としての「ポップカルチャー」

ファスト教養とファスト映画の共通項について指摘したが、映画のようなポップカルチャー、もしくは学校の勉強とは距離があるジャンルについて語るうえで、「教養」という概念を持ち出す傾向は昨今定着した感がある。これから挙げるのは、いずれも二〇一九年以降に刊行された実在する書籍である。

『仕事と人生に効く教養としての映画』
『教養としてのラーメン』
『世界のビジネスエリートが知っている 教養としての茶道』
『ビジネスエリートがなぜか身につけている 教養としての落語』
『ビジネスに効く教養としてのジャパニーズウイスキー』
『教養として知りたい日本酒―世界のビジネスエリートが大注目!』
『新しい教養としてのポップカルチャー―マンガ、アニメ、ゲーム講義』
『ビジネス教養としてのゴルフ』
『教養としての腕時計選び』
『教養としてのロック名曲ベスト100』
『教養としてのマンガ』
『教養としてのビール―知的遊戯として楽しむためのガイドブック』
『教養としての将棋 おとなのための「盤外講座」』
『ビジネス教養としてのアート』
『教養としての食べ方―おとなの清潔感をつくる』148
『外国人にも話したくなるビジネスエリートが知っておきたい教養としての日本食』
『教養としての写真全史』
『ビジネスに活かす教養としての仏教』
『教養としてのミイラ図鑑―世界一奇妙な「永遠の命」』
『平成最後のアニメ論―教養としての10年代アニメ』
『教養としてのヤクザ』
『高いワイン―知っておくと一目置かれる 教養としての一流ワイン』
『教養としての現代漫画』

何であれそのカルチャーに興味を持つきっかけとして機能するのであれば、その担い手としては嬉うれしいことなのかもしれない。優れたガイドの存在がそのカルチャーの間口を広げてくれるのも事実である。

ただ、こういった書籍の存在は、取り上げるカルチャーを「とりあえずおさえておきたい知識」の一つとしてエントリーさせる機能を果たす。つまり、「味わう」のではなく「知識を得る」ビジネス書的な世界にその文化が接続されることになるとも言える。

先ほど紹介した稲田の記事では、「彼らは、『観ておくべき重要作品を、リストにして教えてくれ』と言う。彼らは『近道』を探す。なぜなら、駄作を観ている時間は彼らにとって『無駄』だから。無駄な時間をすごすこと、つまり『コスパが悪い』ことを、とても恐れているから」という若者層の傾向が紹介されている。教養という言葉とともにそのジャンルのエッセンスを教えてくれるタイプの本は、時代の要請に応えているのだろう。

「ざっくりと」「コスパ良く」把握することこそが時代の空気

筆者の実感として、特定のジャンルに明るくなるためには、「はずれ」も引きながら身体でその分野の空気を覚えていく必要がある。また、自分で見つけたという感覚自体がそのカルチャーにのめりこんでいくきっかけにもなり、そのような経験も過去に何度もしてきた。

しかし、稲田の記事を読むと、もはやこういった考え方自体が古いものになってきていると認識すべきなのかもしれないとも思わされる。いずれにせよ、表面的にでもその領域の大枠を「ざっくりと」「コスパ良く」把握することこそが、ファスト教養隆盛以後の時代の空気である。

とりわけ、第一章で触れた『教養としてのラップ』、および田端が引き合いに出していたフリッパーズ・ギターなど、音楽に関する知識は教養として捉え直されることが多い。

たとえば、『教養として学んでおきたいビートルズ』。著者の里中哲彦は今のポップミュージックの基盤を作った四人組について「1960年代からこんにちに至るまで、性別も年齢も、人種も民族も、出自も職業も超えて、いまもなお多くの人びとに愛されている。もはや世界が共有する『教養』の一部である」と定義し、「ジョン・レノンやポール・マッカートニーがビートルズのメンバーだったことを知らない若者がいるという話をはじめて耳にしたときは、信じられない思いがした」と嘆いてみせる。

そのうえで、スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツの精神性の根底にビートルズの存在があることを語る。第二章でも触れた「イノベーションの象徴」としてのジョブズを持ち出すあたり、「教養はビジネスにとって大事」の構造にビートルズが代入された本と言える。

また、『教養としてのロック名盤ベスト100』(著者は先に挙げた『教養としてのロック名曲ベスト100』と同じ川﨑大助)は、アメリカのRolling Stone とイギリスのNMEがそれぞれ選んだ名盤ランキングを統合して歴史上の重要な100枚を選出するという企画がもとになっているが、掲載されたリストについて「『手っ取り早く』ロック音楽の全体像を把握したい人向き」と記されており、期せずしてファスト教養の世界観と明確にリンクしている。

音楽以外のジャンルでも同様のコンセプトの書籍は存在する。『教養としての平成お笑い史』では、お笑い芸人やバラエティ番組に関するトピックについて「幅広い世代に共通の話題となりうる」から「平成のお笑い史は一種の『教養』として振り返っておく価値がある」というスタンスが示されている。みんなと話を合わせるためにも知っておいた方が良い、という考え方 はやはりファスト教養的である。

「教養としての」ポップカルチャー本は、「このくらい知っておかないと」という焦燥感を煽りながら、その文化の表面をなぞることで「これを読んでおけば十分」「この文化について知っていると表明してOK」とお墨付きを与えるような構成になっていることが多い。カタログ的に概観をおさえることを教養とするこれらのコンテンツは、まさにファスト教養を体現したものだと言える。

文/レジー

「ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち」

レジー

2022年9月16日発売

1,056円(税込)

新書判/256ページ

ISBN:

978-4-08-721233-4

【「教養=ビジネスの役に立つ」が生む息苦しさの正体】
社交スキルアップのために古典を読み、名著の内容をYouTubeでチェック、財テクや論破術をインフルエンサーから学び「自分の価値」を上げろ───このような「教養論」がビジネスパーソンの間で広まっている。その状況を一般企業に勤めながらライターとして活動する著者は「ファスト教養」と名付けた。
「教養」に刺激を取り込んで発信するYouTuber、「稼ぐが勝ち」と言い切る起業家、「スキルアップ」を説くカリスマ、「自己責任」を説く政治家、他人を簡単に「バカ」と分類する論客……2000年代以降にビジネスパーソンから支持されてきた言説を分析し、社会に広まる「息苦しさ」の正体を明らかにする。

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